第317話 リアの機体
リアの質問攻めも一段落着き、ようやく落ち着いた所で、搭乗型の道具の紹介に移って行く。
「失礼しました。けれどカルディナさんのおかげで、また一歩進める気がします。
お話ありがとうございました」
「ピュィー」
問題ないと言わんばかりに、カルディナは右翼を上げた。
「では本命の方を出しますね。それは──よいしょっと。これです」
「ん?」「え?」「ピユィー?」「ヒヒン?」「んん?」
奈々とリア以外の全員が疑問符を口にしたその物体は、茶色い鉱物で出来た直径4メートルはある巨大な球体。
それ以外に特徴は何もない、ただ堅そうな物体にしか見えない代物。
「これに乗るの? 動くときグルグル回っちゃいそうなフォルムだけど……」
「ふふっ、大丈夫です。これはちょっと特殊なので」
そう言いながらリアは軽装鎧の裾から伸びる蜘蛛足を使ってチョコチョコ球体の前まで歩いていくと、そこでジャンプして球体の天頂部に着地。
それから蜘蛛足を曲げて自分の足で立つと、スカートの様な形で待機している八本の足を球体の天辺部に突き刺した。
すると自前の足を乗せていた球体の天辺部分に丸い穴が開き、蜘蛛足に支えられた状態でゆっくりと中に入り込んでいった。
「リアっちが中に入っちゃったすね」
「ヒヒーーン」
皆が見守る中でリアは薄暗い球体の中の柔らかな操縦席の上で目を開けると、上に上がったまままっすぐ伸びている蜘蛛足八本を、座席の周囲にあるソケット八つに差し込むようにイメージする。
蜘蛛足が操縦席の周囲にあるソケットに一本づつ挿入されると、頭上の穴が閉じて完全な暗闇になった瞬間、起動シーケンスが開始した。
まずは駆動系統に四つ、視覚系統に三つ、音系統に二つ、形状制御系統一つ、攻撃魔法系統三つ、探査系統に三つの計十六の魔力頭脳を統括する、ダンジョンボス竜の魔石を元に作られた上位魔力頭脳がリアの竜力を吸って他の頭脳を順繰りに起こしていく。
まずは視覚系統を起動すると、球体の外側に上下前後左右の中央付近にカメラのレンズの様な物が横に二つずつ並んで、瞼を開くように出現した。
「レンズが出てきたよ。おーい、リアちゃーん、そっちから見えるのー?」
「見えますよー、姉さん」
「うおっ、普通に会話もできるのか」
「はい、音系統も無事起動しました」
外にレンズが現れると同時にリアのいる内部に六面のモニタが起動し、明るく内部を照らしながら正面のモニタに手を振ったり覗き込んでいる愛衣の顔が映し出された。
そしてモニターが全て稼働すると、音系統が起動して外の音を立体的にリアの耳に届けてくれる。
さらに操縦席の肘掛部分にあるスイッチを入れると、リアの話した声を外へと伝えた。
そして探査系統が起動を終えると周囲に探査魔法の魔力を放出し始め、モニターに周囲二十五メートル範囲内の生物を点で示すレーダーが隅に表示された。
そして残りの頭脳も全て起動したことを知らせる声が、中に響き渡った。
〈起動完了ですの!〉
「あれ? 今、奈々姉の声があの球体の中から聞こえたっす」
「わたくしの声を録音して使ってますの。リアは自分の声を録音するのは恥ずかしいみたいだったので」
「録音機能やカメラに、色んな物を実現化させてくなリアは」
「モニター越しでも《万象解識眼》が使える様なカメラを造るのに、かなり苦労していたようですの」
普通にスマホのカメラを真似ただけでは、映像越しに《万象解識眼》を使えなかったらしい。
けれど今の特殊なカメラを造る事が出来た結果、肉眼よりも少し劣る程度にまで持ってくる事が出来たらしい。
「そうなのか。まあ、それが無いとリアの持ち味を全部生かしきれないからな」
「んー。それは解ったけどさ。あの丸っこいので、結局どうやって戦うの?」
「ピィュー」
起動している最中にも中がどうなっているのか奈々やリアから色々説明され、何やら色々機能を積んでいそうなのは解ったのだが、未だ外見からして戦闘能力が推察できなかった。
「では起動が完全に終わったので、そろそろ動かしていきますね。
まずは形状1:麒麟から」
「「「キリン?」」」「ピィー?」「ヒヒン?」
竜郎、愛衣、アテナ、カルディナ、ジャンヌの脳裏に、首の長い草食動物の絵図を思い浮かべていると、突然球体全体に鍛冶炎がともったかと思えば、ぐにゃっと粘土の様に形が崩れる。
そして中からズリズリと竜燐が出てきて、球体は形状を変化させた。
「キリンはキリンでも、麒麟のほうか」
「ビールとかについてる、おんまさんみたいな奴だね。
っていうか、形が変わるんだ!」
