第303話 パートナーへの思い
既に元々勤めていた兵士と魔物は全滅し、残りは選抜隊の猿獣人マテオ、ハーフエルフのジャニス、融鉱人ゼーとそのパートナー達だけになってしまった。
という事は、あの化物に、たった三体の力と三人の知恵だけで対処しなければならないという事でもある。
なので空で見据えてくるカルディナを警戒しながらも、慎重に話合いを始めていた。
「あの中で一番早いのはジャニスのか。んで次に俺のカラバロスで、ゼーの奴の順番だな」
「力で言うのならマテオので、僅差でゼー。そして最後に私のレンテね」
「耐久力ハ俺のアルマトで、僅差でマテオ、大差でジャニスと言っタとこロだナ」
「なら──」
そうして簡単にお互いの持つ戦力を擦り合わせながら、作戦を練り上げていった。
人間が何か小賢しい事をしているなとは察しながらも、探査を広範囲に広げた結果。他のメンバーも問題なく事に及んでいる最中だと解ったので、空担当のカルディナがここで残りの三体を、今すぐ倒してしまったら暇になってしまう。
なので少しでも長く相手をして貰えるようにと、三体が動き出すまで静観することに決めた。
そうして待ちぼうけをくっていると、三体が動き始めた。
まずは黒豹。《空歩》で空を蹴ると、一瞬で時速百キロを超えてカルディナの後ろに回り込んだ。
だがカルディナは振り向きもしない。探査魔法で見なくても細かな挙動すら把握できているし、あの程度の速度なら何匹いても問題ないからだ。
「おい。全然気を引けていないぞ?」
「あははっ。ちょっと速く動きすぎたようね。反応すら出来ていないのよ」
「やハり、高い筋力と中、遠距離かラの精密射撃が得意なダけノ、鈍重な魔物のようダ。
ジャニス、もう少シ速度を落としテ気を引かせルヨうに誘導しテくれないカ」
「ええ、解っているわ」
ジャニスはカルディナを馬鹿にしたような笑みを浮かべ、遠くにいる黒豹に指令を飛ばした。
すると指令内容を理解した黒豹が、時速五十キロ程度に落としてカルディナの周囲を挑発するように回り始めた。
「ピィー?」
「何してるの?」と意図が解らず首を傾げていると、その動作が黒豹を追っているように見えたらしい。
ようやく気が付いたかと、マテオとゼーも予定通り自分達の魔物に指令を飛ばした。
すると四本の角を持つ巨大カブトムシがビュンと飛んでいき、大きな翼を生やした鎧ゴーレムはゆっくりと静かに動き始めた。
カブトムシは逆U字軌道を描きながらカルディナの真上まで上がっていくと、一気に急降下を始めた。その際に四本の角に気力を流していくと、そこに螺旋状に渦巻く気力が巻き付いていった。
そして落下速度も合わせた角の四撃で、串刺しにせんと迫ってきた。
「ピュィッ」
それに対してカルディナは称号《デヴェルリュート》の効果を発揮し、翼を刃に変形させた。そして体を横に回転させ、真・竜力刃を直にぶつけることにした。
刃と化した翼で発動した真・竜翼刃と、渦巻く気力を纏った角が触れ合った──瞬間。長い上下に生えた三本の角が、ポーンと宙を舞って落下していった。
頭を無理やり上に振り上げ急停止したおかげで、真ん中の短い一本だけは死守できたが、カルディナの目の前で停止して無事でいられるはずがない。
目の前で腹をさらすカブトムシに向かって、左前脚の鋭い鷲爪を振り下ろした。
「ギギーーーーッ」
「カラバロス!?」
そのスキルでも何でもないただの引っ掻きにより腹部に裂傷を負い、足も一本容易くもぎ取られてしまった。
「これ以上やったら死んじゃいそうだし、どうしよう?」と、追撃しようかどうか迷っている間に、下から全身鎧のゴーレムが大きな翼をはためかせ、細長い槍を投擲してきた。
その隙にカブトムシが逃げようとしたので、ひょいと飛んできた槍を器用に後ろ足で摘まんで、それをカブトムシの逃げるお尻に向かって投擲してみた。
