第34話 一攫千金
かつて一人の貧しい男がいた。
その男は病弱な妻のために、日々魔物を狩ってそれを微々たるお金に換え、薬と食べ物を買って何とか生活していた。
そんなある日、男がいつものように魔物を狩りに行くと、そこには弱った魔物がフラフラと歩いていた。これ幸いと男はその魔物を仕留めた。
そして、その魔物をお金に変えるために必要な部分を解体していると、その魔物の胃袋の中からなんと黄金の水晶が一塊出てきた。
男はそれをすぐお金に換え、大金を得て。妻と二人、末永く幸せに暮らしたのでした。
「突然語りだして、どうしたんですか?」
「これは百年ほど前に実際にあった、黄金水晶にまつわる有名な話なんです」
「「へー」」
かなり有名な話なのだが、査定額に目を丸くしている二人は知らないのかもとレーラは語って聞かせたのだ。
「この黄金水晶には、そういう一攫千金の物語が他にもいくつか存在しています。それくらい貴重で高価なものなんです、その水晶は」
そう言ってレーラは、小ぶりの黄金水晶に視線を向けた。
しかし、竜郎たちはその水晶をまだ大量に《アイテムボックス》に入れてある。そんな物が元の世界の金やダイヤモンドのように語られても、いまいちピンとこなかった。
「でも、黄金水晶のデフルスタルを一匹狩るだけで相当な量が手に入りますよ?
とてもじゃないですけど、そんな値段の付くものだとは想像できませんよ」
「実際まだたくさんもってるしね」
「やはりまだ持っているのですね…。
というか、そもそも大前提の所でお二人は勘違いされています」
「「勘違い?」」
二人仲良く首を傾げる姿にレーラは、どんな暮らしをすればこんなに世間知らずに育ってしまうのだろうと、逆にそちらを聞きたいくらいだったが、まずは二人の認識を正すことから始めることにした。
「まず、黄金水晶のデフルスタルは人前に滅多に現れません。
と言うのも普段はまさに人外魔境ともいえる、その場に入るだけで死を覚悟しなければならないような所に生息しているからです。
アムネリ大森林の深層部がまさにそれですね」
竜郎たちは、自分たちがまさにいた場所の奥地がそんな所だったのかと、今更になって背筋が寒くなるのを感じた。
「今度行くことがあっても、奥には絶対行かないようにしような」
「うん、そんなやばいとこだったんだね…」
「それが賢明ですね。あそこはどんな強者でも、死を覚悟する必要がありますから」
そこで空白が生まれたところで、レーラが咳払いをして話を進めた。
「それでですね。もしそんな魔境に入り込めるだけの実力があったとしても、本来の縄張りにいるデフルスタルは群れで生活しています。
なので黄金水晶を本体から取ろうとしたら、その他の大量のデフルスタルを相手にする必要があるので、この方法は不可能と言っていいです。
ですから今市場に出回っているのは先に話した物語のように、他の魔物が運んできたりした物を偶然手に入れたというケースがほぼ全てで、御二方のように偶然少数でいるときに居合わせて、倒すことができたという例は有史以来一件しか知られていません。
だから滅多に出回らないのです」
「有史以来一件って、そりゃすごいね」
「ああ、その話を聞けばあの値段も納得だな。
たまたま少数で出てきた所に、たまたま倒せるだけの実力者がいるなんて、滅多にないだろうしな」
「その通りです。ですから、アイさんが私にしたように、みだりに人に見せるのは今後やめた方がいいですね。
いらぬ諍いを生むことにもなりかねません」
「うー。そっかあ、これからはひっそりと持っていることにするよ」
「それがいいな」
残念そうにする愛衣の頭を竜郎が撫でて慰めていると、レーラと目が合いニコリとされた。
「そういうことが起こりえますので、もしまたお売りになる場合は私におっしゃっていただくのが安全かと。知っている人間は少なければ少ないほど、何かあった時に特定しやすいですからね」
「あー、そうですね。と言ってもしばらく売る必要はなさそうですが」
「そうしていただけると、こちらもありがたいですね。一気に全部引き取ったりしたらギルドが破産しかねないうえに、値崩れを起こして他の宝石商などからも睨まれてしまうでしょうから」
「そういうのもあるんだねえ」
こうして黄金水晶の話に一区切りが着いたところで、いよいよ換金と相成った。
お金を用意してくるということで、一度レーラが退席し、今は二人きりだった。
そんな中で竜郎たちは宝くじで一等が当たった人はこんな気持ちなのだろうかと、そわそわしながら大金を手にするその時を待った。
ほどなくして、ガチャリと扉が開く音に二人がビクリとして振り返ると、何かを持ったレーラがこちらに歩いてきているのが見えた。
「それでは、まずこちらをお受け取りください」
「は、はい」
竜郎が代表してコインを受け取った、すると入金の確認画面が現れた。
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5,000,000シス を確認しました。 入金いたしますか?
