第32話 初めての依頼
それは無事、エルレン・ディカードの手紙や死因を冒険者ギルドが保証してくれることになった、そんな矢先のことだった。
「それで、お二人はどうされますか?」
「どうとは?」
よく解らない質問に、竜郎が代表して聞き返した。
「今回、事件性は見当たりませんでしたし、ギルドの依頼途中のことでしたので、遺品や手紙の受け渡しなどは、全てこちらに任せてもらってもかまいません。そのうえで、どういたしますか?」
「どうって……そりゃ」
竜郎がそこで愛衣を見て確認すると、そちらも同じ気持ちだったのか頷いた。
「最後まで、自分たちの責任でエルレンさんの願いを叶えようと思います」
「もう、お金も受け取っちゃったしね」
そう迷わず答えた二人に、レーラは柔らかい笑顔で頷いてくれた。そして、顔を引き締めると、胸ポケットからさっきの加入証のような薄赤く光った板を二枚出してこちらに差し出した。
「それではこれを持って、それを正式なエルレン・ディカード氏からの依頼として受理しました。
これがその依頼書です、お受け取りください」
「はい」「はーい」
それを受け取ると、依頼内容が目の前に表示された。
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依頼主:エルレン・ディカード
依頼内容:エルレン・ディカードの手紙と、その形見のナイフを遺族へ受け渡すこと
報酬:119,324 シス
許諾 / 拒否
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二人は同時に許諾を押した。すると板は粒子となって竜郎たちに吸い込まれていった。
「依頼内容や達成状況は、システムの冒険者ギルドから見ることができますので、今後依頼を受けた時などにご利用ください」
「わかりました」「わかった!」
「あと、これがここからディカードさんの家までの地図です。お受け取りください」
レーラが二つ折りにされた、A4サイズの紙を竜郎に渡した。竜郎はそれを開いて《マップ機能》で当たりをつけてから、愛衣に渡した。
「それでは、お二人の初めての依頼が無事成功するのを祈っております」
折り目正しくお辞儀をするレーラに別れの挨拶をして、冒険者ギルドを後にした。
それから地図が示す通りに道を進み、苦労することなく目的の家を見つけることができた。
「あれかな?」
「ああ、この通りの左からいち、にー、三番目。うん、間違いない。あの家だ」
通りを挟んで向こう側にある家を目指して歩を進め、一階建ての民家の前に立った。
「……じゃあ、行こっか」
「ああ」
インターホンの類はなく、ドアノッカーが備え付けられていたので、竜郎はそれを使ってノックした。
カンカンカンカンと金属音を四回鳴らすと、三十代前半くらいの女性が扉を開けた。
「どちら様ですか?」
「こちら、エルレン・ディカードさんの御宅で間違いないでしょうか?」
「ええ……そうですけど。それで、あなたたちは?」
見慣れぬ格好をした見知らぬ子供に、幾ばくかの警戒心をもってそう問いかけてきた。それに二人はそれぞれ名を名乗ると、いよいよ本題に入った。
「僕らは、エルレン・ディカードさんの依頼で訪ねてきました」
「夫の? それはどんな依頼なので?」
「まずは、こちらの手紙を読んでもらうのが早いと思います」
「はあ……?」
夫が自分の家に、依頼を出して手紙を届けさせる。その話だけ聞くと、よく解らない状況だろう。しかし夫の名前が出てきたので、女性は首を傾げながら竜郎から手紙を受け取った。
そして、その手紙を読むにつれ表情が険しくなり、顔からどんどん血の気が無くなっていった。そんな中で震える足で扉にもたれ掛り、何とかその場で読み切ると、顔面は蒼白を通り越して土気色になっていた。
「こ──これは、確かに、夫の字ですが……事実なんですか?」
「はい」
「た、質の悪い冗談、では……なくて?」
「はい」
「夫は確か、森の浅いところまでと言っていました。
そんな所でトガルに襲われたなんて、聞いたことがありません!」
「冒険者ギルドの話では、先日あった地震のせいで本来いるはずのない場所に、いるはずのない魔物が出没したのでは、とのことです」
「────そん…な」
愛衣が後ろで見守る中、竜郎はどんな感情でいればいいのか解らず、淡々と女性の質問に答えた。すると、そこで限界が来たのか、背中で扉を擦るようにして地面に座り込んでしまった。しかし二人とも大丈夫ですか? などとは口が裂けても言えず、ただ心が一時的にでも落ち着いてくれるのを待った。
それからどれくらい経っただろう、女性は自分で立ち上がり、竜郎と愛衣を見た。
「この、一枚目の手紙は、一応あなたたち宛てということになるのでしょうけど、こちらも貰ってしまっても構わないかしら……」
「もちろんです。それと──愛衣」
竜郎がそう後ろで待機していた愛衣に話しかけると、一度頷いてから前に出て、持っていたナイフを女性に手渡した。
女性はそれを繁々と見つめると、一言呟いた。
「お人よしですね、あなた方は」
「どういうこと?」
「このナイフは売れば100万は下らない代物です。それをたった12万やそこらで届けに来るなんて、馬鹿のすることですよ。依頼を受けてってことは、あなたたちも冒険者なのでしょう?
