第345話 再び異世界へ──
叫び声を上げ、不意に隣を見れば大切な人が泣いていた。
竜郎は愛衣をほったらかして何をやっているんだと、みっともなく叫んだ自分を恥じ、彼女の肩を掴んで抱きしめた。
それでも愛衣はまだ泣いていて、現状が認められなくて、竜郎の胸に顔を押し付けていた。
その間ずっと竜郎は愛衣の頭を撫で、背中を優しくぽんぽんとあやすように叩きながら自然に落ち着くのを待った。
「──ぐすっ……うぅ……ごめ……ね。ありがと……」
「大丈夫だよ」
「うん……」
泣いて赤くなった目を隠すようにおでこを竜郎の胸に押し付け、愛衣は下を向きながらやっと言葉を発した。
竜郎は温もりを伝えるようにギュッと抱き寄せて、ちゃんとこちらを向けるようになるまで待った。
そして完全に落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、竜郎はこれからについて話し始めた。
「異世界に戻ろう」
「──ま、待ってよ! 戻ってどーするの……? このまま無かった事にして向こうで暮らすって言うの?」
愛衣は信じられないと言った目で竜郎を見上げた。
「もうちょっと前に戻ってさ……。私たちの家族や知り合いだけでも異世界につれてこうよ……。そうすればきっと──」
「それじゃあ、根本的な解決にならない。やるとしたら、全部やって、それでも無理だと解ってからだ」
「…………え? 何か元に戻す方法があるの?」
「確証はないが、少し考えがある。だからそれを落ち着いて話し合うためにも、一度拠点に戻ろう」
「…………………………わかった」
竜郎の言う事であるのならと、愛衣は静かに頷いた。
「皆もそれでもいいか?」
今まで心配そうに見守っていてくれたカルディナ達にも聞けば、直ぐに賛成してくれた。
なので今度は自分たちの拠点へ飛ぶようにイメージしながら、異世界転移魔法を再度発動させた。
下に引っ張られるような感覚を味わい目を開けば、そこは拠点地下室。
埋め込まれた二つの時計を見れば、転移した時刻。
ヘルダム国歴1028年.12/17.土。22時38分02秒。
そして現行時間はと言えば。
ヘルダム国歴1028年.12/17.土。24時09分47秒。
向こうにいた時間分よりも長い、1時間31分45秒もの時差が生じていた。
これは別に時間の流れがどうこう言うよりも、異世界転移魔法が高度すぎて分単位での調整が難しいからに他ならない。
だがこれ位の時差なら問題はないので、むやみやたらに魔法の難易度を上げて失敗するよりも、しょうがないと割り切るほうがいいだろう。
そんな事を考えながら、竜郎は頭がちゃんと冷静に回っている事を再確認した。
それからまだ俯きがちな愛衣の肩を抱き、支えるようにして地下から一階へと全員を連れて上がって行った。
一階に着いたらリビングまで歩いていき、つい数時間前までパーティをやっていた残り香が微かに残る中で全員着席した。
「まず俺の考えを言う前に、リア。あそこで何が起こっていたのか、解る範囲でいいから教えてくれ」
《万象解識眼》で状況を確認していたことは知っているので、少しでも自論の補強になればと竜郎はリアに水を向けた。
「えーと、まず先に言ってしまうと、私も大したことは解っていません。
けれどその少ない解った範囲内で説明するとしたら、あの崩壊現象は他世界からの強力なエネルギー干渉を浴びせられたのだと思います」
「他世界からのエネルギー? それは何らかの意思を持っての攻撃か?」
「いいえ。おそらく自然現象の一種だと思います」
「超新星爆発に巻き込まれたようなものか……?」
「……たつろー?」
竜郎が何やら考える様な素振りをするので、愛衣は握ったままの手を不安げにギュッと握り直した。
それに竜郎は頭を撫でて大丈夫だと視線で訴えかけると、今回自分が考えたプランを全員に明かしていった。
「さっきリアが他世界からのエネルギー干渉と言っていたが、俺はその他世界とは今いるこの世界だと踏んでいる」
「そうなんですの?」
「ああ。まずあの亀裂に落ちた先がここだったという事。こちらでも同じ瞬間に地震が起きていたという事。そして俺達が来た後に直ぐ起こったアムネリ大森林での異常の数々。そして何より、この世界は崩壊していないという事。
それらの事を鑑みれば、この世界が全くの無関係などとは到底思えない」
「でもだとしても、それが何か今後の活動に関係してるの?」
「そりゃあ関係しているさ。今回この世界での事象によって俺達の世界が崩壊したのだとしたら、その原因はアムネリ大森林の深部にある可能性が高い。
だから俺達が初めてこっちの世界に来るよりも前の時間のアムネリ大森林に行き、原因を探し、出来る事ならそれを取り除く。
そうすれば俺達の世界が壊れないで済むかもしれない」
「え? でもそれって、もし思い通りに事が運んだとしても、とーさん達はこの世界に来なかった事になるって事っすよね?
