第366話 リア、ひそかに成長す
「そう言えば、人工知能で思い出したんだが、それを使った魔法陣作成とかは出来るようになったのか?」
「ええ。まだ複数をインプットする事は出来ませんが、魔法陣作成どころか帰還石を動力にした製造装置で、手榴弾を大量生産している所です。
空いている所を武器庫にして、爺やにも使っていいと管理を任せています。
兄さんも欲しいならドンドン持っていってもいいですよ。一日ほうっておくだけで大量に作れますので」
「いつのまに……。危険な魔物達を多く抱えるようになったなぁとは、自分の事だから知っていたが、大量の兵器も溢れるようになったか。
いよいよここには他の人間はおいそれと連れてこれなくなったな」
「まあ、元からだしいいんじゃない? ああ、でも王様が見たいとか言ってたんだっけ」
王都へ爺やの執事服の採寸に連れて行った時に、竜郎と愛衣で城にもよってララネストの卸しについて軽く打ち合わせした時に、ハウル・ルイサーチ・カサピスティ王がこちらの居住地に興味を示していたのだ。
そんな事にはならないだろうが、万が一見せた後に返せと言われても無視してしまえばいい。ここまで来れるわけも無いのだから。
そんな腹黒い考えと、この国の王様にカルディナ城を見せるくらい、いいかなと気軽に機会が有ったら是非にと答えておいた。
「それは今はいいか。それじゃあ奈々、さっそくそのキングカエル君を使ったところを見せてくれないか?」
「了解ですの!」
今は奈々の武装のお披露目時間だと話を元に戻す。
すると奈々は《真体化》すると、おもむろにキングカエル君の王冠を右に一回転回す。
キングカエル君の口からぺっと帰還石を消費したカートリッジが射出されたので、奈々は新しいカートリッジを口に突っ込んだ。
そんな適当でいいのかと思いながら竜郎がみていると、キングカエル君の手足が勝手に動き始め、まるでアニメでも見ているように奈々の頭の上までよじ登っていった。
奈々は頭の上にキングカエル君が到着したのを確認すると、氷魔法で氷柱を作るようにイメージする。
するとキングカエル君が頭の上で杖を掲げ、その先から奈々の竜力が放出されて眼前に大きな氷柱が出来上がった。
「キングカエル君! アタックですの!」
「ゲコゲコ!」
「今鳴いたよ!? たつろー!」
「もともとカエル君杖時代にも鳴く機能はあったからな、それを流用したんだろう」
興奮気味に竜郎の手をぶんぶんと振るう愛衣に、彼は勤めて冷静に何が起こるのかと見守る。
するとカエル君は杖を片手で持つと、もう片方の空いた左手を振りかぶる。
そして殴りつけるようにその手を前に突き出すと、腕だけ巨大化したキングカエル君の掌底が氷の柱を砕いた。
「今度は簡単な魔法をこちらに撃ってみてほしいですの」
「簡単な魔法だな? 解った」
奈々の要求に従って竜郎はただの光魔法で作った光線を射出した。
すると頭の上に乗っていたキングカエル君の口からヌルヌルした液体が射出された。
そのヌルヌルが光線に当たると、火に土をかけたときのように掻き消えた。
「あれって確か杖の機能にあった反魔粘液とかいう奴じゃない?」
「はい、そうですよ。せっかくあるのに使われていませんでしたし、これを機に実戦でも使えるようにしてみました。
とは言ってもそこにも手を加えて改造してあってですね。
見ての通り魔法の威力を減退させて消し去ったり弾いたり出来るモノですが、あれを体中に浴びせられると魔力が体外へ放出し辛くなります。
なので魔法を使う存在にアレをぶっかければ、魔法の威力を弱めたり発動を遅らせたりする事が出来るんです」
「それはまたやっかいなものだな」
魔法を封じられてしまうと竜郎の場合かなり弱体化させられてしまうので、嫌そうに一歩後ろに下がった。
後は奈々が牙を振り回したりしたときのキングカエル君の立ち回りなども見せて貰った。
器用なもので吸盤のような丸い指先で、舞うようにクルクルと動き回る奈々に振り落されることも無く、背中にくっ付いたり肩にくっ付いたり足にくっ付いたりと、どんなに荒く動いても状況に応じて行動出来る様だ。
奈々もキングカエル君の出来に満足しながら、《成体化》して幼女の姿に戻ると頭にそれを乗せた。
どうやらこれからは帽子のように乗せた状態で行動することにしたらしい。
こうしてカルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナ。四人の装備品全てが行き渡った。
