第349話 クズリ
愛衣発案による中二ごっことはいえ、ハリウッドにも引けを取らない大迫力映像を撮りまくった二人は天照、月読、そして水魔法の水槽を泳ぎながら元気についてくるシャチ太。このメンツで草原をひた進む。
猿たちの血の臭いをかぎつけて集まってきた魔物を殲滅し、ボス猿の様に目立った個体からはSPを回収した。ただボス猿ほどには稼ぐことは出来なかった。
なので竜郎は立ち止まり、舗装作業を切り上げもっと深い場所まで飛んで行こうかと相談し始めた。
「魔物も何か見てくるだけで襲ってこなくなったもんね」
「こっちから仕掛けてもいいんだが、まったく魔物がいないってのも困るからなあ」
今や牧場から出して生活して貰っている蒼太たちの貴重な食料源というのもあるが、下手な人間に対しての防波堤にもなっている。
今の所第三者にこの場所を開放する予定もないので、殺しすぎもよくないと考えているからだ。
そして第二の問題は、誰が襲おうとするか牽制し合っている魔物の均衡を崩す事で、今この場にいる全部の魔物を殲滅する事になるだろう。
基本出された物は食べる主義の二人なのだから。
ということで一か所で集中して魔物を減らすのも不具合が出てくる可能性を考慮して、草原地帯からやや木が生え始め、川が流れている所に行く事にした──のだが、それは一体の魔物によって延期になる。
「ん? 遠くで止まっていた反応が動き始めたな」
「そーなの?」
動き出そうとしていた足を止める。今まで遠くで寝ていたのか、動かなかった一つの反応が、猛烈な勢いでこちらへと走ってきているのが探査魔法で克明に理解できた。
そしてさらに距離が短くなってくると、誰かが戦闘を仕掛けて、その最中に傷ついた方をかっさらおうとこちらを見て牽制し合っていた魔物達の中でも、気配に敏感な魔物達の何匹かは勢いよく逃げ出し、そうでなくても身を低く出来るだけ気配を消して距離を取りながら隠れた。
「もしかしてここいらのヌシかもよ。SPが沢山手に入りそうだね」
「ヌシねぇ。だとするとSP回収よりも、テイムしてこの辺一帯の管理を任せたいな」
「卵から育てた方が強くない? それにそっちの方がより懐いてくれそうだけど」
「けど育てる時間がかかるのと、戦闘経験そして土地勘はここで長い間暮らしたやつじゃないとダメだからな。
もう既に牛耳っているだけの力があるのなら、時間短縮、経費削減でいった方がいいだろう。
だから秘書愛衣君。まずは面接をしてみよう」
「はい社長。我がたつろー社は、外見審査に合格しないと入社は難しいですからね。あんましキモち悪い魔物は、ちょっとやだし」
「なんか間抜けな社名だなあ」
なんて事を話している間に気配に鈍いものも流石に気が付き、ヌシ(仮)の進行方向と風上を避けながら移動し始めた。
その行動にヌシでなくても相当この辺りでは顔の知れた魔物なのだろうと、竜郎達の期待値も上がっていくと、それは自信を隠す様子も無く、無遠慮に目の前に飛び出してきた。
「クマさんかな?」
「……いや。タヌキみたいに少し顔がしゅっとしてるし尻尾も長い、イタチにも──そう、クズリっていうイタチ科の動物に似てるな。大きさ以外は」
「イタチ? あんな凶悪な顔したイタチなんているんだあ」
現れたのは身の丈二メートル。毛並は黒に近い褐色に、体の側面からフサフサの尻尾の付け根にかけて薄茶の帯模様が入っていた。
竜郎が言った通りクマよりやや細い顔つきだが、尻尾以外は愛衣の言った通り非常にクマに近い。
「外見審査はどうだ?」
「まあちょっと人相?獣相?悪いけど、あの剥き出しの歯茎さえしまってくれれば可愛いかも」
「じゃあ、後は実技試験だな。牧場に入れるには俺の力で主人として認めさせなきゃいけないし、今回は俺だけでやるよ」
「頑張ってね。周りにいる奴で邪魔してくる奴はこっちでやるから」
「ああ、まかせ──ふっ」
「ギャンッ!?」
「任せた」
「はいよー」
話し終わる前に剥き出しの牙で突撃した巨大クズリを、竜障壁に竜水晶を混ぜた壁で受け止めた。
それに激突したクズリはやや痛そうに鼻を右前脚でグシグシしながら、見た目に反して可愛らしい高音で「グーーー」と唸っていた。
今回は卵から孵すわけでなくではなく、テイム契約によって仲間に加える方法を取る。
竜郎の調べたところによれば、テイムする際に条件の様な物がある。
それは大まかに分ければ二種類で、懐かせて向こうからもテイムを望ませるのと、叩きのめしてボスとしての力がある事を示して従わせるというもの。
前者は卵から孵したりしない限り、かなり難しい。
そして今回取ろうとしている後者では、群れで戦う事を許容してくれるタイプか、タイマン以外は認めないタイプに分かれてくる。
