第344話 自分たちの世界──
シャチの背に乗って遊んでいると、リアから御飯ですよ送信がやってきた。
竜郎と愛衣は新たに愛衣が名付けたシャチ太に頼み、砂浜に戻って貰った。
もっと遊びたそうにしていたが、また乗るからと言ったら嬉しそうに《強化改造牧場》内に戻って行った。
それから魔法で海水を洗い流し濡れた服を乾かして、波打ち際で遊んでいるカルディナ、ジャンヌ、アテナも呼んで、リアと奈々が待つリビングの食卓に向かった。
「良い匂いがするな」
「うー。一気にお腹空いてきたー」
表玄関を通ると既に美味しそうな海鮮や天ぷらの匂いが鼻孔をくすぐり、二人の食欲を煽ってくる。
自然と進む歩調が早まり、カルディナ達を後ろに引き連れ匂いのする部屋の扉を開いた。
すると水晶で出来た豪奢な四角い食卓に所狭しと料理が並んでいた。
「美味そうだな」
「美味しそー!」
「手を洗ってから座ってくださいね」
「「はーい」」
手を洗わなくとも称号効果のおかげで二人が病気になる事は無いのだが、不衛生には変わりないのでリアの言う事を素直に聞いて、手洗いうがいをしてから仲良く席に着いた。
カルディナ達は食べはしないが、和気あいあいとした団らんを過ごすのは好きらしく楽しげに座っていた。
そして全員の前に水晶のグラスを置くと、奈々がフルーツを絞って作ったジュースを竜郎、愛衣、リアの物に注いでくれた。
「ありがとう、奈々」
「ありがとねー」「ありがとうございます」
「どういたしましてですの」
そうして水晶のピッチャーを机に置いた奈々も席につき、全員が食卓に座った所で竜郎が代表として乾杯の音頭をとる。
「この世界にやってきて三百日近い時を経て、ようやくここまで来る事が出来た。
けれどここにいる皆がいなければ、もっと時間がかかっていただろうし、もしかしたら何かの拍子に負傷して帰れなくなっていたかもしれない。
俺と愛衣が帰る事ができるのは皆のおかげだ! 本当にありがとう!」
愛衣も含め全員が竜郎の話を笑顔で聞いて頷いてくれた。
それに竜郎も笑顔で頷き返し、最後の口上を述べた。
「──乾杯!!」
「かんぱーい!」「ピィー!」「ヒヒン!」「乾杯ですの!」「乾杯!」「かんぱいっす~」「「──」」
魔力体生物組はそれぞれの方法で空のグラスを手に持って、竜郎、愛衣、リアのものにカーンと当てて打ち鳴らす。
そして竜郎、愛衣、リアはごくっとジュースを飲み込むと、いよいよ帰界前最後の食事を楽しむことにした。
「まずはお寿司。マグロ──っぽいやつの刺身を乗せた奴!」
「見た目もそれっぽいし、旨そうだな」
竜郎が炊いた米に愛衣が酢、砂糖に塩少々を混ぜたすし酢を入れた酢飯を適当に握ったブロックの上に、偽マグロの大トロを乗せてみる。
なかなかいい見栄えに竜郎と愛衣はこちらの世界で普通に売っていた異世界の豆で作られた醤油を小皿に垂らし、少しつけて二人同時に口に運ぶ。
ちらし寿司の様な物はあるが握り寿司はここいらの国では馴染みが無いようで、リアは興味深げな視線を二人に送った。
「「うまいっ」」
「えーと、なら私も────ああ、本当にいけますね。これなら私も日本でやっていけそうです」
「寿司は日本料理でも有名どころだからな。惜しむらくは作ったのが俺と愛衣って所なんだが──モグモグ」
「それでも素材のおかげでちょー美味しいよー──モグモグ」
「モグモグ──そちらに行ったら是非職人さんの作った寿司も食べてみたいですね」
「ああ、その時は俺と愛衣の家族も連れて、皆で行こう」
そんな事を言いながら、中トロや炙りサーモン、卵にダンジョンで以前倒したタコの魔物なども少しずつ食べた。
そしてマグロやサーモンの天ぷら、から揚げなどもご飯と一緒に食べていき、メインディッシュのロブスター──ララネストの料理へと手を付けて行く。
