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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第七章 黒菌編

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第329話 風山突入

 空もまだ白み始めたばかりの早朝。

 竜郎と愛衣はあの後部屋でなんやかんやしてからまた仮眠をとり、心も体もリフレッシュした状態で準備を整え、義妹リアの作ってくれた朝食に舌鼓を打っていた。

 そんな時、話題はこれから望む風山……ではなく、昨日の《強化改造牧場》についてどんな魔物をテイムしたのかリアに話を聞かれた。



「ああ、それならペットのワンコ──じゃなかった狼と、蜂蜜をくれる蟻蜂女王を作って入れておいたぞ」

「可愛んだよー! 豆太って名前なんだ」

「蜂魔物の養蜂は実際にある事ですが、魔物を愛玩動物ですか……。

 ちなみにマメタちゃんを見せて貰っても?」

「ああ、いいぞ」



 そこで竜郎は《強化改造牧場》から豆太を召還すると、言いつけどおり《肉体収縮》を維持した状態で出てきてくれた。



「これは──っ!?」

「何か観えたのか!?」

「この子に何か異常な所でも!?」



 神力や竜力を入れたせいで、目には見えない異常が出てしまったのかと思った二人。だが、そんな事では無いようだ。



「──可愛いです!」



 竜郎と愛衣は、思わずガクッと椅子から落ちそうになった。

 そんな事をしている間にも、豆太はリアに抱きかかえられて「なあに?」とでも言いたげな顔をしていた。

 そんな愛らしい姿に竜郎と愛衣もメロメロになっていると、不意にリアの腕からぴょいと飛び出した。



「あっ──」



 それを残念そうな目で見送っていると、広いスペースに躍り出た豆太はやはり窮屈だったのか元のサイズに戻ってしまった。



「──これはっ……これで有りですね!」

「ありなのか!?」「いいんだ!?」



 驚かせてしまったかと思いきや、一瞬で受け入れるとひしっと大きな右の前足に抱きついてモフモフ堪能し始めていた。

 そんなリアに豆太も好意を持ってくれている事を察したのか、頭を下げて顔をペロペロ舐めて甘えていた。

 決して食べようとしているわけではない。



「それにしても、昨日生まれたばかりなのに、もう8レベルになってますね」

「え? 戦わせてないよね? 何でレベル上がってるの?」

「ああ、それな。ただクッチャネして牧場内に置いとくのも運動不足で良くないと思って、トレーニングさせてたんだ」

「トレーニング? いよいよデジ○ンみたいになってきたね……」

「それは言ってはならん! とまあ冗談はさておき、こっちのトレーニングはひたすら実戦だ」

「牧場内に敵なんているの? ──はっ。まさか貴重な蜂蜜職人さん達を……?」

「いいや、違うよ。まあ、蜂蜜作りがもっと安定してきたらそれでもいいんだが。

 実はな──」



 蟻蜂女王がいればいくらでも働き蜂と言う名の蜂蜜職人さんを生み出せるし、愛衣の言った通り別の区画の魔物同士を引き合わせて戦わせることもできる。

 だがそれ以外にも、《強化改造牧場》の力で実戦経験を積ませることが出来るのだと竜郎は語る。



「これには俺が今まで倒したことのある魔物を、必要な魔力やら竜力なんかを消費して仮想魔物として牧場内限定で生み出せるんだ。

 そこで俺の魔物が仮想魔物を倒せば、本来その魔物を倒した時にもらえる経験値の八割が貰えて、レベルも上げる事が出来るって寸法だ」

「へー。そんな便利機能もあったんだ」

「確かに便利なんだが、注意点としては仮想魔物とは言え牧場内では本物扱いだ。もしそれに負けた場合、こっちの魔物は殺されてしまう。

 だから確実に勝てる安パイをちゃんと選んで戦わせる必要がある」

「仮想魔物でも死んじゃうんだ……。それじゃあ、豆太は何と戦ってたの?」

「ひたすらイモムーを、三十分に一体くらいの割合で出るように設定しておいた。

 仮想魔物として呼び出すにしても、消費も安上がりで大したスキルも無いから、ちょっとした運動感覚で狩れる代表みたいな奴だしな。

 それに仮想魔物は傷を負っても血は出ないし、肉体も残らないから豆太も汚れず綺麗なままだ」

「それはいいですね。ですが仮想魔物との戦いで負ければ死ぬことがあるという事は、怪我をしたりする可能性はあるんですよね?」

「それはあるな。だが豆太に相手させてるのはイモムー一匹だし、そうそう後れは取らないさ。な?」

「キャンキャン!」



 言っている事を完全に理解しているわけではないが、なんとなくのニュアンスは伝わったのか、はたまた竜郎に声をかけられたのが嬉しかっただけなのか、無邪気に吠えていた。


 そんな一幕がありながら豆太を牧場に帰して、落ち着いた気持ちで外に出てマイホームをしまった竜郎達。

 それぞれの装備品を出してもう一度不備が無いか確認し、黒菌対策の道具がしっかりと身に付けられているか、動作不良を起こすような事になっていないか、入念にチェックしてからいよいよ最終アタックを開始することにした。


