第302話 リューシテン航空部隊
皆で稼いだ時間を全て使って出した魔法は、全員の合体攻撃といってもいいほどのものだった。
けれどそれがまるで意味をなしていないことに、ベバイリレのメンバーは愕然としていた。
「チームワークって言うんすかね。合図も無しで完璧に全員一緒に反応した所なんて凄かったっす。感心しちゃったっす~」
「無傷……だ、と……?」
緑スカーフは《圧殺》という、押し潰して殺そうとする行為に大きな補正がかかるスキルを持っている。
そこに高い土魔法レベルと、実力に裏打ちされた強力な魔法力の一撃を放つというもの。
さらにダメ押しとばかりに時間をたっぷりかけて、ほぼ全ての魔力を注いだ、このパーティの中でも一番の破壊力を叩きだす事の出来る大技だった。
これをまとも食らっても生き延びられたケースは数回あったが、まったくの無傷などという事は一度もなかった。
けれど実際問題、拍手までして健闘を称えているアテナは、傷どころか汚れすらついていない。
また幻術かと青スカーフが白スカーフに振り返るが、首を横に振られて現実だと知らされた。
「んじゃあ、今度はこっちからいくっすよ。
──せめて十秒は持ってくれると嬉しいっす」
「逃──」
「がさないっすよ」
「ふ───ぼごっ」
赤スカーフが先頭に躍り出て二本の剣を×の字に構え、後のメンバーに逃げろと叫ぼうとした。
けれど言い切る前にアテナは虫を払うように右手を横に振るい、気獣技を発動して強度も格段に上がっているはずの剣を二本一遍にへし折ってしまう。
それでも諦めずに赤スカーフは背中の大剣を抜き取って、上段からアテナを真っ二つにしようとする。
だが振り切る前に鎧をぶち破る一撃を胸に食らい、一瞬で意識を刈り取られた。
「赤っ! ならワシがああああああああっ」
「その盾、邪魔っすね」
「なっ!?」
アテナが今度は真面目に蹴りとばすと、薄いプラスチック製品の様に盾が砕け散ってしまった。
それに驚愕しながらも自身の巨体で止めて見せると、残骸と化した盾を捨てて両手を顔の前に構えて正面を見据えた。
けれどアテナの姿が消え去り何処にもいない──と思ったそのとき、白スカーフから顔の右真横にいると言う情報が共有されてきた。
「こ──ぶほっ」
「ありゃ? 横っ面を殴るつもりだったのに、顔面殴っちゃったっす」
良かれと思って渡した情報のせいで、顔面の中心が陥没してしまった黄色スカーフは、そのまま左にバウンドして意識を失った。
「黄もやられたかっ。なら最後に残った男として俺──がはっ」
「はいはい、さよならっす~」
そんな口上を述べている暇があるなら攻撃の一つでもすればいいのにと思いながら、アテナは電磁石で地面と足だけに纏った竜装を吸い付かせて一瞬で着地すると、今度は反発の力で飛んでいき青スカーフの男の腹に飛び膝蹴りをかまして吹っ飛ばして意識を失わせた。
それと同時に今度は一番近くにいる緑スカーフに目標を移すと、そちらを見た瞬間トゲトゲが付いた巨壁が地面から現れ、アテナに向かって倒れこむように押し潰しに来た。
「それじゃあ、あたしは倒せないっすよ──ていっ」
「──なにこれっ、なんで倒れてくれないの!?」
「緑!」
「電磁石!? 何なのよそれぇええ!」
アテナは電磁石を巨壁全体へと付与し、それと同じだけの面積の重なり合う予定だった地面に同極の電極を付与した。
結果、壁と地面の間に斥力が生まれて反発しあい、緑スカーフの押し倒そうとする力に拮抗してしまい倒れる事はなかった。
そうして頑張っている間に壁の横をすり抜け、緑スカーフに一足飛びに近寄って体に触れると、雷魔法でスタンガンの様に電気を流して気絶させた。
そして最後に白スカーフ。彼女は解魔法使いで戦闘補助要員だ。そしてアテナはガチガチの戦闘要員。仲間が全員意識を失った今、後ろで戦いに参加もせずに観ているだけの選抜隊が助けに入ってくれなければ勝機は無い。
だというのに、アテナの実力を知ってしまった者達は隠れて見守るだけで役に立たない。
「降参です……」
「まー戦えなさそうっすからね~」
杖を捨てて両手を上げて、あっという間に目の前に立ったアテナを見つめた。
「私達は死ぬのでしょうか?」
