第319話 解明と新たな謎
普通の人の目には見えないが、そこには確かに黒菌と呼ばれる存在がある事を、竜郎の精霊眼やカルディナの解魔法が教えてくれる。
けれどリアの作った竜力を自動で吸い取って、自身の周りに膜を張ってくれる道具のお蔭で肌に触れることなく弾き返されているのも確認できた。
「よし。大丈夫そうだ。異常のある人はいるか?」
振り返って全員を見渡すが、皆顔色もよく体調を崩すような様子も見られない。
なので予定通りシュベルグファンガス狩りをするために、皆で最初の一体目に向かっていった。
その道中、リアに黒菌の正体を探って貰おうとしているのだが、視認できるレベルでは無い為《万象解識眼》で解析が上手くできなかった。
「もうちょっと大きければ見えるかもしんないのにね。埃みたいに集めたり出来ないのかな?」
「魔力などで弾けるのなら、一か所に誘導も出来るかもしれないですの」
「実際に結界の中に全部入ってるっすし、ここでその小っちゃい版を作って圧縮すれば出来るかもしんないっすね」
「一部分に結界を張って、その中に大量に集めるって事か。よし、やってみよう──月読」
結界というのなら、竜力の壁を張れる《竜障壁》持ちの月読の出番である。
竜郎のコートの内側のコアがピカピカ輝くと、飛行用の翼を背中に展開させて、天照の力も借りて真上に飛び立った。
「ここなら障害物もないし、やりやすいだろう。じゃあ頼む」
竜郎の声に反応するように、巨大な竜障壁を六枚生み出すと、それをサイコロ状に組み立てていく。
そして完全に箱の内部を隔離し終わったら、今度は巨大な竜障壁の六面体を縮小していく。
そうして一センチ四方の小さな正六面体を手の平の上に乗せてみれば、薄らと黒みがかった霧の様な物が透けて肉眼で見えた。
「この方法は使えるな。もっと集めて合わせれば、完全に肉眼で見えるようになるかもしれない。この調子でガンガン頼む」
コアがピカピカと輝いて了承の意を示すと、竜郎の竜力と自身と天照の演算能力をフルに使って、いっぺんに数百枚の巨大な竜障壁の板を造りだし、移動しながら多くの場所のサンプルを採取していき、竜郎の手の上には大量の黒菌が収められたキューブが浮かんでいた。
「それじゃあ、これを一個に集めてくれ」
竜郎がそう言うと小さなキューブ達が集合し始め、くっ付いて大きな正六面体になると、境目が消え去って完全な一つのキューブに変化した。
そしてさらにそこからキュッと縮小すると、漆黒の靄がはっきりと肉眼で確認できた。
これなら《万象解識眼》で何なのか解るだろうと、愛衣達が待つ場所へと降り立つと、さっそく黒菌を敷き詰めたキューブをリアに見せてみた。
リアは蜘蛛足を機体から切り離して一旦地面に降りてくると、それをじっくりと凝視して、透けて見える黒い靄の正体を《万象解識眼》で観ていく。
「…………これは、魔物の残骸? ………………というより成り損ね? でしょうか」
「成り損ね? って事は魔物になれなかった何かってこと?」
「というより成ろうとしているのに何かが原因で成れずに、その力が散ってしまっているという所……でしょうか。
ダンジョンでボスなどが出て来る時の黒い渦は覚えていますか?」
「ええ覚えていますの。リアに会う前に、イモムーを造りだす渦を壊したこともあるですの」
「そうなんですか? えーと、とにかく、この黒い靄は、その渦の欠片だと思っていいと思います。
これ一つ一つに魔物になろうとする力があるので、魔物に触れればその魔物の一部分として溶け込むだけで済みます。
ですがもし人間が触れた場合。無理やり体を魔物にしようと侵食してきて、体はそれを拒否するので受け入れられず、けれど黒菌は細胞を飲み込みこんでいき、結果黒化して体の機能を停止させられる……というのが真相ですね。
もしこれに侵されたら、その部分を切り離すしかないと思います。
それくらい深く体に溶け込んで一つになろうとしてくるので、皆さんも絶対にここで竜力の膜を解除しないでください。
これは魔力体生物にも危険な物ですので」
「それで魔物の成り損ねか。それが今も際限なく生み続けられているという事は、発生源──つまり風山で魔物の出現する黒い渦が何らかの理由で出現しているが、これまた何らかの理由で邪魔されて力を散らし、それが山から下ってこの森を侵食していったという事か」
「だと思います。ですがここで、もう一つ疑問点が生まれました」
