第367話 領地内巡り
もう一つのギミック。それはもちろん投擲にあたる部分である。
「それでは今度は鞭を伸ばすのではなく、先端の薄緑色をした小さな円錐の部分が大きくなる様に念じながら気力を注いでみてください」
「はーいっと──おおっ!? でっかくなってきた!」
愛衣が大きくなるよう意識し、気力を流せば流すほどに周囲4センチほどの小さな円錐が三十センチ、一メートル、五メートルと、これまた際限なく大きくなっていく。
こちらもはしゃぐ愛衣をたしなめた竜郎がストップさせることによって、膨張が止んだ。
「カチカチっすね」
気力を止めても膨張したままで、アテナが近づいて拳で軽く叩いてみると、コツコツと硬質な音を立てていた。
「そこはまた違ったブレンドをした合金になっていまして、硬くする事も出来る様にしてあります。
なので大きさには制限がつきますが、三十メートルくらいまでは膨らむと思います」
「三十……それでも十分だな。それでこれを元に戻すのも、愛衣が気力を注ぎながら念じればいいのか?」
「はい。そうです」
鞭の長さを戻した時の要領で元に戻る様に念じれば、簡単に最初の時同様の姿を取り戻した。
「本来であればこの鞭の形状変化を制御するには、とてつもない修練が要求されるんですの。
けれどこれには魔力頭脳が搭載されているので、持ったばかりのおかーさまでも簡単に制御できるように自動調整してくれるので、とっても楽ちんなんですの」
「確かにすっごい制御が楽だね。イメージした通りの長さになるし、投擲に使う円錐部分も自由に硬さや大きさを変えられるよ」
試しに鞭術の気獣の蛇の胴体を鞭に纏わせ、紫色のうろこ状の模様が浮かび上がる。
そして生きているかのようにうねうねと動かし先端を手元に持ってこさせると、先端の円錐部分をプニプニにしたりカチカチにしたりして感触を楽しんだり、軽く振って部屋をぐるりと鞭で取り囲んだりと、かなり使い勝手が良さそうだった。
纏も鞭部分と投擲部分で二体同時に乗せることに成功した。
「でも二体同時は魔力頭脳の負担が激しいようですね。ほら──」
「え?」
けれど二体同時に発現すると必要な演算も跳ね上がり、エネルギー消費が一気に加速していく。
この状態では満タン状態でも十分程度しか持たない様だ。
愛衣の持っている鞭が途端に勢いを無くして地面にペタリと落ちた。
「ん~。自力だと全然形の制御ができないや。魔力頭脳様様だねえ」
そう言いながらカートリッジを入れ替え、再び帰還石を消費して魔力頭脳を起動させれば、すぐに伸びっぱなしになっていた鞭を元の状態に戻す事が出来た。
「纏の二体同時使用時の演算によるエネルギー消費量を、かなり甘くみていた様ですね。
単純に二倍くらいだろうと思っていたのですが、数十倍に跳ね上がるとは計算ミスです。
もっとエネルギー効率を上げなければ使いにくいですね」
「でも鞭か投擲どっちかずつの纏なら問題は無いし、そこまで気にする事でもない気がするけど」
「いいえ、姉さん。複合武器の最大の特徴は、複数の気獣技を同時に発現できることだと思っています。
なのにそれがたった数分しかできないなんて、私のプライドが許しません。なのでお気になさらずに」
「うん、リアちゃんがそれでいいのなら応援するね!」
さっそくリアは楽しげに観察して思いついたことや解った事を、心象を紙に写す水晶玉でバンバンメモを排出していた。
その作業も落ち着いた所で、今回は今ので全部だと確認をした。
リアはこれ以上はもうないですと言ったので、竜郎は早速今後の予定について話し始めた。
「これでアムネリ大森林深部への突入準備は整った。
近いうちに出発しようと思うが、新しくなった装備品やスキルなんかをいきなり実戦投入するのも心配だ。
