第356話 今回作った魔物
「今回の実験結果から導き出されるのは、どんなに頑張っても同種の合成では2等級上昇が限界だって事か……はぁ……」
「これだけ時間をかけるんだったら、復元魔法で簡単に魔石とかを量産できる低級の魔物を4にするより、最初から4の魔物を狩ってきた方がいいよね」
「身も蓋もない言い方ですが、それで間違ってないですね」
けれどこの法則が全等級、全種類の魔卵に当てはまるのなら、ボス竜の魔卵をさらにもうワンランク上げる事が出来るという事でもある。
さらに今回実験に使った魔卵は等級が低く、扱いやすい素材だったと言うこともあるが、ちゃんと使い道の有りそうな魔物なので問題はない。
竜郎はこれ以上もったいないお化けを振り払えずに、最後に残った二個中一個はしまってしまった。
「そいでその卵はどうするの? 孵化させるの?」
「当たり前だろ。その為に頑張ったんだから」
「ん~でもそれってさあ。黄金イモムーの卵だよね? 等級4になった所でたかが知れてる気もするけど」
イモムーはどんな環境でも関係なく全世界に分布していて、魔物界では最弱の存在に名を連ねるほどに弱い魔物。
実際に竜郎も、初めて戦った時は1レベルでスキルも《レベルイーター》だけだった最弱時代でも、元の世界と同等の運動能力でなんとか対処できていた。
そして今回の黄金イモムーも、ダンジョンのボスだったという肩書だけならば凄そうだ。
けれどそれも所詮1レベルのダンジョンだ。子供達でも必死で頑張れば倒せるレベルの存在でしかない。
そんなイモムーを使うより、もっと強そうな魔物を使えば良かったのにと愛衣は思ったのだ。
だが竜郎は、ちっちっちと人差し指を顔の前で振った。
「愛衣は忘れてないか? イモムーの先にある存在を」
「イモムーの先に? えーと、イモムーパパになれるんだよね?
でもそれだったら前に苦労してほしいかと言われればNOって言ってなかったっけ?」
「言ってたな。けど今回の実験をするのに適していて、戦力になりそうな魔物はってなったらこいつしか考えられなかったんだ。
それに神力での不思議進化もできるかもしれないしな」
「確かに等級1のイモムーが、等級4~5相当のシュベルグファンガスになれるということを考えれば、単純計算で等級4のイモムーは等級7~8相当の化物に進化できると言えますからね」
「7~8って……。それって蒼太と同格になるって事!? イモムーが!?」
「だな。だったら蒼太と同じ魔物を量産すればいいって事にもなるが、今回はせっかくだからイモムーをどこまで強化できるのかという実験もかねてみたんだ。一石二鳥だろ?」
こんな所でも貧乏性精神が生きてくるのかと愛衣は感心しながら頷いた。
そして上位竜の中でも上位に位置する蒼太に匹敵するイモムーというのがどうも想像できず、愛衣は早くみたいと竜郎にせがんだ。
「それじゃあ、さっそくやってみるか。スペアもあるから多少改造失敗しても問題ないだろうし」
《強化改造牧場》に等級4のビックゴールデンイモムーの魔卵を投入すると、シミュレーターを起動してこのまま孵化させた場合の形状を表示して見せた。
「うええっ!? なにこれ!? イモムーに手足が生えてる!」
「もはや芋虫じゃないな、コレじゃあ」
「ちょっと気持ち悪い見た目ですね」
大きさ的には二メートルくらいと、以前ダンジョンで見た時と変わらないサイズだった。
けれど短い二本足がそれに生えて猫背で立ち、細長い二本の手を前にだらりとぶら下げていた。
イモムーとは別の存在になろうとしている最中と言われれば、納得できそうな形態だった。
「これが進化したらシュベ公とは別の魔物になりそうだな」
女性陣は新イモムーに若干引き気味だが、これはレア魔物フラグだとばかりに竜郎は胸が熱くなりながらシミュレーターを操作して次の形態を表示させた。
「蛹……なんだよね? これって」
「そのはずですが、この状態でも移動と攻撃が出来そうですね」
丸い卵の下部分に木の根のように地面に広がる触手のような足を多数持ち、上の方には鎌のついた触手がついており、蛹でありながら移動し最低限の攻撃も出来る様になっていた。
これがただのイモムーだった場合、緑色で細長いよく見る蛹となり、約100年もの間何もできずにジッとすることしかできない。
「蛹の状態でも生存能力が向上しているのか。こりゃあ成体の攻撃能力もさらに高くなっていそうだな」