するとそれは本来の持ち主が投げた時よりも速く鋭く飛んでいき、簡単にお尻から入って下腹部から先端が飛び出した。
負傷したカブトムシは、槍を突き出した状態でフラフラと主人の元へと帰還していった。
「俺のカラバロスが……」
「ひとマず、こちラで止めてオく!」
「早く応急手当てをしてあげて!」
「あ、ああっ」
予定ではカブトムシが角を突き刺し、内部で螺旋状に渦巻いた気力をバネの様に射出して重傷を負わせ、次に下で待機していた鎧ゴーレムが槍で翼を突き刺し、最後に後ろで控えていた黒豹が首に噛みついて息の根を止める──というものだった。
けれど実際はと言えば……最初の一撃で重傷を負うはずだったカルディナは、一体が満身創痍になり、主人たちが慌てている様を探査魔法でのんびりと確認する暇すらあった。
そんな風に余裕を見せていると、下から槍を新たに生成した鎧ゴーレムが距離を取りながら、それを何本もカルディナに向かって投げてきた。
それをカルディナは先と同じように足で摘まんでいき、お返しとばかりに動き回る鎧の魔物に投げ返していった。
投げ返された方は躱す事も出来ずに、体中針山のように槍が刺さっていってしまう。
「アルマト! モう止めロっ!!」
「レンテ、フォローしてあげて!」
体中に自分が生み出した槍が突き刺さりながらも、投げるのを止めない鎧ゴーレムにゼーは指令を飛ばして止めさせた。
そしてジャニスはその惨状を見て、このままでは鎧ゴーレムもやられてしまうと思い黒豹に指令を飛ばした。
すると黒豹は《空歩》で一気にカルディナに飛びついて、その刃と化している翼に気力の通った爪を突き立てた──のだが……。
「ギャンッ──」
「ピュイーー」
「グゥッ」
カルディナの翼には刃断防御が張られており、突き立てた爪は腕ごとズタズタに切り裂かれてしまう。
そこへさらにクルリと縦に宙を回ったカルディナが、後ろ足で踵落としを頭部に放ち主人達が見守る屋上に叩き落とした。
「レンテっ!」
「グゥゥゥ……」
死なない様に手加減を加えられたのと、頭を蹴られる直前に自分から下に落ちて勢いを殺せたので、黒豹は全身を強く打ち付けはしたが動けないと言うほどでもなかった。
なので心配そうに駆け寄ったジャニスに応えるように、気丈に立ち上がった。
「大丈夫? まだいける?」
「グゥァウ!」
「アルマトもマだ動けルぞ」
「foooooorn---」
「カルバロスは……無理だ。これ以上動かしたら死んじまう」
「ギ…ギギギ……」
右前脚は複数の裂傷を負って使い物にならなくなり、強く全身を打ち付けたせいで体中痛むが、この中では一番動ける状態の黒豹。
槍を全て抜いて穴だらけになった鎧も修復完了したが、そのせいで体を動かすのに必要な魔力がほとんど残っていない全身鎧ゴーレム。
と。この二体は、まだかろうじて戦う事は出来る。
だが最低限の応急手当はしたものの、足が一本欠け腹は裂かれ、尻から下腹にかけて抜くに抜けない細槍が刺さったままのカブトムシ。
こちらはもはや動くこともままならずに、伏したまま力なく声を上げた。
「触っただけで、こんなにされちゃうなんて勝てっこないわ。逃げた方がいいんじゃないかしら……?
正直この子の命を懸けるほど、あの領主に忠誠心を持ってはいないわ」
「俺だってそうさ。悠々自適に暮らせて金払いもいいから、ここにいたってだけだ……」
「こちラも、アルマトは大事なパートナーだ。失うわケニはいかナい。
それニ、誰もアレに勝てルとは思えなイから、領主も殺されルだろウ」
「なら決まりね。それに良く見たらあの子、凄く理知的な目をしているし、無駄な戦闘を好む様にも見えないわ。
おおかた領主が逆鱗に触れたんじゃないかしら」
「俺も今そうじゃないかと思っていたんだ。
そんな奴の為に、大事なパートナーの命を懸けさせるなんてバカのする事だ。とっとと逃げちまおうぜ」
「ダが、どうやっテだ? 白旗を振れば見逃してくれるノカ?