はい / いいえ
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「あれ?」
「どうしたの、たつろー?」
「五百万シスしかないですけど…」
「うん?」「え"」
その言葉に首を傾げた愛衣と、頭を抱えたレーラが同時に声を出した。
「あの、もしかして今日一括で払われるものだと思われていたのですか?」
「はい」「うん」
「え? そうじゃないの?」と、さも当たり前のように頷く二人に頭痛がしてきたレーラは、努めて冷静に事情を説明していく。
「あの…ですね、大都市に構えた冒険者ギルドならいざ知らず、一介の支部にすぎない当ギルドに、何の用意もしないで億単位をポンと全額用意は無理ですよ…」
「じゃあ、分割払いってこと?」
「いいえ。その五百万は手付金のようなもので、残りはこちらを持って五日後以降に来ていただければ、その時に残りの額をお支払いいたします」
そう言って差し出されたのは、黄色く光るスマホサイズの板だった。それを竜郎が受け取ると、またシステム画面に別の表示がされた。
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借用書
貸主:タツロウ・ハサミ、アイ・ヤシキ
借主:冒険者ギルド
残額:445,697,052シス
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「借用書ですか」
「借用書?」
「はい。払えない額は冒険者ギルドが借りている状態ですので、それを持っていれば全国どこの冒険者ギルドにも請求できます。
とは言っても、こちらで集金を始めているので、できるだけここで返済させてもらえると助かります」
「解りました」「はーい」
「それでは、こちらの用件は以上となりますが、お二人は何か他にありますか?」
他に何かと言われた瞬間に竜郎は、一つついでに気になっていた事を聞いておくことにした。
「あの、普通の依頼を受けるにはどうすればいいんですか?」
「あっ、そういえば解んないね。最初の依頼は、持込みみたいなものだったし」
「───そうでした。あなた方は初心者でしたね、失念していました。
通常の依頼は入り口から入って左側と、二階に行ってすぐの右側に白いプレートが何枚か壁に取り付けられていますので、それに冒険者ギルドの登録証をシステムから表示して、そこにかざしていただければ、その時受けられる依頼がシステム画面の冒険者ギルドから確認できるようになります」
『なんていうか見た目は中世ヨーロッパっぽいのに、やたらハイテクなものがあるよな』
『ねー。私たちの世界より進んでいるのかいないのか、よく解んないよ』
そんな二人の念話による会話が聞こえていないレーラは、構うことなく続きを話しだした。
「後は、その中から受けたい依頼を選択して、依頼書に変換して窓口に提出。
そこで受理されたら、依頼を請け負ったことになります。
ちなみに一度受けた依頼をキャンセルされますと違約金が発生し、それがあまりにも頻発するようですとギルド登録証の剥奪もありえますので、依頼を受ける際はよく考えてから受けてください」
「はい」「はーい」
「それでは他に何かありますか?」
「何かあるか?」
竜郎は聞きたいことを聞けたので、愛衣に話を振った。それに「ん~」と少し唸ってから「ないよ」と言ったので、この場はお開きとなった。
そうして二人は来た時と同じようにレーラに連れられ、入り口のある部屋に戻っていった。
その際、竜郎と愛衣は試しにと入り口横の壁に並んだ白いプレートに、ギルド証をシステムから具現化してかざすと、ちゃんと今受けられる依頼が表示された。
しかし今日はもう依頼を受けるつもりがないので、確認だけしてすぐに閉じると、二人は冒険者ギルドから一歩外に出た。
レーラは見送りのために、後からそれに遅れて外に出た。
「本日は、お付き合い頂きありがとうございました」
「こちらこそ。では、今日はこれで」
「ばいばーい」
竜郎がぺこりと頭を下げ、愛衣が満面の笑みで手を振っていく姿に、面白い二人だなとレーラは手を振り返しながらそう思ったのだった。