興奮気味そう言いながら最後に成体をシミュレーターで表示させた。
そこに映されたのは形は異様に発達した筋肉を持つ猫背の人型で、大きさ四メートル。色は全身金で、赤色の線が所々に入っていた。
頭部はシュベルファンガスと同じ逆台形の形に、カマキリの様な大きな緑色の複眼が二つに、角の様に固く尖った二つの赤い触覚の間に三つの単眼。
背中にはトンボのような翅が四枚伸びており、体と同じくらいの長さで先端に二股の槍が付いた蛇腹の尻尾。手足には太く頑丈そうなナイフのような爪が五本ずつ。
「シュベ公の面影は残しつつ、やたらマッチョで猫背な人型になったって感じか」
シュベルグファンガスはスピード高めの魔物だったが、その長所が失われたかと思いつつ成体状態のレーダーチャートを表示する。
すると筋力値だけがやや枠を飛び出し高めではあるが、他もぴっちりとチャートの枠ギリギリまで伸びており、全体的に極めて高い水準のバランスタイプだと判明した。
通常バランスタイプならレーダーチャートの枠の半分ぐらいの場所に、綺麗な八角形を描くのだが、この魔物は枠一杯に八角形を描いている時点で潜在能力値の高さを示していた。
「スキルも耐久、魔法防御を大幅に上げる《魔金体》。筋力、魔法力を大幅に上げる《魔筋繊維》。
そして《超高速飛翔》に魔法力依存の物理攻撃で、耐久が高いが魔法抵抗が低い相手に非常に有効な《魔力殴打》。
他にも珍しい上に強力なスキルがありますし、本当にソータ君並みの魔物に成れるかもしれませんね」
「高ステータス高スキルってことね。確かに強そうかも」
蒼太クラスの強さを身に着けられるのなら、ちゃんとレベルを上げていけば竜郎達の戦いにおいても足手まといにならず、補助や戦闘支援も期待できるはずだ。
竜郎が牧場内で持ち歩けばいつでも呼び出せ、戦力を分散せざるを得ない状況でも薄い所に応援に行かせる事も出来るだろう。
「これは思った以上に当たりだったのかもな。となると後は孵化させるだけだが、改造するならどうするか」
「とりあえず100年も待ってられないから《急速成長》を付けるのは決定だよね」
「そしたら、このまま全体的に強化でいいんじゃないですか? これだけ全体的に高水準ならわざわざ欠点を作る事もないと思いますし」
「それもそうだな。外見は……結構いかついが、見た目からして強そうな方が示威行為にもなるからそのままでいいか」
愛衣も特に異論はないようなので、芋虫時だけに得られる《魔金糸吐き》という特殊なスキルに、蛹時にだけ得られる《隠密》など、その状態で暫く過ごさないと覚えられないスキルは絶対に覚えさせるように改造し、成体で覚えられる強力そうなスキルも追加していく。
パラメーターも全体的に底上げしたのでレーダーチャートの八角形が全て枠から大幅にはみ出した。
「完璧だな。あとは神力を注いだらどんな変化が見られるか楽しみだ」
「顔は思いっきり虫さんだし、神の力でなんとかならないかなあ」
「顔だけ人間ぽくなったら逆に不気味ですよ、姉さん……」
愛衣とリアがそんな事を言い合っている間にも、竜郎は一気に魔力と合わせて竜力、神力を強引に注いでいく。
(あれ? 等級4の魔卵の割に神力がスルスル入ってくぞ? 20、30──よっんじゅうで限界か……。
進化形態が二つも残っているからってのが関係していそうだ。イモムーでも侮れないな)
神力や竜力が注げなくなったので、残りは魔力で埋めていく。こちらの必要魔力量も、等級4にしてはかなり多い気がしながら、そのまま孵化まで持っていった。
「ん。完了っと。とりあえずイモムーの状態を見てみるか」
《強化改造牧場》から等級四のビックゴールデンイモムーを召喚してみれば、そこにはシミュレーターで見た時よりもより人型に近く、芋虫というより一メートル半ほどの巨大な芋虫と胎児の融合体とでも言うべき、奇妙で金ぴかな生物がはいはいしてゆっくり移動していた。
「うげっ──。たたたたつろー……神力なんて入れたから余計にひどくなっちゃったじゃん……」
「これなら短い手足の生えた巨大芋虫の方がまだ可愛げがありましたね」
「い、いやいや。まだあと2回形態変化を残している……この意味が解るな?」
「もっとぶちゃいくになる未来ですね。解ります」
「この状態からだと不安しかないですね……」
「だよなあ……」
《急速成長》を付けても成体になるまで時間がかかる予定なので、まだしばらくはこの芋虫胎児の状態だ。
