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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
第六章 喧嘩上等編

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第299話 獅子纏の刃

 竜郎からの念話に応えた後、愛衣とアンドニは互いの刃を手にぶつかり合った。

 愛衣の十八枚の爪で構成された分厚い刃を、上段からアンドニに振りぬく。

 やはりこのスピードについていけていないアンドニだったが、最初よりも慣れたのか、体に触れさせることも無く、自分と愛衣の刃の間に獅子纏ししてんの刃を差し入れ弾いて見せた。



「あははっ。私の気獣技が欠けてるっ! すっごーい! 初めて見たー!!」

「欠けただけだと!? ありえんっ──だが…だとするなら……」



 十八枚の爪全てを切り裂くつもりであったのに、出来たのは刃先を数センチ抉っただけ。

 『纏』も気獣技の内ではあるが、普通の気獣技では太刀打ちできない一段上の技。だというのに纏に抗える気獣技を、愛衣は出していた。

 それは即ち、そもそもの気獣技としての質の差が出ているという事に他ならない。



(俺に何故ここに来るようにと天啓を授けたのかと思っていたが、もしやこの小娘に纏を見せる為だったのか!?)



 纏が出来るほどの気力操作技術を持っているアンドニは、自分が引き出せる最大の威力を気獣技に込める事が出来る。

 だが愛衣は気力操作技術がアンドニに劣る事も無く、見事な気獣技を顕現しているとはいえ、一段上の技に抗って見せた。

 このことから導き出されるのは、自分の持っている初期スキル《剣神の御使い》より上位のスキルを持っているという事になるとアンドニは悟った。


 そもそも《○○の御使い》は、位で言うのなら神である気獣の方が上。なので気獣技で全てを貸してはくれるが、それは貸してやっているという状態だ。

 けれどもしこれが御使いではなく直接《○神》──ここで言うのなら《剣神》というスキルならば、少なくとも其々(それぞれ)武神から分割されたスキルを司る神たる気獣と同格、と看做みなされる。

 そうなれば貸してやっているではなく、同士に力を貸しているという一段上の状態になってくる。



(だとすれば、この小娘が持つのは《剣神》ということなのか……?)



 一段上の状態になれば、気獣技の質もそれに伴い向上する。であるのなら、今のこの状態も頷けた。


 ちなみに。位についてもう少し詳しく説明をすると、

 《剣神の御使い》<《剣神》=《武神の御使い》<《武神》

 となっているので、実は愛衣の方がアンドニよりも二段上だったりする。

 また《剣神》=《武神の御使い》なのは、武神の御使いは気獣も同じだからである。

 ただ総合的にスキルの強さだけで言えば、《剣神》<《武神の御使い》となるだろう。



(まさか《剣神》などという、伝説級のスキルを賜れた人間がいるとは思いもよらなかった……。

 気力操作技術も天才的に上手いし、このままでは本当に『纏』を会得してしまうかもしれんぞ)



 自分よりも上のスキル持ちで、気力操作技術まで数十年努力して手に入れた自分にポっと出の少女が匹敵していると言う事実に、アンドニは天才だと思っていた自分が途端に凡人に思えた。

 実際の所は、今や愛衣の気力操作は魔力頭脳が最適な状態になるように演算して調整してくれている結果なだけである。

 素の愛衣ならばスキルの《器用》を使っても、気力の操作はアンドニには遠く及ばない。

 なので十分にアンドニも天才の領域ではあるのだが、それに気づくことはこの先もないであろう。



(だがそうなると流石に不味いっ。この剣は失うわけにはいかんのだぞっ)



 勝てると思ったから乗った賭けだった。だからこそ、大切な剣をホイホイ賭けられたのだ。いくら何でも完璧な技術で造られた紅鬼石の剣など、もう一度手に入れようと思えば、この国ではとんでもない労力を要求されてしまうのだから。



(今はまだギリギリ、俺の纏が勝っている。なら──一気に決めるしかない!)



