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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第七章 黒菌編

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第311話 カサピスティの身分制

 入る前からあれやこれやと決まりを押し付けられて、うんざりしながら町壁のトンネルを抜けて入町を果たした。

 さっそく入ると下級市民地区を現す茶色く舗装された地面が目に入ってきた。

 そして建物は壊すのも建てるのも楽そうな、木造建築の長屋を五つ積み重ねたような五階建てのアパートが多く点在していた。



「下級市民なんて言い方をしてたから、もっと酷いのを想像してたんだが、案外普通──というより、皆生き生きしてるな」

「うん。もっと奴隷みたいな人達がいるのかと思ってたよー」



 下級市民地区なので、当然のように下級市民を示す茶色い紐とプレートを付けている人が多かったが、そこにいる人々は多少着ている衣服がくたびれている者もいるが、出店や露店などを広げたり、狩ったばかりの獲物を持って冒険者ギルドに入っていく者など、皆生き生きとして活気づいていた。

 さらに道端にはゴミも少ししか落ちていないし、とても衛生的で、下級市民と言われるような人達にはまったく思えなかった。



「えーと……ああ、この本のここに市民階級について書かれた項目がありますね」



 市民の階級など興味がなかったので無視していた項目を思い出し、気になったリアが《アイテムボックス》から本を取り出して他のメンバーに説明していった。


 どうやらこの国の市民の階級は、前年度に支払った税金の額で決まるらしい。

 なので働いて多くのお金を町に納めれば、元下級市民であろうと上級市民になることも出来る。

 だが多くの下級市民は、別に一般や上級になる事を望んでいない。

 下級市民はこの町において何の権限も持っていないが、働きたい時に稼いで働きたくない時はのんびり過ごすという、その日暮らしの生活で十分満足している。

 また仕事も真面に体が動かせるのなら、男女問わず何かしら毎日有るので職に困る事も無い。

 これで階級が上がれば、その分余計に働いて稼いだお金を町に多く納めなくてはいけなくなるので、むしろそのラインを超えない様に金額を計算して仕事をしている者も多くいる程。


 その代わり犯罪を犯せば上の階級の人間よりも罪が重くなったり、医療なども──例えば病気が蔓延しても治療を後回しにされたりなど、デメリットも多くある。

 だが、それでも下級市民と言われる人たちは今の生活に満足していた。

 なので、むしろこの国で一番割を食っているのは一般市民なのかもしれない。



「はー。なんだか江戸時代の江戸の人たちみたいだな。宵越しの金は持たねえ的な」

「嫌な国かと思ってましたけど、意外と気楽に生きていけそうですの」

「これならあたしも下級市民でいいっすね~」



 などと門から少し離れた所でたむろして話し込んでいると、後ろの方──正確には貴族用の通用門の方からピリリリリーーーという人工的な音が響き渡ってきた。

 その音に反応した上級市民以下の者達は、門からまっすぐ町の中央へと延びる道から急いでどき始めた。露店や出店などしていた者も、さっと荷物を纏めて移動していた。



「なんだろ──って、あそこが開くのね」

「貴族様のおなーりーってか」



 ぎぎぎぃっと音を立てながら貴族通用門が開き始めると、それに連動して門から中央に伸びる道の色が、巻いた絨毯を転がすように紫色に自動的に塗り変わっていった。



「げっ」「ぎょえっ」



 そして門が完全に開ききって三分ほどすると、紫をベースにした装飾をこれでもかとしつらえた車を引いた、愛衣が潰れたカエルの様な声を上げて竜郎の後ろに隠れて抱きついた原因の魔物が町へと入ってきた。

 その魔物は全長三メートルの虫型魔物。元の色はテカテカの漆黒ボディだが、車の色に合わせてか紫に着色されていた。

 長い触角に薄べったい体。三対の脚をカサカサ動かして、自身よりも大きく重そうな車を難なく引いてゆっくりと入ってくるその姿は……有体に言ってゴキブリそのものだった。



「むりむりむりむりむりーーー」

「落ち着けって、テイムしてあるっぽいから襲ってこないし、こっちにも来ないから」

「うー……。見えなくなったら教えて、たつろー…………」

「ああ、解ったよ」

「なんであんなの飼ってるのさー…」



 竜郎の背中に頭をグリグリ押し付けて、絶対に視界に入らない様に呻いて文句を垂れる愛衣。

 その姿に、ゴキブリが出たと泣きつかれ、始末しに家に行ったのが初めて愛衣の部屋に上がった時だったなぁと、若干切ない気分になりながら、竜郎はG車が紫色に変わった地面をなぞる様に去って行くのを薄目でぼんやりと確かめた。



