第301話 ベバイリレ!
ジャンヌが城門前に着陸したのとほぼ同時に、アテナはその真逆、城の背面にやってきた。
「派手に決めるっす~」
アテナは《分霊:鏡磁模写》を周囲に展開し、それに吸い付かせて城壁の真上に浮遊して止まった。
そして気の抜けた声とは裏腹に、大量の竜力を使った黄金の雷を城壁に沿って打ち落とした。
轟音を鳴り響かせ、美しさすら覚えさせる破壊の雷は、城背面全ての城壁を消滅させてしまった。
その音を聞きつけた衛兵たちが直ぐに何事かと駆けつけると、随分と見通しが良くなった場所に唖然と立ち尽くしていた。
そんな時、上空から獣人らしき容貌をした女性が空から降ってきた。
「はろー。あたしの相手は、あんた達って事でいいんすか?」
「──こ、こここれを、や、やったのは、ききき貴殿でありますか?」
恐怖に裏返った声を上げる、この小隊では一番偉いドワーフの兵が、城壁のあった場所に綺麗に引かれた黒焦げの線を指差した。
これとはなんぞやと、既に壊した物に興味を失っていたアテナが指し示す方角に目をやって、ようやく思い出したかのように頷いた。
「そうっすよ。また壁を造るなら、もっと頑丈にする事をお勧めするっす」
「…………アハハー。領主にはそう伝えておきますねー。それでは、さようなら」
ドワーフの隊長は涙目になりながらそう言うと、隊員が見守る中で回れ右して立ち去ろうとした。
「待てっす。あんたらは、ここを守る奴らじゃないんすか?」
「いえいえいえいえ。私どもは、ただの通りすがりです。さようなら」
「鎧を着てるのにっすか?」
「こ、これは……──ファッションです。なあ、お前ら!」
「はい! 今は鎧ブームなんです!」
「鎧サイコー!」「鎧ばんざーい!」「鎧は服みたいなものですよ、素敵なお嬢さん!」
こんな大規模な攻撃魔法を使っておきながら、息一つ乱していない化物に勝てるわけがない。
それは話し合う必要すらない程、全員一致の答えだった。
「えーと……戦いをご所望なら、選抜隊というですね、強い連中が来ると思うので……。ではそのー。他に用が無いなら、これで私どもは……お暇しても?」
「あー別にどっか行くのはいいんすけど、今は城の中も正面も上空も、全部安全地帯なんてないっすよ」
「え゛? と、いいますと?」
「城の正面も中も上も、あたしの姉ちゃんずがいるっす。
それに領主のとこには妹達と、とーさん、かーさんがいるっすから、ここでさくっと気絶しといたほうがいいと思うっすよ」
「お父上にお母上!? あー……私たちは殺されたりしてしまうんでしょうか?」
「いんにゃ。殺しはしないでくれって言われてるっすから、それはしないっす。
けどそれ以外ならなんでもアリアリっす」
「なんでもアリアリ? えーと……それじゃあ、お願いできます?」
城の中に立て籠ろうとしていたのだが、今や我らの城は魔窟と化した。そんな事を、この場の全員が理解して天を仰いだ。
大方うちの領主が化物達を怒らせるような何かをしたのだろう。
領主が生き残れるかもしれないという噂に縋って転職を控えていたのだが、それは間違いだったようだと諦観の念を抱いて目を閉じた。
「い、痛くしないでくださいね……」
「だいじょーぶっす。ちょっと目を閉じてる間に終わるっすから──えいやっ」
「「「「「「「──びっ」」」」」」
雷撃を軽くかますと、その場にいた衛兵たちは容易く意識を失った。
そうして男達を隅っこに放り投げて、邪魔にならない所に追いやっていると、先ほどの男達よりも強そうな連中がやってきた。
「敵というのは貴様だなっ。我らが来たからには、もう好きにはさせないぞ!」
赤いスカーフをした筋肉質で五十代前半ほどの人種の男。大剣を背負い腰の脇には大小の剣を佩いて、他に四人の仲間を連れて前に出ると同時にそう言い放った。
「おっ、なんか威勢のいいのが出てきたっす」
「お前も運が悪い、我らと戦う事になろうとは!」
黄色のスカーフをした相撲取りの様な体型で、三メートルの巨体の巨人種の男が、さらに身の丈よりも大きな盾を片手に持って、赤スカーフの左横に並んで斜に構えた。