原因を取り除いちゃったら、あの時空の裂け目も起こらないんすから」
「そこがどうなるかが問題なんだよな。別に今の俺達は俺達のままで残れるのなら、最悪一卵性の双子設定で向こうに戻ってしまえば行けるかもしれないが、存在が消えてしまうのだとしたら御免だ」
「んーそれなんですが、実は過去のこちらの世界に来る前の兄さんと姉さん。そして今の兄さんと姉さん。今思えば、存在の質とでもいうべき物が全く違っていて、世界レベルで見ると別人扱いになっていたと思います」
「んん? どう言う事なの? リアちゃん」
「えーとですね。つまりお二人はこちらに来てシステムをインストールされたことにより、あちらの世界の理から外れてしまったのだと思います。
なのでもしこちらの世界で有るかもしれないと言う原因を取り除いた場合。あちらの世界の兄さんや姉さんがやったのではなく。こちらの世界の別人がやった事になります。
そうなるとですね。向こうの二人とこちらの二人の因果関係も薄くなり、無関係扱いになり、世界から見て矛盾は無く、消えてしまうという最悪の状況が起きる可能性は極めて低いと考えられます」
「んーと。つまり、大丈夫そうって事?」
「ええ、もし過去に干渉することで消えてしまうかもしれない。という事象だけで言えば、そのはずです。すいません、上手く説明できなくて」
「いや。何となくは理解できたから大丈夫だ。
しかしそれを聞いて少し安心したな。故郷がなくなるよりは、もう一人の自分と共生したほうがまだましだろう」
とはいうものの。実は竜郎にはもう一つプランが有り、そちらが完璧に出来るのなら自分が二人いる世界と言う少々気味の悪い状況も回避できそうではあった。
だがそれはあまりにも希望的観測要素が大きい為、原因を特定し出来る様なら話してみようと決め、ここで言うのは止めておいた。
「ってことはだよ? もしかして私達はあの森の奥に行くって事でいいの?」
「まあ、そうなるな。ただ以前に黄金水晶を売る時レーラさんが、どんな強者でも死を覚悟する必要がある。みたいな事を言っていたのが気になる。
実際そんなにヤバい所なのか?」
「アムネリ大森林ですか。確かにあそこは世界的にも有名な危険区域ですからね」
「そんなにっすか。でも深部にいるって言われてた金水晶の熊は、まだこっちに来たばっかのとーさん達でも倒せるレベルだったんすよね。なら大丈夫な気もするっす」
当時は竜郎と愛衣もレベルが低く、カルディナ達もいなかった。そんな状態でも深部のボスクラスとみなされている魔物を倒した実績があるのだから、問題は無いように思えた。
それは竜郎や愛衣も同じようで、拠点が建っているこの一帯に毛が生えた程度であろうと考えていた。──けれどそれは違うようだ。
「いえ。あの森は世界に数か所しかない凶禍領域が広がっているんです」
「きょうかりょーいき? なんですのそれは?」
「簡単に言ってしまえば魔物を強化し、知恵ある存在を弱体化させ思考速度も低下する領域のことです。
そしてその一番の効果域は領域の中心点。即ち森の最奥に当たる部分です」
「じゃあ森の奥へ行けばいくほど魔物は強化されてって、私たちは弱くなっちゃうって事なの?」
「はい、そうです。さらに兄さんたちが倒した金のデフルスタルは、最低でも五百から成るコロニーを形成して暮らしていると聞いたことがあります。
なのでこの魔物の最大の武器は数なんです。
そこからはぐれてしまった少数の個体であり、さらに凶禍領域の効果も無くしていたからこそ勝てたのだと思います」
「そう──だったのか。そう考えると、かなり好条件で邂逅していたってことか。
どうりで水晶の値段も高いわけだ」
「ええ。稀少価値が高い上に非常に美しい水晶。素材としても特級品で、持っているだけでも羨望の視線を向けられる水晶。だからこそお金持ち同士で競り合って、価格が上がっていったんでしょうね」
「あそこで大金が手に入ったのはかなり助かったよね」
元気になってきた愛衣の言葉に竜郎も頷き返し、少しそれ始めた話題を修正していく。
「話を戻すが、つまりアムネリ大森林の奥地に行くって事は、相当のリスクを背負って行くって事になるという事で良いんだな?」
「はい。ですが兄さんと姉さんの場合、《エンデニエンテ》の称号効果で適応できると思います。何せあらゆる環境に、適応するんですから」
