第353話 魔卵の産み方は?
凄惨な現場から目をそらし、とりあえずレベルが上がってさらに強くなっている気配がする軍鶏を連れて、転移魔法で拠点に戻ってきた。
「なんですのソイツは!? 眩しいですの! あっちやって欲しいですの!!」
「コケッ?」
どうやら奈々レベルの邪竜であっても直視したくない程に聖なる気に満ち溢れているらしく、しっしと目を細めて金軍鶏を追い出した。
「それほどの聖気をまき散らされては、この城を管理している小悪魔たちは近くに寄っただけで消滅してしまいますの!」
「それは不味いな……。悪いが外に立派な鶏舎を作るから、そっちに移動してくれ」
「ヒヒーーン。ヒヒーーン」
「コケッコー」
ジャンヌに促される様にしてヒヨコを引きつれ金軍鶏が裏庭までやってくると、裏口からリアが顔を出して合流した。
すると金軍鶏を観た途端、苦い顔で笑った。
「これは……確かに奈々は嫌がるでしょうね。聖なる気の化身とでもいうべきほどに、破邪の力に満ち満ちています」
材料にあの化石を使ったと言うと「あー」と納得顔でリアは頷いていた。
「あれを十個も使って作ったのなら納得ですね。大変だったでしょうに」
「ああ、馬鹿みたいに竜力を消費したな」
「ヒヒーーン」
竜肉を食べて嵩増しし、一万を余裕で越えている竜力を二人分使ってギリギリだったのだ。
これだけ消費したのに無駄に終わったらどうしようかと焦った記憶が、ありありと思いだされた。
「今度やる時はカルディナや奈々……はちょっと難しいか。アテナも入れてやった方がいいな」
「それがいいと思います」
次も金軍鶏が出てくるかどうかは解らないが、鉄を元にした場合、皆同じ小天使だったことを考えても、そうなる可能性が高いと推測できた。
そうでなくても聖なる気は纏っているだろうから、次があっても奈々は少し離れた所でお留守番ということになるだろう。
そんな事を話し合いながら、周りにいるヒヨコたちの話に移っていく。
最初から聖なる気を宿す純金の卵に、地面に叩き付けて割るというダイレクト孵化などの話もリアに告げると、興味深げな視線を金軍鶏に向けた。
すると金軍鶏の周りには八匹のヒヨコが近くに侍っているのが見えた。
「八匹? ……兄さん、最初より増えてませんか?」
「は? 何が──って、増えてる!?」
リアの視線の先に竜郎も目を向ければ、六匹しかいなかったはずなのに二匹も多くなっている。
そんな事を言っている間にも、また新しい卵がコロコロお尻の方から転がってきていた。
あまりにも竜郎が凝視するものだから金軍鶏は卵が欲しいのだと思ったようで、それを咥えて「いる?」とでも言いたげな視線で首を傾げていた。
思わず手を出すと別段思い入れもないようで、飴を配る様な気軽さで竜郎にポンと渡した。
「……こいつ一日に何個の卵が産めるんだ?」
「えーと少なくとも九個──じゃないや、一個食べちゃったから既に十個は産んでるよね」
「たたた食べたあ!? それを食べたんですか!?」
「え? もしかして食べたらやばいのかコレって?」
「……いえ。むしろ食べたら体内のあらゆる不浄を消し去って健康にしてくれるでしょうね……。ナナが食べたらお腹が痛くなるでしょうけど」
「じゃあいいじゃん。健康食品なら毎朝リアちゃんも食べよーね。三人で分けても十分な大きさだし」
「ええぇ……。素材としては恐ろしく高価で貴重だと思うんですけど……食べちゃうんですか?」
「お金には今のところ困ってないしなあ。それに貴重って言われてもさ」
竜郎の視線の先では既に三個の卵がコロコロ転がって、「もっといる?」と首を傾げる金軍鶏がいた。
これなら毎朝小粋に目玉焼きを焼いても次から次へと湧いてくるだろう。それを見たリアも「ああ……ですね」と、もうなんでもいいやと言う目でちゃっかり自分の研究用に一個貰っていた。
「どうせならこれで天族創造はやってみてもいいんじゃないですか?
