第300話 突撃ジャンヌちゃん
竜郎と愛衣が決着をつけ終わる前。カルディナ達はと言えば──。
ジャンヌの背負う空駕籠の中で、出撃の準備を終えたカルディナ達が竜郎の合図を待っていた。
そしてついに、その時はやって来る。
《《《《アイテムボックス》に、一つ追加されました。》》》
「ピィユーー」「ヒヒーーン」「きたっす!」
カルディナ達はそれぞれ届いたメモを取り出して内容を確かめると、出撃と殺しに関する注意だけが簡潔に書かれていた。
「ピィーーーピュュィーーピーーーーィ」
「ヒヒン!」「解ったっす」
出撃許可が下りたという事は、リアの救出に成功、交渉失敗という事であり、もう隠れて行動する必要もないという事だ。
なので遠慮なくカルディナは探査魔法と《分霊:遠映近斬》を行使して、それぞれの効果的な分散地点をジャンヌとアテナに教えていった。
それに異を唱える事も無く、直ぐにカルディナの指定した自分のポイントを覚えていく。
「それじゃあ、さっそく行くっす」
「ピィー」「ヒヒーン」
カルディナとアテナはジャンヌから飛び出して、それぞれの手段で宙に浮かんだことを確認すると、ジャンヌは自分の《アイテムボックス》に空駕籠をしまい込んだ。
「ピューィーユィィ」
「ヒヒーーン」
「カル姉たちも気を付けてっす!」
お互いの健闘を祈りつつ、カルディナの指定したポイント──ジャンヌは城正面、アテナは城背面へ。そしてカルディナは航空戦力の無力化と、必要ならば先の二人の補助をすべく、ちょうどいい高さまで降下していったのだった。
ジャンヌはまず魔法補正のかかる鉈を両手に持って城正面、そこにいる人間たちを風魔法で吹き飛ばして着地するためのスペースをつくる。
それから《分霊:巨腕震撃》を発動させて、ハルバートを持たせながら波動の力を込めていく。
そして誰もいなくなった城門の真上に、分霊の巨腕に持たせたハルバートを叩き付けた。
すると触れた端から粉微塵になり、大きな城門は消失。それと同時にジャンヌが地面を態と踏みつけるように着地したため、轟音と共に広範囲にわたり大地がめくれあがって、美しい庭園は見るも無残な光景へと変化した。
そこでようやくカルディナの解魔法を察知して、城門辺りに駆けつけて来ていた兵士たちが、強大な威圧感を放つ竜を視認した。
「な、なんだアレは!?」
「りゅ、りゅりゅりゅ竜が何故こんな所に!?」
「あはははーこれは夢だー。早く起きろ自分ー」
「ぎゃああああああああ」
などなど。驚く者、混乱する者、現実逃避する者、怯える者。様々な感情が入り混じったパニックとなり、その場は混沌の坩堝と化した。
そんな所でさらにジャンヌは分霊の巨腕を振り回して、城壁も粉塵に変えてしまう。
そのゴミ屑のように消失している壁がどれだけ頑丈なのかは、そこを守っていた兵士たちが一番よく知っている。
なのでジャンヌのただ遊ぶように振り回している一撃一撃が、自分たちには必死の威力を帯びているのだと瞬時に悟った。
「我々では止められないっ! 直ぐに選抜隊をここに呼んで来い!」
「はっ!!」
その中で一番階級の高いリューシテンの紋が刻印された鎧を着たドワーフの男が、領主が保身のために集めた虎の子達を呼ぶように部下に命令した。
命じられた部下もあんなのに突撃するのは御免だと、急いで城の中へとかけこんでいった。
「皆の者! 倒そうなどと考える必要は無い! 応援が来るまで、時間を稼げばいいだけなのだ!」
その掛け声に応えてくれたのは、この場にいる兵の三分の一にも満たなかった。
残りは恐怖で固まっている者や、時間稼ぎなど出来るわけないと逆切れしたり、城外に逃げようとする者ばかりである。
けれどここを任されている鎧を着た隊長──オトマールは、責めようとは思えなかった。
なにせアレに立ち向かえという事は、死ねと言っているのと同じようなものだからだ。
「これだけ残っただけでも御の字だ……。──行くぞっ、我に続けーーーー!」
先陣を切って槌を掲げて勇猛に突き進む隊長に心打たれ、部下たちも「おおおおおおっ!」と雄たけびを上げながら続き、武器や杖を構えて走っていく。
──が。
「ヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」
ジャンヌが威嚇のために大きく嘶くと、勝手に体が竦んで立ち止まってしまった。
さらに──オマケだと言わんばかりに《竜力収束砲》が放たれて、先頭の隊長の手前に大穴を穿って見せた。
その穴は底が見えず、もし当たっていたらどうなっていただろうかと想像してしまい、この場にいた誰しもが声すら上げられずに静まり返ってしまった。
「ヒヒーーン!」
静寂を壊すようにさらにジャンヌが嘶くと、威圧感が少しだけ減って動けるようになった。
「──────────総員てったーーーーーーい!
