第30話 冒険者ギルドへ
朝、竜郎が目覚めると、目の前に涎を垂らして健やかに眠る女神がいた。
竜郎はその女神をたっぷりと眺めると、頭を撫でながら生魔法で目覚めを促していく。
「……たつろ」
「なんだ」
「おはよぅ……」
「おはよ──う」
寝ぼけた愛衣は起床の挨拶をして竜郎を抱きしめ、胸に顔を埋めてきた。こりゃ駄目だと竜郎からも抱きしめ返して、さらに生魔法で眠気を覚ましていった。
そうしてようやく。
「おはよ。たつろー!」
「ああ、さっきも言った気がするがおはよう」
竜郎の女神も目をさまし、再び異世界の朝が始まった。
二人はまず最近着ていた芋ジャージではなく、学校の制服であるブレザーを身に纏った。そして私物を全部それぞれの《アイテムボックス》にしまいこんで、部屋を出た。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
ギリクがカウンター越しに挨拶してきたので、それに二人で応答して鍵を返却して宿を出た。
そしてまずはと、食堂に足を向ける。
「いらっしゃーい。おや、また来てくれたんだね。じゃあ、あっちのテーブルを使っておくれ」
「わかりました」「はーい」
そこそこ混んでいた食堂に足を踏み入れると、昨日応対してくれた獣人の女性がまた接客をしてくれた。二人は一瞬だけ獣耳に目を向けて、すぐに自分たちのテーブル席に腰を掛けメニューを開いた。
「今日は何にしようかなぁ。たつろーはどうする?」
「俺は昨日と同じでいい。あの味が忘れられないんだ」
「それもそうなんだけどー、おっ、私はこれにしてみよっと」
そうして獣人の女性にオーダーすると、すぐに料理が運ばれてきた。
「おーおいしそう」
「そっちもよさそうだな」
そういう二人の前には、柔らかいパンに焼いた魚が挟んであるミギルドックという食べ物と、昨日と同じシチューとパンが並んだ。
ミギルドックを愛衣が頬張ると、魚の旨みと程よい塩加減にパンの若干の甘さが相まって、絶妙な美味しさを醸し出していた。竜郎もシチューとパンを生贄に一口貰い、また満足して食堂を後にした。
「ミギルって魚、おいしかったけどどんな魚なんだろうね」
「案外グロイ魚だったりして」
「不味くなること言うなー!」
冒険者ギルドを目指す傍ら、そんな話をしながら昨日とは違う明るい街並みや歩いている色んな種族の人々を見ていく。
『それにしても、結構な種類の人がいるな。さすが異世界といったところか』
『ねー、最初はびっくりしたけど、もう慣れるくらいにはいるね』
今度は念話で会話しながら改めて周りを見ると、何人かと目があった。
『なんか見られてるよね?』
『ああ、この格好が珍しいんだろ』
確かに周囲には竜郎たちのような近代的な服を着ている人は皆無で、二人はこの場から浮いていた。
『時間ができたら、服も買いに行かなきゃね』
『だな。こうも注目されたんじゃ、落ち着かない』
二人は周りのような人の服が似合うのだろうかと、少々の不安を感じながら冒険者ギルドに急いだ。
やがて、昨日来た白く大きな門にたどり着いた。
それからはゼンドーに聞いた通り右の道を行き、冒険者ギルドの看板がかかった白で二階建ての、他よりも随分と大きな建物に揃って入っていった。
すると、そこには食堂よりも多くの種族の人たちがたむろしていた。
そんな人たちの珍しそうな視線を受け流しながら、その部屋を半分に割るように備え付けられた受付カウンターで業務をしている、朴訥な感じのおばさんに話しかけた。
「すみません」
「はいはい、どうされました? ギルドへの依頼ですか?」
「いえ、そうではなくて。
エルレン・ディカードさんのことで伺ったんですが、その方を御存じですか?」
「えるれん・でぃかーど…うーん、ごめんなさいねぇ。
冒険者個人のことは正職員に聞いてもらえます?
