第365話 ジャンヌと奈々の武器
カルディナの装備の説明が終わると、今度はジャンヌの装備の話へと移っていく。
リアが竜郎たちから距離を置いて出したのは、新しい十メートル級の鉈……の様にみえたが、良く見ると刃の部分が柄と直に繋がっておらず、やや浮き出る感じで数本の金属で繋げられていた。
言うなれば鉈の刃を使った斧──鉈斧とでも言えばいいのかもしれない。
さらにもう一つ違う所と言えば、何故か持ち手部分にあったメリケンサックとしても使えるナックルガードが、柄と刃の付け根付近に設置されていた。
「鉈から斧に変えたんだね」
「はい。せっかく斧術を覚えたのですから、剣術が必要な鉈よりも効率がいいと思いまして。
ジャンヌさんも中途半端に剣術を覚えてしまうより、斧術か槍術を上げたいという意見もあったので」
「そりゃそうだな。いくら竜とはいえ、あまりあちこちに分散させるよりも纏められるスキルは纏めて、別のスキルを覚えた方がいいからな」
竜帝となって全員またスキルを覚える種としての才能も上がったようだが、それでもスキルの数が増えるほどに何かのスキルが取得し辛くはなってくる。
となれば剣術はすっぱりと切り捨て、既にある斧術を伸ばす方がこの先強くなれるだろう。
「それに鉈の時と刃の形は同じですから、スキル的には斧でも剣のように切る事もできますの。
少し刃の位置が変わったので、そこに慣れる必要はあるでしょうけれど、ジャンヌおねーさまなら問題ないですの」
「ヒヒーーン!」
もちろん直ぐ慣れちゃうんだからー! と、ジャンヌは妹からの全幅の信頼に鼻息をフンと出して胸を張った。
それに微笑ましそうに竜郎達が微笑んでから、さらに細かい仕様について聞いていく。
起動方法は鉈斧の不自然な場所に付いているナックルガードに指を入れ、思い切り振るだけ。
するとナックルガードがガシャンと柄の下へ滑る様に移動して固定され、それと同時に魔力頭脳が起動した。
「持ち手部分が上すぎて振り難そうだと思ったんすけど、こういうことだったんすね」
そしてソケットは柄の先部分に入れる隙間があり、それはジャンヌが樹魔法で作った蔦で器用に入れ替える事が出来るようになっていた。
「そして今回一番頭を悩ませた部分でもあり、最新ギミックとしましては、その鉈斧なら持った状態で波動の力を使う事が出来る様になり、さらにそうする事で鉈刃の切れ味を向上されることに成功しました」
「あー。今までの鉈だと、持ったまま発動した場合崩壊しちゃうんだったね。
けど今回からはそれが平気になるどころか、より強化されると」
「あの波動に耐え続けられる物質の製造に成功したんだな」
ただ一時耐えるだけならいくつか候補はあったのだが、やはり長時間ジャンヌの手から直接伝わる波動の力によって劣化していってしまう。
けれどリアは研究に研究を重ね、その波動に耐える──のではなく分散させ、さらにジャンヌの剛腕に耐えられるだけの強度を持った合金の開発に成功したのだ。
これを盾に流用すれば、あらゆる衝撃を緩和することができるのではないかとリアは考えている。
「とはいっても、それは柄の部分。そして鉈刃を柄と繋いでいる金属部分だけで、刃のような繊細な個所まではできませんでした」
「刃の部分はどうしても細く加工する必要がありますから、分散しきれずに直ぐ潰れてしまったんですの」
「それじゃあ直ぐに使えなくなっちゃうっすね」
「ですね。なので斧にしたいと言っていたジャンヌさんの意見もあった事から、柄から切り離す事にしたんです。
けれどそれではただ波動の力を無駄に散らすだけですので、何かに使えないかと考えました。
ジャンヌさん、波動の力を使ってみてくれませんか?」
「ヒヒーーン」
あらゆる物質の結合を崩壊させるような波動の揺れが、両手に持っている鉈斧へと伝わっていく。