これなら下準備も無くいきなり代償に使えますから」
「そうだな。竜力もソコソコ回復したし、アテナとカルディナにも手伝って貰えれば直ぐ出来そうだ」
という事で奈々は城内でお留守番していてもらい、愛衣とリアの見学の元、ジャンヌを起点に竜郎、カルディナ、アテナの補助で聖なる金の卵を十個使っての《天族創造》を行う事にした。
まるで疲れた様子も見せずにポコポコ産んでいく卵を十個並べると、もう産まなくていいと言って産卵を止めさせると、ジャンヌはスキルを起動した。
竜郎とジャンヌは未だに竜力が完全に回復しきっていないので、カルディナとアテナに大部分を負担してもらった。
「あの化石程ではないな」
「ヒヒーーン」
こちらも素材の質に比例して相応の竜力を取られていくが、化石を経験したからか大した事が無いように感じながら、白い液体が形を成していくところを見つめた。
「ニワトリの卵を素材にしてコレか。もう法則が解らんな」
「でもあれってペガサスだよね!? 凄くない!?」
愛衣がはしゃぎながらスマホを出して写真を撮っている先には、真っ白でいて綺麗な毛並みをした天魔ならぬ天馬。
威風堂々たる三メートル弱の巨体に銀の煌めく鬣。背中には純白で白い光を放つ大きな翼。
神聖という言葉を体現したような、うっとりするほど神々しいペガサスが大人しく佇んでいた。
「これはまた……。金軍鶏ほどではないですが、邪に属する方々にはキツそうなのが産まれましたね」
「やっぱりそうか。でも金軍鶏のおかげでペガサスを量産できるかもしれないな」
「今思ったのですが、むしろ私たちが来たことで魔窟度が上がってませんかこの領地?」
「え~と龍にワニワニ隊、ワーム隊でしょ。大量の小天使、小悪魔。そんでもって金軍鶏にペガサス……ほんとだね!」
ペットも入れればもっといるので、むしろ危険度を悪化させていると他者から思われても不思議でない程強力な魔物が何体も産まれていた。
「まあそうは言っても俺達の身内だからな。むしろ安全度は増していると思うぞ?
不法侵入されたらどうなるかは知らないが」
「野生の魔物くらいならいいけど私達の魔物を密猟とかされても困るし、強いのはもっと必要だよ。拠点防衛は大事だからね」
「まあそうですね。少なくともここまで来られる人間がいるとしたら、相当の実力者でしょうし」
野生の魔物が防波堤になってくれているが、空からの進入路は難易度が若干低い。
今は蒼太がいるのでかなり補強されているが、以前のままでは領地に入るだけならそこまで難しい事でもなかったのだ。
……ただ、陸地で活動できるかといわれれば別問題なのだが。
それでも陸地で竜郎達ほどでなくても、自己防衛できるレベルの人間に来られた場合、野生の魔物だけでは竜郎達の拠点に入れはしないだろうが、庭先を荒らすことくらいはできてしまう。
なのでどれだけ留守にしていても完全に防備できるよう、もう少し防衛力を上げておこうかとすら思っていたのだ。
「そのための実験もやってるところだしな」
「あーアレね。実験って言っても、よくあんなにチマチマ同じ作業出来るよね」
「確か魔卵合成での等級上昇の限界値を見つける実験でしたよね」
「ああ。今はちょこちょこ材料を作ってるところだが、そろそろ目標個数に到達しそうだから本格的な実験に乗り出すつもりだ」
「その時は私も呼んでくださいね」
「ああ。そのつもりだから安心してくれ」
この実験とは、ようは合成でどこまで魔卵の等級があげられるのか。また限界があるとしたらどこなのか。
そういった事を魔石や脳の量産が楽で、将来的に拠点防衛の戦力にもなる可能性があると思われる魔物で確かめるべく、毎晩あいた時間を見つけては《復元魔法》で素材を量産しまくっているのだ。
「それにしてもペガサスか。こっちも金軍鶏の卵で手軽に量産できるなら魔卵を手に入れるのもいいな。金軍鶏は素材も貴重だし初期投資も大きいから無理にしなくてもいいが」
「このニワトリちゃんは魔卵を産むことはできないのかな?