無理無理無理無理無理無理、絶対無理だーーーー!
誰だよ時間稼ぎしようなんて言った奴は!」
「ええっ!? それを言ったのは隊長じゃないですかー!」
「そんなの知るかああああああ」
「えぇ……」
動けるようになった途端、今度もまたオトマールが先陣を切って逃げ出した。
その姿についてきた勇敢な部下たちも目を丸くしたが、自分たちの足も本能に従って隊長について行っているのだから強くは言えなかった。
そうして城正面には誰もいなくなり、暇になったジャンヌは美しかった庭を波動の力で砂漠に変えていく。
どうやらあの竜は人間に興味はないようだと、安堵しながら遠巻きにオトマール達は観察しつつ、いつでも逃げる準備をしておいた。
そうこうしている間にも、すっかり城正面部の光景が変わってしまい、随分と殺風景になっていく頃。
そいつらはやってきた。
「待たせたな。それで竜ってのはどいつだ」
「おおっ、竜狩りのツォマホ殿か!」
「あたいもいるぜ!」
「貴女は巨獣殺しのセジェナム殿!」
オトマールが最も期待していた選抜隊でも最強格のエドゥアール、アンドニではなかったが、筋肉隆々の蜥蜴の爬虫人の男と女は、大きな魔物を狩るのを得意としている上に、ツォマホは竜を狩った事もある。
さらに他にも、対巨大魔物に慣れた選抜隊が十人もいた。力だけでは劣っているが、この者達の経験と力が合わされば、竜の一匹くらい狩ってしまうに違いない。
そう確信したオトマールは、再び槌を手にして立ち上がった。
「私も加勢しますぞ!」
「ふっ、悪いがいらないぜ。雑魚が近くにいたら集中できねーからな」
「──なっ。くっ、そうで……ありますか」
実際に逃げ出し物陰から覗いている事しか出来なかった自分に、反論する資格は無い。オトマールは力なくその場に佇んだ。
「それじゃあ、お前ら! 相手は竜とは言え一匹だ! 俺とセジェナムが突っ込むから、フォローは任せるぜ!」
「フォローついでに狩っちまってもいいんだよなあ? ツォマホの旦那」
「くくくっ、出来るもんならやってみろよ。タンクレート 」
ドワーフの魔法使いの男──タンクレートは不敵に笑い、やってやると闘志を瞳に宿した。
それにツォマホは凶悪な笑みを返しながら、相棒のセジェナムとアイコンタクトを取って同時に突撃して行った。
「あああああああっ」「はああああああああっ」
ツォマホが《アイテムボックス》から取り出したのは、巨大な三メートルは有りそうな鎌。一方セジェナムは、二メートル半ある細長い円錐形の巨大槍。
体格に見合わない大きな得物を両手に持って、ジャンヌに突進していく。
それに続くように武術職の選抜隊メンバーも駆けていき、魔法職も魔法の準備をしながら前へと進んでいく。
「ヒヒン──」
ようやくマシな奴が出て来たかと、ジャンヌは鼻を鳴らしながら口角を上げ、軽く炎風を周囲にまき散らし始めた。
「させない」「まかせて」「止めて見せる!」
後ろに控えていた選抜隊の魔法使いの三人が、一斉に魔法を打ち放つ。
それらは風を抑え込み、土の壁を出し、水で火を消していく。
「でかした!」
まだツォマホ達は辿り着いていない。なので相手の魔法が弱ったこの瞬間が好機だと、タンクレートは管楽器のクラリネットの様な杖を出して咥えると、吹き矢の様に息を吹き付けた。