「ええ。これは奈々と一緒にダンジョンで倒した前ボスの素材をベースに、宝物庫で手に入れたゴーレムになるガラス玉を改造して、それを鍛冶師の変形と創造で魔力頭脳にインプットした形に瞬時に変形させるという事をしています。
本来なら私の鍛冶術レベルでは、この素材をここまで自由には扱えないはずなんですが、どうやら称号の《ソルドルング》を手に入れてから相性が良くなったみたいでして、こんな事も出来る様になったんです」
ただの直径四メートルの球体から、高さ四メートルほどで、体にはダンジョンボスの竜燐を身に纏い、体形は馬に近い。
けれど顔は蜥蜴──というよりも竜に近い凶悪なもので、額の辺りから剣のような切断面のある一本角が堂々と生えていた。
「この形状時の特徴はスピードです。やはり元が馬型のゴーレム魔物の素材をベースにしたせいか、こういった形の四足歩行動物が最も機動力を発揮できる形状だったんです」
「どのくらい早く走れるんだ?」
「ではまず通常モードで軽く走らせてみますね──よっと」
リアが軽装鎧から伸びるソケットに刺さったままの蜘蛛足を通して動きのイメージを伝えると、必要な分だけ竜力を吸い取って誰もいない方へビュンと走っていく。
するとあっという間に三百メートル程向こう側に行くと、また風の様に竜郎達の前まで戻ってきた。
この時点で、リアが全速力で走るよりもずっと速かった。
「結構速いっすね。でもさっき通常モードっていってたっすから、もっと早くもなれるんすか?」
「はい。では今度は通常じゃないほうのモードで行きますね──走って!」
今度は中に組み込まれたある機能を発動させてから、地面を蹴って前に進む。
すると先ほどとは比べ物にならない速さで軽やかに、さっき折り返した場所にたどり着くと、今度はそのまま帰ってくるのではなく斜め上。──そう、空に向かって足を蹴りだした。
「あの巨体で空を走れるのか!?」
「すっごーい! それに速ーい!」
重さだけでトンはありそうな巨体でありながら、それを感じさせずに天馬の如く軽やかに空を駆る。
そして機動力を示すように壁に反射するピンボールのようにジグザグに走り回り、最後はスッと地面に着地した。
「さっきは空を移動する技術は未完成って言ってたのに、全然それでもいけてるじゃないっすか」
「いえいえ。実は今のはダンジョン情報との取引で貰った自重を軽くする魔道具を、私なりに作ってみた物を発動させた状態でやっていたからこそ出来たんです。
実際に今は私の体重よりも軽くなっているんですよ」
「あれも開発できたのか。どれどれ──おおっ、俺でも持ち上げられるぞ」
「あははっ、ほんとに軽くなってる!」
竜郎や愛衣が巨大な麒麟型ゴーレムを掴むと、確かに二十キロも無いだろうと言うほどまで軽くなっていた。
それからもう少し詳しく話を聞くところによれば、自重を軽くすることで不完全な《空歩》でも移動できるようになったのだと言う。
ただ《空歩》が完成しても、十分使い勝手が良い技術だとリアは言った。
「あと特筆するのなら、角と鱗でしょうね」
「ほうほう。教えて教えて!」
「実はですね──」
そこからリアが語った内容によれば、角はダンジョンボス竜が死んでから出てきた灼熱の骨を加工して作った物。
実はあの骨に宿った熱は一年放置すると冷めはじめ、五年で触れる温度になり、十年放置することで完全に常温になる。そしてその十年物の骨は、竜力を流すと高熱を発する特殊な特性を持つ素材に変化する。
それを今回剣の様にして加工して角の様に設置することで、リアの竜力を流す事で灼熱の角での刺突、切り裂きが可能になるのだと言う。
そして鱗。こちらは只でさえ耐久力の高いゴーレム魔物の素材に、さらに高い耐久性能を持つ鱗で防御力を上げるという役割を持っているのだが、これらは一枚一枚丁寧に加工されており、良く見ると先端が尖っている。
通常時は寝かせた状態で重ねているので、鱗に沿って撫でるだけならツルツルとした肌触りになっている。
けれどリアの操作一つで鱗を立て、それぞれを一斉に横に振動させることで、触れた者を鑢掛けすることが出来る様になっていた。
「とまあ、形状1の説明はこんな所ですかね」
「さっきも『1』っていってたし、やっぱりまだ変身できるの?」
「ええ。今の所、あと二回だけですけど」
「今の所って事は、後々増やしてもいけるのか?」
「ですね。元々形状を一つに選べなかった事から生まれた発想ですし、理論上では千体程度の形状の記憶が可能です」
「それは凄いっす~」
「まあ形状を整えるのは結構大変ですし、そんなにやるつもりはないですけどね。
では次の形状に変形させます。──形状2:虎」