「それなら、わたくし達はどうですの?」
「魔力体生物となると解りませんね。実際に凶禍領域なんて見たことも無いですから。私の知っている知識なんて本で読み齧った程度ですよ?」
「うーん。こっちが弱体化して向こうばっか強くなるってのは、なかなかハードな所ぽいっすね」
「じゃあもしカルディナ達にも影響があるのなら、俺と愛衣がメインで戦って、後の皆は後方支援。って形にすれば何とかなるか」
「魔物の数と質もここ以上だと考えると、あまり甘くみない方がいいと思いますが、それでも今の私達なら万全な状態さえ整えれば、生存率は高いと思います」
「なら決まりだね! 何があるのかしんないけど、私たちの世界を壊しちゃう奴なんて、先にこっちが壊しちゃうんだから!」
愛衣は希望が見えてきたことですっかりと元の前向きな気持ちが戻ってきて、元気よく椅子から立ち上がった。
それはまるで今から行こうとでも言うかのように。
「ちょっと待ってくれ。さっきリアも言っただろう。万全の状態をって」
「うん? ああ、うん。それじゃあ明日の朝?」
「いえ。弱体化するかもしれない魔力体生物の皆さんの装備品を、完全改修してからの方がいいはずです。
特にアテナさんのあの大鎌では、まるで全力を出せませんよね?」
「あー……そうっすね。分化できる特殊能力は便利なんで気に入っているんすけど、私が全力で使おうとしたら絶対に壊れちゃうっす」
「そう言う事だな。俺は一番初めに作って貰えたから万全の状態で今からでも戦えるが、まだカルディナ達には装備面での強化の伸び代が丸々残っている状態だろ?」
「うーん。それならしょうがないね。慌てて行ったせいで出来ませんでしたじゃ、シャレになんないし」
「ですの。わたくし達が装備面でも万全になれたのなら、きっと弱体化しても十全におとーさま達と一緒に戦えるはずですの!」
「そうだね。期待してるよ」
「ですの~」
こちらを気遣うようにそう言ってくれた奈々に、愛衣は優しく手を伸ばして頭を撫でた。
すると奈々は嬉しそうにふにゃっと頬を緩め、その表情に愛衣は逸る気持ちが一気に落ち着いていくのを感じ、椅子にストンと座り直した。
「後は前に保留にしておいたカルディナ達のスキル取得も、それまでに考えておこう。便利そうなのがいくつかあるんだよな?」
「ピュィー」
「ヒヒーーン」
カルディナやジャンヌも頷きながら肯定する。
「ってことで、リアには働かせてばかりで申し訳ないんだが、明日から装備品の作成を頼めるか?」
「ええ、勿論です。私だってちゃんと兄さん達の世界に行ってみたいですし、鍛冶師の仕事は楽しんでやっている事ですから、気にしないでください。
ああ──でも、もしそれでも悪いと思うのなら、姉さん」
「ん? 何かな?」
勿体ぶったように愛衣に視線を向けてきたリアに、愛衣はにこやかに小首をかしげる。
「天装の弓──軍荼利明王を貸して頂けませんか? そろそろ天装の改造も視野に入れておきたいと思っていた所なので」
「天装の改造……そんな事本当に出来るんですの?」
天装は人知を超えた性能を持っているが故に、そこへ手を加えることは不可能に近い。
過去にそれをなした人物たちは、いずれも後世に名を残すほどの傑物揃い。
そして下手に手を加えれば、貴重な天装を壊す可能性すらある。
その辺りを加味して、奈々は本当に出来るのかとリアに問いかけた。
「天装ほど難解ではなかったですが、魔道具のセコム君の改造も出来ましたし、そろそろ研究を始めたかったんですよ。
そしてその研究が上手く進めば、天装に極めて近いレベルの装備品を私の手で作れるようになるかもしれません。更なる限界を突破してみたいんです」
今まで見たことも無い程に真剣な表情で、口では天装に近いなどと言っているが、その眼は超えてみたいとすら思う気概の炎が燃えたぎっているのが見て取れた。
だから愛衣の返事は最初から決まっていたのだが、快く答えを返した。
「いーよ。大事にしてあげて」
「はい。勿論です」
《アイテムボックス》から軍荼利明王を取り出すと、「リアちゃんに協力してあげてね」と言いながら表面を一撫でし手渡した。
リアは壊れ物を扱うように受け取ると、それを《アイテムボックス》にしまったのであった。