実際に魔卵を持ってる魔物だっていたんだし、できない事はないと思うんだけど」
「んー直接魔卵ができる過程を観られれば解明できそうですけど、ちょっと解らないですね。いっそのことダメもとで頼んでみると言うのも手ではないでしょうか」
「コケ?」
「それもそうだな。素材無しで手に入るなら俺も楽だし、貴重な複製ポイントも消費しなくていいしな」
そこでジャンヌから魔卵を産んでみるように頼んでもらったのだが、卵を産むのは理解できても魔卵を産むと言うのは理解できていない様だった。
なので無理のない範囲で努力だけしてもらう事にして、竜郎はテイマー関連の本を買ってくることにした。
「テイマーは繁殖させて子子孫孫と同じ魔物を受け継いでいる家系もあると聞いたことがありますからね。
一子相伝の秘術だとか言われたらしょうがないですが、何らかのヒントは得られるかもしれません」
というリアの言葉があったからだ。町までは転移魔法で直ぐなので、竜郎は単身王都の百貨店へ駈け込んでテイマー関連の本を買い漁った。
部屋に戻って愛衣の膝枕を堪能しながら何冊か本を読んでいると、魔物育成について書かれた項目にそれらしいことが書かれていたので、そこを重点的に読み込んでいった。
いくつかの本から得た情報を纏めると、基本的に同種の雌雄を用意して、お互いが気に入れば、お互いの魔力を混ぜあって魔力の強い方に魔卵の核が宿るらしい。なので卵を宿しているからと言って、メスであるとは言い切れない様だ。
そして宿った魔卵の核を母体となった方の魔力で大きくしていき、完全に出来上がったら必要になった時に排出するもの。近くに置いて保有しておくもの。体内で孵化させた状態で子供を体外に出すもの。
などなど、魔物の種類や個体の性格などにも左右されるらしく、同種の魔物であっても産み方が違う場合があるとの事。
「絶対に同種じゃなきゃダメなの?」
「いいや。地球でもライオンとトラの子供でライガーとか、馬とロバでケッテイみたいな異種交配によってできる交雑種っていただろ?」
「あー。なんか見たことあるかも。それじゃあ、近縁種同士なら魔卵を作ることも可能って事ね」
「そういうのを利用して魔物を作りだそうとするテイマー集団の組織とかもあるらしい。
品種改良で同種であっても優秀な個体を、異種交配で新たな魔物を──ってな。人間の敵である魔物を人間が強化するなんてとんでもないとか言って、反対する組織もあるみたいだが」
「たつろーの魔卵錬成での合成も似たようなもの?」
「似てはいるが、人為的に交配させたりするよりも確実で安定しているうえに、お互いのDNA──というか魔力か。それを分けあって作ったのが交雑種。
直接二個を一つにまとめて作ったのが合成だから、似て非なるものってのが正解だと思う」
「そう言われると違う気がするね。しかも合成の方が強い魔物が作れそう。
ん~でもさ。なんだかさっき言ってた異種交配の組織とか、その反対の組織とかに知られると厄介な事になりそうだよね」
「だなあ……。見せびらかす気はないが、そういう奴らに感付かれたら呪魔法でちょちょいと忘れてもらうしかないな」
「自重する気はないと」
「ただでさえ自分たちの状況が大変なのに、他に気を配る余裕はない!」
「──という建前で本音は?」
「どんな魔物が産まれるか、どんな魔卵が手に入るかというコレクション魂には勝てんのだ!」
「そういうところは子供っぽいよねー」
膝に乗せた頭をよしよしと愛衣が撫でていく。剣を振り回したりすることが多いにも関わらず、女性らしい柔らかな手の感触に竜郎は目を細めて太ももの感触を堪能した。
「あーこのまま寝たいかもしれない……」
「いーよ、そのまま寝ても。朝までよしよししててあげる」
「う~~~~~ん……。それもいいが、夜のお勤めがまだだから頑張って起きる……」
非常に悩ましいという表情ですべすべしたきめ細やかな太ももをサッと撫でると、腹筋を使って起き上がり、そのまま愛衣に覆いかぶさった。
「やっぱりこうなったか」
「いやか?」
「ううん。終わったら今度は私がひざまくらして貰うからね」
「もちろん」
そうして今宵も、二人仲睦まじく時が過ぎていくのであった。