 そうしてアンドニは、全身全霊で以って少女に相対する事にした。


 片や愛衣の方はと言えば、これまで全てを切り裂いてきた気獣の爪が初めて欠けた事にひどく感心していた。

 それと同時に欠けた爪を一瞬で修復して見せた。

 それから前を向けば、余裕という文字を全て捨て去り、殺気すら覚える気迫を放つアンドニが目に入った。

 その姿に、流石にこのまま舐めてかかれば痛い目に遭うのは自分かもしれないと、こちらも全身全霊で戦闘に挑むことにした。



「なんだ……?」

「ぽいぽいっ、ん~~と、これもっと」



 本気のぶつかり合いが始まる──と思っていた矢先に、愛衣は《アイテムボックス》から今の自分の全力に耐えられる装備だけを地面に広げていく。

 槍の天装、ユスティーナ。扇の天装、幻想花リーナモルテ。ハンマーの天装、カチカチ君。それらを全て弓の天装、軍荼利明王のロボットアームを伸ばして掴ませた。

 後は宝石剣と自身の体以外、愛衣の全力に耐えられないのでこれだけにとどめておく。



「それじゃあ、これもお願い」

「剣を手放すだと? いったい何をして──まさかっ」



 槍に扇、槌を持ち出し、しまいには大事な得物である宝石剣まで弓から飛び出した手に持たせてしまう。

 ここまでなら、おかしくなったのかと眉を顰めただけで済ませただろう。

 けれど無手となった少女の体に、白と黒のモノトーンの鱗を纏い、左拳に黒い、右拳に白い竜の頭を浮かばせた気力の塊を浮かばせた辺りで、自分の考えがまだ浅かった事に気が付いた。