 今回の目的はバンラモンテ山の一角に広がる風山地帯へ行って、黒菌となっている原因の根絶、及び小妖精の男──アウリッキの救助。となっている。


 竜郎達は念のために顔馴染みの職員のもとに寄り、解った事を説明がてら大きな戦闘が起こる可能性があるとも伝えておいた。

 もしかしたら風山からそれなりに距離のあるこの場所であっても、被害が及ぶかもしれないからだ。


 そうして十分ほど話し込んでから、職員達と別れを告げてまずは山手前のバンラロフテ森林に足を踏み出す。

 そのままカルディナと一緒に探査をかけて、シュベルグファンガスが生き残っていないか、妙な出来事がまた起こっていないか、などチェックしながら半分ほど進んだところで、全員今すぐにでも全力で戦闘出来る様に支度を整えた。



「よし、それじゃあこれより一気に飛んで山を登る。全員何が起きてもいいように、気を張っておいてくれ」



 今更そんなことを言う必要もないだろうと思いながらも、一分の隙も無くすために、自分自身にも言い聞かせるように竜郎は皆に向かってそう口にした。

 それに愛衣を含め全員が真剣な目で頷いてくれたので、安心した気持ちで空路を行く。

 道中現れた空飛ぶ魔物は疾風迅雷の如くカルディナが高速で始末していき、いよいよ風山の全貌が見えてきた。

 そこはやや斜面になった地形で、緑色をした風の魔力で構成された木々や岩などが点在しており、小さくそれほど強くも無い風の力を宿した魔物が数匹見えた。

 そして一番目立って見える者はと言えば、風山と化している力場の真上に、強大な黒い渦がグニャグニャと丸くなろうとしているのに、何かに邪魔されるようにして形を止めどなく変化させていた。

 そして──。



「あそこっ! あの小さい人がアウリッキさんじゃない?」



 黒い渦の強大なエネルギーによって解魔法が上手く使えない状況で、愛衣が遠見スキルを使って遠くにいる五十センチ程しかない羽を生やした小妖精の男を発見した。



「見る限りどうだ? 元気そうか?」

「うーん。地面に座り込んで胡坐をかいてほとんど動かないけど、死んではないと思うし、体のどっかが黒くなっているようにも見えないね」

「発生源の真下に何ヶ月もいて何故平気なのかは気になるが、今の所大丈夫そうだな」

「それに渦を見る限り、今すぐ魔物が生まれるという事も無さそうですね」



 黒い渦を《万象解識眼》で解析していたリアが、やがてそこから目を離す。



「確かに破滅の魔物とは言い得て妙ですね。かなり強力な力が観えました。

 下手したらレベル10ダンジョンのボスよりも強いかもしれません」

「確かにそんな魔物が国内で暴れ出したら、壊滅的な被害は免れないですの」

「けど今のあたしらなら、何とか出来そうなレベルでもあるっす。相手のスキル次第では苦戦はしそうっすが」

「まあ、まだ戦う事と決まったわけじゃない。とりあえず降りてアウリッキと合流しよう」



 竜郎は向こうにこちらに害意は無いと示すために、小妖精たちから貰った炎の力宿す妖精煌結晶を手に持ってから少し離れた場所に全員で着地した。

 向こうも気が付いている様子を見せるが、それどころじゃないのか目線すら寄越してこない。

 なのでこちらから刺激しない様にゆっくりと歩をを進めて行き、3メートルほどまで近づいた所で足を止め、竜郎は声をかけた。



「貴方はアウリッキさんで間違いないですか?」

「お前たちは何者で、何をしにここへ来た?」



 何かに集中している様子で、こちらに視線を向けることなく黒渦を一点に見つめながら、やや突き放すような棘のある口調でそう言った。

 だが竜郎は気にする事無く、ここに来た理由を話していく。



「僕の名前はタツロウです。

 ここへ来た目的は、冒険者ギルドにあの渦から発生する物質──黒菌と呼ばれる存在の根絶を頼まれたから。

 というのと、貴方の仲間である炎山にいた小妖精たちに、中々帰って来ないから様子を見てきてくれと頼まれました。

 そしてバンラロフテ森林にいた、ヘンリッキという木の人間に貴方を救ってほしいと依頼されたからです」

「渦から発生する物質? 黒菌?