「いんにゃ。殺さないっすよ。人殺しはしないでくれって冒険者ギルドに言われたっすからね。
今は……そうっすねぇ。言うなれば、馬鹿領主に対してのお仕置きタイムってとこっす」
「冒険者ギルド!? という事は、あなたは冒険者ギルドの依頼でここにきているのですか?」
「それもちょっと違うっすけどね。あたしたちは──」
そこでアテナはコチラの事情を簡単に説明してあげると、白スカーフは目を丸くして、どちらが悪だったのかを理解し手を震わせて怒りの感情をあらわにした。
「そういう事情だったんですね。どうやら私たちは悪の組織に、いいように使われてしまっていた様です」
「正義が云々言ってたから、おかしいなとは思ってたんすけど、なんでこんなことに?」
「実は──」
そこで白スカーフは、何故ここで働くようになったのかという経緯を話し始めた。
それによれば、リューシテン領の平和を守るために全力で領主がサポートしてくれると言われたから……らしい。
そしてこれまでは確かに、悪漢退治や町近辺に現れた魔物退治の依頼ばかりだったので、すっかり自分達の正義の賛同者だと思い込んでいたとの事。
「あーまあ、よく調べもしないで迂闊すぎたっすけど、そう言う事なら痛くしないであげるっす」
「さっきの緑みたいにですか?」
「まあ、女の子に荒っぽい事をしたく無いっすからね」
「──まさに貴女こそ正義……。感服いたしました。では倒されてしまう前に、残りの敵の位置を教えて差し上げます」
「──おっと。ああ、私の幻術もこうやって無効化したんすね」
アテナに向かって理解共有を行使して、後ろに隠れて自分達を助けようともしなかった者達の位置を全て正確に伝えていった。
それを使われたアテナは疑問が晴れて、すっきりした気持ちで手に雷撃を纏った。
「ぜひお役立てください。──というか、ブッ飛ばしてください」
「了解っす。情報提供に感謝するっす~」
「──あ」
そうしてアテナは白スカーフの腕を取って雷撃を流し気絶させ、教えられた残りの人間達に向かって行ったのであった。
カルディナは空から探査魔法でジャンヌとアテナは一人で大丈夫そうだと察して、それならばと、暇なので人のいない場所を狙って城の破壊活動を始めていた。
そうする事で、自分の敵を炙り出そうと考えたのだ。
やがてボコスカ城に魔弾が撃たれて彼方此方に被害が出た所で、ようやく獲物が屋上に顔を出してきた。
それは歴代の領主が頑張って部下にテイムさせて集めた空飛ぶ魔物と、選抜隊として雇われたテイマーが連れてきた魔物達。
前者はテイマー達が騎乗者の言う事を聞くように躾けて、特殊な騎乗訓練を受けた兵が乗り込む。
そして後者は、テイマーは騎乗しないで下で見守り、空飛ぶカルディナに向かって一斉に飛び立った。
種類は複数で一番多いものは一般騎乗兵が乗っている魔物で、二メートルくらいの大きさのセントバーナード犬に、体よりも大きな柔らかそうな茶色い翼を生やした個体が十六体。
これらは昔、優秀なテイマーが部下にいた時代に雌雄両方を運よくテイムする事が出来た事で繁殖に成功。
そこから生まれた子供を別のテイマーに育てさせた結果、貴重な航空戦力を複数用意することに成功したのだ。
他は巨大な雀に蝶が一匹ずつで、変わり種としては、三メートルはある巨大な翅を持ち、体は三節から成る細長い木の枝の様なものに、鉛色のハリガネを六本無造作に刺したような魔物で、これは乗せるのではなく背中を掴んで兵を浮かべさせていた。
と、ここまでがリューシテン領主が元から保有していた飛行魔物。
それにプラスして選抜隊が連れてきた魔物達。
翼は持たないが《空歩》というスキルを持ち、空を自由に走り回れる三メートルサイズの黒豹。
五メートルはある巨体の頭部の上に横二本、下に一本の大きな角に、中央に小さな角の生えた巨大なカブトムシ。
成人男性サイズのありふれた鉄色の全身鎧に、巨大な翼を付けて細長い針の様な槍を持たせた鎧ゴーレム。
こちらは騎乗することなく、それらの飼い主が下からテイム契約で繋がる魔力的パスを通じて指令を送っていた。
そんな計二十二体の、現リューシテンが保有している最強の航空戦力を全てカルディナに差し向けてきた。