これで今回の準備は大体整ったと言ってもいいだろう。
けれどリアは、もう一つ研究をしていたソレを愛衣へと返した。
「天装の機能を変えるまでには至りませんでしたが、かなり研究が進みました。
その結果。天装へ魔力頭脳を移植する事だけは成功しました」
「え!? そうなの!?」
預けていた軍荼利明王を受け取り、あちこち見てみるが外見は全くと言っていいほど変わっていない。
どこに移植したのかと愛衣がリアへと視線を送る。
リアは最初からそういうリアクションが来るだろうと予想していたので、事前に用意していた回答をそのまま口にした。
「天装というものを細かく調べていったのですが、それぞれこの世のものではない物質で創造されています。
そしてその物質は生体金属とでも言えばいいのでしょうか、無機物の様でありながら生きているんです」
愛衣も実際に使っていて自己意志の様な物がある事は知っていたので、素直に受け止められた。
それはリアも一緒だったが、改めてそれについての確信を得たことは大きかったようだ。
「けれどそうなってくると、天装の中身を弄るという事は、それこそ皮膚や内臓を弄る様なものとなってきます。
なので徹底的に個体を調べ上げ、どうやったら魔力頭脳を組み込めるのか思案しました。
何せ人間でいうのなら新しい人造の臓器を一つ埋め込む様なものですからね」
「そりゃあ大仕事だな」
「はい。しかも問題なく稼働するのは大前提で、前以上の機能を持たせられなければする意味が有りません。
魔力頭脳も既存の設計では使い物にならなかったので、軍荼利明王という個に完璧に合わせた物を一から作り直す必要があったんです」
「ひえ~。あたしなら途中で絶対投げ出してるっすよ」
その難易度と手間と時間。もろもろの事柄を考えると、常人の精神では挫折し、最早執念と言ってもいいほどに狂おしい探究心が無ければたどり着けなかっただろう。
アテナのその言葉に、竜郎も愛衣も神妙に頷いた。
「ですがそのおかげで面白い結果が得られました。
そして真に天装と言う物への理解が深まりました。
このままいけば天装の強化、さらに一から天装に匹敵する物を造りだせるようになると確信したんです」
リアのその満足げな表情から、今までの苦労に見合った──またそれ以上の何かを手に入れたのだと皆が察した。
「それじゃあ、その面白い事について教えて貰えるかな? リアちゃん」
「はい。実は軍荼利明王に適合し、魔力頭脳として稼働するように作った機構を埋め込んだ時の事です。
こちらはそれだけでも問題ないようにしていたのですが、埋め込みが終わった瞬間、血管のようなモノがその部品に纏わりついて、最初から自身の一部であったかのように進化したんです。
なので見た目は以前のままですが、中には魔力頭脳の演算能力がちゃんと存在しています。
けれど今回の場合、帰還石を使ったカートリッジを入れる部分は作れなかったので、気力や竜力をエネルギー源としたものとなっており、今までよりも消費が上がっています」
「うーん。でもそれで魔力頭脳の演算能力を天装でも使えるっていうのなら、文句は無いかな。
私自身の気力量も回復量も馬鹿みたいにあるし、竜力だって沢山あるからね。
それでも足りない程に消費量が増えたわけじゃあないんでしょ?」
「ええ。それはもちろんです。そんな事になったら、こんなに堂々と出せませんよ。
観た所では以前よりも、三割ほど増加といったくらいだと思います」
「そっか。それなら問題ないね」
以前の状態だと動かしたり矢を撃ったりしたときの消費エネルギーは、使った端から直ぐ回復できる程度でしかなかった。
今回の改造で魔力頭脳が搭載されたことで常時消費型になったようだが、それでも愛衣のポテンシャルからしたらまだまだ余力すらあるだろう。
愛衣は受け取った軍荼利明王を構えてみる。
そして気力を注いでいき、剣術や体術の時のように纏が使えるか試してみる。
「うん。完璧だね!」
今までになかった演算能力によって最も効率的に気力を操作し、いともたやすく弓術の纏を完成させた。
それに愛衣は嬉しそうな表情をし、久方ぶりに軍荼利明王を腰へと装着したのだった。
そしてさらに愛衣用の鞭と投擲が合体した武器も改修し終わったと言う。
こちらは本当に最近になって突然貸してくれと言われたもので、まさかもうできているとは思わず愛衣は目を瞬かせながら受け取っていた。
以前は男の腕を二本束ねたくらい太かった鞭となるワイヤー部分が、全体的に紫色になっていた。
