第360話 種族改造
魔王種を集める新たな理由も出来た所で、脇道にそれていたが今回の目的は魔王鳥の魔卵作りだという事を思い出した。
竜郎は手早く《復元魔法》で綺麗な死体に戻してから、複製ポイントを消費して六体の死体を修めた状態にする。
それが終わると、その内五体から心臓と脳を取り出し並べて《魔卵錬成》。
あっという間に魔王鳥の魔卵の出来上がりである。
大きさ四十センチほどで、エメラルドのような色合いに透明な縞々模様が付いた水晶球に皆の視線が集まった。
「等級は6──もっと細かく言うなら6.6か……。魔王種候補って言うくらいだから7はあると踏んでいたんだが」
「まあ候補であって魔王じゃないよって事だね。でも6だって相当だよ?」
「けれど6.6なら合成の研究結果から言えば、あと二回同じ魔卵を合成すれば7になれますの」
「それに7になれたのなら、ボス竜の卵と合成してもっとおかしな魔物が出来るかもしれませんよ」
「おかしな魔物──なんて素晴らしい響きなんだ……。誰も持っていないレア魔物とか最高だしな」
「魔王種候補の鳥って時点で、多分誰も持ってないっすよ、とーさん」
そもそもがレアなのだからいよいよ竜郎のレア度の基準がおかしいと、言葉を発したアテナはもちろん他の面々も苦笑いしていた。
「ボス竜の魔卵用に複製ポイントを沢山使いたいから節約中なんだが……同じ魔物を作っても芸がないんだし──しょうがない。新たな道を開拓してみるか」
「鳥と竜って相性はあんまり良さそうじゃないけどね。鳥類と爬虫類?だし」
「けれど属性的な相性だけで言うのなら、ボス竜の主属性は魔王鳥の風と隣り合う水ですし、いいともいえますよね」
「おとーさまはやる気みたいですし、仕上げを御覧じろってやつですの」
複製ポイントを消費していき、原本は一つ残した状態で合成を二回繰り返せば、今までの実験結果と同様に0.4等級上がった等級7の魔卵が出来た。
大きさは五十センチほどにまで肥大。緑色が濃くなったくらいで、後は拡大しただけのように見える。
それをまたコピーし一つしまうと、何も手を加えていない純正ボス竜の魔卵を横に置いた。
もし大した結果が得られなければ、相当もったいない事をしたに違いないと不安がよぎる。
チラリと愛衣の方を見れば、それだけで竜郎の心中を察して「もうやっちゃったんだから気にしないのー」と笑顔で応えた。
愛衣の笑顔は宇宙一可愛いな!と、竜郎の勿体ない精神を打ち砕いて前へと進ませた。
「──できた。等級は8」
「蒼太の時は一メートルくらいの魔卵だったっすけど、これはそれよりちょっと小さいっすね」
八十センチくらいの大きさで、エメラルドとサファイアをぐちゃぐちゃに混ぜたような水晶球が出てきた。
等級7から8になったのは良いが、同じ等級の蒼太の卵と比べて小さいのが気になった。
リアは直ぐに《万象解識眼》で観てその原因を確かめてみた途端、苦い顔をして竜郎に視線を向けた。
「あのー……。大変言い辛いのですが、言ってもいいですか?」
「…………言ってくれ」
どうせ知るのだから直ぐに知った方がまだマシだと、竜郎は強く目を瞑りながら決心した。
「えーと、まずですね。竜と他種を混ぜたことで亜竜に落ちています。竜と亜竜では同じ等級であっても格下ですからね。そのせいで魔卵の大きさも小さいのだと思います」
「ま、まあ。亜竜で魔王種候補ってだけで珍しいよな!」
少しでも前向きにいこうと乾いた笑みでリアをみれば、さっと顔をそらされた。
「お、おい。まさか……」
「……はい。魔王種候補ですらなくなりました」
「ガハッ──」
遂に竜郎は膝から崩れ落ちた。魔王種候補の魔物をもっと強くしようとしたら、候補ですらなくなったなんて笑い話にもならない。
「でもですよっ。等級が8もあるのに竜種にもならずに亜竜のままって言うのは、相当珍しいですよ! ──たぶん」
