第361話 奇妙な種族
それは鳥とも竜とも判別がつかぬ、謎の魔物だった。
大雑把に外見を説明するならば、ナーガと呼ばれる半人半蛇の鳥バージョンとでも言えば解りやすいか。
全長8メートル。上半身は黄色い鳥で、竜──なのだろうが蛇と言われても納得できる足の無い褐色の下半身。
さらに細かい所はといえば、見ていると不安になる様なまだら模様の人間のような髪が頭の天辺からモサモサ生えており、出来の悪い長髪のカツラを被せられて某井戸のお化けの仮装をしているようにも見える。
また鳥のように人間でいう腕の部分から翼が生えているわけではなく、背中側から生えていた。
その代わりのように右肩からは野太く地に五本の指を擦り付けそうなほど長い竜の腕が生え、左肩からは右と同じ長さではあるが細長い鳥の足のような四本指の腕が──という左右異種の腕を持っていた。
鳥の頭部の目の下には褐色の隈のような模様に、体のあちこちには焦げ跡のような黒ずんだ染みができていた。
そして蛇のような尾の先端には鳥の尾羽の様な物が生え、尾の先を動かすたびに団扇を仰ぐように風が起こっていた。
「えーと、なんだ……これ? リア、産まれた状態でも《万象解識眼》は使えそうにないか?」
「えーと……」
ちょっと待ってください。と言いながらリアは、目の悪い人が遠くを見る様な感じで目を細め、よりその鳥竜に熱い視線を送っていく。
その鳥竜は問題なく竜郎との間にテイム契約が結ばれているので、こちらに敵意は無く穏やかな雰囲気でジッとしていた。
「あ──観えてきました。って、この時点でおかしいですけど……、この子の種族はー……ん?」
「観えませんの?」
「いえ。ぼやけていた焦点が合っていくような感じで見えるようになってきたんですが、種族名は魔王科偽竜属異常種となっていますね。
魔王科偽竜属異常種ってなんでしょうね? 訳が解りませんよ。
字面だけで推測するのなら、魔王に至れる存在で偽物の竜。そして何かは解りませんが、異常な種族の魔物……という事になりそうです」
「異常な魔物ねえ。特に問題はなさそうだけど、何が異常なんだろうね。でも魔王種にはなれるんだよね?」
「そのはずです。シュベ太君も魔王科に分類されてましたし」
なんだかどこかの会社の部署名みたいだなとどうでもいい事を考えながら、魔王種候補は正式な呼び方でない事を初めて知った竜郎。
「魔王種になれるんなら問題ないっすね。うーん……それにしても、元の緑色をした鳥とか蒼鱗の蒼太とかとは全く関係ないカラーになってるっすけど、そのへんも異常種に関係してそうっすね」
「かもしれませんね。主属性が風と水の魔物の合成だったのに、この子の主属性は雷で第二が樹になってますから」
「なにっ、属性まで変わったのか!? じゃあスキルとかはどうなってんだ」
急いでテイム契約のパスを使って、鳥竜のスキル構成を覗き込んだ。
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レベル:1
スキル:《伸縮自在》《異常遺伝子接触》《竜飛翔 Lv.2》
《雷爪 Lv.1》《魔王の覇気 Lv.1》
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「スキルが少ねぇ……。改造できなかった弊害か……」
もっと弄り回せれば、最初から大量のスキルを持たせることも可能だったはずだ。
現に同じ魔王科に属しているシュベ太は、生まれながらにして18個ものスキルを持った状態で出てきたのだから。
「にしても謎のスキルが二つあるね。《伸縮自在》は何となく想像できるけど、《異常遺伝子接触》ってなんぞ?」
「ちょっとやってみて貰うか」
そうして試してみた所、《伸縮自在》は体の大きさを自由に変えられるスキル。
腕だけを伸ばす事も出来れば、全身を米粒サイズにまで縮めたり、蒼太すら凌駕する巨体へと拡大したりできる。
ただ大きさを変えれば変えるほど消費するエネルギー量も多いので、常に米粒サイズなどは不可能の様だ。
次に《遺伝子異常接触》。これは思っていた以上に危険なスキルだった。
試しに適当に捕まえてきた一メートルサイズのヤドカリのような魔物に使って貰った。
鳥竜の手にブロックノイズが走り始め、その手で撫でるように巨大ヤドカリの足の一本に触れた。
するとグチャッと腕の形が奇形し、触れた足があらぬ方向に折れ曲がっていた。
次にヤドカリの目に触れれば、泡のように目玉が増殖して、その辺りがブツブツと盛りあがり始めた。
そのおぞましい光景に竜郎や愛衣、リアは顔を青くして目をそらした。
「なにこのスキル……気持ち悪い通り越して怖いよ……」
「相手の遺伝子情報を滅茶苦茶に書き換え、体の形を根本から変えてしまうスキルの様ですね……。
遺伝子ごと書き換えるので生魔法では治せませんし、患部を全部切り取って再生したとしても奇形した状態で再生するみたいです。
