第350話 クズリのライバル
「へー。それじゃあ、基本的にはこの辺のヌシ的な存在だけど、ライバルがいるってことか?」
「グワゥ!」
テイム契約を結び完全に自分の支配下に置いた大きなクズリに、簡単に周囲の状況を教えてもらうと、どうやらこの近くには自身と勢力圏を争う魔物が近くにいるという。
具体的に言えば針葉樹林方面の草原はライバルが、その逆方面はクズリがと言った感じで、お互い一進一退の戦いで勢力圏を伸ばしたり縮めたりしているとの事。
「この辺一帯の草原の管理を任せるなら、そっちもテイムしといたほうがいいんじゃない?」
「だな。お前はそれでもいいか? それともライバルが俺の傘下に入るのは嫌か?」
「ゥゥゥ…………グワァー」
「何だって?」
「俺がそれを望むなら受け入れるって感じだな。あんまり仲は良くないみたいだから、面白くはなさそうだけど」
竜郎とクズリとのやり取りは言葉を交わすのではなく何となくのニュアンスを伝えると言うものなので、相手の感情も伝わってくる。
答えを出すまでに渋い顔で考え込んで唸っていた事からも、諸手を上げて歓迎という気分ではないのだと繋がりのない愛衣でも解った。
「けど完全にお互いの勢力圏を竜郎が分けちゃえば管理するのも楽だし、基本顔を合わせなきゃ平気じゃない?」
「それがいいかもな。契約が有る限りは喧嘩はダメだからな」
「グゥ……」
できるかなあ? といった風に首を傾げるクズリに苦笑しながら竜郎が頭を撫でると、最終的には努力するという気持ちが返ってきた。
そんな風に竜郎が可愛がっていると、横で見ていた愛衣がそそっとクズリに手を伸ばした。
けれど「グワゥ!」と吠えられて距離を取ってしまった。
「おーい。その子は敵じゃない。味方だ。そんでもって俺の大切な人でもある。
だから邪険にしないで頭ぐらい撫でさせてやってくれよ」
「グゥワァー」
「うーん……。卵からじゃないとこういうケースも出てくるのか」
「っていうと?」
「実はな──」
今まで竜郎が卵から孵化させてテイムした魔物は基本的に素直で、竜郎が言った事は親が小さな子に言い聞かせるような感じで直ぐに聞き入れてくれていた。
けれどここまで完全に育っていて、自分の考え方や生き方も定まってしまった魔物からすれば、主以外にその培ってきた常識を覆すのは難しいらしい。
それではどうすればいいのか? このままでは竜郎以外と連携して動くことはできないじゃないか。という話になってくるが、その常識を覆す方法ならちゃんと存在する。
「つまり私もあの子よりも強い事を証明すればいいんだね?」
「ああ。魔物からしたら強さこそ正義。弱い者は従うのが普通って考えみたいだし、認めて貰えば頭だって喜んで撫でてもいいってさ」
「やったあ! 命令でいやいや撫でさせてもらうのは、こっちも嫌だからね。それじゃあ、私の力を見せてしんぜよー!」
竜郎の横に立って愛衣を見ているように指示すると、クズリは大人しくそれにしたがって移動し顔を前へと向けた。
愛衣はちゃんとクズリが見ている事を確認すると、腕を組んで首をフラフラと動かして何をしようかと悩む事数秒。やることは決まったようで、スタスタと歩いて竜郎達からさらに距離を取り始めた。
「いっくよー!」
「おー、いったれー」
元気に手を振りながらこちらを見やると、愛衣は右手の拳だけに黒竜、白竜の気力を混ぜ込んだマーブル模様の拳が出来上がる。
そしてそれを思いっきり地面へと叩き付けると、ドゴーーン!という爆発音がしたかと思えば、辺り一帯に深く巨大なクレーターを作り上げると共に、近くにいた魔物を余波だけで消滅させた。
「──グオッ!?」
「言っとくが愛衣と本気で戦ったら、お前でもワンパンで消滅するぞ?」
「グゥオオゥ……」
まじかー……とでも言いたげな遠い目をしながら、クズリは愛衣を呆然と見つめた。
愛衣の力を目の当たりしてからは、頭に手を伸ばされても問題なく身を任せるようになった。
だが気丈に振る舞って見せていたその奥底に、明らかな恐怖が混じっていた事が竜郎にはしっかりと伝わってきて苦笑いした。
(あれ見た後じゃあ解らないでもないんだがな。まあ、そのうち慣れてくれるだろ)
