第312話 二つ目の町にて
結局、カサピスティの国境の衛兵たちの態度について、雰囲気を確かめる為にも入ったガガポアの町では何も解らなかった。
そこでこの国での用件を、とっとと終わらせてしまう方向にシフトチェンジすることにした。
なので一気にバンラモンテ方面へ行ってしまおうと、いつもののんびり飛行ではなく、風魔法で防風しながらの高速飛行でジャンヌには飛んでもらった。
そのおかげで一日もかからずに、バンラテシモという山に一番近い──と言ってもそこそこ離れた場所にある町の前に到着した。
外に出るとひんやりした空気が頬を撫でる感触を味わいながら、竜郎達はバンラテシモまで歩いて向かった。
門は前の町と変わらず二つ。貴族通用門はさけて並ぶが、町へと入る人間は多くなかったので、ほとんど並ぶことなく門の前に立てた。
「以前ガガポアに行ったようですが、説明は必要ですか?」
「地区ごとの決まりなら、ちゃんと理解していますよ」
「そうですか。それでは、これを身に着けてお通りください」
身分証には前に通った町の印が記されているので、それでガガポアに寄った事を察した中年衛兵の説明を断って、身分を表す色つき紐のプレートを受け取り中へと入って行──こうとした時、不意に衛兵に呼び止められた。
「ああ、すいません。言い忘れていたことが……」
「はい、なんでしょうか?」
「実はランク4以上の冒険者が来た場合、一度冒険者ギルドに寄って欲しいと言ってくれと頼まれていたんです。
ですので、お暇でしたら寄ってみてください」
「はあ、解りました。それでは?」
もう用は無いですかという意味を込めて竜郎が視線を送ると、衛兵の男は「もう大丈夫です」と言ってきたので、動き出そうと前に出していた足を進めていった。
入った先は町全体の形は違うものの、後はガガポアと大して変わらない下級市民地区の風景だった。
入り口前で立ち止まっては邪魔なので、全員で開けている場所まで移動した。
「冒険者ギルドに寄ってくれって言われてたけど、どうする? 行ってみる?」
「強制ではないみたいだが、行かないってのもモヤモヤするな」
「なら行ってみるですの?」
「だな。とりあえず行くだけ行ってみよう」
という事で、他の町同様入り口近くにある冒険者ギルドまで足を延ばした。
中に入ると蜘蛛の蟲人の男性が縦に二つずつ並んだ四つの目のうち、左側の二つだけを動かしてこちらを見て会釈してきた。
『ぎょえー!? 目が四つもあるよ、たつろー!』
『あんまりジロジロみたら失礼だろ。みた所、蟲系の人間らしいな』
蟲人を初めて見るのはリアも同じだったので、少し驚いていた。
カサピスティのこの辺りまで来ると意外と蟲人もいるのだが、ヘルダムドやリベルハイトにはほぼいない種族なのだ。
ちなみにこの蟲人の男性は、手が四本あり足は二本、目が四つという点以外の形態は、ほぼ人間と言った感じ。
昆虫を祖に持つ場合は六本でいいのだが、蜘蛛を祖に持つ蟲人の手足の数が少ないのは、進化の過程で減ったと言われている。
そんな男性に愛衣は少しびくつきながらも、竜郎は堂々と歩み寄っていく。
そうして近くでよく見れば、何処か頬がこけているように感じた。
「何か御用ですか?」
「はい。実は門にいた衛兵の方から、ランク4以上の冒険者にはここに寄ってくれと言っていると聞いたのですが」
「──ですか。身分証を見せて頂いても?」
「はい、どうぞ」
特に悪感情を抱いている様子も無いので、素直に竜郎は身分証でもあるギルド証を蟲人の男性に見せた。
すると予想以上にランクが高い事に一度驚き、さらにギルドに貸しがあるという事に二度目の驚きを見せて四つの瞳を真ん丸にしていた。
けれど直ぐに落ち着きを取り戻すと、男は毅然とした瞳で竜郎の目を見てこういった。