自動回復系のスキル持ち相手には、かなり有効だと思いますよ」
「怖すぎるだろっ。治療方法はないのか? もし他の魔物が今のスキルを使ってきたときの対処法が知りたい」
「書き換えの深度によって難易度にかなり差が出ますが、魔法の一種なので解魔法で遺伝子情報を元に戻して、それから患部を切断、生魔法での回復──というのが最良の治療方法ですね。
ちなみに解魔法は最低でも13レベルは無いとどうしようもないレベルで、本当に深い所まで書き換えられたら、完全に修復するのに20レベル相当の解魔法で出来るかどうかといったレベルです」
「俺とカルディナが一緒にやれば、最悪の状態でも何とかなりそうってことか」
「一番の対処法は、絶対にあのスキルには触らないというのが最適解ですけどね。どうやら非生体には効果ないようですし」
竜郎達が考察している間もベタベタ触られていたせいで、もう映像ではお見せできないレベルまで体が変わってしまったヤドカリだが、背にかぶっている貝殻の部分だけは全く変化していなかった。
さらに補足すると、自分の遺伝子によって生み出される毛や鱗などといった体に繋がる場所には効果はあるが、後付けで付けたり着ている鎧や服ごしなら、目が粗い素材でなければ防ぐこともできると言う。
そう言う意味でいうと、このヤドカリは自前で作った貝殻を背負っているわけではないので、そこだけは無事だったということである。
ただ魔法なので、鳥竜の魔法力と相手の魔法抵抗力に差がありすぎれば素肌に触れられても無効化は出来る。
「魔王になれるんだし、レベルが上がっていけば魔法力とかも高くなりそうだし、今のうちに最低限鍛えて森行きメンバーの一員になって貰うかな。自動回復持ちとかは普通にいそうだし。
とはいえ、スキルが少ないのは気になるが……」
「ですが偽とはいえ竜に属していると言うのなら、スキル取得などの難易度は高くないのではないんですの?」
「それもどうなんでしょうね。偽竜なんて初めて見ましたが、ようは竜ではありませんよって事ですし」
「リアちゃんでもその辺はまだ解んない?」
「ですね……。こんなこと初めてです。ですが時間が経つにつれて見える情報は増えていっているので、そのうち解るかと」
「そのリアの《万象解識眼》の状態も不思議だよな。他のはちゃんと観えるんだろ?」
「はい。ですがたぶんなんですが、この《万象解識眼》とは世界が知っている事を教えてくれるだけで、それすら知らない情報は解らないのではないかと思っています。
なので今はこの魔物について世界が学習し始めている最中なのだと、勝手に思っています」
「世界すらも知らない魔物か……。だが不便すぎて種族変更は二度とやりたくないな」
「そうなんすか?」
アテナ含め、他の面々も意外そうな顔で竜郎を見つめてくる。それに心外だと言わんばかりの表情を取った。
いくらレアな魔物を作りだせるとはいえ、せっかくの《強化改造牧場》で使える恩恵をほぼ放棄する事になる。
特殊な技能などは持っているので必ずしもそうではないのだろうが、そのままの種族で目一杯魔卵の時に強化した方が、強い魔物になれるのではと竜郎は考えているからだ。
それに改造できた方がこちらがより欲しい魔物へ寄せる事が出来るが、種族変更は不確定要素が多すぎて、下手したら不利益になる存在が生まれる可能性すらある。
貴重な素材をそんなものに投入して、最良の結果を引き当てる運など竜郎は持ち合わせていないのだから。
そんな話をして種族変更は余程必要に迫られない限りしないと言う事を決めた。
それから森探索メンバーの補助要因として連れていくためにも、牧場内でトレーニングして貰おうと送還の素振りを見せた。
が、愛衣にその前に名前をつけてあげると言われたので、少しの間だけ待ってもらうことにした。
そうしてズバッと出てきた名前は──。
「名前はそうだなあ……──清子さん!」
「……Why? いや、流石に意味が解らないんだが……」
「黄色い鳥があの鳥竜のメインボディーでしょ?」
「まあ、上と下どちらの形がメインかと言われれば、上って気がするな」
「でしょ。んで、黄色い鳥と言えばヒヨコ。でもヒヨコじゃないから黄色のキを取って清子さん。解った?」
「解らんが解った……。というか何で雌雄が解るんだ? カルディナやジャンヌも解るか?」
「ピィー」「ヒヒーン」
もちろんと元気よく頷く二体。周りを見渡しても、何故か竜郎以外の皆は性別が見ただけで何となく解るらしい。
愛衣も解ると言うあたり、異世界産まれ特有でもないはずだ。そんな風に頭を悩ませていると、リアが見かねてポンと竜郎の肩を叩いた。
「大丈夫ですよ、兄さん。私も目の力を使わないと性別までは解りませんから」
「だよな……だよな! さすが俺の妹だ」
「ねーそれで清子さんでいいのー?」
「ああ、それでいいか?」
「キィイイイーー」
