第31話 冒険者になる
白水晶のデフルスタル。確かに見た目は恐い。ただ青水晶や黄金水晶と比べたら、森で蹴散らすことのできた獣たちに毛が生えた程度だった。
だからこそ二人にはそれが現れたことを聞いたレーラの反応が、あまりにも過剰なのではと思ってしまう。
「えっと、そんなに白水晶のデフルスタルが出ると不味いんですか?」
「そりゃ不味いですよ! あのあたりに大型の魔物が出現しないように、当ギルドで定期的に依頼を出してその餌となる魔物を駆逐しているんですから。そのうえで出没するとなると、アムネリ大森林の深層にいるような存在が浅い層に現れ、中層より浅い所にいた魔物たちがそれに追い出されてこの町付近まで来ている可能性が出てきてしまいます」
今までいなかったような魔物が、押し出されるようにその分布を広げてしまえば、その近くに面しているこの町はうかうか町の外に出られなくなってしまう。それは確かに不味いと竜郎たちも認識した。
だが、結果があるならそうなる原因があるはずだ。それに心当たりのない竜郎は直接レーラに聞いてみることにした。
「そういう輩が追い出されてきたとして、なぜその深層にいるモノが出てきたんでしょう?」
「それはもちろん、四日ほど前にあった地震ですよ!」
「「─────っ」」
地震、その言葉に二人の肩が震えた。
「待ってください、こっちでも地震があったんですか?」
「え? ええ。ここはそんなに揺れなかったんですけど、アムネリ大森林の方はかなり揺れていたそうですよ?」
「「………………」」
あなたたちも知っているでしょ、というニュアンスの籠った言い方に竜郎たちは何も言えなかった。
確かに地震があったことは知っている。そのせいでここに来てしまったのだから。
しかし、こちらの世界でも同時期に揺れていたなんてことは知らなかった。
レーラが嘘を言う理由もないし、おそらくコチラでも地震があったのは間違いない。それも同時期となると、あの地震はこちらで何かあったせいで起こったのではと勘繰りたくなる。
そんな可能性が二人の頭を過っていると、無言になったのを心配してレーラが話しかけてきた。
「あの…どうかされましたか?」
「あ……いえ、その時二人ともアムネリ大森林の中にいたんですけど、まさかこの町まで揺れていたとは知らなかったので驚いていたんです」
とっさにそう言い訳し、二人は目配せして今は目の前のことに集中する。
もし、こちらの何かが原因で起こった事故だったとしても、事前にわかっているならまだしも事後で知ったところで、なかったことにはできないのだから。
「アムネリ大森林の中に!? 何か異常は見当たりませんでしたか?」
「えーと、二人ともあの森に明るくはないので、何が異常なのか判断できません」
「だね。ああでも、白水晶じゃない黄金の水晶の奴とかは異常なんじゃない?
あいつらだけ、やたら強かったし」
「─────は?」
レーラは愛衣の口走った黄金の水晶の言葉が耳には入ったが、頭では理解できなかった。
「えーと、だから黄金の水晶の奴とかは異常なんじゃない? って…」
「黄金の水晶って…、今の言い方だと戦闘になったのですか?」
「うん」
「うんって、よく逃げられましたね…」
「え? 倒したよ? 逃げられるような状況じゃなかったし」
「─────倒したあっ!?」
レーラは敬語すら忘れて、目玉がこぼれてしまうんじゃないかと言うほど目を大きく見開き叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!
お二人だけであの黄金水晶のデフルスタルを倒したとお、仰るので?」
「うん、ほらこれ」
愛衣はゼンドーに見せた時と同じように《アイテムボックス》から、一番大きな黄金水晶を取り出してみせた。
「─────これ…は」
今までの混乱を全て打ち砕くほどの美しさに、レーラは言葉を無くして三秒ほど魅入ってしまう。それから自力で立ち直ると改めて二人を見た。
「あなた方は冒険者、なのですか?」
「違います。エルレン・ディカードさんの件と、冒険者になるために二人でここに来たんです」
「あ──と、そうなのですね。すみません、取り乱しました」
「大丈夫だよ」
笑顔でそう言ってきた愛衣に、レーラの顔にも笑顔と余裕が生まれた。
「ではまずエルレン・ディカードさんからの件ですが、こちらの手紙をもう少し貸していただけませんか?
