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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第七章 黒菌編

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第315話 調査開始

 ピピピピピピ──ピピピピピピ──。

 規則正しい電子音が耳に届き、竜郎は目を覚ました。

 そして直ぐに頭の上に手をもぞもぞと動かして、目覚まし代わりにタイマーを設定していたスマホから流れる音を消した。



「一時間ちょっとしか寝てないのに、全然眠くないし疲れも無い。

 やっぱすごいなエンデニエンテの称号効果は」



 最近では毎日一、二時間寝るか、もしくは一睡もしないで愛衣との時間を過ごすという普通なら死んでもおかしくない生活をしているにもかかわらず、毎日疲れも無く爽やかに起きられる事に、まだ竜郎は慣れていなかった。

 そんな事を考えながら、自分にコアラの様に引っ付いて寝ている彼女を生魔法で起床させながら、おでこにキスをした。



「おあよ……たつろ」

「おはよう、愛衣」



 そうしてまた新しい朝が始まった。

 支度を整え、既に作業を開始していたリアの食事も用意しながら自分たちも食べ、外に出た。今日は軽く下調べをしてくる予定だからだ。

 その為にも念のためアテナは残していき、外で警戒させていた木人形たちを集め、また大量の魔力から成る精霊魔法を入れ直してから、再び近付く魔物のサーチ&デストロイを頼んでおいた。ちなみにジャンヌは、竜郎の中で待機中だ。


 そんなこんなで空を飛んで一気に件のバンラロフテ森林入り口より二百メートルほど手前で着地した。

 特に気配を消していたわけでもないので、ギルド職員とカサピスティの兵らしき人間たちが、空から人二人と鳥が降りてくるのを事前に察知して、着地地点で待ち構えていた。

 そして降り立つなり、ここの代表格であろうギルド職員を記すロゴの入ったローブを着た女性に声をかけられた。



「ここは現在。危険な魔物が観測されたので封鎖中です。どうかお引き取りを願います」

「ここの調査を依頼されたタツロウ・ハサミです。冒険者ギルド長より通達は来ていませんか?」



 そう言いながら竜郎が身分証を提示すると、直ぐに引いてくれた。

 どうやら子供とは聞いていたものの、もっと貫禄のある人物が来ると思っていたらしい。



「本日はどのような調査を行うのですか?」

「取りあえず今は必要な物を揃えている最中なので、今日の所は結界の外から軽く探査してみようと思っています」

「は? 結界の外から探査ですか? 勝手に結界に穴を空けられては困ります!」

「ん? 穴なんてあける気は有りませんけど」

「え?」



 竜郎と話していたギルド職員の女性が、訳が分からず口から間抜けな声が出ていた。

 というのも、この結界は魔力を通さない様に出来ている。

 攻撃魔法などでブチ破るというのなら話は変わってくるが、解魔法の様に攻撃性のない魔法を、結界に穴を空けずに向こう側に通すなど不可能なのだ──普通は。

 それは結界の管理責任者であり、解魔法使いでもあるこの女性が一番わかっている事だった。



「まあ、みて貰った方が早いですかね。魔力視は持っていますか?」

「ええ。持っていますが……」

「なら取りあえず、僕らについて来てください」

「はあ」



 結界を張っている人達がいる場所までやってくると、見覚えのない顔の竜郎達に何だと幾つか視線が飛んできたが、職員が同行しているのを見て、例の高ランク冒険者だと察して自分達の仕事に再び集中し始めた。

 そんな中で職員を横に立たせて竜郎は天照を構え、カルディナと一緒に解魔法を行使する。

 その途方もない力に攻撃魔法でないと解っていても、近くにいた魔力や竜力の感知系統のスキルを持っている人間たちがビクッと怯えた表情を見せていた。

 だがそれにも構わずに、竜郎は天照に制御をゆだねて、解魔法の魔力を普段よりもさらにさらに細かく小さく分散させていく。


 奇病の原因である黒菌や普通の解魔法の粒子を埃一粒程度だとするのなら、今竜郎とカルディナと天照が共同で展開している粒子は、それよりもさらに小さい原子クラスまで細かく分散されている。