そんなことをしていたら、どこかの誰かみたいに早死しますよ」
そんな、こちらを嘲るような、罵るような口調で言ってきたが、二人は全く腹が立たなかった。
その言葉は、こちらが心配になるほど悲しみに満ち満ちていたからだ。
そこで竜郎がなんと言おうか迷っていると、愛衣が先に口を開いた。
「私たちは、エルレンさんの気持ちとお金を天秤にかけた結果、エルレンさんの方に傾いた。ただそれだけ。
だから、そのナイフが1億や10億だったとしても、私たちはあなたにそのナイフを届けに来たと思うよ」
「……………………」
女性は、愛衣の言葉に無言になってしまった。その姿に、言いたいことは言ったと愛衣は後ろに下がっていった。
「では、俺たちはここで失礼します。御遺体の方は冒険者ギルドに保管してありますので、落ち着いたら引き取りに行ってあげてください」
「じゃあ、さよなら。エルレンさんの奥さん」
お辞儀をしながらそう言い残して立ち去ろうと、二人が後ろを向いたその時。
「ありがとう──ございました」
涙を一筋流しながら、女性はその背中にお礼を言って頭を一度下げると、振り返ることなく家の中に入っていった。
「たつろー。ありがとうって」
「ああ、俺にも聞こえたよ」
そして二人も振り返ることなく、その場を後にしたのだった。
エルレンの妻、マリオンは手紙とナイフを抱きしめて椅子に座った。すると、奥から息子がやってきて尋ねてきた。
「お母さん、大丈夫? どっか痛い? それとも、さっき来た人が何かしたの?」
「いいえ、さっき来た人は変な子だったけど──いい人だったわ」
「じゃあ、なんでお母さんは泣いてるの?」
「それはね────」
エルレンの息子、エルウィンはここで父を亡くしたことを知る。
そしてまたそのナイフを受け継いで、後に名の知れたナイフ使いの冒険者となる。
竜郎は道すがら、さっきの愛衣の言葉を思い出していた。
確かに今回の天秤は、エルレンの思いに傾いた。しかし、もしその一方がお金ではなく愛衣であったのなら、迷わずナイフを売っただろう。だが、ここまでならまだいい。
これは、後ろ暗い気持ちを抱えて重い大金を手に入れるか。
それとも、気持ちよく使える軽い小金を手に入れるか。
ただそれだけの選択だったのだから。
けれどもし、この世界で誰かを殺さなければ愛衣を助けられない。そんな状況がきたらどうするか。
この世界で最初に話したゼンドー、彼はとてもいい人だった。彼の方がよっぽどお人よしだと言えるだろう。
しかし、この世界にはあんな人ばかりではないはずだ。
それに、おそらく自分たちの能力はこの世界の人にとっても異常だ。そういうものを嫌悪する人間だって、少なからずいるだろう。
だから、守るために殺す覚悟を、何も起こっていない今から持っておかなければいけないのではないか。
そんなことを竜郎は考え、その思いを胸に秘めながら、冒険者ギルドに向かったのだった。