「全くだ。俺達と戦って生き残れた者など──そうはいない」
「ああ、いるっちゃあいるんすね」
「それは言ってはならん事だ!」
「おおう。すまないっす」
青いスカーフをした弓を持った五十センチほどの伸長の小人種の男が、赤スカーフの右横に並んで斜に構えた。
「さあ、覚悟なさい。私の魔法は痛いんだから!」
「もういいから、とっとと戦闘を始めてほしいっす……」
「あと一人だから待っててお願い!」
「はあ、あと一人っすね」
緑色のスカーフをした小柄なエルフの女性が、とんがり帽子にハートのシンボルが天辺に着いた杖を手に、黄スカーフの左に並んで斜に構えた。
「私の魔法は全てを見通し、貴女を丸裸にして見せる!」
「解魔法使いなんすね」
「まあ……ありていに言ってしまえばそうです」
そして最後に白いスカーフをした人種の長い茶髪の女性が、青スカーフの右について斜に構え、それを確認すると全員でポーズをとった。
「「「「「我らの五人でベバイリレ! さあ、正義の名の元に成敗されるがいい!」」」」」
「あー……。ベバイリレっていう五人組のパーティって事でいいんすか?」
「その通りだ! 待たせたな。これをやらないと、俺達は今一気合が入らんのだ」
「難儀な人達っすねぇ。それじゃあ、もう攻撃してもいいんすか?」
「どこからでもかかってくるのだ!」
盾を持った巨漢の男──黄色スカーフが全員を守る様に真ん中に立ち塞がった。
その堂にいった態度に、これなら楽しめるかもしれないとアテナは拳を握りしめた。
「んじゃあ、遠慮な──く!」
「ぬおおおっ。な……な、ん、の、これしきいいいいいぃっ!」
「んおっと! これ位なら大丈夫なんすね。上等上等♪」
まずは小手調べだと、アテナが竜装すら纏っていないただの拳で真正面から四メートルはある盾の中央をぶん殴った。
するとそれだけで、黄色スカーフの両足が膝まで地面にめり込んでしまう。
けれどそこから踏ん張って押し返すと、さらに緑色の気獣技を発動させて、盾の両側面から巨大な亀の右手と左手が現れアテナを捕まえようと迫ってきた。
黄色スカーフは、その亀の手で盾に押し付けて行動を封じ込めようとしたのだが、アテナに触れそうになった瞬間、周りに浮かんでいた琥珀色の煙が黄金の雷となって掻き消してしまった。
その時点でアテナは無傷で、盾を殴った手も痛そうな気配もない。片や黄色スカーフはと言えば、盾の中央が凹み息を既に切らせていた。
これだけで両者の実力の程は明白だ。
けれどベバイリレ達には一切の不安の色も無く、目の前の強敵に湧き立っていた。
それになにより一人ではなく五人いるからこそ、負けはしないと自分達に活を入れ直す。
その様子にアテナはニヤリと笑って、出来るだけ出ない様に我慢していた威圧が零れそうになるのを慌てて抑えた。これのせいで戦意を喪失されては詰まらないからだ。
「じゃあこういうのはどうっすか?」
「「「「──っ!?」」」」「これは……」
幻想竜術で周囲を真っ赤な溶岩に囲まれた、火山地帯に変えて見せた。すると解魔法使いの白スカーフ以外の者達は、脳が勘違いして滝の様な汗をかき始めた。
「皆さん! しっかりしてください! これは幻覚ですよ!!」
「「「「──っ…………ふう」」」」
「あれれ?」
白スカーフが指摘しただけで、他の面々もこれは偽物なのだと理解して平常を取り戻してしまった。
けれどそれはおかしいとアテナは思う。幻想竜術はかかったままだし、幻覚だと頭で理解できるのは解魔法使いだけだ。
言われて納得できるような、ちんけなスキルではない。五感の全てに訴えかけているのだから、幻だと言われても幻だとは思えないはずなのだ。
その真相はと言えば、それは白スカーフの珍しいスキル《理解共有》というもののお蔭である。
これは解魔法で得た結果を、あたかも解魔法を実際に使ったかのように他のメンバーにも理解させることが出来てしまう。
