第352話 ジャンヌが試してみたいこと
いったい何だろうと竜郎と愛衣が、ジャンヌの植物の蔦でつかんだ紙を受け取って中身を読んでいく。
そこには「今の化石を使って天族創造ができないかなー?」と書かれていた。
「ああ。確かに無機物っぽいかもしれないな」
「それにとっびきり珍しくて強力なね」
「ヒヒーン」
でしょーとでも言いたげな声音で、よく気が付いたねと二人に撫でられ、お尻をふりふりご機嫌なジャンヌ。
もしかしたらとんでもない天使が造れるかもしれないと、いくつかリアに渡し、今ここで消費した5個を除いてもまだ沢山ある素材を最大必要個数である10個とりだした。
これに聖属性を付ける事が出来れば、普通の山を風山へと作り変えたり、あの怪物を作りだす原因にもなるほどに強大なエネルギーを持った物体での天族創造が可能になる。
竜郎や愛衣の期待を一身に受けながら、ジャンヌは《真体化》し《聖竜の祝福》を行使して、10個の強大なエネルギーを秘めた物質に聖なる属性を付与していく。
「ヒヒーン」
「結構竜力がいるみたいだな。俺のも使っていいぞ」
「ヒヒン!」
元となる素材がかなりの力を秘めているせいか、予想以上に聖なる物質へと変化させるのにエネルギーが必要なようで、竜郎は自分の竜力もジャンヌへと渡していく。
そうしてようやく、10個全てを聖なる物質へと変化させることに成功した。
けれど聖属性の放出量も激しく、放っておけばあと一分もしない間に元の物質へと戻ってしまうだろう。
先ほど通常では有りえない程に竜力を消費している中で、再び大量消費しそうな兆しを感じながらも、直ぐに《天族創造》を発動させた。
「ヒヒーーン……」
「さっき俺の竜力を渡しておいて正解だったな。二人がかりでもきついぞコレ……」
「頑張って! たつろー! ジャンヌちゃん!」
竜郎からジャンヌへの竜力受け渡しは出来るが、愛衣からは出来ないので応援だけはしっかりとしている。
天照と月読はもしもの時の為に温存して貰うため、ギリギリまで加勢はしないでもらう。
やがて物質同士が白色に液状化しはじめ、それらが合わさり混じり合っていく。
だが赤ちゃん天使を生み出す時にはスムーズに次の形へと移っていたのに、なかなか形が定まろうとはしないで、牛乳に波紋が立っているような見た目のまま進展がなかなか起きない。
「くそっ。一気にいくぞジャンヌ! 失敗したら失敗したでいい!」
「ヒヒーーーン!」
らちが明かないと竜郎とジャンヌは余力分に残しておいた竜力も全て放出して一気に押し進めていく。
するとようやく波紋から縦にジャブジャブと液体が動き始め、本当にギリギリのところで形を取り始めた。
まばゆい白光を散らしながら、その場に現れたのは……。
「あれだけ苦労して………………コレか?」
「ヒヒーーン?」
「これってほとんど…………っていうか、まんま鶏だよね?」
「コケッコッコーーーー!」
元気よく鳴き叫ぶのは、全身金色の羽毛に覆われた二メートルほどの大きさの軍鶏だった。
竜郎達のなかではどれほど強力な天使が産まれるのかとワクワクしていた中でのコレである。
本人ならぬ本鳥には申し訳ないが、正直期待外れと言わざるを得ない。
ただ体を動かすたびに鱗粉の様に散る金色の光は聖なる気に満ち溢れており、内在する力の強さはうかがえた。
「うん、でもさ」
「見た目って大事だよな」
「ヒヒーン……」
「コケッ?」
もしこれがただの鉄の塊を元にして生まれたのなら凄いと思えたが、貴重な上に大量のエネルギーを秘めた素材を使い、天族創造までにかかった総エネルギー量を考えると「ニワトリかよっ!」と突っ込みたくもなるだろう。
金軍鶏はそんな空気も知らずに、無邪気に首を傾げていた。
とは言えずっとこんなムードでは可哀そうなので、すぐさま切り替え仲間に迎え入れた。
ジャンヌがおいでーっと《真体化》した体の大きな手を伸ばすと、コケコケッとすり寄って見た目以上に愛嬌があって好感が持てた。
竜郎や愛衣も触らせてもらっていると、お尻の方からコロリと何かダチョウの卵サイズの物体が出てきた。