さらに鞭部分はきし麺のような平べったい形で厚さ二センチ、幅五センチ、長さは一メートルと普通の鞭のようになっていた。
黒いグリップの付け根の辺りに剣の鍔の様に魔力頭脳が搭載され、先端には周囲4センチほどの小さな黄緑色をした円錐形の重りが付いていた。
見た感じだけの感想としては、モッサリしていた外観がスッキリとして、投擲要素が無くなり鞭になった。といった所だろうか。
「あれれ? 普通の鞭にしちゃったの?」
「それを説明する前に、これを見てください」
突然に話の流れを断ち切って見せてきたのは、紫色のガムのようなゴムのようなグニョグニョもちもちした物質だった。
「それはいったいなんなんすか?」
「先ほど天装に魔力頭脳の移植を成功させたと言ったじゃないですか」
「ああ、そうだな。もの凄く苦労したみたいだが」
「実はですね。その時クラスチェンジしまして、新たに《万物錬成》というスキルを手に入れたんです」
突然の報告に、奈々を除いた全員がぎょっと目を見開いた。
詳しく聞くところによれば、どうやら個体やスキルのレベルが上がったり、体の成長など以外にも、知識の集積によってもクラスチェンジが可能だったらしい。
それは生半可な知識ではもちろんダメだが、執拗なまでに追い求めたリアだからこそ、新しい道を切り開けたのだろう。
新たなクラスは創造師。鍛冶師の領域を超えた先にある稀少クラス。
そしてそれによって得たスキル《万物錬成》。
これは生きているもの以外ならどんな物でも材料として使用でき、様々なモノを組み合わせることで、この世界に存在している物質から存在していない物質まで、ありとあらゆる何かを生み出す錬成術。
これを手にしてからというもの、様々な物質を掛け合わせては既知から未知の物質を作りまくり、どれをどう配合すればどんな素材が取れるのか、事細かに記録し始めたと言う。
ちなみに余談ではあるが、その際にはカサピスティの宝物庫でもらった頭に思い描いた物を紙に写す魔道具が大活躍したそうで、元々は設計図を書く時間すら惜しいと思って貰ったものだが、このおかげで大分情報を纏める作業がはかどっているらしい。
そうしてさまざまな実験で生まれた物質の一つがこの紫色のグニョグニョだ。
これの性質を《万象解識眼》で観て直ぐに、これは愛衣の鞭の改造に使えると思ったそう。
リアは取る物も取り敢えずに愛衣へと突撃し、半ば強引に鞭を回収すると短い期間であっという間に完成させたのだという。
「物質名は分かりませんが、これは非常に鞭術の気力と相性が良く、そのうえ気力を含ませると膨らみ堅くなる性質を持っています。
そしてそれを魔力頭脳で制御し、利用できるようにと改造したのがその鞭なのです。
ではまず魔力頭脳を起動して、普通に気力を流してみてください」
「うん。解った」
説明を聞いても良く解らないだろうし実際にやってみた方が速いと、愛衣も素直にグリップについていた銃のようなトリガーを引いた。
魔力頭脳が起動したのを確認し気力を注ぎ込む。
けれど変わった事は何も起きない。
愛衣は首を傾げてリアを見ると、今度は伸びるように想像しながら気力を流してほしいと言ってきた。
なので言われた通りにしてみれば──。
「伸びた!」
ビヨンと前のワイヤーのように細くなることも無く、そのままの厚みや細さを保ったまま鞭がグングン長くなっていく。
それを楽しそうに笑いながら、愛衣は何処まで伸びるのかと気力をガンガン注いでいるが限界が見えてこない。
このままでは部屋を埋め尽くしてしまいそうだったので、竜郎は慌ててそれを止めさせた。
「ゴメンゴメン、つい夢中になっちゃった」
気力を流すのを止めると伸びるのも止まった。けれど伸び放題のままで、出しっぱなしのホースの様に床に散乱したままだ。
どうしたらいいのかとリアに尋ねれば、戻れと念じながら気力を注いでみてほしいといわれたので、その通りにすればあら不思議。シュンと一瞬で元の長さに戻った。
「ねえ、リアちゃん。これは一体どこまで伸びるの?」
「理論上は何処までも。つまり無限です」
「無限!? なんだその謎理論は……」
「まあ私も最初は驚きましたが、この紫の物体に色々と手を加えると、気力を吸うほどにどこまでも長くなる鞭が作れるようになったとしか言いようがありません」
頭の固い竜郎からしたら納得し辛かったものの、そこは異世界だからと無理やり納得させたところで、もう一つのギミックについてリアは説明し始めたのであった。