「もう行ったぞ。大丈夫か?」

「ほんとに? もーだいじょーぶ?」

「ああ。平気だよ」

「──っ──っ──っ。ふうー、悪は去った」



 竜郎の肩からコッソリ顔を出して左右と正面を念入りに確認した後、竜郎の左腕に巻き付いて安堵の表情を浮かべた。



「まったく恐ろしい魔物を使ってるね、この国の貴族は!」

「そんなに恐ろしいですか? 他の虫と大差ないように思いますが」

「おかーさまなら、一撃で倒せますの」

「そーゆー恐さじゃないんだよね。もう私の本能が奴を嫌っているの」

「そんなにっすか」

「まあ、こっちにはアレがいないみたいだから、よく解らないんだろうな。

 実際に「さすが貴族の車を引くだけはある立派な魔物だ」なんて言ってた人もいたしな」

「立派過ぎてキモいよ……」



 竜郎の言っている事はその通りで、この世界にはゴキブリという虫は存在していない。

 なのでこの世界の人たちは、あれを沢山いる虫型魔物の一種くらいにしか感じていない。

 さらにビッグゴキブリ──カサカファジョと呼ばれるこの魔物。力は強いし移動速度もかなり早く、持久力も耐久力もあるので、戦闘能力はソコソコ高い。あまり得意ではないが、飛行能力まで持っている。

 それでいて気質は大人しく、雑食性でゴミすら喜んで食べるので餌代もほとんどかからないときている。

 その為、この国内ではそれなりに分布しているのもあり、カサピスティの中級テイマーには大人気の魔物だったりする。



「あの魔物の名前は絶対っ調べておこーねっ。間違っても討伐依頼とかで選ばない様に!」

「はいはい。解ったよ」



 竜郎の胸に縋りつきむくれる愛衣に、可愛いなぁと竜郎は優しく抱きしめ頭を撫でた。

 奈々やリア、アテナはもう慣れたものなので日常風景と化しているが、周りの人は「何町中で堂々といちゃついてんだ」と嫉妬や羨望、呆れなど様々な感情の視線が向けられる。

 けれどそんな中であっても二人だけの世界に没頭し、最後は所構わず軽くだがちゅっちゅとキスまではじめてしまい、その辺りでリアがこれは不味いと止めさせ、ようやく二人は通常モードに戻った。と言っても、現在進行形でお互いしっかりと手を繋ぎ合っているのだが……。



「それじゃあ軽くこの町を見て回って、変な事になっていないか探ってみよう」

「おー!」



 竜郎といちゃいちゃできたことで、すっかりと機嫌が戻った愛衣は元気よく手を挙げた。

 そうしてようやく、竜郎達は動き始めた。



「うーん。冒険者ギルドの中も、依頼内容も特に変わったモノは無かったな」

「カサカファジョ。もうこの名前は忘れないぞ!」



 まずは冒険者のホーム、冒険者ギルドに入って雰囲気を確かめたり、今ある依頼をざっと洗ってみたのだが、特にこれと言って変わったものはなかった。

 その間に愛衣は受付のお姉さんを捕まえて、さっきのゴキブリ魔物の特徴を伝えて名前を聞きだしメモをした。


 結局最初の国境にいた兵たちの奇行を説明づける手がかりすら掴めなかったが、愛衣だけは満足そうにメモを握って鼻息を荒くしていた。

 それから下級市民地区をぐるっと円を描くように回っていき、出店で軽く食べ物を摘まんだり、露店を冷やかしているとリアがピタッと足を止めた。



「これ、レベルは低いですけど本物の竜の鱗ですよね?

 それにこっちは爪の欠片」

「おっ、目ざといねえ、お嬢ちゃん」



 リアが《万象解識眼》で見たそれは、下級竜でさらにレベルも低いが、それでもまぎれも無く竜の鱗と爪の欠片で出来た首飾りが、露天商が拡げた布の上に無造作に置かれていた。



「誰かとか、何処かとかは言えんけどな。俺の仲間に竜のねぐらを知っている奴がいるんだ。

 そいつに狩りとかで竜が離れた時に、自然と剥がれた鱗とか研いだ時に削れた爪のカスとかを取ってきてもらってんのさ。

 だから間違いなくなく本物だぜ。他よりちょっと高いけどどうだい?」

「うーん。いらないです」

「こりゃ残念」



 元よりリアが買うとは思っていなかったのか、気にした様子も無く「あちゃー」と額をぺちんと叩いておどけていた。



「しかしこの辺に竜がいるのか」

「ちょっとお客さん。無理に探して倒そうなんて思わないでくれよ。

 竜は危険だぞー。恐いぞー。やめとけー」

「とか言いながら、狩られたら素材が手に入らなくなるからでしょ」

「まあ、そうなんだよね。実際のとこ。普通の冒険者からしたらかなわないが、実力者なら狩れる程度の竜らしいし。だから絶対に場所は教えないぞ!」

「解ってますよ。無理に聞いたりなんかしませんから」



 そう言って竜郎達はその場を後にした。



「天照と月読にも竜殺しを覚えさせてみたかったんだが、あの人たちの生活が懸かってるみたいだし、無理に探し出して狩るのはやめとこうか」

「あの程度の鱗じゃ、軽く殴っただけで穴が開いちゃうくらい弱いみたいっすから、戦ってもつまらなさそうっすしね」

「にしても、竜の素材をそんな風にして手に入れる方法もあるんだね」

「みたいですね。実際にホルムズにも狩ることを目的にしたわけでなく、竜の通り道や塒を調べて、実力以上の素材を手に入れて稼いでる人も結構いましたし、なんでしたらシステムをインストールされた竜が、自分の鱗を売りに来たり、素材として武器を作ってくれなんて事もあるらしいですから」