それとシュベ太と清子さんも連れてくことにしたが、もう少しレベルを上げておきたい。
だから各自数日間の間に、この領内で慣らしておいてくれ。
それが済んだら一日休みを挟んで出発。という予定で行きたいと思っているんだが、どうだろう?」
「ちょっと心配性過ぎない? とも思うけど、何か恐そうなところだし妥当かな」
「冗談抜きで、この世界において最上級に危険な場所と言ってもいい場所です。
それくらい慎重な方がいいでしょうね。私も色々調整しておきたいですし」
「あたしも直ぐに使ってみたいから、ちょうどいいっす。という事で、皆ちょっと写させてほしーっす」
アテナは《幻想竜杖》を取り出すと、カルディナ達にしまった装備品を出してもらいながらそれで触れていき、いざと言う時に模倣できるようにしていた。
ジャンヌの装備品は大きすぎて使えないのでは? と竜郎や愛衣も思ったが、本人が嬉々としてやっていたので何も言わなかった。
こうして方針も定まった所で、今日はぐっすり寝てから新しい戦闘スタイルの確立を最優先で行う事に決めた。
とはいえ竜郎や天照、月読は特に新しい何かを手に入れたわけでもないので、領地内の細々とした事も先に片付けてしまいたいと考えた。
ちなみに。
この数日間で竜郎達の周辺で起こった事を簡単に纏めると。
《強化改造牧場》でララネストの養殖を本格的に開始。
新たにテイムした魔物達による、領地内での竜郎の支配領域の拡張。
クー太が邪落鉱石の採掘場を発見。プー子がそれを聞くと、自分の支配領域でも何かないかとライバル心を燃やし、前以上に細かく見回る様になる。
新たにペガサスの魔卵を二つ。金軍鶏、ニョロ子の魔卵を一つ入手。
他にもクー太達が他種族の魔卵を強奪してくれているので、2~3等級の魔卵の所持数と種類もそこそこ増えた。
風山はほぼ完成し、それを目ざとく見つけた風系統の魔物が集まり始めた。
「こうしてみると結構こなしてるけど、後は何をすればいいんだっけ」
「そうだなあ。いっそのこと陸の領地ソルルレシフの外周部に外壁と通用門を作ってみようかと思ってる」
今現在は二人の部屋でベッドの上に座り、抱きしめあいながら明日の予定について話し合っていた。
愛衣は竜郎についてきて道中の敵相手に新装備を用いた戦闘訓練。
愛衣の苦手な魔法が得意な魔物以外はすべて任せ、竜郎は領地内の整備を。
という方向で今は話が進んでいる。
「領地の外周部って、ものっそい広いし相当大がかりになるよね。
別に今更遮らなくても他の人なんて入って来れないでしょ? やる必要あるのかな?」
「いや、別に人が入って来れない様に遮るわけじゃない。逆に魔物が出て行けない様に閉じ込める為の壁だな。
近くの町と言っても結構離れてるのに、そこの人たちは恐がってるみたいだし塞いでしまえば少しは安心できるだろ」
「ああ、人間に対しての封鎖じゃなくて、魔物に対しての檻を作るってことね」
「それにレア魔物がまかり間違って出て行ったらもったいないしな」
「そっちが本音か」
愛衣は困った奴めと、竜郎の胸に頭をグリグリと押し付けた。
髪が首筋にちょこちょこ当たり、竜郎は擽ったそうに愛衣をギュッと抱きしめて動きを止めさせた。
「まあ、そういう面も多いが、もう一つ意味が有ってな。
ララネストの卸し作業をいちいち町に置くよりも、ここから直接搬送できるようにした方が王都にも近いんだよ。
だから門のすぐ内側にこちらで管理する倉庫を作って、安全に取りに来られるようにすれば、俺が毎回こそこそ町まで転移しなくても遠慮も無く転移で直接入れておける。
さらに搬送する人も距離がグッと短かくなって楽になるって寸法だ」
「それだったら外から来たお客さん用の応接室とかも用意したらどうかな?