するとそこから丸い水の玉が先端から次々と射出され、ジャンヌに向かって飛んでいく。
「ヒヒン?」
なにこれー?とジャンヌが首を傾げていると、ツォマホ達がたどり着く前にその水の塊が着弾した。
すると、バーーーン!と盛大な破裂音を響かせ、爆発と同時に熱湯に変わった水がジャンヌに降りかかった。
さらに残り全ての水玉も着弾していき、爆発と熱湯の霧でジャンヌが見えなくなってしまった。
「ちっ。本当にやっちまったか」
「私の勘だと、死んじゃいないと思うよ。けどまあ、瀕死状態だろうけどね」
今のタンクレートの魔法は、水と爆発の混合魔法。
そして水の玉を射出できたのは、射撃というスキルが付与された特殊な杖のお蔭だ。
タンクレートは爆発性の水の玉を銃弾の様に杖から射出して、遠距離から爆発で魔物を仕留めるという戦い方を基本としていた。
爆発で死ななかったり躱されたとしても、熱湯が降りかかり火傷を負う。さらに連続で破裂させることで熱湯の霧を造りだし、呼吸すれば肺を中から火傷させて死に追いやるという回避困難な嫌らしい魔法だった。
この手法を取るようになってから、タンクレートは名をはせるようになったといっても過言ではない。
それだけに周りからも一目置かれていたのだ。
けれど、そんな魔法で狩れるのは所詮、二流の魔物までである。
どこからともなく風が吹き、霧を飛ばしていく。
そうなれば当然、負傷した竜が苦しんでいる姿が見られると誰もが思っていた。
けれどそこには、直撃したにも関わらず、適度な湿度でテカテカしただけのジャンヌがご機嫌に立っていた。
通常の魔物なら死んでしまう魔法でも、今のジャンヌにとっては爆発というマッサージ、熱湯という掛け湯をしてくれ、蒸し風呂まで用意と、さしずめ健康ランドと言ったところであろう。
その証拠に「もっとやってよー」と、尻尾を振って手をクイクイとして催促していた。
「あんなに尻尾を荒ぶらせて手招きしてやがる……。
──ふっ、かかって来いって事か。どうやら彼の竜は俺達をご所望らしい。
やはり魔法使いなど、あの程度という事か!」
「そうだね、ツォマホ! あたい達で決めるよ!」
「おうっ」
「ヒヒーン……」
「えー。なんであんた達がくるのー」と残念そうに項垂れながら、先ほどの愉快な魔法を使って和ませてくれた人間に目を凝らした。
すると何故か四つん這いになって、地面に向かって咽び泣いていた。
「なんでー???」とジャンヌは心底残念そうにしながら、今度竜郎にやって貰おうと気持ちを切り替え、突撃してくる二人の爬虫人に意識を向けた。
身の丈以上の三メートル級の大鎌。妹の使用しているものより大きいソレに、ジャンヌは興味を惹かれた。
さてどんな面白芸を見せてくれるのかと待ち構えていると、深紅の気力が溢れ出し、柄の頭部分から鰐の尾の形状をした物がズルズルと出てきた。
その尻尾の先端を無造作にツォマホが握ると、腰をひねって大きく後ろに大鎌ごとしならせる。
そして横投げの投球をするかの如く、腕を思い切り振り切った。
すると十メートル以上離れた場所にいるジャンヌの首に向かって、強力な横向きの鎌の一撃が迫ってきていた。