「二階のギルド長のお部屋で、話したいことがあります。ぜひ、聞いていただけないでしょうか?」
「それは聞いたら引き返せなくなるとか、そういうヤバい話ではないですよね?」
「聞いた後でも他人に話さないと約束していただけるのなら、断って貰っても構いません。どうでしょうか?」
「少し相談させてください」
「ええ。お決まりになられましたら、また私にお声掛けください」
一旦蟲人の受付男性から離れると、竜郎達は隅のスペースにある椅子に座って話し始めた。
「という事なんだが、どうする?」
「断ってもってことは、十中八九依頼って事だよね」
「その様ですの。しかも誰にも話すなとは、少々きな臭いですの」
「ですね。けれど気になるのも事実です」
「なら聞いてみればいいっす。黙ってるだけで良いなら、簡単じゃないっすか」
「まあな。これで最初の国境兵たちの行動の理由にも繋がるかもしれないし、とりあえず聞いてみるという方向でいいか?」
ジャンヌ、天照は出ていないが、イエスという返事を貰い。月読もコートの内側でピカピカ光って問題は無さそう。
愛衣達も目の前で頷いてくれているので、竜郎はとりあえず話を聞く方向に舵を取る事に決めた。
「聞かせて貰えますか?」
「……では、私について来てください」
蟲人の男性は四つの腕のうち、下に付いた一対の手をカウンターに突いて立ち上がると、竜郎達が付いてくるのを確認しながら二階への階段を上って行った。
冒険者ギルドの内装は全世界共通なのか、今まで行ったことのあるギルド長の部屋と変わらない場所にあった。
蟲人の男が右の上の手でノックをすると、返事が有ったので下の右の手でノブを捻った。
「ギルド長。個人ランク6の冒険者が参られましたので、お連れしました」
「──なにっ、ランク6か。お通ししろ」
「はい。ではお入りください」
蟲人の男性に促されるままに部屋の中に入っていくと、机から立ち上がってソファのある方に移動しようとしている、両目を瞑ったままの見た目年齢四十代、黒髪で細身であるが筋肉質な体型のバトルエルフが、ソファーに座るように促してきた。
なので竜郎達が遠慮なく座ると、ギルド長も目を瞑ったままの状態で対面に腰かけた。
「初めまして、皆さん。冒険者ギルド、バンラテシモ支部のギルド長をしています、イッポリート・ベルトンと申します」
自己紹介をしてきたイッポリートに、竜郎達も順に名乗っていきながら、ずっと閉じたままの目をチラチラと見ていた。
「私の目が気になる様ですね」
「ああ、すいません」
「いえ。実は初期スキルのせいで視力を全て失っていましてね。そして目を開けると──こんなふうになっているので──」
「「「「「──っ」」」」」
「──閉じているのですよ。初めて見る方は、あなた方の様に驚かせてしまいますので」
二秒ほど開いて見せて瞼の奥には、目の代わりに闇が詰まっていた。
眼球が無いから暗く見えただとか、そう言う事ではなく、びっしりと黒い何かがそこに詰まっていた。
「我々の挙動が見えているとしか思えないのですが、本当に何も見えないのですか?」
「ええ。ただ見る事は出来なくても、観る事は出来ます。この目は《領域完全把握》というスキルの代償の様なものでして、視力を失う代わりに有効範囲内の三百六十度全てを、高レベルの魔力視と気力視を行使した目と同様の状態でいっぺんに観測できるのです。
それに物体に描かれた図や文字なども、成分の違いを感じ取って把握する事も出来ます」
「それならば、確かに目で見なくても解るんでしょうね。納得しました」
ちなみにこのスキルは、目を閉じた状態で周囲5メートルまで任意で狭めたり広げたり出来、目を開ければ周囲25メートルまで把握できる範囲が広がるというもの。