城まで連れて来るのも転移じゃなきゃ陸路は遠いし、空路を取るにしてもこっちで護衛しなきゃいけないから、ちょっとお話しするくらいの人にそこまでの対応はめんどくさいでしょ?」
竜郎達なら全力で行けばそうはかからない距離でも、一般人からしたら領地の入り口から奥地にあるカルディナ城まではかなりの道のりになる。
海路を行くにしても竜郎達が付っきりで護衛しなければ、船が原型を保ったままたどり着くこともできないだろう。
ならば愛衣の言うとおり、領地に入ってすぐの場所に簡単な客を迎え入れる施設を用意するのが、こちらもあちらも余計な手間なく済むだろう。
「いや、まったくその通りだ。他の人がどうなんて忘れてたな。
その意見も取り入れよう、ありがとな愛衣」
「ふふーん。どういたしまして──ん」
竜郎が胸の中に納まっている彼女を大切に大切に思いながらそっと抱きしめると、愛衣は悪戯っ子のような顔をして唇同士を合わせてきた。
そしてそのまま二人はいちゃいちゃタイムに突入し、一睡もする事無く朝を迎えた。
日が昇ったのを確認した二人は、部屋の換気とシーツを手慣れた様子で綺麗にする。
その後は二人で仲良くシャワーを浴びて、ゆっくりとお互いの体を洗いあえば朝食の時間まであと少しと言うちょうどいい時間となった。
リビングまで行けばリアが奈々と爺やを補佐に料理中で、手伝いは断られたので椅子に座って待っていると料理が机に並べられていった。
それくらいは手伝おうとしても、その作業はリアすらさせて貰えずに爺やが頑なにやりたがるので諦めた。
そんなやり取りがありながら朝食を食べ終え、全員がどの方面に出向いて新しい装備品の試用に出かけるのかと軽くミーティングしてから、それぞれの思いのままに散って行った。
竜郎と愛衣も天照と月読を携えて、まずはクー太に任せている領域に転移した。
これはテイムした魔物達の近況報告や様子見の為で、特に問題が無ければ全員回っても30分もかからないので大した手間でもない。
なので三日に一度くらいの割合で、尋ねるようにしているためだ。
転移した先にまず見えたのは高さ一メートル、直径一メートルの竜水晶で出来た円柱の天辺に、クズリの魔物──クー太をモデルにした竜水晶の像がくっ付いた物が見えた。
これはそれぞれ竜郎がテイムした魔物達の支配領域を転移で回りやすいようにと建てた目印であると共に、誰の支配領域かを示す柱としても機能している物。
ちなみにここはクー太の支配領域の中心部であり、その外周部にはこれを縮小した物が数十本杭打ちされている。
竜郎はクー太がいる方向をテイム契約で察知してみていると、そちらから猛スピードでかけてくる姿が見えてきた。
「クー太! 毎日ありがとうな」
「グゥオン!」
竜郎が労いの言葉を投げかけながら魔力を流し込みながら頭を撫でると、クー太は気持ちよさそうに目を細めて地面に伏せた。
テイム契約はこうやって定期的に更新しなければ段々と薄れて切れてしまうので、こうして定期的にスキンシップを取る必要がある。
もちろんそれだけではなく、ありがとうの気持ちを伝える為でもあるのだが。
何か変わった事は起きていないか。問題は無いか。何か必要な物、欲しい物はあるかといつもの質問をして、特に問題は無いようなので羽なしプテラノドンのプー子の元へと飛んでいく。
こちらも竜水晶で出来たプー子のオブジェのついた円柱の前にやってくると、直ぐに向こうからやってきた。
頭を撫でて近況報告を受け取ると、どうやらクー太のように新しい何かを見つけられずに焦っているらしい。
「そんなに焦らなくてもいいんだ。一番の目的は、任せた領域の管理なんだから。
でもその気持ちは嬉しいよ」
「クゥエーー」
こちらも契約更新しながら優しく頭を撫でて、自分のペースでのんびりやりなさいと言づけ次のニョロ子がいる場所へと飛んでいく。
「シーーー!」
「うおっ──と。あーよしよし、解ったからとりあえず離してくれ」
竜郎が飛んでくることが解っていたのかの様なタイミングで、ニョロ子のオブジェの柱の前で優しく甘締めとでもいうのか、大きな灰色ボディで巻き付かれた。
この子はかなりマイペースで気分屋な子で、支配領域の管理は最低限やっているが、あとは寝たり食べたりがメインで、その片手間で気が向いたら竜郎が欲しがりそうな物や情報を集めているようだ。
けれど竜郎への愛情だけは半端なく、出会うたびに体に巻きつかれるのだ。
子供をあやすように硬いゴムのような表皮を撫でながら契約を更新すると、ようやく離れてくれた。
それに苦笑しながらクー太にも言ったような質問をし、特に問題ないようなので、尾の先を寂しそうに振るニョロ子にまた来るからと伝えてから、次の魔物が待つ場所へと転移していくのであった。
なかなか森へ行けないので、(私からしたら)巻きで行きます。
いつも以上に説明臭い話が数話続くかもしれません(汗
分かり難い個所が有ったら気軽にお知らせください。