 この結界は竜郎とカルディナが調べた所によれば、ミクロ単位で見てみれば網目状になっていることが判明した。

 網目と言っても肉眼レベルでは平面にしか見えないし、普通の解魔法の粒子や黒菌程度の粒子の大きさなら通さない──と言うより通れないほどの小ささだ。

 けれど竜郎とカルディナの解魔法は、天照の魔力頭脳による演算能力と高レベルの解魔法が二つ合わさった事により、いともたやすくその網目を抜けられる大きさまで分散させることに成功した。

 そうなれば後はその粒子を操って結界の網目を通していけば、向こう側に探査を飛ばす事ができるのだ。



「よっと、んで、向こう側で見えるくらいに集めて~っと。

 これでどうですか? 向こう側に解魔法の魔力が集まっているのが見えませんか?」

「………………あ、え? うそ…………いや、嘘じゃない……。

 ──え、ええ。確かに穴もあけずに向こう側に魔力が集中しているのが見て取れます……が、あの──いったいどのようにして?」

「企業秘密です」

「そうですか……」



 解魔法使いとして知りたくてしょうがなかったのだが、教える気がまるでないのだと直ぐに悟り、それ以上聞いてくることは無かった。



「それじゃあ解って貰えたところで、ちょっと空の方から色々探ってみようと思います」

「はい。どうか慎重に。そしてお気をつけて」

「はい──カルディナ」

「ピィューーー!」

「──っ!?」

「それでは、行ってきます。愛衣──」

「はいよー」



 名前を呼ばれた瞬間《真体化》したカルディナに一同騒然とする中、竜郎は愛衣を呼んで一緒にカルディナの背中に乗り込んだ。

 そして竜郎達以外石化したかの如く動かなくなった人達を置き去りに、結界を沿うように上昇していったのだった。



「それにしても、かなりの規模の結界だな」



 結界は森と山を大きく取り囲み、その規模はドーム換算するほどだった。

 これだけの規模を毎日途切れさせることも無く維持するために、一体何人の人が投入されているのか想像すらできなかった。

 そんな感想を抱きながら森の中心部の結界の真上に到着すると、そこで先ほどやった超微粒子探査魔法を行っていく。


 普段の探査魔法よりさらに細かくなった解魔法の魔力が結界を素通りしていき、通った先で結合させて普段の大きさに戻していく。

 これは小さくするとその分、得られる情報が薄くなると言うデメリットを回避するための一手間だ。

 難なく解魔法の侵入を成功させれば、後はどんどん解魔力を結界内に送り込みつつ、全域に行き渡るほどに広げていく。



「ピュィー」

「おっ、ありがとな、カルディナ」

「やっぱり視覚でも確認できるって便利だねー」

「ピィーュィー♪」



 解魔法での探査範囲なら、カルディナの《分霊:遠映近斬》でどこでも映して見る事が出来る。

 なので最大数の五個全てを展開して、現在の森を視覚的に観察しつつ、探査魔法の方でも情報を漁っていった。



「強そうな雰囲気の同個体の魔物の反応が十二体。おそらくこれがシュベルグファンガスだな」

「十二匹もイモムーパパがいるんだね。どんな見た目してるのかな。

 カルディナちゃん、ちょっと映してみてくれない?」

「ピィュー」



 お安い御用だとシュベルグファンガスだと推定される魔物を、分霊に映し出した。



「これが昆虫種のドラゴンか。確かにイモムーとは似ても似つかない」

「おおう、こんなのなのね。フォルムも、ちょぴっとだけ竜っぽいかも」

「ピィーー」



 そこに映し出されたのは、周りに映る木の大きさから推定して全長5メートル。

 頭部は逆台形の形に、カマキリの様な大きな緑色の複眼が二つに、角の様に固く尖った二つの赤い触覚の間に三つの単眼。

 体はトンボの様な四枚羽に長い甲殻を蛇腹の様につけたしなやかで長く、先端が二股の槍の様になっている尾。

 六本の足はカブトムシの様にがっしりとしていて、フックのように鋭い湾曲した爪が先端に二本ついており、その間からは出し入れ自由な毒針の先端が顔を出していた。