リアは右手の人差し指を立てて全員を見つめかえした。それに愛衣が問い返す。
「とゆーと?」
「これには当初兄さんや姉さんが言っていた様な、魔物の成長を促すような効果は含まれていません。
多少魔力などの力は増すでしょうが、百年もの蛹の期間を縮められるものではないのです」
「って事はっすよ。シュベベなんとかっていう成体が珍しい魔物が、十二体も繁殖しているのは、何か別の理由があるって事っすね」
「その通りです、アテナさん。例えばこれが一体だけであったのなら、偶々イモムーの蛹が100年もの歳月を他の魔物の餌になることなく生き抜いて成長したとか、イモムーの亜種がいてその個体は特別成長するスピードが速く、直ぐに成体になれた──などとこじつける事は出来ます。
けれどいきなり十二体もの成体が出現するなど、数万分の一の確率を連続で12回引き続けるくらい有りえない状況だと言っていいでしょう」
「黒菌以外にも、ここには謎があるって事か──少し不気味だな。
けどまあ、そっちは依頼に含まれていないし俺達はとりあえずシュベルギュ──シュベ公と黒菌の発生源の除去に向かおう。
その後で何かあるなら、また落ち着いた状況で調べに来てもいいわけだし」
「ですの。という事で、ちゃっちゃと討伐に行くですの」
「ピュィー」「ヒヒーーン」
リアは未だに原因を調べたそうにしていたが、直ぐに気持ちを切り替えてシュベルグファンガスのいる地点へと近づいてきたため、機体の中に完全に入り込んだ。
小走り程度の早歩きで行く事、数十分。竜郎達は三体密集して獣型魔物を食している最中のシュベルグファンガス亜種の、百五十メートル圏内まで入り込んだ。
「一先ずあの三体を倒すぞ。他の個体も能力的に大差無さそうだし、今後の試金石にしよう」
「それとレベルイーターも使いたいよね」
「ああ。出来る事なら三体生け捕りにしておきたいな。絶対そこらの魔物よりSP的に美味いはずだ」
「久しぶりに真面な戦いが出来そうっす~」
中々に立派な体躯の虫にアテナが嬉しそうに目を光らせている間。リアがカメラをズームして相手を観て、《万象解識眼》で全てのスキル構成を調べ終わった。
「三体ともスキルレベルの違いはありますが、スキル構成は同じようですね」
そう言ってリアが列挙してきたスキル構成はというと──
《急速成長》《植物達の応援》《同族増強》
《ひっかく》《毒針》《高速飛翔》《衝撃波》《翼刃》
となっていて、上の段はレベル無し。下の段はレベル有りのスキル。
珍しいスキルを解説していくと、
《急速成長》は、成長速度を急激に上げるスキル。
《植物達の応援》は、周りに植物が多くあるほどに強化されるスキル。
《同族増強》は、同種の個体が近くにいるほどに強化されるスキル。
《高速飛翔》は《飛翔》の上位スキルで、速く飛ぶことに特化したスキル。
《衝撃波》は風魔法の一種で、離れた所から収束した風を撃ち放つスキル。
という効果となっていて、今は二つのスキルにより全体的に底上げされているらしい。
「《急速成長》があったからイモムーパパになれて、倒すなら出来るだけ植物が周りに無くて、数が少ない時にやった方が楽って事だね」
「はい。何故全個体に《急速成長》などというスキルが付いているのかは気になる所ですが……。
とまあ、それは置いておくとしても少し気になる事が解りました」
「気になる事とは、いったいなんですの?」
「私が観た限り、、あの三体は何者かがテイムした魔物です」
「テイムって……。それじゃあ、あそこにいるのは──もっというのなら、この森にいる全シュベルグファンガスは、野生の魔物ではないと可能性があるという事か?」
「ですね。そこで仮説を立てたのですが、イモムーに《急速成長》というスキルを付与できて、シュベルグファンガスを十二体も保有できる何らかの特殊スキル持ちのテイマーがここにいた。
けれどこの森を散策している時に、黒菌の被害にあって死んでしまった。
よって主人を失ったシュベルグファンガスは、半野生化してしまった。
と考えれば、一応の辻褄が合います」
「結界の外から操っているって事は無いんすか?」
「無くも無いですが意図が解りませんし、もう受けていたであろう命令がかなり薄れている事からも、随分主人は接触しないで放置している事が伺えます」
「ってことは、既にテイマーがこの森のどっかで死んでると考える方が自然か。
だが、そういう場合はどう魔物を処理すればいいんだ?