なんだろうと視線がそちらに向くと、金色に輝く卵がコロコロと地面に転がっていた。
「まさかの金の卵を産む鶏!?」
「文字通りまんまだな。しかもこれ、最初から聖なる物質になってるぞ。凄いな……殻の部分は全部純金だ……いや、この場合聖純金とでもいえばいいか」
解魔法で成分を調べてみれば、中身には黄身と白身らしきものがあるが、外身は完全に聖なる純金で構成されていた。
「おおぅ……聖なる金た──」
「おっとそこまでだ。女の子が口にしていい言葉じゃあない」
「ふがふが」
『きんたまご』と言おうとしただけで略そうとは思っていなかったが、パチンコのようにいざ意識してしまうと嫌な感じがしたので、愛衣は大人しく口を押えられたまま頷いた。
手が口から離れるのを確認した後、愛衣は改めて手に取って卵をしげしげと見つめていく。
「ん~? でも魔卵って感じでもないね。これは牧場に入れられるもの?」
「いや。それはできないっぽいな。俺が扱っている魔卵ではなく、蟻蜂女王とかが生んでるリアルな卵の方みたいだし」
「え? それってもしかして、これを温めて育てれば何匹も金のニワトリが量産できるって事?」
「どうみたって無精卵だが……魔物の場合は孵化するのか?」
「そこはリアちゃんに相談だね。あ、また産んだよ」
愛衣の視線につられる様に下を向けば、またまた金軍鶏のお尻の方に金の卵が転がっていた。
「一日に何個も産めるのかこいつは。んじゃあ、せっかくだし一個食べてみるか」
「コケッ?」
「食べれるの?」
「殻はかなり特殊だが、中身は黄身と白身が入ってるみたいだし食べられるだろ。食べてもいいか?」
「ヒヒーーン」
「コケッコケー」
主人であるジャンヌに確認を取ってみると、そのジャンヌが直接金軍鶏に問いかけた。
ヒヒーン言葉でもちゃんと意思の疎通は出来ているようで、ジャンヌは大きな両腕で丸を作って了承してくれた。
ならさっそくと、生みたてのダチョウの卵ほどもある金の卵を愛衣から受け取り、軽く叩いてみる。
コツコツとそこそこの硬度があるようだが、金はやわらかい金属なので力づくでも割れそうだ。
けれど中身をぶちまけてしまいそうなので、指先に丸いレーザー光をつくりだすと、それで表面を円形に撫でていく。
丸い溝を刻みながらドンドンそれは深くなっていき、三往復程で下に落ちて拳サイズの穴が開いた。
そこへ大きめのボウルを取り出し、愛衣に持ってもらいながら流し込む様に穴を下に向けた。
するとズルンと巨大な金粉が混じったようにキラキラしてた、黄身と白身がボウルの中に滑り落ちた。
「でかいねー。それに何かキラキラしてるー」
「聖なる黄身と白身だな」
フライパンを取り出し火の精霊魔法でつくった空飛ぶ簡易コンロで熱し、油を引いていく。
それが終わったら愛衣にゆっくりとフライパンの中へと卵を流し込んでもらう。
ジュウーという音を立てながら普通の卵と変わらぬ感じで焼けていき、臭いも違いがある様には思えない。
軽く塩コショウを振って味付けし、やや半熟あたりで火を消したら、外用の机と金属の台を出してその上にフライパンを乗せた。
「見た目はでっかい目玉焼きに金粉をまぶしたって感じだね」
「ふむふむ。この時点でも毒は無いみたいだし、さっそく実食してみよう」
それぞれマイ箸を出してフライパンからお皿に移した巨大目玉焼きを一口サイズ切り取って口に入れていく。
「普通に美味いな」
「感動するほどじゃないけど、そこらの卵より全然美味しいね」
ララネストや極上蜜など、至上の味をいくつか食べていなければもっといいリアクションがとれたかもしれない。
そんなことを密かに思いながら、まあこんなものよね。という感想を言いあいモグモグと食べていき、二人で完食した。
竜郎が、ふと愛衣から視線をずらすと視界にはさらに六個の卵が転がっているのが見えた。
「何個産む気だよ!?」
「沢山ある分には良いんじゃない? 卵なんて料理に沢山使うんだし」