必死にリアがフォローしてくれているのを見て、竜郎は愛衣に手を貸してもらいながら立ち上がった。
なってしまったものはしょうがない。もうこれは諦めるしかないのだと、愛衣を抱きしめ癒されていると、ふと背中を撫でていてくれている彼女がポツリと呟いた。
「《強化改造牧場》で改造して、せめて竜か魔王のどっちかに出来たら良かったのにね」
「──それや!」
「どれや?」
俺が持っているのはただの牧場ではなく《強化改造牧場》だぞ。などと、いつぞや口にしたのは誰あろう竜郎自身だ。
ゴブリンですらイケメンエルフ顔に改造できる(はず)なのに、もともと合成前に持っていた種族を取り戻すくらいできる(はず)であろう。
「本当にそんなことできるの?」
「魔法だってできないと思ったらできないが、出来ると思ったら意外と思い通りになるんだ。
だったら《強化改造牧場》だったら出来ると思えば、多少の無茶くらい跳ね除けてくれるだろうさ。
なんたってユニークスキルなんだから」
「まあ他のレアリティの付いたスキルと比べても、ユニークスキルは色々と破格ですからね」
リアが出来ないと断言しないだけでも可能性はあるのだろう。そう思った竜郎は、半ば自己暗示のように自分に言い聞かせていく。
「出来る出来る出来る出来る出来る出来る────────よし、俺なら出来る! 愛衣もそう思うよな?」
「もっちろん。出来るに決まってるよ!」
右目を瞑ってウインクしながらサムズアップする愛衣に、竜郎は完全に自己暗示に嵌った。
出来ないなどとは微塵も思わない。むしろ出来て当たり前だろ。
くらいの気概で緊張する事すら無く、冷静に亜竜に劣化した魔卵を牧場に入れた。
そして改造のシミュレーターを開く。
すると十メートルほどの緑の鳥、胸には青の鱗がまだらに生えて、尾羽はなく代わりに蛇のような尻尾がちょろんと短く伸びている──そんな魔物の姿が表示された。
今まではここで見た目や得意分野などを弄ってきたが、種族の強化改造まではしたことが無かった。
だができると信じて疑わない竜郎は、種族の項目を開くように念じてみた。
すると魔物の姿の右下辺りにスッと【亜竜種】と書かれた項目が浮き上がってきた。
(ほらな! やっぱり種族の改造も出来るんだ。そうに違いない)
口の端を上げて僅かににやけると、竜郎はその項目に魔王種候補──もしくは竜種になる様に念じながら魔力を押し売りが如くねじ込んでいく。
しかし変化はない。だがこれは先ほどの根拠のない自信とは違い、出来ないけれど出来そうという謎の感覚がした。
どういうことだろうと首を傾げながら、ならばもっと出力を上げればいいのかもと竜力を流し込みながら、変われと最早スキルに命令するかのようにゴリ押ししていく。
すると【亜竜種】の項目にブロックノイズが走り始め、竜力を流すほどに酷くなって最早なにが記載されているのかも解らなくなった。
(これは変わったと思っていいのか? けど明確に変わったっていう感じがしないんだよなあ。ふーむ……)
眉根を寄せて難しい顔になった竜郎は、もうどうとでもなれと最終手段──神力を叩き込み始めた。
神力は普通に魔法として使う時でも調整が難しく、魔力頭脳の演算を用いても微妙にイメージとずれてしまうほどだ。
なので神力を使うと竜郎自身どうなるのか全く予想できない。
だからこそ使用は控えていたのだが、強情な種族改造が悪いのだ。
みょうちくりんな種族になったらマジめんご!と、適当な謝罪を送りながらひたすら変われと神力、竜力、魔力を全力で注ぎこんだ。
するとブロックノイズが止み、かと思えば種族名の項目に滅茶苦茶な記号が列挙され始める。
(やっべ。ほんとにわけ解らん種族になったらどうすんだこれ──それはそれでレアだから有りか……? うん。有りという事にしておこう。それがいい。それがいいに決まってる)