ようは多数で寄ってたかって力を示しても主だと認めてくれる魔物と、こちらが一人で最初から最後まで戦わなければ絶対に認めてくれない魔物がいるという事だ。
それを無視して一方的にテイム契約しても、碌に意思の疎通もしてくれないし、無理やり魔力でしばって言う事を聞かせなければ自分からは何もしてくれない。
自由意思のもとで率先してこの草原の管理を任せたい竜郎からしたら、ちゃんと主として認めてもらうのが一番だ。
(それに雰囲気的に、どう見たってタイマンでしか受け入れてくれそうにないしな。天照、月読は周囲の魔物を愛衣と一緒に見ててくれ。こっちは俺だけでやるから)
竜郎は了承の意志を確認すると、杖を手放す。
すると杖が属性体で受肉していき、ライフル杖を飲み込んだ少し大きめの竜が歩いて愛衣の横へ。
コートは脱がなかったので月読の本体は身に纏ったままだが、属性体は出して遠隔操作で天照と同じくらいのサイズの水晶竜となって後に続いた。
「それじゃあ、実技試験だ。弱すぎたら卵の素材になって貰うからな」
「グーーグァーーー!」
竜郎が月読に頼んで結界を解いてもらうなり、ここぞとばかりに襲いかかってきた。
だが竜郎は転移魔法でクズリの頭上に移動すると、電撃を纏った踵落としを振り下ろした。
「グァッ!」
「──これを躱すのか。面白いっ。絶対にテイムしてやる!」
おそらく転移魔法など見たこともないだろうはずなのに、突然頭上に現れ放たれた蹴りを、身を低くして後ろに飛んで躱して見せた。
雷撃が頭の毛をかすめたのか焦げた臭いが微かに広がるが、ダメージにはなっていない。
相手も今ので餌ではなく好敵手と認めたのか、竜郎と同じように口角を上げて好戦的な目を向けてきた。
「ふっ──はっ──とっ──」
「グァッ──グァッ──グァッ──」
連続転移による四方八方からの電撃蹴りを、ものすごい反射神経で躱していくクズリ。
大規模魔法でなら一瞬で片が付くであろうが、それでは実力が解らないので、大した技術もないステータスでのゴリ押し肉弾戦に簡単な魔法を混ぜた戦術で押していく竜郎。
両者決め手に欠けているが、防戦一方のクズリの方が不利なのは見て明らか。
だがそんな状況下でも戦いを楽しむように、クズリは反撃の隙を見逃さぬように集中力は一切途切れない。
そして鋭い爪に大量の気力を圧縮して、真面に食らえば危険なレベルでの威力を秘めた一撃を溜めこむのも忘れない。
まさか転移魔法での連続奇襲をこうも躱されるとは思っていなかった竜郎は、出来るとは思うが試してはいなかった第二の時空魔法の応用をやってみることにした。
「ほっ──」
まずは普通に超近距離転移で側面へ移動。どんな反射神経をしているのかと言いたくなるほど見事に察知したクズリは、慣れた様に蹴りだされた足を躱すためにサイドステップで逆方向に飛んで距離を取ろうとした。
「グゥウ!?」
「ちょっとずれたか」
だが蹴りだされた足だけが消え、竜郎の予定より位置と向きがずれてはいたが、避けた先に足だけが現れ横腹を雷撃纏う蹴り技がヒットした。ようは体の一部分だけを転移する部分転移攻撃だ。
気力を纏っていないただのステータスごり押し蹴りなら耐える事も出来ただろうが、強力な電撃のせいで動きが一瞬止まってしまう。
その隙に竜郎は重力魔法で重くした掌底を背中に叩き込んだ。
けれど毛皮の下にある皮は固く、衝撃を散らす皮下脂肪も意外とあり、致命打にならず、逆に気付けになったのか急いで竜郎から距離を取った。
「これでも倒れないのか。すばしっこい上にタフだな」
「グゥゥゥウウウーー」
この時点で実技試験は合格ともいえた。これだけ攻撃を避けられて、当たっても耐えるだけの力があるのなら十分管理人としてやっていけるだろう。
そう考えた竜郎は、なんちゃって魔法武術を止めて本業の魔法使いとして片を付けてしまおうと考えた時、向こうが何やら新たな動きを見せてきた。
「グーーーゥゥウウ……」
竜郎相手にまだ本気を出していなかったようで、静かに唸ると全身の毛先が凍りついて逆立ち、一本一本が針のように硬く尖り始める。
かと思えばその鋭く尖った毛針が竜郎めがけて飛んできた。
竜郎は半ば反射的に炎の壁を作りだして、氷の毛針を焼き尽くす。
その瞬間クズリは弾丸のように飛び出して、苦手な《空歩》も駆使して立体的な軌道で上下左右滅茶苦茶に動きながら迫って来る。
そのせいで竜郎が放つ転移レーザーが当たらない。
炎の壁を消すとクズリは竜郎の視界からは消えていた。けれど解魔法で居場所は特定済みなので対処は簡単だと上を見る。
