第33話 持ってて良かった熊素材
冒険者ギルドに戻ると、それを目ざとく見つけたレーラが受付に立ってくれた。
「依頼の方はどうでしたか?」
「ええ、恙なく」「バッチリだったよ」
笑顔で応える二人の顔に、レーラは相好を崩して肩の力を抜いた。
「では達成の証拠として、依頼書の提出をお願いできますか?
システムの冒険者ギルドからの、『依頼書提出』でできるはずです。
ちなみに達成済みなら緑色、未達成なら最初と同じ赤色で変換されるはずです」
「わかりました」「はーい」
二人で指示されたとおりにシステムを操作していき、依頼書を変換する。すると、緑色の板がコインの時と同じように現れた。
それを、竜郎たちは一緒にレーラに差し出した。レーラはその緑の板を受け取ると、竜郎と愛衣の物を重ねて一枚にしてから、粒子にして自分の中へ入れると、システムを弄る動作をしてから、こちらに顔を向けた。
「依頼達成を、こちらでも確認いたしました。本来であればこの時点で報酬が出るのですが、今回は依頼主からの前払いでしたので、これでこの依頼は終了となります。
初依頼の無事達成、おめでとうございます」
「ありがとうございます」「ありがとー!」
二人が祝いの言葉に感謝の意を示すと、レーラはニコリと笑って竜郎たちにまた話しかけた。
「ところで、この後お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫だよな?」
「うん、急いでやるようなことは無いよ」
「でしたら、また少しお時間をいただけませんか?」
「いいですよ」「いいよ」
「では、こちらの方へ」
二つ返事で了承すると、二人は最初に通された部屋と同じ場所に案内された。そしてまた同じソファーに促され、三人分のお茶を用意したレーラが向かい側のソファーに腰掛けた。
「それで、お話というのは?」
「はい。まず一つ目は、十日後に何組かの冒険者パーティで、町近辺の森からアムネリ大森林入り口までの調査と、魔物討伐が予定されています。
お二人にもそれに参加していただけないか、というご相談です」
その言葉に、エルレンの死体が二人の脳裏を過った。冒険者という職業柄、全く危険のない依頼というものは少なそうではあるが、これに些かキナ臭さを二人は感じた。
「それは危険そうだよね?」
「はい、安全は保障できません。けれど、乱れた生体分布が10日で元に戻り始めていれば、さほど危険は無いと思います。
ですが、まだ正常になっていなければ強い魔物と遭遇する恐れもあります。
ですので、できれば緑水晶のデフルスタルくらいは倒せる人材に行ってほしいのです」
竜郎はデフルスタルシリーズの色別強さランキングを頭に浮かべながら、緑水晶の強さを思い出してみた。
「たしか……緑と言うと下から三番目の強さで、青の下でしたよね」
「そうです。おそらく生体分布の乱れによってやってきた危険な魔物は、本来いる場所ではないので、十全に能力を発揮できない物もいるでしょう。
それに群れを組むような個体も、少数あるいは一体で行動している可能性が高い。
ですので、そのくらいのレベルの方々なら不意打ちを気を付けて、有事の際は逃げに徹すれば対処できると、当ギルドでは判断いたしました」
「うーん、どうする愛衣?」
「どうしようねぇ」
二人には、わざわざ危険を冒してまでやる必要はない。だが、それでも強い魔物はスキルもたくさん抱えているはずだ。そうすれば帰還も早まるというものだが……。
そう考え込む二人に、無理もないな、という表情をしたレーラは、最初から考えていたように、しばらく引き受けるかどうかを決める猶予を提示することにした。
「これは前日、いまから九日後までに決めていただければ結構です。
やる意思をお持ちになられたら、当ギルドにてその旨をお知らせください」
「解りました。まだ受けるかどうかは解りませんが、二人で相談して決めたいと思います」
「はい、ありがとうございます」
「──それじゃあこの話は置いておくとして、二つ目のお話はなあに?」
取りあえずの話のけりがついたところで一拍の後、最初に一つ目と言ったのを覚えていた愛衣が、すかさずレーラにそう問いかけた。
するとレーラの瞳がきらりと光り、気合の籠った声でその問いに応じた。
「二つ目は、素材の売却願いです。お二人は《アイテムボックス》をお取りになっているようですので、今もアムネリ大森林の魔物の素材を抱えているのではありませんか?」
「ありますね。というか、肉類とか毛皮とか腐り物もあるので、どうしようと思ってたんですよ」
「あー腐らせるのは嫌だよね」
「ということは、黄金水晶のデフルスタルの肉もあるのですか!?」
突然テンションの上がったレーラに、若干背を後ろに反らせた二人は無いと答えた。
すると、意気消沈したようにレーラの勢いが下がっていった。
「──え、せっかくの貴重な素材でしたのに持ってこなかったのですか?