完全に思考を放棄して、とにかく変われと、何でもいいから変われとひたすらに念じながら執拗にエネルギーを注いでいくと、やがてその項目に竜という一文字が刻まれたのが見えた。
「よ──うわっ!?」
「どうしたの!?」
それによしっと声を上げた所で、バチンッと火花が散る様な錯覚を感じシミュレーターを閉じてしまった。
「いや。種族を変えようとしていたら、なんかほぼ強制的に打ち切られたって感じだ」
「んんん??」
愛衣も良く解らないと、お互い向かい合って対象方向に首を傾げた。
「何をしていたのかは大体観ていたんですが、最後の方は私も良く解りませんでしたね。もう一度開いてみてみてください」
「ああ。解ってる」
元より竜郎もそのつもりだったので、リアに言われるがままに再びシミュレーターを立ち上げた。
「あれ? なんか卵の形がまったく違うな」
どれどれと皆が集まってモニターに視線を向ければ確かに違う。なので一度出して直に見てみることにした。
するとそこには子供が粘土で滅茶苦茶にこねたような、ぐちゃっとした水晶質な物体が出てきた。
色も元のエメラルドとサファイアを混ぜ込んだようなものではなく、所々焦げ付いたような跡に、くすんだ緑と青でマーブル模様を描いた様相だ。
明らかに普通の魔卵ではなくなってしまったと一目でわかる。
さらに《無限アイテムフィールド》による複製でもう一つ増やして実験してみようとするも、コピーすることが出来なかった。
「なん──ですか……これ……? 《万象解識眼》でも全く情報が得られないんですけど……」
「リアの目でも解らないなんて、本当にこれは魔卵として使えるんですの?」
奈々の言葉に他の面々も魔卵(のようなもの)を、訝しげにジッと見つめた。
今までの魔卵はどれも球体だった。何故か今まで出来ていた魔卵の複製も出来ない。
色もこれは明らかにおかしい上に、さっきは見ただけで種族を言い当てたリアの目でも何も解らないときたものだ。
「だがさっきまでは牧場に入っていたんだ。それに──ほら、入れ直す事も出来るって事は、一応魔卵としてスキルには認識されてるって事だろ?」
「じゃあシミュレーターでどんな魔物が産まれるか解るっすか?」
「やってみよう」
問題なく魔卵(のようなもの)が強化改造牧場内に収納されたところを見て、アテナの言った事を試すべく孵化させたらどんな魔物が産まれるのかとシミュレーターを起動させた。
「なにこれ? 全然みえないよ?」
皆が覗くモニターの中では、スノーノイズが吹き荒れて何一つ観る事が出来ない。
おまけにスキルの確認も付与も、レーダーチャートでどういった事柄に特化しているのかすら解らない。
「だが孵化はできそうだな……やってみるか」
「念のため、何が起こってもいいように構えておいた方がいいかもしれないですの」
「ですね」
孵化させないのはそれはそれで気になるので、どんな状況にも対応できるように竜郎の横には愛衣が、それを囲むように他のメンバーが移動した。
準備が整った所で竜郎は魔力を注ぎ始めた。続いて竜力。
上手く流れ込み始めた所で残り少くなった神力を──といきたかったのだが、何故か神力だけは蓋をされたかの如くまるで通らなかった。
(強化改造は一切できなくなって、さらに神力注入も出来ないのか。
種族の改造は今後やめておいた方がいいかもな)
さしもの竜郎も今回のはちょっと無理があったのかもしれないと反省しながら、大人しく魔力と竜力だけを流し込んでいく。
竜郎の魔力と竜力に満たされた魔卵は、こちらの心配をよそに無事孵化できたのが感じられた。
「それじゃあ、出すぞ」
孵化させる段階では問題なかった。
では孵化した魔物に何かが有るかもしれないと、今度は竜郎と愛衣とリアを奥へ。
そしてカルディナ達が前面に立った状態で、謎の魔物を《強化改造牧場》より取り出したのであった。