「いやまあ、そうなんだが。食用の為に産んでる訳じゃない気がするんだが……。
いったいコレは何に使うために産んでいるのかって聞いてみてくれないか?」
「ヒヒーーン」
今の所ジャンヌ以外にこの金軍鶏の意志が解る者はいない。
ヒヒーン、コケコッコー、ヒヒーーンなどと、どこぞのブレーメン音楽隊を思わせる会話を耳にしながら待っていると、実際に使う所を見せてくれるらしい。
金軍鶏がコケコケと卵を一つ咥えると、それはさらに輝きを増していく。
その光景に目を奪われていると、いきなりそれをベッと思い切り地面に叩き付けた。
「──な!?」「──えっ!?」
そのあんまりな光景に目を丸くしていると、叩き付けられた卵がいとも簡単に砕け散り、中から真っ白でモコモコした羽毛を生やした、通常の鶏サイズのヒヨコが出てきた。
そして残り五つの卵も光らせては叩き付けて割っていき、六匹のヒヨコを足元に侍らせた。
「ちゃんとヒヨコを産むための卵だったのか」
「ぬいぐるみみたいで可愛いね!」
愛衣は既に一匹拝借して胸に抱きしめていた。モコモコした見た目のままに、相当抱き心地が良いらしい。
竜郎もジャンヌがいーよとジェスチャーで伝えてくれたので、遠慮なく一匹を愛衣と同様に抱きしめた。
「このモフモフ……豆太にも劣らぬ良いもふもふだ」
癒し系グッズかの様にモフモフギュッギュッと抱きしめ癒されていると、一メートルはあろう巨大カマキリの様な魔物が竜郎達のいる山に降り立った。
すぐさま排除しようと竜郎が手を上げかけるよりも早く、金軍鶏が威嚇するように鳴き叫ぶ。
何をする気かは良く解らないが、様子を見てみようと愛衣やジャンヌとアイコンタクトをして上げた手をおろしつつ、いつでも加勢できるように身構えた。
そうこうしている間にもカマキリは元気よく鳴く金軍鶏に目が釘付けだ。何か注意を引きつけるようなスキルを持っているらしく、異常なほどにカマキリは金軍鶏しか見ていない。
熱視線を送りながらカマキリが地面をガッと六本の足で蹴りながらジャンプすると、鎌を振り上げ空から金軍鶏へダイブしていく。
それを冷静に見ながら金軍鶏はヒヨコたちを足元に呼び寄せると、その内一匹を思い切り蹴りだした。
「「はあっ!?」」
我が子をサッカーボールのように蹴ってカマキリに向けて放つと、それは白い光の玉となってカマキリにぶつかる。
一瞬怯むも無視して金軍鶏を目指すが、そのまま竜郎と愛衣が抱いていたヒヨコも含めて全て蹴っていく。
ポンポン当たり前のように蹴っていく光景に口をあんぐりしてみていると、ヒヨコがカマキリにくっ付いたまま落ちてこない事に気が付いた。
細かく見てみれば、ふわふわの羽毛がドンドン伸びて行き、カマキリの体に絡みつきがんじがらめにしていく。
そうなると翅も絡めとられて、制御出来ずに無様に落ちていく。
ヒヨコたちは羽毛の長さ以外にも体重も変えられるのか、カマキリやヒヨコたちだけでは有りえない程の重量感を持って地面にゴーンッと音を立てて激突した。
何が起こったのか解らないままに全身に毛が絡みつき、六匹の重りを付けた状態で上手く起きあがれないカマキリに、軍鶏は「コケーーーーッ!」と雄たけび上げて突進していった。
そして上手く起きられないのをいいことに、カマキリの周囲を駆け回りながら一方的に蹴って蹴って蹴りまくる。突いて突いて突きまくる。
「アイツのレベルは40レベルくらいだと思うんだが、1レベルの軍鶏が圧倒しているんだが……」
「ボッコボコだもんね」
レベル差もあって一撃一撃は致命傷にならない様だが、魔物としての格が違うのか確実にダメージになっている。
猛烈な蹴りや啄みに腕が千切れ、脚がもげ、翅はとれて目が潰れ、最後はほぼミンチのような状態でカマキリは死んでいた。
「こえー……。テレビだったらモザイク案件だぞ」
「聖なる気を纏ってるのに過激な子だなあ」
未だ呆然と見守る竜郎達の視線の先では、ヒヨコたちは汚れ一つなく、伸び放題だった羽毛を元の状態に戻し、金軍鶏の周りで元気にピヨピヨしていたのであった。