これは柄頭から鰐の尻尾の気獣技を使い、尾の威力+自身の筋力+遠心力も加わった、ツォマホ最強の一撃必殺技であった。
これで以前に野生の下級竜の首を狩り取った事があるほどだ。
そしてセジェナム。こちらは大槍から黄色い気力を噴出させて、大きな大きな虎牙を二本。先端から縦に、クワガタの角の様な形で顕現させた。
そこから槍の派生スキル《溜め突き》も併用し、一足飛びにジャンヌを射程範囲に入れると、手加減なしの自身最強の突きを放った。
これは槍の先端に飛び出した虎牙二本を相手に突き刺し、さらにそこから牙を動かして食い込ませて死に至らしめる技。
これで以前に、十五メートル級の魔物の腹を食い破った事があるほどだ。
そんな二人の渾身の一撃。レベル8ダンジョンまでの通常魔物なら、文字通り一撃必殺の威力をどちらも兼ね備えている。
ジャンヌは面白いとばかりに片手ずつで、その二つを受け止めてみることにした。
「──ぬなっ!?」「……えっ?」
波動の力を帯びた手の平にぶち当たった大鎌と大槍は、その瞬間触れた箇所が粉々に壊れてしまった。
何が起こったのかまるで解らずに、二人は手元に残った大きさが元の三分の一もない物体を、ただただ見つめるしかできなかった。
けれどジャンヌはと言えば、ここ最近雑魚ばかりで久しく味わう事がなかった攻撃によって、受け止めた手の平がじんと程よい感触を感じていた。
「ヒヒーーン」
「「──ひっ」」
良い一撃のお礼をしなければと、ジャンヌも両の拳を握りしめ、片肘を引いて一歩前に出た。
ツォマホとセジェナムは、恐怖で使い物にならなくなった武器をその場に落とし、背を向けて全力で逃げ出した。
ジャンヌが本気になっていないせいで、半端な威圧しか周囲に振りまいていなかったのもあり、相手の力量を完全に計り損ねたのだ。
けれど先の一撃で、自分達とジャンヌの間には天と地ほども実力の差が開いていると理解して、殺されると思ったようだ。
だが今回は殺しちゃだめだと竜郎から言われているので、そんなつもりは微塵もない。
なので波動の力を使うのをやめて、ただの拳骨を浴びせる為に両足で地面を蹴って逃げる二人のいる場所まで跳躍した。
「ヒヒーーン!」
「──ごべっ」「──ぎゃっ」
逃げる二人にあっと言う間に追いつくと、頭上からただの拳骨パンチを浴びせる。
すると二人は潰された蛙の様な声を発しながら、地面にめり込んで動かなくなった。
「やっばーい! 死んじゃったかもー!?」と、ジャンヌは慌てて顔を近づけて生死を確認すると、全身の骨は無事ではないが、ちゃんと呼吸はしていたのでほっとした。
「ヒヒーン」
「手加減ってむずかしー」とぼやきながら、周りを睥睨する。
すると後ろに控えていた魔法使いや、ツォマホ達に続こうとしていた武術家たちも、全員が杖や武器を捨ててその場で涙を流していた。
どうやら安否を確かめるために顔を近づけた行為を、食べるのだと勘違いしたらしい。そのために自分達はここで竜に食べられて死ぬのだと、絶望を味わっていた。
そんな歯ごたえのない人間たちに、ジャンヌはため息を一つ吐くと、とりあえず全員を無力化するために動きを再開し、その場にいる人間すべてに拳骨を浴びせて地面に埋めていくのであった。
次回、第301話は8月16日(水)更新です。