頭が痛くなりそうなかなり高音の鳴き声で了承の意を伝えてきたので、竜郎は理解者が現れてくれたことの嬉しさの中で名前を決めると、そのまま牧場へと送ってトレーニングを開始して貰った。
「後はせっかくみんな集まってるから一つ。
カルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナ、天照、月読。俺も大分SP集めが進んできたから、そろそろ皆の第四属性が何がいいかとかも決めておいてくれ。天照と月読は第三もだが」
竜郎は神力を手に入れたので、それを使ってカルディナ達にも新しい力が付けられるのではないかという好奇心を押し殺し、スキルレベルが全体的に上がるのを待っていた。
というのも、竜郎は以前大賢者と言うクラスになった事があるが、それがあるなら賢者というクラスもあったのではないかと言う疑問が生まれた。
そしてもしそちらも上手く経由していく事が出来たのなら、クラスチェンジ特典で覚えられる強力なスキルが手に入っていたかもしれないのだ。
カルディナ達は体のレベルを上げるだけでクラスチェンジする可能性がある事は解っているので、いきなり高レベルの光と闇や極光と極闇。
または神力を使って一気に更新などをした場合、その間にあったかもしれないクラスを飛ばしてしまうかもしれない。
それはあまりにももったいない! そんな竜郎の心の叫びにより、今までは実験だけで留められていたのだ。
だが、光と闇をレベル20にした後から今日にいたるまでの間に、実はカルディナ達の体のレベルを18、19と一レベルずつ刻んであげてみたのだが、その兆しは見られなかった。つまりクラスに変化はなかった。
けれどそれに関しては、大台の20が残っているので竜郎もさして焦ってはいなかった。むしろ次は上がるはずだと確信すら持っている。
そして体のレベルを上げる事で、カルディナ達には受け入れられる属性魔法の数も増える。
具体的に言えば1、6、11、16とレベル5刻みで増えるので、本当はすでに入れられる数は4つだったのだが、特に緊急性も無かったのでカルディナ達が欲しいと思った時にという事にしていた。
されど今度行く場所は非常に危険な場所だ。新たなスキル取得も視野に入れているので、ここで属性魔法の選択をしてもらうことにしていたのだ。
「確か物理属性魔法も有りだったんすよね?」
「ああ、色々実験してみたが、それ以外は今の所ダメだったがな」
斬属性、突属性などの物属性魔法は、火や水と言った属性魔法と同様にカルディナ達へ移植できそうだと解った。
光と闇は移植すると有りえない程緻密に保たれている陰陽玉のバランスを崩してしまうために無理だが、他の十の属性に加えて、物理属性の斬突射打盾の五属性も選択肢が広がったのは正直嬉しい誤算だった。
なにせスキルは所持していれば基本的に効果は重複させられるので、カルディナの魔弾に射属性を加えて発射エネルギーを強化したり、奈々のひっかくに斬属性を加えてさらに切れ味を足したり──なんて事も可能になるからだ。
ちなみに。他にもあるかとつまみ食い感覚で人形魔法(ゴーレムを生成する魔法)、捕縛魔法、磁力魔法、反射魔法、封印魔法、解毒魔法を一レベルずつ取得して出来るどうか試してみたが、そちらは重力や時空魔法同様移植できそうになかった。
「まあそこは文句を言ってもしょうがないから、幅が広がった事だけ喜ぼう」
「ですの。今の所魔法に不足を感じていませんし、前衛もこなせるわたくしたちなら物理属性が良さそうですの」
「なにげに物理属性魔法って実戦での応用力が高そうだもんね」
「そうっす。あたしは斬属性を考えてるっす。鎌とも相性がいいっすからね」
「ヒヒーーン。ヒヒーーン。ヒヒン。ヒヒーーン」
「ピィューーピィーーィィィィイュー」
ジャンヌは「皆攻撃ばっかだからー盾にしようかなー」と言いつも、打も気になる様子。
カルディナは「斬か射、突もいいのよね」と、まだ決めかねている様子。
天照、月読は属性魔法も二種類しかないので、まだまだ候補をだせるほど決まっていない様子。
この二体は基本竜郎の補助優先なので、前衛としても使える物理属性もいいが、属性魔法で固めてもいいような気もしているのだ。
「まあまだもう少し装備作成に時間がかかりますから、それまでに決めておけばいいと思いますよ」
「体のレベル以外にも、魔法の個数とかでもクラスチェンジする可能性もあるしな」
「私の魔封結晶にも物理属性魔法入れてほしいな」
「ああ、いいぞ」
愛衣もレベル10相当の魔法なら封じておける薄く細長い長方形の硝子の様な材質の透明な板──魔封結晶を使えば、自分の武器を通して魔法を取り込めるので、斬撃に斬属性上乗せ、気力の斬撃に射属性を重ねるなど色々できそうだ。
魔封結晶もリアがちょこちょこ数を増やしていてくれているので、まだ何も入っていない魔封結晶を竜郎へと渡した。
そうして軽く情報交換した後は、また散り散りになって自分のなすべき事へとむかっていくのであった。