デメリットとしては有効範囲を広げるほどに脳に負担がかかり、視野は三百六十度とかなり広いので、後ろから奇襲されても前から来ているのと変わらないように見えるのだが、有効範囲外は何も見えないというものがあった。
なので通常の人なら視野は狭くても、50メートル先で手を振る人が見えているが、イッポリートには何も見えないという状況になってしまう。
「それで何かお話がある様なのですが、聞かせて貰っても?」
「はい。まず言っておきますと、ここで聞いたことは、依頼を受ける受けないに関わらず、他言無用という事は了承していただきたい」
「勿論それは構いません。元より、べらべらと吹聴する性格でもないですし」
「ならお聞かせしましょう。──実は現在、この国は未曽有の危機に瀕しています」
「未曽有の危機って、そりゃただ事じゃないね」
「はい。まず事の発端はバンラモンテへ行く道中の森に、シュベルグファンガスの亜種が複数見つかった事から始まりました」
「しゅべるぐふぁんがす……シュベルグファンガス……ああ、イモムーっじゃなくて、芋虫型の魔物ですよね、それって」
この世界に来て最初に行った塩の町オブスルで、塩職人のガズに聞いたイモムーの正式名称がシュベルグファンガスという事を思い出した竜郎は、あんな弱い魔物の亜種如きに何が出来るのだろうと首を傾げた。
だが、そっちのシュベルグファンガスではなかった。
「いえ。幼生体ではなく、昆虫種のドラゴンとも言われている成体のシュベルグファンガスです」
「成体の方ですかっ!?」「成体の方なのっ!?」
何それちょっとみたい! と、竜郎と愛衣は不謹慎かと思ったが好奇心が隠しきれなかった。
「あれは通常種でも下級竜位なら狩れるほどの強さを持っていましたが、亜種になった事でさらに飛行速度と力が増していたのです」
「そんなものが複数ですか。それは確かに危ないですね」
けれどそれくらいなら、油断しない限り何十匹でも狩れそうだと竜郎達は全員が考えた。
だが問題は、シュベルグファンガスではなかった。
「まあ確かにそうなんですが、それだけであったのなら冒険者ギルド職員と、この国の兵たちで掛かれば何とかなったのです。
ですが正確な数だけでも知ろうと森へ偵察に向かわせた職員全員が、謎の奇病にかかって死んでしまったのです」
「奇病……ですか。ちなみに症状は、どんな感じだったんですか?」
「戻ってきた当初は何事も無く過ごしていたのですが、段々と体に黒い斑点が現れ始め、最終的には炭の様に全身真っ黒になって死んでしまいました」
「直ぐに死ぬようなものではなかったようですが、患者が亡くなられる間に治す事も出来なければ、何かも解らなかったという事ですか?」
奇病と呼んでいた事からも、実態が掴めていない事は明白。
ただ冒険者ギルドなら色んな伝手もあるだろうに、それでも何も解らなかったのかと竜郎は疑問を持った。
「どこか魔力にも似た……けれど確実に違う、不気味なエネルギーを体内に宿して、内側から体を蝕んで黒くしていく。
黒くなった部分はゆっくりと生体機能を失っていき、死に至る。
本人が気力や魔力を体に通し続ける事で、ある程度進行を防ぐことも出来たが、いずれ枯渇して黒化する。そして治療法は見つかっていない。
……と、これくらいしか解りませんでした」
「それはシュベルグファンガスのスキルですかね。それとも森に問題が?」
「確定ではないですが、森中に小さな──それこそ解魔法で探査を広げた時の様に小さな塵ほどの粒子が舞っているそうです。
シュベルグファンガスの亜種は複数いますし確かに強いですが、それほど広範囲に渡って休みなくスキルを行使できるとは思えません。
なのでこちらは、なんらかの自然現象ではないかと考えています」