パスが繋がった竜郎なら敵意が無いと明確に伝わってくるが、それが無い愛衣に対して無防備に頭をさらすと言うのはかなり勇気がいるのだろう。
けれど臆病とは取られたくないから頭は撫でさせる。そんな感情に、竜郎は上手くやっていけそうだと確信を得たのだった。
かくして新たな仲間を手に入れた竜郎達は、今日中にもう一体のヌシをテイムしてしまおうとクズリのクー太に案内を頼みひた進む。
途中出くわす魔物は愛衣がスキルのレベル上げもかねてサクッと倒し、竜郎は強そうな個体からSP回収、草原の舗装をしながら後ろで補佐をしつつついていく。
どれくらい進んだだろうか。何が出てきても蹴散らしながら針葉樹の数が増えてきて、そこからさらに奥の方へと進んでいくと、一際高い背をした杉の様な木が一本視界に入ってきた。
「天辺に魔物が立ってるね」
「グゥゥゥゥ」
「そいつがお目当ての魔物みたいだな」
竜郎にテイムされてからは比較的穏やかな雰囲気だったクー太が、以前の荒々しい気配を身に纏って一本だけ他より高い木の上を睨んで低く唸っていた。
向こうは高所からこちらを一直線に見下ろしてきている所からも、既に捕捉済みなのが解る。
だが一切の焦りも無く、悠然と佇みこちらに手を出してくる様子が無い。
「そっちからかかってこいやー──ってことでいいのかな?」
「なんかお高くとまった感じの性格してそうだな。クー太がこれだけ警戒してるって事は実技試験は推薦でパスってことで、一気に鼻っ柱をへし折るか」
「グワゥ!」
それはいい!と言わんばかりにクー太はニヤリと顔を歪ませた。
それにほんとに嫌いなんだなあとしみじみ思いながら、竜郎はその存在を改めて見ていく。
見た目は全長5メートルほどの、翼の無い──というより骨格はあるのに皮膜の無いプテラノドンといった感じ。
プテラノドンなら皮膜が付いているであろう長い小指だけが、ぶらんと二つ折り状態で伸びている。足も体格からしたら細長く、あまり強そうには見えない。
「見た目からして飛べそうにもないし、あそこまで態々よじ登ったのか?」
「もし本当にそうだったら、ただのかっこつけってことだよねー」
などと散々な評価を下していたのだが、どうやらそういうわけではないらしい。
羽なしプテラが小指に当たる長い骨を横にバッと広げると、緑色の魔力で構成された風の皮膜が姿を現した。
そして木の天辺から飛び降りると、滑空しながら竜郎たちの方までやってきた。
「なんだ向こうから来てくれるなら話は早い──ん?」
滑空しながら来るのをどうやって迎え入れようかと考えていると、途中で皮膜を消して飛行していた勢いのまま放物線を描いて突っ込んできた。
さらにそれだけではなく、長い小指を二つ折りにたたんで短くすると、今度は細い腕の周りに土で構成された巨大な腕が出来上がった。
そしてそれを的確に竜郎達のいる場所めがけて、落下速度も利用した一撃を叩き込んだ。
けれど竜郎や愛衣はもちろん、クー太もさっとその場から立ち退いて事なきを得たが、愛衣ほどではないにしろ巨大なクレーターからノソノソと羽なしプテラが這い出てきた。
「それじゃあ、行ってくる」
「ほいよー。クー太の時みたいに油断しすぎちゃダメだかんね」
「ああ、身にしみてるよ」
竜郎は軽く愛衣達に背を向けると直ぐ、レーザーを手から射出した。
けれどプテラは横に飛んで躱すと、また皮膜を出して空へと舞い上がり、先と同じパンチを竜郎に向かって放ってきた。
今度はどの程度の威力かは解っていたので、慌てず光魔法で強化した土壁を出して受け止めた。
「クゥェエエー!」
あっさりと受け止められたことが癪に障ったのか、ムキになって土の巨腕をガンガンと土壁にぶつけてくる。
けれど竜郎の魔力をたっぷり含んだ上に光魔法で強化されているその壁には、小さなヒビすら入らない。
ならばこれはどうかと、土腕を消して風魔力の皮膜にチェンジすると、《風翼刃》という斬撃系スキルを舞うように連続でカカカカカッと当ててきた。
だが土壁には傷一つ着くことはない。
気力で強化した嘴で《突進》しても穴は開かず弾かれ、消化液を口から吐いても溶ける事もない。