クズリは竜郎の斜め上の辺りから、全身全霊を込めた爪の一振りを脳天向けて振り下ろしてきた。
「グオオッ!!」
「このっ──」
さすがにくらっては不味いと短距離転移でやや後方へと移動する。氷の爪の斬撃が竜郎の前を通り過ぎ、正面地面を凍りつかせながら大きく抉り取った。
これで今まで溜めこんで来た一撃を放出させる事が出来たので、竜郎は気が緩んでしまう。
クズリは全身に虚脱感を覚えながらも、その隙を察して口角をニヤッと上げた。
地面に当たった氷の斬撃で凍った地面から、油断した竜郎めがけて氷の獣の手がにょきっと生えて爪で引き裂こうとしてきた。
「──っ!?」
ギリギリ掠る事も無く、上に位置をずらすようにして転移することで躱すことが出来たのだが──それでも甘かったようだ。
「グァーーーーーーー!」
「なっ!?」
転移魔法は便利である。魔力の消費的にはあまり常用には向かないが、有り余っているのなら普通に移動するよりも早いし、軌道すら読ませない最高の移動手段だ。
けれど一瞬にもみたないほんのわずかな間だけ、完全に視界も感覚も塞がれてしまうと言うデメリットが存在する。
けれどそんな隙間はあってない様な物だ。
そう思って竜郎は気軽に使ってきたし、クズリもそんな事は理解してはいなかった。
が、今回はその隙間と竜郎自身の油断から思わぬ結果を生み出した。
地面に広がった氷から生えてきた腕からさらに何本もの腕が生え、四方八方に向かって枝の様に分かれていく。
それは竜郎が転移した隙間と運悪くちょうど合致した瞬間だ。
放たれた氷の腕たちの中の一本が、ちょうど竜郎が現れるポイントに重なったのだ。
転移した瞬間の無防備なコンマにも満たない一瞬のその偶然に、竜郎は完璧な一撃を受けて地面に叩き付けられた。
「たつろー!?」という愛衣の焦った声を耳にしながら、久方ぶり──というよりこの世界に来て初めてと言っていいほどに完璧に相手の攻撃を食らった事に、竜郎は目を丸くして唖然としてから起き上ろうとした。
正直な所、魔法系統の攻撃成分が多すぎたせいで無傷なうえに、衝撃も素のステータスで耐えられる範疇でしかないので痛くもないのだ。
現状は驚きすぎて立ち上がるのも、受け身を取るのも忘れただけに過ぎない。
だがその寝そべった状態を好機ととらえたクズリは、竜郎の首めがけて地面を滑るようにやってきた。
そして大口を開けて喉笛に食らいつこうとしてきたところで、周囲から煌めく植物が縄の様に絡みつき完全に動きを封じ込めていった。
竜郎の手元の空間にはいくつも穴が開いており、そこからクズリの周囲に光と樹魔法で作った蔓だけを何本も転移させたのだ。
それでも急造の魔法だったこともあり一、二分が限界だろう。
「お前やっぱ凄いな。そんで俺は油断しすぎてた。真剣みが足りなかったな、すまん」
心配そうに声をかけてくる愛衣に手を振って大丈夫だとアピールしながら、着ているコートに付いた土を払いながら立ち上がる。
そして相手への賞賛と、なめてかかっていた事への謝罪を口にしながら、向こうから仕えたいと思えるほどの圧倒的な実力差を見せることにした。
「────はあっ」
光魔法を空に向けた右手の平の上に生成し、極光魔法へと変換していく。
雷をそこへ混ぜこんでいき、神力も混ぜていけばプラチナの粒子をまき散らす白金の雷撃が手の平に集まっていく。
バチバチとまき散らす余波だけで死んでしまいかねないので、時空魔法で空間を遮って抑え込む。
そして準備が整った瞬間、上方へと転移させ地面へと白金に煌めく雷を打ち下ろした。
「グゥ──」
直接当たれば骨も残さず消滅するであろう雷を間近に落とされたクズリは、そのエネルギーを感じ取り恐怖を覚えて身をすくめ硬直した。
自分はなんて相手に喧嘩を売っていたのかと、はじめてそこで背筋を凍らせ竜郎へと顔を向けた。
するとそれだけのエネルギーを消費しておきながら、どうだとばかりに笑いかけてくる少年がテイムの契約を自分へと向けてきた。
「グゥゥゥ」
これだけの力を持った存在が自分を必要としてくれているのかと、クズリは恐怖から一転、喜びが湧いてくる。
クズリは絡みつく蔓を引き千切ろうとしていた力を抜いたので、竜郎はそれを消し去った。
竜郎の目の前で忠誠を誓うかのように頭を下げて身を伏せると、クズリはテイム契約の魔力を自らも受け入れた。
支配されていく感覚が体中に広がるのを、むしろ心地よさそうに目を細めると完全に契約が結ばれた。
「よろしくな」
「グワウッ!」
竜郎が頭を撫でるとクズリは尻尾を振りながら、ピシッと四本足で立ちあがって一声鳴いたのであった。
次回、第350話は11月1日(水)更新です。