「では最後にもう一つ質問を。──それは他人を媒介にして、うつる病気ですか?」
これでもし、うつるのだとしたら、ここでこの話はおしまいだ。
山も諦めてこの国から、速やかに出ようと竜郎は考えていた。
愛衣達をそんな病原菌が近くにいる場所になど、おいてはおけないからだ。
けれどイッポリートの答えはNOだった。
「その辺りで捕まえてきた野生の魔物や動物、こういう時の為に残されている死刑囚などを使って複数のケースで観測してみましたが、そういう兆候は一切ありませんでした。
直接──便宜上『黒菌』と呼んでいますが、最終実験ではそれに感染した肉片を、他人の肉体に直接植え付けてみたり、などもしてみたのですが、誰かに根付いたものを別の誰かに付けても反応すらありませんでした」
さらっと人体実験まで行っている事を説明され、竜郎と愛衣は顔が引きつったが、それでもうつる病気でないと知って少し安堵した。
「それでは僕らへの依頼と言うのは、具体的に何になるのでしょうか?」
「一番は同じ事象が今後起こっても対処できるように原因究明して欲しい所ですが、最悪究明できなくても病原菌の根絶。
それが無理なら、最低でも全シュベルグファンガスの亜種討伐をお願いしたいのです」
「そんな謎だらけの病原菌が蔓延している所に、のこのこ行って来いとでも?」
リアの《万象解識眼》なら何かしら掴めるだろうし、最悪森ごと焼き尽くせば原因も根絶できるかもしれない。
けれどシュベルグファンガスがいるのは、まさに病原菌地帯の中心地だ。
そんな訳の解らない致死率百パーセントの病原菌の蔓延する地に、イッポリート達も何も解っていない状況で放り込もうとでも言うのかと、少し怒り気味に竜郎は睨んで応えた。
「ああ、いえ。誤解させてしまったようですね。すいません。
実は病原菌の蔓延する森に入っても、奇病にかからない対処法はあるのです。
ただその状態でシュベルグファンガスも一緒に討伐となると、普通の冒険者では厳しいと言うだけでして」
「そうなんですか? それでその対処法とは?」
「常に魔力か気力を自分の体の周りに隙間なく放出し続けるか、障壁系のスキルで完全に密封した状態で進む。という二通りの方法です。
こちらは我々の方で何度も実験しましたので、間違いないです」
「魔力か気力……竜力じゃダメですかね?」
「おおっ。竜力を豊富にお持ちなのですね。さすがです!
むしろ竜力があるのなら、そちらの方が安全でしょう。エネルギーとしての質が全く違いますからね。
竜力を少量ですが持っている人でも実験しているので、間違いありません」
「そうですか。……んー」
予防対策をするには、言うなれば水の溜まった風呂桶の栓を開けた状態で、流し終わる前に行動を終えろと言う事だ。
常人なら魔力や気力の扱いもそこまで上手くは無いだろうし、直ぐに枯渇してしまうだろう。
そこへさらに強力な魔物複数と戦闘も──となると、確かに上級者でも厳しい。
けれど竜郎や愛衣なら一緒にくっ付いていれば、魔力や気力を放出しながらカルディナ達に魔力供給をし続けても、それ以上に回復していくので問題ない。
だが気力や魔力を要求された場合、リアでは不可能だった。レベルも高いし戦闘能力もかなり高くはあるが、持っている量も回復速度もそこまで優れているわけではないのだから。
けれど竜力が使えるとなると、話は変わってくる。
リアも今や大量の竜力を保有しているので、そちらさえ使えばかなりの時間持つだろう。
これで森の中でパーティー全員での行動条件はクリアされた。
そして竜郎達なら、片手間でも中級竜程度の相手なら数十匹いても対処できる自信はある。
なので充分こなす事は出来るかなと、竜郎は冷静に考えを纏めながら、皆に受けるかどうか相談し始めたのであった。