「竜が自分の鱗を……? シュールだな。一回その現場を見てみたいぞ」



 竜郎はその話をしている最中に、ジャンヌの鱗なんかを売る事が出来たら、巨万の富を得られたんだろうなとは思ったが、魔力体生物の身から剥がれたカルディナ達の素材は、暫くしたら霧散してしまうので無理である。



(まあ出来たとしても、態々そんなことをするつもりもないけどな)



 普通の生物なら抜け落ちることは有るが、魔力体生物は傷付けなければ鱗などは取れない。

 大事な娘たちにそんな事をさせられるわけもないと、自分の考えを一蹴した。


 そんな事がありながらも、大体下級市民地区は理解できたので、今度は一般市民地区に足を踏み入れることにした。

 だがここでは竜郎と愛衣一人につき、一人までしか連れていけないので、人目につかないところで、自薦してきたアテナを竜郎の中に戻してからそこへと向かった。


 下級地区と一般地区の切り替え地点は、高さ一メートルほどの壁で区切られており、十数メートルおきに開いている隙間から入って行く事が出来る。

 その際の見張りはおらず、わりと侵入は簡単に出来たが、巡回している兵が身分を現す印を見て回っているので、入った所で中で長時間行動することはできないようになっていた。



「さて、一般市民地区に入ってきたんだが……。こっちは建物も何もかも普通だな」

「だねー。あんまり面白味は無いかも。宿屋に食べ物屋、それにクリーニング屋さんかな。

 生活するには便利そうだけど、観光には向いてないね」

「それじゃあ、少し見て回ったら上級市民地区を覗きに行きましょう」

「それがいいですの」



 ヘルダムドで何度も見たことのある建築様式ばかりなので、竜郎と愛衣と離れない様に幼女二人がテコテコついて歩いて、一般市民地区をさっとまわって次に行く事にした。

 上級市民地区に行くための壁は、下級と一般よりも高い二メートル。さらに素材も石材から金属になっており、行き来するための隙間もだいぶ少なくなっていた。その為、下級の時より探すのに少し手間取った。

 けれど無事見つけて入っていくと、流石に上級と言われるだけあって大きな屋敷が並んでいた。

 大商家や毎年高額を稼ぎ出す冒険者業を営むカサピスティ民、町長などの町の運営に携わっている平民の高官達などがこの地区には暮らしている。

 ちなみにここの町長は、ヘルダムドやリベルハイトの様に選挙は行わず、貴族達が適任だと思った上級市民の中から選出しているので、実質世襲の様になっている。



「やっぱり寒い気候だから、冬物がたくさんあったね」

「はい。寒冷地用の服はモコモコしてて可愛いです」

「まあ、肌の露出が少ないのはいいな。他の男には見られないし、脱がす楽しみもある」

「えろろーめ!」

「えろろーですよ」



 上級市民地区にある商会ギルド運営の店に入れば、やはり高所得者向けの商品ばかりが並んでいた。

 そこで愛衣とリアは、この国ならではの服や石鹸類、化粧水や乳液なども色々買い漁っていたので、その間に竜郎は高級が頭に付く日用品を買っておいた。

 お金に苦労しないって、前の世界では考えられないなと思った竜郎なのであった。


 そうして上級市民地区を観察しながら、出会う巡回の衛兵に奈々とリアから離れない様に毎回注意されながらも歩き回った。



「それでここが、貴族が住む地区の入口か」

「みたいだね」



 上級地区から貴族地区に入るための場所は、貴族通用門から伸びる場所と、その対称側にある場所、そこから十字になる様に左右に一つずつの四つしかない。

 さらに壁の高さは6メートルもあり、一般と上級を区切っていた金属製の壁よりもさらに上等で頑丈な壁で覆われていた。

 そして四つの通用口には当たり前の様に屈強な衛兵が控えており、その前に立って壁を見上げている竜郎達をずっと睨んで警戒していた。

 けれど別に見学に来ただけで入る気も無いので、無視してジロジロ見た後は、特にこの町に異常はないと判断し、いよいよバンラモンテ山に近い町、バンラテシモという町へと旅立つべく、外へと出て飛び立ったのであった。

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