けれど鉈斧は崩壊する事も無く、劣化する事も無く手に収まっていた。
「あれ? なんか刃の部分──すっごく細かく振動してない?」
「え? ああ、本当だな」
見た目には解らない程に細かく速く揺れていたはずなのに、愛衣の目はそれを目ざとく見極め、それを聞いた竜郎が解魔法で調べれば確かに確認できた。
「それはですね。波動の力を刃を繋いでいる金属で細かな振動に変換し鉈刃に伝える事で、超高速で震える刃にする事が出来たんです。
そうする事で切れ味を向上させ、刃で軽く触れただけで物体を切削する事が出来るようになっています」
「下手したらジャンヌおねーさまのその鉈斧が、一番苦労したといってもいいかもしれませんの」
「ヒヒーーン……」
ごめんねー。と項垂れたジャンヌに、リアは慌てて頭を振った。
「いえいえ。確かに大変ではありましたが、私としては挑みがいのある物でした。
そしてそれを乗り越えたことで、さらに先へと進むことも出来たんですから、むしろお礼を言いたいくらいですよ」
「ヒヒーン?」
そーなの? という目でジャンヌがリアを見てみれば、確かに面倒だったとかジャンヌのせいで手間がかかったとか、そんな負の感情は感じない。
むしろただ純粋に技術者としての壁を一つ乗り越えたことを誇る、力強い目をして見つめ返された。
その向上心に竜郎達は圧倒され、尊敬の念すら抱いた。
そんな場の空気を変えるかのように、リアは空咳をして最後に簡単な説明で話を閉じた。
「アテナさんの鎌にも言える事ですが、魔法補正も以前の物よりもずっと高く得られるように改良されているので、気にせずばんばん使っていって下さいね」
「ヒヒーーン!」
もちろん! とジャンヌは頷くと、大きな鉈斧を大事そうに抱えながらお辞儀をし、自身の《アイテムボックス》へと収納した。
ちなみに。ここではリアの説明はなかったが、この鉈斧には以前竜郎がリューシテンの城でかっぱらってきた樹魔法に強く補正のかかる杖を潰し、そこから得られた素材も使われていたりする。
「それでは、わたくしの装備のお披露目ですの!」
いよいよ私の出番が来たと、奈々が幼女の姿のままで皆の前へと進み出た。
奈々は開発補助をしていたので既にどんな物かは知っている上に、自分の《アイテムボックス》に収納済みだったらしい。
軽く手を掲げると、獣術用の牙を二本取り出した。
今まで主に使っていたのは、グザンと言う魔物の白牙から作られた上質の牙突武器。
けれど今回見せてきたのは色は黒く、質感も黒曜石のようなぬらぬらとした光沢を放っていた。
「今回のこれはグザンの牙をベースに、様々な魔物の素材や、この山で見つかった邪落鉱を混ぜたらこんなものになったんですの」
「邪落鉱……たしかクー太が見つけてきた奴だな」
竜郎達が色々と活動している間にも、領土内に放っている従魔たちからも情報を募っていた。
その内の一つに、怪しげな黒い鉱石を見つけたと言う報告があったのだ。
見つけたクー太に案内されながらリアも連れてその場に行くと、それは邪落鉱という邪なるものにとっては非常に相性のいい鉱石だと判明した。
そしてさらに周辺を探す事で、その鉱石が埋まった岩山も発見した。
それを今回は存分に使ったらしい。
「これでも問題なく獣術は使えますし、竜邪槍との親和性がかなり高くて威力が跳ね上がったんですの」
「その上で魔力頭脳も埋め込みましたから、竜力の制御もほとんど意識しないで扱えるようになっています」
今回の起動キーは、ジャンヌの時同様に新たにつけられたナックルガードに手を入れて振るスタイル。
帰還石のカートリッジも柄の中に入れる仕様となっている。
「奈々ちゃんは魔法を使う時にはカエル君杖を使うから、直ぐに持ち替えられる様にしといたほうがいいんじゃない?」