勝手に倒してしまってもいいのか?」
「いいと思います。例えテイマーが生きていたとしても既に迷惑行為ですし、何か問題があっても冒険者ギルドから正式に受けた依頼ですからね。
厄介事は全部調査不足の依頼者側に引き取って貰えばいいんです」
「結構リアっちはそのへん強かっすね~。けどそれなら遠慮なくやれそうっす」
意外な事情が解ったが、それでこれからの行動に支障が出るわけでもなさそうなので、竜郎達は安心して戦闘に移れそうだと胸を撫で下ろした。
「それじゃあそろそろ始めよう。とりあえずあの三体は《レベルイーター》要員として確保しておきたいから、俺がやってみる。
月読は逃がさない様にしておいてくれ」
竜郎の背中側に雷太鼓の様に水の玉が浮かび上がるのを確認してから、天照の杖の先を、まだ食事中の三体に向けて魔法のイメージをしていく。
準備は直ぐに終わり、いつでも撃てる状態になった所で、全員に視線だけで発射する旨を伝えてから威力を調整した直径一メートルの極太レーザーを射出した。
「「ギィ──!」」
竜郎達から向かって背中を向けていた個体以外の二体が、突然の光源に驚き口から肉片を零しながら顔を上げ空へと逃げようとする素振りを見せた。
けれどその前にレーザーが針の様に細く分散していき、広範囲に散って行った。
「「「ギーーーッ!?」」」
散弾した細かなレーザー一本一本が着弾すると同時に爆発していき、浮遊しようとした二体も、気づくのに遅れた一体も全身に小さな穴を穿たれ、翅もボロボロで地面に突っ伏した。
「後は──っと」
そして大地に伏した瞬間に、地面を土魔法で操作して体に纏わりつかせて抑え込んだ。
「これで三体確保──ん?」
「ありゃりゃ、力技で解いちゃったね」
体中に小規模とはいえ爆発を浴びたにもかかわらず、纏わりつく土を《衝撃波》で自分ごと撃って吹き飛ばすと、怪我などしていないかのように六本足で地面を蹴って突撃してきた。
「結構タフだな。手加減が難しいぞこりゃ」
「「「ギィイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
「五月蠅い虫ですの」
真夏の蝉も真っ青な大音量で三体が鳴き叫びながら突撃してくる様は、並みの人間ならそれだけで卒倒してしまうだろう。
だが中々に大迫力ではあったが、竜郎達にとってはちょっとしぶとい害虫程度。
慌てる事無く、愛衣が一歩前に出た。
「殺さずって言うのなら、私に任せてよ!」
「おっ、そうか。なら頼む。魔法だと、どこまでやっていいか微妙だからな」
愛衣はすかさず宝石剣を取り出しトリガーを引いて魔力頭脳を起動。
そして向こうが5メートル圏内に入ってきた頃に、獅子纏の刃を纏い終えた。
「元気いっぱいだし、頭と体があれば生きていられるよ──ね!」
「「「ギィー……?」」」
愛衣は一瞬にしてこちらからも距離を詰め、宝石剣を縦横無尽に振り回し、三体の足、翅、尻尾。それら全てを切り取ってしまう。
それはあまりにも速く、自身の体の部位が多数無くなった事にすら気が付かず、体を前に進ませようとしても動かないことを、しばらく不思議そうにしていた。
だがそれに気が付けば、また「ギィイイーー!!」と不快な鳴き声をけたたましくあげ、そのついでとばかりに衝撃波を何度もお見舞いしてきた。
けれどそれは月読の竜障壁に阻まれ、それどころか竜力の壁に周囲を囲まれ捕らわれてしまった。
だが、それでも諦めることなくシュベルグファンガス達は鳴き続けた。
「──兄さん。なにかまるで、仲間を呼ぼうとしている風には見えませんか?」
「ああ、俺もちょうどそれを思っていた所なんだ。そしてそれは大正解みたいだぞ」
機体から発せられるリアの声に応えながら、竜郎はカルディナの解魔法と同期しながら、残りの九体が残らずここを目指してきている事を伝えた。
相手は同種が集まれば集まるほど強力になるスキルを持っている。
同じテイマーに育てられたのなら、他もその可能性が高い。
シュベルグファンガスというのは、一般の冒険者からしたら見たら逃げ出す対象だ。
そんな存在をさらに強くした亜種が、密集してさらに強化されると聞けば、大抵は恐れおののくもの──なのだが、竜郎達はいたってのほほんとしていた。
「向こうから来てくれるとは、今日は早く帰れそうですの!」
「十二体が集まったら、どれくらい本気で戦えるようになるか楽しみっす~!」
「負ける相手ではないだろうが、油断しすぎるなよー」
あまりにも絞まりのない空気だったので、念のため竜郎が釘をさしておくが、そんな彼も普段通りのペースだった。
「それじゃあ、あの三体を処理してからそっちに行くから。それまで九体の相手を頼む」
「殺しちゃってもいいっすか?」
「まー三体確保できたし、OKだ。好きに暴れてくれ」
「やる気出てきたっすー!」
飛んで火にいる夏の虫。というにはこの場所は少々気温が低いが、まさにそれに近い状況だなと考えながら、竜郎は来たる九体のシュベルグファンガスは愛衣達に任せ、捕らえた三体に《レベルイーター》を使うべく歩み寄っていくのであった。
次回、第320話は9月13日(水)更新です。
それとお知らせを。
六章最後の後書きで『この章(七章)の最後と次次章(八章)の初めで、竜郎達は大きな転機を迎える事になります。』と書いたのですが、一章ずらす事になりました。
分けないと七章最後の展開が章題と合わない様な気がしたので……紛らわしい事言ってすいません。
後は、知人に勧められて『勝手にランキング』というものを各話下にリンクを設置しました。
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