「翼にもなるし刃にもなる風の皮膜。硬く力強い一撃を放つ土の腕。見た目は細身で耐久力は低いかと思いきや結構頑丈で、さらに細かい小技もいくつか持ってる。
なるほどなあ。確かにクー太のライバルとしての実力は十分って訳だ」
向こうが壁に向かって攻撃している間に解魔法や精霊眼で情報収集し、もういいかなと思った所で向こうも無理だと悟ったのか、ようやく諦めて空を飛んで退却しようとし始めた。
「状況を見て闇雲に突っ込むのではなく、逃げるという選択肢を選べるってのもポイント高いな──っと」
「グヴェ"ッ──」
逃げられる前に重力魔法で地面にめり込ませると、ミシミシと骨の悲鳴とプテラの苦痛の声が耳に届く。
呼吸が出来ていない様なので、死なない程度に力を抑えると土壁を消してテイム契約をプテラに行使した。
「おっ──。この期に及んで拒否するのか」
「グウェ……」
人間になど仕えてたまるかという視線で睨み付けながら、逃げようと必死にもがいていた。
どうやら重力魔法というものにまったく馴染みがないせいか、竜郎の実力を測り損ねているようだ。
それならとなじみ深い風魔法で力を示してみることにした。
極光の魔力を風魔法に混ぜ込んで右手の平をプテラから少しずらして前へと突きだす。
そしてその手の平から巨大な煌めく竜巻を放出し、プテラの横ギリギリを抉り取りながら奥へ進むにつれて深くなっている針葉樹林を吹き飛ばしていった。
竜郎がニコリと微笑みながら重力魔法を打ち切り、プテラにも周囲が見られるようにする。
恐る恐る後ろをプテラが振り向けば、範囲内にあった木は全てなぎ倒されるのではなく、細かく引き千切れ、地面も巨大な何かが一直線に引きずれたような溝が深々と出来上がっていた。
そのあまりにも暴力的な風魔法を使った竜郎に、今度はガクガクと震えながら向き直れば、変わらぬ笑顔でこちらへ近寄ってきた。
「クゥエ──」
悲鳴にも近い小さな鳴き声を上げながら後ろに下がろうとしても、腰が抜けて動けない。
その間に目の前まで竜郎がやってきてしまった。
「それで? 契約するか? それとも卵からやり直すか?」
二度目は無いぞと微笑みながら神格者が持つ威圧も使って優しく説得すれば、あら不思議。
先まで強情に拒んでいたプテラはガクガク首を縦に振りながら、全力で竜郎のテイム契約に飛びつき直ぐに竜郎の従魔となった。
「よし。これで終わりだな。それじゃあ皆しゅうごー」
「はーい」「グゥオー」
天照も杖を背中に刺した形で作った属性体のドラゴンでノシノシと一緒に歩いてくる。
皆集まったのを見た竜郎は、クー太と羽なしプテラノドン改めプー子に今後についての話をしていく。
今回二匹を仲間に引き入れたのは、土地勘のあるものが欲しかったからだ。
そしてテリトリー内の魔物の管理や珍しい何かの採集。また魔卵が有ったら強奪してほしいなど、頼みたいことは多岐に渡る。
お互いがお互いを横目で睨みあいながらも、竜郎の指示によって喧嘩をし始める事は無さそうだった。
ただお互いの管理区域の境界線について少し揉めたが、その辺りは竜郎が境界線を引いて収束させた。
本当は空を飛べるプー子にはより多くの場所を管理して貰おうかと思ったのだが、そう言う空気でもないのでほぼお互いの支配領域を足して二で割った程度にしたのだ。
「ってことで、できそうか? 何もお互い仲良く管理してくれって言うんじゃなくて、今言った区域内で頑張ってくれればいいから」
「グオン!」「クゥェー」
「あ、それとクー太とプー子の種族の魔卵も大歓迎だから、産むなり産ませる事が出来るのなら貰えると嬉しい」
「グゥオー」「クゥエー」
どちらも顔を見合わせない様にしながらも、竜郎の言葉にはしっかりと了承の意を伝えて互いに背を向け、任された土地へと去って行った。
「わたしのスキルレベルもちょこちょこ上がったし、たつろーのSPも手に入ったし」
「一部だけど俺達の領地の管理人……管理獣?も確保できた。今日の成果は上々だな」
「落ち着いたら色々案内してほしいね」
「ああ。ずっとここにいるんだから、何か変わったモノや場所を知ってる可能性もあるしな」
空を見れば日はすっかり傾き薄暗い。今日の修行は十分できたと、竜郎達は転移魔法で拠点へと帰って行ったのであった。