それにより細かな敵味方の動作を共有したり、その場の状況も全員が常に把握できるし、アテナの様な幻覚を見せるスキルでも、解魔法の結果を全員に理解させてかからない様にしてしまう事も出来てしまった──と言うわけだ。
「なかなか面白くなってきたっすね」
「「「「「──っ!?」」」」」
けれど幻想竜術が効かないという状況を作ってしまったせいで、もう一つのスキルのスイッチを押してしまった事を本能的に理解してしまう。
明らかにアテナの雰囲気が変わったのだ。今回で言うのなら、全員がレベルだけで言うならアテナより上。さらに全員こちらのスキルを一つ無効化してしまうという不利な状況により、《不滅の闘志》が大きく働きステータスがグンと上がってしまった。
「赤! こいつはやばいぞ!」
「──だが、ここで引くわけにはいかない! 俺達のチームとしての力を見せてやろう!」
青スカーフの弱気な言葉に対して、熱いからではなく恐怖からくる冷や汗を額から流しつつ、引き攣った顔でそう言い切った赤スカーフ。
その強がりとも言える言葉に、全員が心をもう一度奮い立たせてアテナを睨んだ。
「ここからは全力だ! 余力など気にするな! 青!」
「解っているさ!」
青スカーフは弓を構えると、ダーツより少し長い程度の短い矢を指に何本も挟み、高速でアテナに向かって撃ち放ってきた。
それら全てに青い気力による気獣技が宿っており、翼を生やした小さな矢が豪速で何十本も迫ってきた。
それを煙の竜力を雷に変換して一本一本に正確に当てていき、その全てを消し炭に変えていく。けれど赤スカーフが言ったように、余力を残す気はないのか絶え間なく矢は飛んでくる。
その間に正面から、盾が壁の様にズンズン迫ってきていた。
そのままアテナを轢いてしまう勢いだったが、右足を上げヤクザキックで進行を止める。
その間にも降り注いでくる矢を相手にしながら、盾に密着したと同時に迫ってきた気獣技──亀の巨大な両腕の形をした緑の気力が、上から圧し掛かるように迫って来る。
それに対して雷魔法を上に向けて放射して消し飛ばすが、こちらも余力を残す気が無いのか、何度でも再生して襲い掛かってきた。
さらに横合いから煙の竜力の動きを白スカーフのスキルで的確に察知しながら、素早く躱して赤スカーフが肉薄してきた。
赤スカーフは両手に獅子爪の形をした大小の剣を左右に持って、アテナの両肩に向けて斜めに振り下ろしてきた。
そちらを右手一本だけに竜装を纏って弾きつつ殴ろうとするも、こちらも解魔法で逐次動きを見張られているので、先読みされて避けられてしまう。
そうして全員が一丸となってアテナを足止めしている間に、緑スカーフが魔法を完成させた。
それを白スカーフの《理解共有》で全員が察知し、誰も合図をしたわけでもないのに、一斉にアテナから離れ去った。
「いっけええええええええええええっ!」
「──おっ」
その瞬間。アテナの左右から槍の様に太い円錐形のトゲトゲが付いた巨大な壁が二枚地面から現れ、間にいる存在を刺し貫いて叩き潰す為にバーンッと音を立てて重なり合った。
ピッタリと合わさって隙間なく閉じた二枚の巨壁を前に、ベバイリレは湧き立った。
「さすが緑の魔法は強力であるな!」
「あったりまえじゃない! 黄にだって防げないわ!」
「何にせよ、ここでの戦闘は片付いた。城の中も慌ただしいようだし、直ぐに応援に行こうぜ赤」
「ああ。直ぐに向かお──どうした白?」
全員が次の目標に思考を移そうとしている中で、白スカーフだけが壁をジッと見つめていた。
それに気が付いた赤スカーフが肩に手をやると、ジットリと汗で濡れた服の感触を味わった。
そして今自分だけしか感じていない理解を、全員に共有すべく再びスキルを発動させた。
「皆さん……まだ、終わってなんかいませんよ」
「「「「──っ!」」」」
その声と同時に白スカーフと同じ方向に目を向けると、二枚合わさった土の壁が内側から暴力的な力によって吹き飛んだ。
そして中から出てきた、傷一つ無い綺麗な体のままのアテナが悠然と立っていたのであった。