ナックルガードから指を抜くという作業が加わる事で、隙が産まれるのではないかと愛衣は指摘する。
けれどそれに満面の笑みで奈々は首を振った。
「いいえ。おかーさま。もうこれでいいんですの」
「どういうことっすか?」
何やら早く訳を聞いてくれと言わんばかりにドヤ顔をしていたので、妹としてアテナが率先して問いかけてあげた。
するとよくぞ聞いてくれたとばかりに、ますますニコニコ笑顔になりながら、奈々は牙をしまうと、そのわけを両手の上に《アイテムボックス》から取り出し乗せた。
「えーと……。それは……?」
「キングカエル君ですの!」
「えー……」
奈々の両手の平に乗っていたのは、大きさ三十センチくらいのカエルの置物だった。
しかもそのカエルは頭に豪華な王冠をかぶり、赤いマントを身に纏い、カイゼル髭を鼻の下に生やし、前足には立派な杖が握られていた。
見た目はアニメーションタッチのカエルなので、キャラクターとしてみれば可愛らしい。
けれどこれが先の話とどう繋がるのかと、奈々とリア以外は首を傾げるばかりである。
その光景に満足そうに頷いた奈々は、このカエルの置物について説明し始めた。
「これはカエル君杖が生まれ変わった、新たな姿なんですの」
「これがカエル君杖と何某かの関係はあるんだろうとは予想がつくが、杖として使うのは止めたのか?」
改修前のカエル君杖は杖といっている通り、棒が付いていた。
けれどこのキングカエル君には、杖と呼ぶための部分が一つもなかった。
「いいえ。わたくしはちゃんと杖としてこの子を使いますの。だってほら、ちゃんと杖があるじゃないですの」
そう言って奈々が指差す杖は、キングカエル君が手に持つ杖だった。
そんなもので本当に杖として機能するのかと、竜郎達は答えを求めてリアに視線を送った。
「その通りですね。奈々は牙に魔法の補正を付けるよりも、カエル君杖をどうしても使いたいという事でしたので、どちらも両立できるように工夫してみたんです」
「というと?」
そもそも魔法を使うのに一番適しているのは杖だ。
しかしリアの技術向上により、杖らしくない形状のモノにもかなり補正が乗るようになってきたので、竜郎のように魔法特化型でもない限り無理に杖を持たなくても十分だった。
けれど奈々はカエル君杖に余程思い入れがある様で、どうしても使いたいという。
そこでリアは考える。
愛衣の持つ天装の弓──軍荼利明王のように腰かどこかにくっつけられないか。
はたまたアームを作って第三、第四の腕を装着できないか──などなど、様々な案が浮かんだが、どれもしっくりこない。
そうして悩んだ末に最終的に出てきたのは、杖に付いたカエルではなく、カエルに付いた杖という形にしてはどうだろうというものだった。
「一度作ると決めてからは早かったです。
セコム君の改造や天装の研究で得た知識を総動員し、カエル君部分に魔力頭脳を埋め込み、ある程度の自走ができるように改造。
魔力頭脳による人工知能を使った自己意志で動き、ナナの戦いに邪魔にならない様に立ち回りつつ、魔法が使いたい時は杖を構えて魔法への補正も他の杖型以外を80%とするなら、この形にすることで100%乗せる事も出来る様になりました」
「えーと。要するに杖とカエル君の位置を逆にしただけで、結局は杖ってことでいいの?」
「そう思って貰って構いません。さらに人工知能の研究も大分進んできたので、その内この子にお喋り機能も付けられるかもしれません」
「それは素晴らしいですの~!」
奈々は嬉しそうにキングカエル君をぎゅ~~っと抱きしめた。
その姿は幼女がカエルの人形を抱きしめているようにしか見えず、その機能が果たして必要かどうかはさておき、思わず皆の頬が緩んでしまうのであった。