少なくトも今の状態で、マテオのパートナーはドちらも運べハしなイ」
空を見上げれば圧倒的な戦闘能力を誇る存在が、月明かりに照らされながらこちらを睥睨している。
早さで優っていても、射程の長い魔力の弾丸から今の状態で逃げられるとは思えないし、とてもじゃないが逃がしてくれる雰囲気でもなかった。
「ならこちらを相手にするのは面倒だと思わせる事が出来れば、逃がしてくれるんじゃないかし──きゃっ」
「撃ってきたぞ!」
「早く来いと言ってイるノかもシれナイな……。これ以上は待ってクレないヨうだ。なら腹を括ろウ。こちラは切り札が一枚残っていル。だからジャニスは──」
そうして二匹でカルディナに『相手をするのは面倒だと思わせよう作戦』に切り替えて、行動を開始し始めた。
黒豹は右前足一本を庇いながら、極力三本の足だけで空を蹴って走り出す。
トップスピードは出せないが、それでも百キロ程度は出す事が出来る。
カルディナがその速さについていけないと勘違いしている三人は、唯一勝っているはずの速さで状況を切り開こうと考えたのだ。
当然、空にいる状態のカルディナにとっては、歩いているのと変わらない。なのでさして警戒することなく近くに来るのを待っていると、黒豹の体から黒い煙幕が立ち上り始めた。
カルディナが即座に解析すると、それは魔法抵抗力の低い者には麻痺を与える毒が混ざっているが、武術職でも十五レベル程度あれば効くことは無い、微麻痺効果のある煙幕だと解った。
なので安心して待っていると、大きな月の光に照らされていた明るい空を真っ暗に染め上げていく。
当然そうなると、目が役に立たなくなってしまう。けれど黒豹は、この中でも的確に相手を捕える目のスキルを持っていた。それにより黒豹にとっては、どんなにこの場が暗くなろうと真昼と変わらない。
だが残念なことにカルディナには解魔法が有るので、この程度の相手に目を使う必要は全くなく……探査で相手の息遣いまで明確に解っていた。
「ピィーーイ」
そろそろ皆の戦いに決着がつきそうなので、もう終わりにしようかなと考えていると、音も無く黒い空を移動しながら爪の斬撃をカルディナに放ってきた。
それは全て翼で受けて刃断防御で無力化していると、下のほうからソコソコ大きな魔力反応を感知した。
何だろうと解析すると、どうやら何らかの方法で失った魔力を回復した鎧ゴーレムが、十メートルはあろうかという巨大な細槍を造ってカルディナに投げつけようとしているらしい。
「貴重な魔力回復薬を使っタンだ。一撃で決めテくレ」
「fooooooooooorn」
今やろうとしているのは、《巨大槍砲撃》というスキル。これは先ほどの細槍を自分の手で投擲していた一撃とはまるで違い、弾丸のように巨大な槍を射出できるというもので威力も桁違い。
その代わりにこの魔物の九十五パーセント近い魔力を消費してしまうので、回復薬を飲ませた──というよりぶっ掛けて回復した分は一度で使い切ってしまう。
さらにこの魔物は魔力さえあれば傷を修復できるのだが、魔力の回復速度が遅いと言う欠点がある。なので全体の九十五パーセントもの魔力を一気に消耗してしまっては、しばらく真面に体を動かす事もできなくなるので、出来れば使いたくはない技だった。
そんな諸刃の剣的スキルを絶対にはずさない様に、ジャニスに視界共有して貰いながら座標を的確に定めていく。
「相手は全く動く気が無いみたいよ。今のうちに決めちゃって」
「解っタ」「fooorn」
「頼むぜ……」「ギ……」
祈るしかないマテオのペアは静かにそれを見守り、ジャニスは今も最前線で注意を引いている黒豹と共に観測を続ける。そんな中、ゼーは右手を挙げて静かに振り下ろし、発射の合図をパートナーの鎧ゴーレムに告げた。
その瞬間、巨大槍は弾丸の如きスピードでカルディナに向かっていった。