美味しい物を食べなれているであろう一国の王が飛び上がるほどの美味さとはいかに──と竜郎、愛衣、リアはまずボイル焼きした解体済みのララネストの身を殻から剥がして口へと運ぶ。
「「「──っ!?」」」
ここまでで食べてきた偽マグロ、偽シャケも非常に美味だった。一般家庭で育った竜郎や愛衣が今までの人生で食べてきた中で、一番だったといっても過言ではない。
けれどララネスト。この魔物の肉は格が違った。
見た目はエビに近いが味はカニに近い。けれどカニとも比較にならない程濃厚な味で、弾力のあるその身は臭みも無く噛めば噛むほどうま味が溢れてくる。
腹具合も四割ほどまで膨れていた三人だったが、まるで空腹状態だったかのように無我夢中で頬張った。
「やばいなコレ。美味すぎるだろ……」
「舌が肥えて、他の料理が食べられなくなりそう……」
「はふぅ──」
竜郎と愛衣はあまりの美味しさに恐れすら抱き、リアは満足そうに頬を上気させて椅子の背もたれに恍惚の表情でもたれかかった。
けれどまだララネストのワイン蒸しに天ぷらも残っている。
三人はゆっくりとそれらに箸やフォークを伸ばし、またその違った味わいに体を歓喜に震わせながら食べて行った。
そうして腹具合が八割を超えた辺りで主菜も食べ終わり、ララネストは《強化改造牧場》で是非養殖しようと心に決めた所で、最後にデザートである。
パンケーキやクレープ、カットされたフルーツ、生クリーム、クッキー。
ヨーグルトにアイス、プリンまで各種取り揃っていた。
そしてそこへ竜郎は、竜水晶で作った瓶を《無限アイテムフィールド》から取り出し、そこへ置いた。
「それが極上蜜なんだね?」
「ああ、極上蜜だ」
「普通の蜜でもかなり美味しかったのですが、これはどんな味なんでしょうね。楽しみです」
まずはオーソドックスにパンケーキから。
竜郎、愛衣、リアの順番で瓶を回していき、それぞれの目の前に置かれたパンケーキにたっぷりと極上蜜をかけていく。
今までの蜜はドロドロっとした感じなのに対し、極上蜜はサラサラとしていた。
そしてナイフで一口サイズに切り裂いて、極上蜜のかかったパンケーキを一気に口の中に放り込んだ。
「「「ふー!」」」
今までは蜂蜜にあるクセの様な物が少しあったのだが、こちらはまるでなく上品でいて甘みも強く、花の香りが抜けていく。
その香りは全く嫌な物でなく、むしろ後味の爽やかさを高めてくれているようにも思えた。
なのでしつこくも無く、いくらでも食べていけそうな気すらした。
「これもまた格別だな──」
「これからは極上蜜の時代だよ……。たつろー、帰ったら取りあえず三つくらい瓶詰でちょーだいね」
「私も欲しいです」
「ああ、蟻蜂女王達が頑張って作ってくれてるから、定期的に分けたうえで売るほどあるぞ」
こちらの世界で蜂蜜だけでも巨万の富をつくれると確信するほどに、その嫌みのない上品な蜜の味に何処までも浸っていく。
クレープにかけたり、プリンやクッキー様々な甘味にもこれでもかとかけて食べていく。
ただそれだけで普通のデザートが極上になるのだからたまらない。
三人は許容量一杯になるまで食べ続け、ポッコリとしたお腹を撫でながら背もたれに苦しそうに寄りかかった。
「幸せって、こんな身近にあったのね……」
「しかも俺達の場合、称号効果のおかげでいくら暴飲暴食の限りを尽くしても、糖尿、痛風、メタボにもならないんだから最高だよな……」
「それは羨ましいですね……。私は普通に太りそうです……」
「まあ毎日は流石に飽きちゃうだろうし、こういうのは偶にの方がいいけどね」
「だな。これだけ感動できても、飽きたら二度とそうは思えなくなるかもしれないし」
「ですねー。こんなに美味しいものが世の中にあるなんて知りませんでした」
「まだまだありそうだよね。そういう美味しい魔物達」
「次に来るときは食材探しの旅に出るのも真面目に良いかもなあ」
「その時は私も是非誘ってくださいね」
「「もちろん」」
「私たちもですの!」