 そして首から胴、尻尾、足の表面は緑に黒い染みの様な物を付けた非常に堅そうな甲殻で覆われていた。



「あの体の表面に着いている黒い染みみたいなのは、黒菌の影響かもしれない。

 他にも魔物はいるが、全個体共通して黒い染み模様が付いている」

「でも人間みたいに死んじゃう訳じゃないんだね。もしかして亜種になったのは黒菌が原因かな?」



 シュベルグファンガス以外の魔物も映像として見せて貰うが、そのどれもが元の体の色に黒染みを付けていた。

 けれど体に異常がある様には見られず、むしろ生き生きと森の中で平然と活動していた。



「シュベルグファンガスの討伐依頼があったから、魔物には影響がないと思っていたんだが、むしろあいつらには強化してしまうようなモノかもしれないな」

「だね。それに百年くらいサナギってる間に、ほとんど何かの餌になるって言われてたのに、一つの森に十二匹もいるって絶対おかしいよね」

「あの黒菌には、魔物の成長促進剤みたいな効果でもあるのかもしれない。

 ちょっと解魔法で調べてみるか」



 状況証拠だけでは今一要領を得ないので、今度は解魔力を黒菌の一粒に密集させて解析していく。



「んー……解魔法で調べてもよく解らないな」

「そんなに複雑怪奇なウイルスなの?」

「逆だな。単純すぎて解らない。何かしらの力を持った単一エネルギーの粒だという事は理解できたんだが、それだと情報が少なすぎてそれ以上に調べようがないから結局何か解らない」

「…………まあ、わからないと」

「ああ、解らん。こりゃ、これはリアに観て貰わないとダメだな。

 だから今度はコッチでも解りそうなところを調べるか」

「とゆーと?」

「発生源だ。反応的に空気中から突如湧いている様な感じじゃない。

 だからその元となる発生源が、この森のどこかにあるはずだ」

「そっか。それが解るだけでも、何かが掴めるかもしんないしね」



 愛衣の言葉に竜郎が大きく頷き返すと、再びカルディナと集中しながら、黒菌の発生源らしき場所を探っていく。

 広い森の中とはいえ、魔力頭脳による演算を使って天照も解析を手伝ってくれているので、それは直ぐに見つかると思われた。

 ──が、森を二度三度と隅から隅まで探しても、それらしき場所を発見する事が出来なかった。



「んー? もしかして発生源は森じゃなくて山の方か?」

「調べてみよ!」

「ああ」



 冒険者ギルドの話を聞いて、森が発生源なのだと思い込んでいたが、どうやら違うようだと精密探査の範囲を山の方に切り替えた。

 バンラモンテの裾野からジグザグになぞる様に、集中的に探査していく。



「あった」

「おおっ、山にあったんだね」



 標高四千メートル地点より、山の中心線から右斜に浅く上がっていった部分に、黒菌の密度が他よりも一段と濃い場所を発見した。

 そしてそこから拡散しながら山を伝うように下っていき、森全体へと広がっていた。

 その大よその位置を覚えながら、その場所をカルディナの分霊で映してもらう事にしたのだが……。



「どういうことだ、これは」

「ノイズだらけで何が何だか解んないね」

「ピィーィ……」



 いつもなら鮮明に映像を映し出してくれる分霊が、重要な発生地点に限ってはノイズが走り、ほとんど状況が掴めなかった。



「……この部分だと解魔法の魔力が発生源にある何かに散らされて、上手く探査を広げられないのが原因だな」

「ピィー」

「カルディナちゃんも頷いてるね」

「どうやらそこへは直接見に行かないとダメかもしれないな。

 よし。今日はこれ位で良いだろ。この話を持ち帰って、色々考えてみよう」

「そだね」「ピィューュー」



 そうして竜郎達は一旦帰る事に決め、職員たちに軽く別れの挨拶をしてから、マイホームのたっている町から外れた場所へと戻っていくのであった。

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