第36話 店巡り
愛衣にやり込められたおっさんは、もういいやと投げやりな態度で椅子に座り直すと、ため息交じりになぜ鍛冶屋を営めているのか話し始めた。
「俺がやれてんのは、親父の遺産とお前らみたいな客がいるおかげだよ」
「俺たちみたいな客?」「私たちみたいな客?」
父親の遺産はまだ解るが、自分たちのような客がどうおっさんの生活を支えているのか解らず、二人は聞き返した。
「ああ、こんな最上級素材を商会ギルド系列の店になんか持っていってみろ、たちまち国中にその情報が回っちまう。
そうするってーと色んな奴らがお前ら目当てに、何らかのアクションを起こしてくるようになるだろうな」
「ああ、だからわざわざレーラさんはここを教えてくれたのか」
「レーラ様様だよ!」
「まあ、その分こっちのが高いけどな」
「あー」と二人は顔を見合わせるが、しょうがないかと揃って肩を竦めた。
「それは必要経費ってことで納得するよ。それじゃあ、毛皮の鞣しだけやってくれ」
「あいよ」
「どんくらいで、できるの?」
「この量だ、十日ぐらい欲しいな」
「わかった。じゃあそのくらいで取りに来るよ」
「よろしくねー」
「はいよ~」
やる気なさげに手を振るおっさんに大丈夫なのかと心配になる二人だったが、おっさんではなく、紹介してくれたレーラを信じることにした。
そうして鍛冶屋を出ると、次に何をするべきか話し合っていた。
「まず、着る物と装備一式は必要だよね?」
「ああ、それとこの世界での常識も身に着けたいから本屋を探そう、魔法関連の書物もあればなおいい」
「あーそういえば、まだSP余ってるもんね」
「そろそろ使い道を考えておきたいからな、それから~なんかあるかな」
「ん~」
二人で唸りながらやっておくべきことを考えていると、もう一つやっておかねばならぬことを思いついた。
「宿だ!」「泊まるとこ!」
「んじゃあ、順番は服と装備を買って、本屋を見つけて、宿をとって今日は終わり、これでいいか?」
「うん。お金に余裕もできたし、今日はもっと広いとこに泊まろうね」
「くっついて寝られないのは、残念な気がするけどな」
冗談めかしてそう言った竜郎の言葉に、顔を赤くした愛衣は「ばか」と言って先に行ってしまう。それに慌てて竜郎が追い付くと、腕をグイっと引き寄せられ耳元で、「寝るときは、くっついて寝ればいいでしょ」と言われ、今度は竜郎が顔を赤くする番になったのだった。
そんな町中でいちゃこらする二人を通行人が微笑ましそうに、恨めしそうに、眩しいものを見るように眺めているのを、二人は最後まで気付くことは無かった。
そんな事をしながら、マップ機能を使って店らしきものに当たりを付けながら探索していると、ひときわ大きな建物を見つけた。
色は周りの建物に合わせてか真っ白なのは同じだが、外見が石造りなのにもかかわらず、ビルのような箱型の形状をしており、敷地面積自体もそれなりに広く、五階建ての高さは他より頭一つ抜きん出ていて、かなり目立っていた。
そんな建物に町の住人や冒険者らしき格好をした人々が出入りしていた。
そこで二人が何の場所かと大きく掲げられていた看板を見れば、日本語訳するなら百貨店という意味合いの文字が書かれていた。
「百貨店ってことは、あそこに行けばあらかた揃いそうだよね」
「あ、ああ。それにしても、こんな建物があるとはな。科学が発達しなくても、魔法があるから材質も技術も無視して似たようなことができるのか…」
改めて魔法の万能性に感心している竜郎の傍らで、入りたそうにうずうずしている愛衣は我慢ができず、竜郎の手を引っ張って店の中へと連行していった。
「ちょっ、こら、一人で歩けるから!」
「はやくはやくっ」
そうして百貨店の大きな扉を横にスライドして奥に入っていくと、中にはいくつかの食品関連の店が賑わっているのが見えた。
「一階は食品売り場か」
「料理のできない私たちには関係ないね」
「いや、今日はいいけど外に出るときは、ここで日持ちする何かを買っていった方がいいだろうな」
「それもそっか。でも今日はとりあえずスルーして、上に行こっ」
「そうだなって、こら引っ張るなっ」
逸る愛衣に腕を引かれ、食料品を買い漁る奥様方を横目に階段を上へと登っていった。
二階に上がるとそこには、衣類関連の店が立ち並んでいた。手前側の店にはいわゆる安物的な衣類が陳列され、奥に進むにつれて上等でお値段も張りそうな商品が並ぶような、そんな構図になっていた。
「おおう、服がたくさんっ。ここ見てこうよ!」
「ああ、着たきりスズメは困るしな」
二人はとりあえず、真ん中辺りの店から見ていくことにした──のだが、一番奥の店の前に飾られた、美しいワンピースドレスに吸い寄せられるように、愛衣の足が向かっていった。
「おいおい、あっちは絶対お高いゾーンだぞ」
「いいじゃん、ちょっと見てこうよー」
服選びは早く済ませたい精神の竜郎だったが、愛衣のウルウル顔に勝つことはできなかった。
「じゃあ、ちょっとだけな」
「うんっ」
ため息をついた竜郎は、そう言って衣装の飾られた店に向かっていった。
一番奥に位置する店の中で、女性店員が棚の商品を整理していると、二人の男女が入ってくるのを見つけた。