虎という言葉にアテナの獣耳がピクッと反応している間にも、麒麟の形状が球体に戻り、それからまた竜鱗を中から吐き出しながら新たな形状を整えていく。
「虎っすー! いかすっすー!」
「毛皮じゃなくて竜鱗の虎だけどね。それにしても迫力があるねー!」
愛衣やアテナが興奮しながらはしゃぐ視線の先には、軽トラックより一回り小さいくらいの、竜の鱗を纏った虎のフォルムをした存在が現れた。
その虎は頭に二本の角を持ち、開いた口の中には一本一本丁寧に磨かれた鋭い牙、喉奥には何かの噴出孔がチラリと見えた。
そして四本の太く逞しい足先には前五本、後ろ四本の鋭利な爪が地面に深くめり込んでいた。
「この形状の特徴は攻撃と機動力、その両方をとった汎用型です。
麒麟よりは機動力に劣りますが、その分パワーと攻撃の多様性が魅力です。
初見の相手と戦う時は、これが一番いいかもしれませんね」
「初見の相手か。なら手ごろな魔物が探査範囲にいるし、戦ってみるか?」
「それはいいですね。動作チェックはしていますが、実戦は一度もしていないので。
ではお願いできますか? 兄さん」
「ああ。任せとけ。月読──」
探査範囲にいるが、こちらに気付いていないし来る気配もない魔物に向かって月読がセコム君の触手を三方向に三本、竜郎のコートから伸ばしていく。
その間に竜郎達は移動して、リアの乗る虎の後ろで観戦モードに移行した。
そうして連れてこられたのは、三体の魔物。
一体は二メートル位の大きさで、赤色の肌。口がタコの様に突き出したメタボ体形の人型で、手には身の丈近い赤い棍棒を持っている魔物……なのだが、頭には薄いオレンジ色のスライムがヘルメットの様に乗っていた。
二体目は三十センチ程あるハエの様な魔物で、前足二本が五十センチほどの鎌の様になっていた。
三体目は直径十五センチほどの瞼や皮の皮膚も持った目玉で、それを一メートル程の長さの木の棒の上に付けて、下には枝の様な細い三本足が生えて歩く魔物だった。
「あれ? 三体かと思ったが……四体か?」
「実質三体で合ってますよ、兄さん。あの一番大きな魔物は、頭に乗せているスライム型の魔物に脳を吸われて操り人形状態ですから」
「げげっ、道理で目がいっちゃってるわけだ。脳を吸うって、ヤバそうなスライムだね」
「宿主が壊れたら取り替えるんでしょうけど、私達にはレベル的に脅威にはなりえないので安心してください、姉さん」
基本的にこのスライムは木の上で宿主を待って、ちょうどよさげなモノが来たら落ちて頭に飛びつき、頭蓋骨に小さな穴を空けて体を滑りこませ吸っていく。
それから自分が脳の代わりとして居座って栄養と攻撃力を得ると言う性質を持っている。
だが今の竜郎達の頭に憑りついた所で、その耐久力を破れるだけの力を持ち合わせていない上に、速度が陸地を歩く亀より遅いので、そもそも触る事すら出来ないだろう。
そんな説明を聞いて、またぞろ気持ち悪い性質の魔物が出たと気味悪がっていた愛衣も一先ず胸を撫で下ろした。
「それじゃあ兄さん、解放してください。こちらの準備は万端ですので」
「了解。んじゃあ──それっ、仲良く殺されるんだぞー」
「無理やり連れてきといて酷い言い草だね……。まあ、見た目キモいのばっかだからいいけど」
「おかーさまも大概ですの……」
「やったるっすー! 虎ー!」
虎の形状が気に入ってるアテナが声援を送る中、触手から解放された魔物達は怒りながら行動を開始した。
まずスライムに操縦されている魔物が、ハエ型魔物に棍棒を振り下ろした。
「おっと、フレンドリーファイアは禁止だ」
「やっぱ、一番弱そうなのから狙ってくんだね」
すかさずハエ型魔物を月読で掴んで距離を離させていると、今度は目玉魔物が自分の体を杖の様にして頭の上に火の玉を造り上げると、それを五つ連続で放ってきた。
しかしそれは一瞬で解析を終えたカルディナが、アンチ魔法の魔弾を打ち込んで掻き消してくれた。
「ありがとな、カルディナ。にしても観客席への攻撃も禁止だってのに。めんどくさい奴らだなー」
「所詮、脳足りんな魔物っすからねー。目の前の巨体よりも、倒せそうな外観の相手を狙うんすよ」
「はぁ……しょうがない。愛衣はこっちに来てくれ」
「なになに~、わわっ」
竜郎は愛衣を抱き寄せると、顔を自分の胸に押し付けた。
それから天照を構えて、呪と闇魔法を行使し始めた。
「お前たちは仲間~そして敵は虎~っと」
天照の先端から黒い渦巻きが現れ、それを見た魔物達は催眠術にかかったかのように三体仲良く密集し、虎型の機体にのるリアに一斉に目を向けたのであった。