こちらで筆跡鑑定を行い、本当に本人の物か証明できれば、こちらも堂々とあなた方に協力をすることができますので」
「少しというと、どれくらいかかりますか?」
「十五分ほど頂ければ十分です」
早いなと思った二人だが、解魔法か何かでできるのだろうと思い至り気にしないことにした。
「なら、何も言うことないです」
「では、そのように。他に何か、エルレン・ディカードさんの件でございますか?」
「たつろー」
「ああ」
愛衣に促されるようにして、竜郎は自分の《アイテムボックス》から棺を取り出した。
時間遅延効果のおかげか、匂いはまだ気にならないレベルだった。
「あの、こちらは?」
「中には、エルレン・ディカードさんの遺体が入っています」
「───持ってこられたのですね」
「ええ。家族の場所が解るなら、渡してあげた方がいいと思いまして」
「そう……ですね。念のため、こちらで死因なども解析させてもらえますか。
それでトガルの毒が原因だと解れば、手紙の内容の補強にもなるでしょうし」
「ええ、お願いします」
そうしてレーラが呼んだ他の職員に手紙と遺体を渡し、それらは全て持っていかれた。
レーラも少し外すと言い残して出て行ってしまったので、その場に二人以外誰もいなくなってしまった。
それから、さて空いた時間をどうしようとかと二人が思い始めた頃に、レーラが何か書類を持って現れた。
「お二人は冒険者になるのですよね」
「はい」「うん」
「ならこの時間で登録をしてしまいましょう」
なんだかちょっとそこまでお出かけ、みたいな軽いノリできたので竜郎は拍子抜けしてしまった。
「そんなにすぐできるものなのですか?」
「ええ、書類さえ提出していただければすぐにでも。
それに黄金水晶のデフルスタルを倒すような逸材は、ぜひとも冒険者ギルドに加入していただきたいので」
「そんなに黄金水晶の奴って、倒せる人がいないの?」
「そりゃそうですよ、七種のデフルスタルの中でも頂点に位置する最上位種なんですから」
「七種もあるんですね」
七種類もある中でのトップなら、そりゃ強いわけだと二人はあの異様なしぶとさに納得してしまった。
「はい。上から金、銀、紅、青、緑、白、岩となり、常人が相手にできるのは緑が限界。
青は実力者で何とか、それ以上はどんな実力者でも最悪死んでしまうので、戦闘はできるだけ避けるのがセオリーなんです」
戦隊物かっ、と突っ込みたくなるようなそのプチ豆知識に「へー」と感心しながら、二人は書類とペンを受け取った。
「では、そちらの書類に必要事項をご記入ください。
必須項目は赤枠で、それ以外は書かれなくても結構です」
「わかりました」「はーい」
その言葉に従って、さて書くぞと思ったところで竜郎は読めはするが、こちらの世界の文字をまともに書いたことが無かったので手が止まる。
しかし横を見れば愛衣が普通に書いているので、竜郎も安心して名前と年齢、得意分野を記入し、必須ではない出身地などは飛ばして書いて、よさそうな箇所だけ埋めた。
書き終わると、その書類をレーラに渡した。
するとそれを軽く一読して確認し終えると、レーラはポケットから透明なスマホくらいの大きさの板を取り出した。
それで何をするのだろうと二人で見ていると、レーラはそれをまず竜郎の書いた書類にかざした。
するとその板が一瞬ピカッとカメラのフラッシュのように光を放つと、すぐにレーラはその板の表面を人差し指でスッとスライドした。
するとレーラの指の先に、コインと同じような薄青く光る半透明の薄い板が出てきた。
出てきたそれをレーラは一旦机に置いて愛衣の書類にも同じことをし、計二枚の薄青く光る半透明の薄い板ができた。
「それでは、こちらをどうぞ」
「はい」「うん」
その板を差し出されるままに、二人は受け取った。すると、システムが目の前に浮かんできた。
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冒険者ギルドの加入証 を確認しました。 加入いたしますか?
はい / いいえ
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二人は一瞬面食らったものの、こういうものに免疫が出てきたのか、すぐに「はい」を選択した。
すると、板が粒子となって自分に吸い込まれていった。そして、システムの起動画面に切り替わり、新たな項目が加わっていた。
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ステータス
所持金:55,462 シス
パーティ
スキル
マップ
アイテムボックス+3 - 使用率:59%
冒険者ギルド
ヘルプ
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無事加入できていたようなので、とりあえずシステム画面を消しておいた。
「加入できましたでしょうか」
「はい」「うん」
「では、これからもよろしくお願いしますね」
「「こちらこそ、よろしくお願いします」」
そう言って、二人と一人は握手を交わした。
それから少し経ってから扉がノックされ、別の職員の人が入ってくると、手紙と何枚かの書類を持ってきてレーラに手渡していた。
レーラは竜郎たちに一言断って、書類に目を通していく。やがて見終わると顔を上げて、解析の結果を教えてくれた。
「手紙は本人が書いたものに間違いなく、遺体の方はトガルの毒で死亡してから、別の魔物に襲われ、腹部を損傷。
ちなみにその傷跡とお二人の証言から、その魔物をバッズと断定したようですね」
「「ばっず?」」
「ええ。他には一切興味を示さないのに、死肉にのみ異常に執着する不気味な魔物ですね」
「うわー…」「うぇー」
見た目だけでなく、あの魔物はそんな気持ち悪い輩だったのかと、二人は揃って顔を顰めたのだった。