最上位種の肉はあらゆる生物の寿命をのばすと言われていて、そのうえ大変美味らしく、かなり高値が付いたんですが……」
「あーそんな代物だったんですね、あの熊。そりゃあ、僕らも取れるものなら取ってきたんですけど──なあ」
「うん、あのときはなりふり構ってられなかったから、水晶と後ろ側の皮以外は消し飛ばすしかなかったんだよね」
「────は? い、今消し飛ばすとか何とか仰りませんでしたか?」
顎が外れそうなほど口を開いたあと、頬を引きつらせながらレーラは聞き直してきた。
「ええ、アレは気を使って倒せるような奴ではなかったんで、こちらが持てる最大火力で押し通したらそんなことに」
「ヘ、ヘー、ソーナンデスネー」
レーラはそれだけ言うと、魂が抜けたような、真っ白になった某ボクサー並みに、しばらく呆然と虚空を見つめていた。
「こほんっ、失礼しました」
「いえ、大丈夫です」
「うん、平気だよー」
「ええと、話を元に戻しますが、それではどんな素材を売りに出せますか?」
「えーと、そうですね…」「うーん」
そうして、竜郎と愛衣はそれぞれ今売っておきたいものと、とりあえず少しだけ売ってみることにしたものを決めた。
「ここに全部だしていいんですか?」
「あ、そうですね。生物もあるようですし、置くものを持ってきますね」
そう言ってレーラはそそくさと部屋を出ると、台車に人が丸くなれば乗せられるほどのトレイを重ねて運んできた。そうして、何枚かトレイを降ろして床に並べると、レーラは「こちらにどうぞ」とそこを手で指した。
「わかりました、じゃあまずは───」
そうして、あれよあれよと言う間にトレイにデフルスタルの素材を入れていった。
まずは竜郎一押しの小ぶりの黄金水晶を五個、それに青水晶を十個と白水晶を三十個置く。
次に損傷のない部分の青水晶と白水晶のデフルスタルの肉、毛皮、骨や牙を少し。
そして、黄金水晶の生えていた部分の穴だらけの毛皮を、《アイテムボックス》の結合を使って継ぎ接ぎしたものを置いた。
「青水晶の素材まで入っているのですけど…」
「うん。黄金水晶に二匹くっついてきてたから、サクッと倒しといたの」
「────あー、三匹同時に相手にしたんですねー。ちょっと想像できませんがわかりました。
えーと、それではざっと査定させていただきますね」
「はい」「うん」
それからしばらく、レーラが並べられた素材とにらめっこをしながら、手元の書類に何かを書いていくという動作を繰り返した。
そして全部を見終わると、レーラは後ろで仲良く座って喋っていた竜郎たちに話しかけた。
「査定が終わりました、が」
「「が?」」
「この毛皮は、近くの鍛冶屋でちゃんと加工してもらえば腐らないですし、それで防具を造ればかなりの物ができそうですが、お売りになってもよろしいので?
特にこの黄金水晶のデフルスタルの毛皮なんか、熟練の冒険者でも喉から手が出るほど欲しがる代物ですよ?」
「あーそうなんですね」「へーそうなんだあ」
二人は感心したように、その毛皮の価値に驚いていた。
その様子にレーラは「やっぱり知らなかったのね…」と、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「この青水晶の毛皮も防具に使える?」
「はい、そちらもとても頑丈で軽いですし、人気の素材の一つですね」
「たつろーどうする?」
「そうだなあ、じゃあ毛皮は取りあえず全部こちらで持っておきます。それで余るようならまたここに売りに来ます。
あとその鍛冶屋の場所を、教えてもらっていいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
竜郎は現状の自分たちについて考え、その結論に至った。
なんせ、この先もSPを稼ぐために魔物と相対していかねばならない。だというのに、今の自分たちの戦闘衣装は学校指定の芋ジャージ一式。熊どころか中型犬サイズの魔物に突撃されただけでもダメージを負ってしまい、紙装甲もいいところだ。
そして、竜郎がそんなことを考えている間に、手元の余った紙で鍛冶屋までの簡単な地図をさらっと描き終わると、レーラはそれを竜郎に渡し、それからさらにもう一枚紙を渡してきた。
「それとこれも一緒に鍛冶屋の人間に見せてもらえれば、スムーズに事が運ぶと思います」
「これは?」
「ただの紹介状ですよ。素材が珍しい物なのですし、お二人は子供ですので下手な勘繰りをされるかもしれませんから」
「ああ、そういうことですか」
「どゆこと?」
「それはな──」
竜郎は、貴重な毛皮を子供が持ってきたら、どこからか盗んだりしてきたのではないか、など猜疑的な対応を取られるかもしれないところを、しっかりギルドが後ろ盾をしていてくれることで、効率的に物事が運べるようになる。という内容を愛衣に聞かせた。
愛衣は納得し、レーラに二人で礼を言い、竜郎はとりあえず《アイテムボックス》に紹介状と地図をしまっておいた。
「では、残りの物に関しては売却ということでよろしいですか?」
「はい」「うん」
「では査定額ですが──こちらです」
二人は差し出された紙を受けとり、顔を突き合わせて書かれた内容を確認した。
その紙には一つ一つの細かい内訳が書かれており、同じものなのに安くなっている場合は、何故そうなのか注釈まで明記され、とても解りやすいものだった。
だが、それ故に自分たちの提出した物らのお値段が一目で理解でき、手が震えだした。
「えーと、このお値段は桁が間違っていたりとかは……」
「しません。ちゃんと確認もしましたし、一度受け取られた査定表が間違っていたのなら、それはギルドの責任です。そのお値段をきっちり払わさせていただきます。
逆にそれだけの責任が生じる書類なので、我々職員は細心の注意を払って査定しています。なのでご安心を」
まさに仕事ができる女然とした表情で語ったレーラに、これが間違っていないのだと痛感させられた。
また、レーラはレーラで、今まで散々驚かされてきただけに、二人のこの反応は中々痛快なものだった。
「「よんおくごせんろくじゅうきゅうまんななせんごじゅうに しす……」」
二人が引きつった笑みで読み上げた数字は、実に450,697,052 シス。
シスと円の貨幣価値は大体同じなので、資産家を名乗っていいレベルの熊富豪が、今ここに爆誕したのであった。