 それについては良く解らんが、俺の弟分達と親交があるのは間違いないようだな」



 チラリと竜郎が見えるようにかざしていた妖精煌結晶を見て、そこに宿る魔力を感じ察してくれたようで、警戒心が少し薄れた気がした。



「それとヘンリッキに頼まれたと言っていたが、あいつは今も森で見張ってくれているのか?」

「……先ほどの様子だと、渦から発生する物質について本当に何も知らないんですか?」



 質問に質問で返したことで少し眉間に皺を寄せたが、何か必要な事なのだろうと思い直し、アウリッキは正直に知らないと答えた。

 さてそうなると、何故黒菌に対して一番近くにいたのに存在すら気が付くことなく、また感染もしていないのかと疑問に思ったが、精霊眼を発動することで直ぐに原因が判明した。



「どうやら貴方が魔物の発生を食い止めるためにやっているソレは、風山のエネルギーを吸い取りながら、それを魔力に変えて纏って操作しているみたいですね」

「そうだ。良い目をしているな。──そうか、その黒菌とやらは魔力を纏っていないと何か悪影響を及ぼすモノ。なんだな?」

「そうです。そしてそれは人の肌などに付着すると無理やり細胞を変化させ、体を黒化させて確実に死に至らしめる奇病として広がり始めています」

「……人の肌と言っていたな。魔物はどうなるんだ?」



 そこでヘンリッキに何かあったのだと察して、固く震えた声でアウリッキは問いかけてきた。



「この奇病の原因となっている黒菌の正体は、あの黒い渦から魔物が生まれるのを防ぐ際に散らされていった魔物になり損ねた残骸です。

 それは付着した人間を強制的に魔物に変えようと、出来もしないのにもがいたせいで細胞が破壊されてしまいます。

 ですが魔物の場合は、最初から魔物なのでその力からはほとんど影響を及ぼしません。むしろ少し強化されてしまうほどです」

「……なら、ヘンリッキは無事なのか?」



 竜郎の表情からいい結果は聞けそうにないと解っていたのに、彼はもしかしたらと言う小さな希望に縋る。

 その表情に竜郎もどうやって説明しようか一瞬悩んだ末に、本人の意思が託された魔物を召還することにした。



「それを説明する前に、彼の言葉を聴いて下さい」

「声を聴く?」



 ヘンリッキが《強化改造牧場》というスキルを持っていて、その中に保有する魔物の中で、言葉を録音する事ができるモノを所持している事はアウリッキも知っている。

 けれどそれが竜郎に託されたことをまだ知らない彼は、何の事なのか察しがつかない様だった。



「見て貰えれば解ります」

「あ、ああ……」



 そこで竜郎は唯一ヘンリッキが残したラフレシアに似た魔物を、月読の張った竜障壁の中に召喚した。

 そしてヘンリッキ最後の言葉を、またここで言うように指令を送ると、竜郎達に以前語ったそのままの声を、その場で発し始めた。


 最初に竜郎が《強化改造牧場》らしきスキルを使った事で目を見開いていたアウリッキ。だが語られる言葉に耳を傾けて行くにつれて、彼はヘンリッキが竜郎にシステムを託してこの世から去った事を知った。

 その間にも魔物の発生を食い留める手を止める事は無かったが、それでも目から涙が流れていた。



「彼は魔物としての体を持っていたからこそ、死ぬことは有りませんでした。

 けれど黒菌の魔物に成ろうとする力によって、より魔物に近いようにと変えられていったようです。

 だから彼の最後は、ほとんど会話するのも難しい状態でした」

「…………………………………………そうか」



 全て完全に消化できたわけでもないのだろうが、アウリッキは自責の念に駆られながらも、一言呟いてグッと涙をぬぐった。

 親友を結果的に殺す原因を作り、結果的に見ず知らずの誰かを死なす事にもなったというのだから、その感情の波を抑えるのは並みの事ではないだろう。

 そこで竜郎はラフレシアを牧場に帰して、慰めにならないかもしれないが、確かな事だけはちゃんと伝える事にする。



「確かに残念な結果になってしまっているとしか言いようがありませんが、貴方のお蔭でその魔物は今も生まれることなくそこにいます。

 もし生まれていたら、その被害は今の比では無かったでしょう」



 もしレベル10ダンジョンボス並みの魔物が現れ、本能のままに暴れ始めたら、いったいどれだけの被害が出ていただろうか。

 それは今よりも桁違いの被害となっていた事だけは間違いない。



「ってことで、僕らは貴方がここから帰れる様にしたいと思います」

「報酬も前払いで凄いの貰っちゃったしね」

「…………お前たちには、この化物を消し去る当てがあるのか?」



 何やら不思議なパーティーメンバーだが、人でありながらヘンリッキのシステムの殆どを受け入れるなど不可能だ。

 この目の前の二人や天魔、獣人、竜に四本脚の鳥、なんだかよく解らない喋るゴーレム達ならば、この難題を解決してくれるのかと、アウリッキは希望の視線を向けたのであった。

次回、第330話は9月27日(水)更新です。

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