わたしパートだから、依頼の受付や受理とかしかやってないのよぉ」
異世界のおばさんも日本のおばさんと変わらない手振りで話しているのに、どこも変わらないんだなと関係ないことを思いつつ、解る人を呼んでもらうことにした。
「その正職員の方に、取り次いでもらうことはできますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。
今はたぶん──ああいた。
レーラさーん、ちょっとこっちの子たちのお話聞いてもらえるかしらぁ?」
おばさんが奥の方に向かって呼びかけると、レーラと呼ばれたプラチナブロンドの長い髪をした、耳が横に長くとがった形をしている美しい妙齢の女性が竜郎たちの方へ歩いてきた。
「じゃあ、私はこれでね」
「ありがとうございました」
そうしておばさんが席を離れ、代わりにレーラが笑顔を浮かべて竜郎たちの前に立った。
「初めまして。私は当ギルドの職員、レーラ・トリストラと申します」
「竜郎・波佐見です」
「愛衣・八敷、です」
「タツロウさんに、アイさんですね。それでは、御用件をお伺いできますか?」
「はい、エルレン・ディカードさんという方をご存知でしょうか?」
「エルレン・ディカードさんですか? ええ存じております。
今は依頼で町の外に行っているはずですが、それがどうかしましたか?」
「えーと、これなんですが…」
そう言ってから、あらかじめ出しておいた最後の手紙をレーラに渡した。
レーラはそれを「お借りしますね」と言って受け取り、内容を読むにつれ表情が険しくなっていった。
「少々込み入った話になりそうなので、一旦奥の部屋へ来てもらってもよろしいですか?」
「はい」
「私も一緒に行ってもいい、ですか?」
今まで大人しく話を聞いていた愛衣が、雰囲気を読んでなれない敬語を使ってレーラに尋ねた。
「アイさんも現場にいらしたのですか?」
「はい」
「でしたら、ご一緒に来てもらえると助かります」
そうして二人はカウンターの奥に通され、誰もいない一室に移動した。
そこは応接室のようで、ソファーが二組机を挟むように置かれていた。
レーラはそのまま奥の方に行き竜郎達をソファーに座るよう促すと、お茶を三つ淹れてそれぞれの前に置いていった。
「では、その時の詳しい状況をお聞かせ願えますか?」
「ええと、あれは昨日のことで───」
竜郎はレーラにできるだけ詳しく、あの時の状況を聞かせた。
愛衣は愛衣で竜郎の抜けた話を補足したり、自分目線の話を加えたりした。その際、話し辛そうに敬語を使う愛衣に普段通りでいいとレーラが言ったので、すぐに元の口調に戻っていた。
「まさか、トガルが出るなんて…」
「そのトガルって、そんなに珍しいの?」
「それ自体は珍しくありません。問題は場所です」
「「場所?」」
二人揃って仲良く首を傾げる姿に、レーラの表情が少し和らいだ。
「ええ。エルレンさんは町周辺の森とアムネリ大森林の入り口周辺と、かなり浅い場所の調査を請け負っていたんですが、トガルはそんな浅い場所には出てこないはずなんです。
本来この魔物はアムネリ大森林の中層辺りにある、タリムという木の下に穴を掘って住処を作り、その周辺でのみ狩りをする習性があるのです」
「タリムって木以外に、住み着くことは無いの?」
「そうだよな。もし捻くれた奴だったら、別の木でもいいかってなるかもしれないし」
ロボットではないのだから、そういうこともあり得るだろうと竜郎が言った言葉にレーラは首を横に振った。
「いいえ、それは無いんです。
このトガルという魔物はタリムの根にのみ含まれる成分を体に取り込んで、それを毒に変えて狩りに使っているんです。
これを定期的に摂取しないと、トガルの毒針は無毒になってしまいます」
「自分だけでは毒を作れないから、タリムのある場所からは離れられないと」
「そういうことですね」
ここでようやく、二人はトガルが浅い層に出てきた異常性を認識できた。すると、愛衣が思い出したように昨日のことを話し出した。
「そういえばほらっ。昨日おじいちゃんの荷馬車に乗ってここに向かってる途中で、白い水晶のがでてきたでしょ?」
「ああ、確か白水晶のデフルスタルだっけか」
「そうそのデフが出た時、おじいちゃんがなんでこんなトコにー、みたいなこと言ってなかった?」
「そういえば、言ってたな」
そうしてここでレーラに視線を向けると、目を見開いてこちらの話を聞いていた。
「白水晶のデフルスタルが、この町の近辺に出没したんですか!?」
「ええ、昨日。えーと湖と町の分かれ道があるじゃないですか」
「はい」
「あそこから、町に少し向かった場所辺りで二匹襲ってきたんです」
「…………そんな近くで…二匹もデフルスタルが…?」
竜郎の言葉にありえないといった表情で、顔を青ざめさせたレーラがそう呟いたのだった。