「ピュィー」「ヒヒン」「そうっすー」
「ああ解ってる。次来るときも、皆一緒だ。
そうやって今度は何のしがらみも無く、全員でこの世界を遊びつくそう」
「だね」
竜郎と愛衣はそう言って笑いながら、隣にいる彼女彼氏の手を握り合ったのだった。
異世界またねパーティも円満に終わり、後片付けも済ませた頃には日もすっかり沈んでいた。
そんな中。竜郎達はお土産を竜郎の家族、愛衣の家族の分を袋にしっかりと詰めて《無限アイテムフィールド》や《アイテムボックス》に収納し、リビングを出た。
そして一度表に出ると、修行を一通り済ませた龍の蒼太、ワニワニ隊、ワーム隊それぞれを出現させた。
最後の方はこの全員対、大量に湧き出す巨大ワニと巨大火蜥蜴という仮想敵相手に戦い抜いて、レベルやスキルのみならずチームワークも磨かれていた。
これで安心して留守番を任せられる。
そしてジャンヌと奈々も、空いた時間でつくっていた天族と魔族達を呼び集め、しっかりと管理するように言い聞かせておいた。
「これで忘れ物は無いな」
「うん。それじゃあ、行こっか」
二人はようやく帰れるのだと胸を高鳴らせ、落ちつかせるように手を繋ぎあって生魔法で心を鎮めていく。
けれど自然と歩調が早まり、カルディナ達を少し置き去りにして、城の一階廊下の中心地点に立った。
そしてカルディナ達が追いついた所で、鍵を解除し地下へとゆっくり降りていく。
「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」
竜郎と愛衣の雰囲気に押されて全員が無言で、けれど嫌な空気は無く地下へとたどり着いた。
明かりが自動で灯り、全員が降りると足場はまた一階廊下の一部に戻って行った。
カツカツカツと足音を響かせながら前進していき、この地下室の中央にまで全員で歩いていく。
そして立ち止まると《無限アイテムフィールド》から帰還石が大量に入った袋をそれぞれに渡していき、向こうでも問題なくシステムが使えるようにしておく。
それから竜郎は一度大きく深呼吸をしてから、竜念動で浮いた状態で竜郎の後ろを浮遊していた天照を呼んだ。
「天照、おいで」
愛衣の手と繋いでいない差し出した右手にスッと収まり、竜郎はギュッと天照の杖を握りしめた。
そしてもう一度全員を見渡し、部屋をぐるっと見てから愛衣を最後に見つめた。
「それじゃあ、やるからな」
「うん。頑張って!」
最愛の彼女の笑顔での声援は、他のどんな薬よりも効果覿面で、急激に集中力が増していく気すらした。
そして見られてもいいように呪魔法も展開してから時空魔法の魔力を練り上げていき、竜郎と愛衣がこちらにやってくる直前までいたひらけた場所──公園を強く強く思い描いていく。
自分だけでもかなり扱えるようになった時空の魔力を、天照と魔力頭脳の演算能力も借り受けて、異世界転移魔法を造り上げていく。
「ぐっ──必要なエネルギーが大きいな……」
「ピィイユー!」
「あたしらも手伝うっす!」
「そうですの!」
その時にものすごい量の竜力や魔力を要求されたので、転移先で何かあって直ぐに戻りたい時に使う分の余力は残すべく、カルディナ達からも分けて貰いようやく完成するに至った。
「いくぞ!」
「うん!」
そうして竜郎は引き金を引くように、止めていた魔法を一気に発動させる。
すると今まで長距離転移魔法は横に引っ張られるような感覚だったのに対し、異世界転移は上に引っ張られる感覚を味わった。
「「「「「──うっ」」」」」「──ピュッ」「──ヒンッ」「「──!」」
奇妙な感覚を味わいながら竜郎達一行は、この世界から消え去ったのだった。
思わず閉じていた目を開けると、そこは何もまだ起きていない、思い浮かべた通りの公園の真ん中に全員が立っていた。
「成功だ!」
「────うんっ!!」
竜郎と愛衣は涙を流し、お互いに抱きしめあった。