シミュレーターを使えば成体も見られそうではあるが、不安しかなく時間が経つまで放置することに決めた。
リアは装備作りに戻っていき、大分小雨になってきたので竜郎と愛衣は人工風山の様子を見に山まで転移してきた。
あれから二日経つが、あまり表面的な所で変わった様子はなかった。
これで本当に風山になるのかと心配しながら、山にいた魔物を討伐したり、SPをいただいたりして露払いすると、解魔法で進行状況を確かめてみた。
「見た目に解りにくいが、かなり風の魔力が侵食してきているな。順調に進んでいるようでホッとしたぞ」
「あっ、ねえねえ。あそこに風で出来た植物が生え始めてるよ!」
「ん? どこだ?」
「あそこだよあそこ」
愛衣の遠見を行使した視力だからこそ見つけられたわけで、普通の視力の竜郎では見つけにくい。
愛衣の指す方角に解魔法を使ってようやく、風の魔力だけで構成された植物を見つけた。
そこまで歩いて行って間近で見てみれば、その周辺の小石もいくつか風のエネルギーに侵食されていた。
目で見える結果が得られたことに満足しながら、リアへの報告用にスマホで何枚か写真に収めた。
「そう言えば、もうそろそろ蛹にはなってるんじゃない?」
「さなぎ……? ああ、イモムーの事か」
成長後の姿がどんなおぞましいモノになるのかと不安だったのもあり、頭の片隅に置いて意識的に忘れていたのだが、愛衣の言葉を聞いて竜郎はその存在を思い出した。
確かにあれからまた時間が経っているので、既に蛹と化している可能性が高い。
せっかく作ったのに放置する訳にもいかないと、周りに敵がいないことを確認してから外へと出した。
「おろろ? これは別に気持ち悪くないね──てか、見た目は綺麗かも」
「だな。けどこれだとパッと見魔物だとは思えないな」
二人の前には三メートルほどの大きさで、透明な六角水晶の中で金色の粒子に若干の白金色が混ざった粒子が、スノードームの様に散っている。という、どう見ても生物ではなく鉱物のような奇妙な魔物が現れた。
けれど外見は芋虫と胎児が混ざり合ったような不気味な魔物と比べて、どこか神聖さすら覚える美しささえ感じる事が出来た。
そんな魔物に暫し二人で見惚れていると、巨大な六角水晶から無数の触手のような透明な物体が飛び出してきた。
ぎょっとして思わず後ろに下がっていると、先ほど見ていた風山化した草や小石を千切ったり拾ったりしていく。
「一体何を……」
しているんだと言う前に透明な触手は草や小石を持ったまま戻っていき、水晶の中に取り込んでしまった。
取り込まれた物質は水の中を漂う様に水晶内でフワフワとしていたが、段々と砂の様に溶けていき、数秒で消え去ってしまった。
「見てっ、たつろー。金色と白金の粒粒の中に薄緑色が混ざり始めたよ。きれー」
「これは……風のエネルギーを食べて取り込んだのか?」
「そんなことできるの? このイモムーは」
「イモムーというか、無属性の魔物だから──かもしれないな」
もともとイモムーは何の属性も持たない、俗にいう無属性の魔物。なので魔卵を作る時も、ほぼただの魔力だけで造り上げる事が出来る。
その為、属性系統のスキルも覚えられないし、何かに特化もし辛い。
けれどその反面、繁殖しやすく他の属性に染まりやすいという長所もあるため、環境適応能力は高いとされている。
実際にイモムーは世界中のどこにでもいて、どんな環境でも体を合わせて変化しているようだ。
そして今回のこのイモムーの蛹も、無属性の魔物だった。
イモムーの場合は成体になれば風の魔力が加わる様だが、蛹ではまだ何の属性も持たない。
ゆえに竜郎の魔力で満たされた牧場内から、今回風の力で満たされつつあるこの場所に現れたことで、そこにも適応するべく風のエネルギーを取り込んだのだと推測した。
「これは何かのスキルというより、無意識に持つ生存能力ってやつだろうな。これで成長しきった時に、また何か影響が出てくるかもしれない」
「果たしてそれはいい事だったのか、悪い事だったのか──こう御期待! だね」
「ああ。だが元々成体後は風属性に偏るはずだったんだから、そこが強化されると思いたいな」
「ふふっ、ここで出してみて正解だったね」
「ああ。愛衣のおかげだな」
「でしょー」
得意顔でニコニコ笑う愛衣の頭を優しく撫でて頬にキスした頃には、蛹の魔物も安定したように見える。
なので牧場に戻してから、竜郎と愛衣は転移魔法で城へと戻っていくのであった。