ちらりと一瞬見えた時は、子供の冷やかしかと眉を顰めたが、すぐにその意識を変えられた。
まず服装。見たことも無いデザインに、布地。また、縫製も素晴らしく一つのずれすらない。さらに着ている人間を見れば、肌や髪も綺麗で、しっかりと栄養の取れる環境に長くいることがうかがえた。
故に、あれはうちの客なのだと理解した。
そんな店員の心証など知りもしない二人は、気軽に店内を見て回っていた。
竜郎はややつまらなそうだが、愛衣の楽しそうに笑う顔を見て心を癒す。
一方、愛衣は棚の衣装を見つめ自分で着たところを想像しながら、値札を見て今の自分なら買えるとほくそ笑んだ。
そして特に気に入った衣装をじっと見ていると、女性の店員がにこやかに話しかけてきた。
「お客さま、お目が高いですわ。そちら、今若い方に大変人気の商品なんです」
「そうなんだあ、この辺のスカートの刺繍とか可愛いもんね」
「お解りになりますか。やはり目が肥えていらっしゃる!」
「いやあ、それほどでも…」
なんてことを店員とあれこれ話し始めた愛衣と店員に、異世界もやはりこういうもんなのかと竜郎は感心した。
そんな店員にあれこれと褒めちぎられた愛衣は結局、元の世界では人形が着させられるような、豪華な刺繍の入ったワンピースドレスを三着も買っていた。
そのお値段に竜郎は口から魂が出そうになるが、愛衣はこんなもんでしょうとでも言うようにポンと支払った。
「ありがとうございました」
そんなことを口にし頭を下げた女性店員は、値の張る商品の中から三着も買わせたことにより、自分の目に間違いはなかったと、ほくほく顔で二人を見送った。
それを見た後輩店員は、次にあの客が来たら自分が相手をしてやると、密かに闘志を燃やしていたのだった。
またまたそんな店員事情を知らない二人は、他の奥まった場所にある店から、先のワンピースの自分と並んでおかしくない竜郎の服を二着、愛衣が選んで買い。
後は、中流家庭御用達の店から必要な衣類を買い漁って、ようやく二階を後にした。
三階に上がると、そこには本屋が並んでいた。それぞれ売っている内容の分野が違うのか、店の前にどんな内容の本があるのか、図書館の様にジャンルの書かれた看板が立てかけられていた。
「すごいな、図書館みたいだ」
「本かー、私に関係ありそうなスキル関連の本でもあったら、買ってこうかな」
「そうだな。でもまずは、常識関係が身につきそうな本から漁っていくか」
「うん」
そうして、色々なジャンルの本屋に入り、百科事典や現代用語集、魔物辞典、後は時事ネタなどの書かれた本をいくつか竜郎は買っていった。
愛衣もその途中で、役立ちそうなスキルの習得法などが書かれた本を買っていた。
購入後、二人は全て《アイテムボックス》にしまうと、魔法関連の書籍が立ち並ぶ本屋に入った。
中は属性別の書籍に分かれて陳列されており、竜郎は目移りしながらそれぞれの属性について詳しく書かれた本を数冊棚から手に取った。そして、それらを抱えて他の本も漁っていると、店の店主らしき中年の男が話しかけてきた。
「お客さん、それ全部買うんですかい?」
「ええ、買いますよ。駄目ですか?」
「いえいえ、駄目じゃないんですけどね。むしろ有難いんですけどね。全属性の魔法の書籍を買っていく人なんて滅多にいないんで、念のために聞いとこうと、そういうわけでして」
「ああ、僕は今色んな魔法について調べたいと思ってまして、それで」
「あ~そうだったんですかい。いやー若いのに研究熱心とは頭が下がりますわ」
「いえ」
あからさまな社交辞令を軽く受け入れ、男が立ち去るのを待ったが、何故かこちらをじっと見て離れない。
「あの、他に何か?」
「あ~いえね、お客さんは魔法ならどんな属性でも興味がおありで?」
「ええ、そうですね」
「なら一つ、見てほしい本があるんですがどうです?」
「はあ、とりあえず見るだけなら」
「そうですかい、今持ってくるんでそこで待っててくだせえ」
そう言って竜郎の話も聞かずに、そそくさと男が支払いカウンターの奥の扉の向こうに消えていった。それを少し離れた所で見ていた愛衣が、こちらにやってきた。
「何だったの?」
「いや、何か見せたい本があるとか言ってどっか行った」
「何それ?」
「いや解らんが、特に害はなさそうだし、ちょっと待ってみる」
「解った。それじゃあ私は、たつろーが使えたら面白そうな魔法の本を探してくるね!」
「ああ、ほどほどにな」
そうしてぴゅーと、愛衣は別の本棚の方へ行ってしまった。それと入れ違うようにして、男が扉から出てきたのが見えた。そしてその手には、黒と白の円が描かれた表紙の本を持っていた。
(あれが、見せたいって言ってた本か?)
などとここまでくる間、男のことを観察していると、やがて竜郎の前にやってきた。
すると男は「これなんですがね」と言って、表紙を上に向け、幾ばくかの期待の混じった眼で竜郎を見つめながら、その本を手渡した。
「───これは」
その本の表紙にはこう書かれていた。
「誰でもできる! 光と闇の混合魔法!! とっても簡単だよ♪」
と。
「う、うさんくせえ……」
竜郎のその言葉に本を持ってきた男も、ですよねーとでも言いたげに苦笑いしていたのであった。