「ここがおとーさま達の世界。なかなか良さそうな所ですの」
「臭いも違いますね。それに壁も無い町なんて変な気分です」
「そりゃあ、こっちには魔物何ていないっすからねー」
「ピュィー」「ヒヒーン」「「────」」
カルディナ達も珍しそうに辺りを見渡しては、それぞれ感想を言い合っていた。
そんな時──それはやってきた。
「来たな」「来たね」
今この時間は、竜郎達があちらの世界に行く少し前。そしてあの奇妙な空間のひび割れが起きる前でもある。
なので当然の様に、その前兆である地震が起き始めた。
竜郎達は事前に話し合っていたので、冷静に帰還石の袋に手を突っ込んでシステムがちゃんと起動するか確認する。
確認が出来た所で竜郎は周囲に時空魔法で空間を遮断し、さらに月読に竜障壁を張って貰う。
これであの空間の裂け目に吸い込まれる心配もないだろう。
そうこうしているとブロック塀が倒れる音と、二人の男女がやってくるところが見えた。
「危なかったね」
「ああ」
その声や容姿は、まごうことなく約300日前の竜郎と愛衣である。
そんな自分たちを見ながら、竜郎と愛衣は皆を引きつれ上空へと移動した。
するとそこへ滑り込むかのように、過去の竜郎と愛衣が公園の中央に立った。
そして記憶をなぞる様に空間の亀裂に慌てふためいていた。
「ここで助けたらどうなるんだろうね?」
「最悪、今ここにいる俺達が消えてなくなるとか?」
「でも助けたという事実があるのですから、存在してないと助ける事は出来ませんよね?」
「わけわからんですの」
「まったくっす」
どうせちゃんと生きて帰って来れることは身をもって知っている。それに異世界に行った事でより深くお互いを愛しいと思えるようになったのだ。竜郎と愛衣は過去の自分たちを見つめながら、頑張れとエールを送った。
すると過去の愛衣が亀裂に飲み込まれ、竜郎もそれに引っ張られる様にして裂け目の中に消えて行った。
「ここから先は俺も愛衣も知らないんだが。これは何が原因だと思う?」
「何かとてつもない力によって、無理やりこじ開けられているといった所でしょうか。──あ、けど収まってきましたよ」
「ほんとうですの。揺れも静かになってきたですの」
「ふう──」
まさかずっとこのままなのかと思ってもいたが、空間の亀裂も元に戻っていき、竜郎は安堵しながら時空魔法の結界を解こうとしたその瞬間──リアが叫んだ。
「兄さん!! 結界をそのまま維持してください!! もっと大きなのが来ますっ!!」
「──なっ」「──ええっ!?」
──竜郎はずっと考えてきたことがあった。
竜郎が緩んだ気を締め直し再び結界の維持に集中し始めた所で、先ほどとは比べ物にならない程地面が揺れる──と言うよりも暴れ始めた。
──けれどそれはあんまりにも不吉で、そんなわけはないと心の奥底にずっとしまいこんでいたのだ。
そして空も地面もどこもかしこも空間がひび割れていったかと思えば、割れたガラスの破片の様に、竜郎達の世界が崩れ壊れていった。
──あんな空間にひびが入る様な事象が起こった後の自分たちの世界が、本当に何事も無く存在しているのかと。
「──は?」
「………………え?」
今竜郎たちが浮かんでいるのは、地球の空でも、日本の空でも、故郷の町の空でもない。
ただ真っ暗で何もなく、申し訳程度に元の世界の残骸が空間にいくつかこびりついているだけの別の世界。
目を見開いて固まる竜郎と愛衣に、カルディナ達は心配そうな視線を向けるが、二人はそれに気が付く余裕もなかった。
「なんだよ……なんなんだよこれはああああああああああああっ!」
「いやああああああああああああっ!!」
二人は絶望に打ちひしがれ、何もないただただ暗い世界へと、慟哭の声を響かせたのであった。
これにて、第八章の終了です。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。