「ピィーューー」
一対二十二という多勢に無勢の中。カルディナは脅威を抱くどころか、「人間は殺しちゃダメっていってたけど、飼い慣らされた魔物は殺していいのかな?」と、別の心配をしていた。
まさかこの状況で舐められていると思いもよらない兵士達は、物量で押せば楽に勝てるだろうと一斉にカルディナを取り囲むように散開して迫ってきた。
さすがに毎日訓練しているだけあって、その連携は見事なものだった。
カルディナも思わず「ピューイ」と、感嘆の声を上げるほど。
けれどそんな状況であっても、選抜隊の魔物である三体は隠しきれないカルディナの異様な気配に気が付いて、一般兵たちを試金石に使う事にして遠巻きに観察をするだけだった。
「かかれーーーーー!」
カルディナの真上を取っていた巨大な蝶の魔物に乗っていた隊長が、弓を引いて放つと同時に一斉攻撃を指示した。
すると矢に一瞬遅れて他の兵たちも気力の斬撃や突撃、魔法による炎撃や雷撃などを全くの同時に打ち放ってきた。
「ピィー」
その攻撃に対してカルディナは解魔法で探査、全攻撃の座標を割り出す。
それから一瞬で竜翼刃魔弾を生成し、全方位に向かって無駄弾一つ出す事なく、全てを的確に打ち破って見せた。
「なんだ今のは──ええいっ、かまうな! 撃て撃てええええーーーーっ!」
一匹の魔物を狩るのに過剰とも思えた手数の攻撃を、それと全く同じの数の攻撃で相殺された。
そんな芸当をして見せたカルディナに、隊長はゾクリと嫌な予感が脳裏に過るが、数で勝っているのだからと無視して波状攻撃に打って出た。
「ピューー」
「つまらない攻撃ね」と冷めた目で遠くで見ているだけの三体の魔物を見ながら、次々と押し寄せてくる攻撃に探査をかけて魔弾をぶつけていく。
けれどこれ以上やっても面白い攻撃もきそうにないと見限って、向こうの手数をさらに凌駕する数の魔弾を打っていき、魔物ではなく人間の利き手の方の肩だけを的確に打ち抜いて穴を穿っていった。
それにより半数以上は武器や杖を下に落としてしまい、そうでなくても利き手で持てるような状況ではなくなった。
だが武器無しでも攻撃できる魔法使い達はめげることなく、血が流れる肩を押さえながら攻撃をしてきた。
「ピィユーー!」
魔物を怪我をさせても墜落、大きな負傷を負わせても転落の危険が有る。そうなっては死んでしまう可能性もあるので、先の一撃で諦めるのなら優しく撃ち落としてやろうと思っていたのだが、どうやらその必要は無かったらしい。
カルディナはならばと一声鳴くと、魔弾で苦し紛れの攻撃を相殺しつつ、新たに別種の魔弾を周りにいる人と魔物の数だけ用意していく。
それは魔弾と土の混合魔法。先端に反しのついた尖った土塊に、《アイテムボックス》から出したワイヤーを繋いで魔弾として撃ち放つ。
するとそれらは兵と魔物達に突き刺さって貫通し肉に反しが食い込み、簡単には抜く事が出来ない状態になってしまう。
カルディナはそのままワイヤーを前足でつかんで、力ずくで空飛ぶ魔物と人間をグルグルと振り回し、モーニングスターの様に静観していた三体の魔物にぶつけようとするがあっさりと避けられてしまった。
なのでそのまま十九の人間と十九の魔物を城の屋上に叩き付けて、全員の意識を奪った。
「ピィーィーューー」
後はお前たちだけだと、威嚇を込めて三体にただの魔弾を一発ずつ打ち込むが、予想通り空をさっと移動して躱されてしまった。
「あの魔物……とんでもないパワーだな」
「それに弾丸の様な魔力を恐ろしく精密に複数同時に飛ばしたり、土属性の魔法も使えるようね」
「だガ、アマり移動しテいないトこロを見るト、機動力にハ自信ガないのカモしれナイ。
力でハ勝てそうニない我々が突くとしたラ、そこダろう」
発言した順番に、四本角のカブトムシの主人で猿の獣人マテオ。黒豹の主人でハーフエルフの女ジャニス。翼の生えた全身鎧の主人で融鉱種と呼ばれる、体の半分が鉱物で出来ている種族の男ゼー。
彼らは人と魔物が叩き付けられた屋上の隅から、テイマーのスキル《共感覚》で自分の魔物の視界を通して観察しながら、カルディナの討伐作戦を練っていくのであった。