これで傷を負わせれば、自分たち以外の標的を探してくれるだろうと、三人の希望を込めた最後の一撃。決して倒せるなどとは、もう誰も考えてはいなかった。
真っすぐカルディナの右腹辺りに向かって進んでいく。それを黒豹の視界でジャニスが見ながら、槍先が届いた──と思った瞬間。
ゴミでも抓む様に前足の鷲爪でガシッと掴み、《アイテムボックス》にしまってしまった。
何かに使えるかもしれないと言う、竜郎譲りのMOTTAINAIスピリットが故の行動である。
けれど希望の一撃が届かなかった事に絶望したジャニスは、涙を流し膝を折って座り込んだ。
その行動で、他の二人も結果を悟った。けれどこの中で唯一、絶望に浸っていない存在がいた。それは黒豹である。
黒豹はもう自分しか動けないと理解し、他の人間を囮にしてでも主人を連れて逃げようと下に向かって全速力で駆け出した。
あっという間にジャニスの元に駆けつけ、腰が抜けてしまっている主人の服を咥えて逃げ去ろうとした──が。
全員が何故か、自分の後ろに視線をやっているのに気が付いた。
そして言い知れぬ圧迫感が襲い掛かってくる中、恐る恐る首を横に向けて後ろに視線を向ければ、自分よりも遅いと思っていたカルディナが威風堂々と後ろに立っていた。
「グァウッ」
「──うおっ!?」
その瞬間、本能が何をしてでも逃げろと告げてきた。なので近くいたマテオを左前脚でひっかけてカルディナに放ると同時に、自分は主人を咥えて真っすぐ前へと逃げ出した。
だが……後ろにいたはずのカルディナが、一瞬で自分の正面に現れた。
そこでようやく、何一つ自分達が勝っている物は無かったのだと全員が察した。
黒豹はもう逃げられないのだと諦めたが、ジャニスだけはと自分の腹の下にしまって丸くなった。死んでも守ってみせると、気丈にカルディナを睨み付けながら。
「ピィューー♪」
「グオォン?」
だがその行動が、カルディナの琴線に触れた。自分ももし竜郎と一緒にいて、同じ様な目にあったのなら、迷わず目の前の黒豹と同じ行動をするだろうと親近感を抱いたのだ。
そして周りを見渡せばテイマーが二人に重傷で動けない魔物と、魔力切れで真面に動けない魔物が一体。
武術や魔法のスキルが無いテイマーは、基本的にパートナーがいてこそ真価を発揮する。なので単体での戦闘能力は非常に低い。
これなら別に放っておいても問題ないのではなかろうかと、カルディナは考えた。
だがここで何もせずに去った時、侮られて変な禍根を残しては自分の責任だ。
なのでカルディナは、そんな気持ちすら抱かない様に圧倒的な差がある事を知らしめつつも、これ以上危害を加えない方法を取ることにした。
「ピュィイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーッ!!」
「「「「「「──────」」」」」」
それはある程度抑えていた威圧感を全開放し、さらに上乗せした竜力の籠った鳴き声を上げて周囲にまき散らす。
大概の人間は感覚器官が魔物ほど発達していないので、もの凄い何か──程度にしかこれでは推し量れない。
だが魔物であるのなら、それだけでカルディナの真の力の底を感じ取って正確に彼我の実力を理解し、目の前に存在する事すら烏滸がましく思えるほど自身の力の小ささを見せつけられた。
そして黒豹、カブトムシ、鎧、それぞれが一生かかっても同じ土俵にすら上がれない、生物としての王なのだと自然に頭を垂れた。
人間達は体が凍りついたかのように動けず、心臓の鼓動すら止めてしまいそうになったので、カルディナはそこで威圧感を極少まで抑えた。
「ピィユー」
「──ガゥアウ」「froooorn」「ギギー…」
そしてカルディナは「大事にしなさい」と言う意味を込めて一声鳴くと、竜郎の元へと悠々と飛んで行った。
それに魔物達は何となく意味を察して、勿論だと。見えなくなるまで、その背中に頭を下げ続けたのであった。