 三又の槍に、紺色の皮に赤い花の刺繍が施された扇、柄が短く打撃部分が大きなハンマー、弓に番えた気力の矢。それら全てに気獣技を発動させたのだ。



「剣ではなく武の方かっ!!」



 剣神系のスキルは剣術にしか効果を与えない。だが愛衣は槍には虎の三本の黄牙、扇には魚の桃鱗、槌には象の茶足を宿し、さらに矢には鳥の青翼まで顕現している。

 そんな者は、武神に連なるスキルでもない限り有りえはしないだろう。

 ますます危険度を増した愛衣に短期決戦を望むべく、アンドニは獅子纏の刃を両手持ちで突きの構えを取り、そのまま一足飛びに飛び込んできた。



「つぁあああああああああっ!」

「──ふっ、ほっ、ちょいやっ。てりゃあああっ!」



 常人には瞬間移動としか見えない程の速さで愛衣の目の前にやってくると、これまた目にもとまらぬ速さでアンドニは連続突きを放ってきた。

 けれどそれを受ける事もしないで足捌あしさばきだけで躱しながら、軍荼利明王に持たせた象の足の形をした茶色い気力を纏ったカチカチ君を振り落した。

 けれど向こうは体を無理やり捻って躱すと、四度目の突きを愛衣に放ってから横に薙いでカチカチ君を切り裂こうとした。

 けれど刃がカチカチ君に届く寸前に鳥の翼を生やした矢が、牙を生やした三又の槍が迫って来たので後ろに下がって難を逃れた。

 愛衣の手数が多すぎて、一本の刃では対応しきれなかったからだ。



「──ぬあっ!?」



 ほんの少し愛衣から気をそらした隙に肉薄され、気が付いた時には右頬に拳が触れていた。

 けれど自分ごと顔を横回転させて勢いを殺しながら、そのまま刃を愛衣の左胴に振ってのけた。

 その切っ先は見事愛衣の腹を切り裂いた──はずだったのだが、霧散して消えてしまった。



「残念。分身でしたー!」

「──がっ」



 いったい何時いつ? そんな疑問だけが頭をよぎる中、白竜と黒龍の気力を纏った両の手の掌底により、アンドニは背中を思い切り殴られ床にめり込んだ。

 愛衣はそれに追い打ちをかけるように、カチカチ君を振り上げ、象の足を叩き付けんとした。

 けれどかなりのダメージを負いながらも、剣の柄をガンと地面に打ち付けて横に回転しながら転がり逃げた──が。



「なんだっ!?」



 床を踏み抜いた象の足から周囲を凍りつかせていき、横に転がるアンドニを氷で貼り付けにして身動きを止めてしまった。

 なのでアンドニは、斬りたいものだけを斬れる刃で自分ごと切り裂いた。

 すると体や鎧だけは通り抜けて、床にくっつけている氷だけを斬って愛衣から距離を取り直した。



「くそっ。刃が当てられんぞっ!」

「ほんとに切りたいものだけを選べるんだ。まさに斬撃の極致って感じ──ん?」

「なんだ?」



 愛衣が不意にアンドニから意識をそらしたかと思えば、頭を下に向けた。その瞬間、天井に光り輝く業火と轟雷が吹き荒れた。

 その眩しさに愛衣と同じように目を下に伏せ、収まった頃に上を見上げた。



「天井が消えた……だと。一体何が…………人が飛んでいる……?

 あいつがやったのか? エ、エドゥアールは何をしているんだ……?」

「人の心配をしてる余裕があるのかな?」

「……うるせぇな」



 確かに他人の事は言えないと、痛む背中を我慢しながら突きの構えを取り直した。

 だがそれと同時に愛衣は宝石剣を軍荼利明王から受けとって、正眼に構えた。



(そろそろ出来る様な気がするんだよねー)



 愛衣はこれまでにアンドニの纏の刃を直接受けてみて、あらゆる角度から観察してみて、大よその概要を掴んだ気がした。

 本来ならそんな事ではまだ技術がまったく足りないのだが、宝石剣には優秀な演算装置が搭載されている。

 なので愛衣は、何となくこんな感じだ。というイメージを意識しながら、宝石剣に気力を注いでいく。



「──させるかっ!」



 愛衣が何かを掴んだのだと察したアンドニは、待っている義理も無いので獅子纏の切っ先を真っすぐ向けながら突撃してきた。



「もー、こういう時は待っていてくれるのが定番でしょ!

 バトル漫画を読めってんのよ」

「待つわけないだろうがっ!」



 せっかく出来かけたイメージが霧散しそうになるのを何とか押し止めながら、愛衣は足捌きだけで突きを躱していく。

 そして右手一本に宝石剣を持ちながら、扇の天装──幻想花を軍荼利明王から左手に渡して貰った。



「ていていっ」

「なんのっ」



 幻想花の基本能力は振った方向とは全く違う方向に、扇の斬撃を飛ばす事が出来るというもの。

 だがこれは振った方向ではなく、扇から放たれる瞬間の斬撃の向きだけを気にしていれば対処は出来る。

 このレベルの相手には子供だまし程度にしか使えない。


 なので愛衣は宝石剣に流し込む気力は維持しつつも、さらに多くの気力を幻想花に注ぎ込んでいく。

 するとそこから、甘い香りのする白い煙が漂い始めた。怪しげな煙を吸うのに抵抗はあったが、近距離で戦っているので防ぐ術も無く呼吸と共に煙を体内に取り込んでいくアンドニ。



「な……ナんダぁ……。からダがフわふワシてきらァ……」

「私の気力を造り変えて、そうなってるらしくてね。

 それが抜ければ後遺症はないし、依存症にもならないみたいだから安心してね」



 煙を吸い込むにつれて徐々に頭に靄がかかっていき、酩酊状態の時の様に体が上手く動かなくなり、幸せな感情が湧き上がってきて口角が自然と上がっていく。

 そして遂には、いるはずのない人間が見えてきて、可笑しくてたまらなくなりゲラゲラと涎をまき散らしながら笑い始めてしまった。



「ぎゃははハハッ、へかっ、そンアときョーでなにょオをっひょペけふぁ。がぎゃハハはバふぁびゃびゃはっ」

「ほ、本当に大丈夫だよね……リアちゃん……」



 リアの《万象解識眼》によって新たに解った幻想花の能力なのだが、これに大量の気力を流し込むことで、その刺繍された花──扇の名称になっている実際の幻想花リーナモルテが持つ薬物作用を、気力の煙を吸った生物に起こさせるというものである。

 この特殊効果は生物的に薬物に強いのか、魔物相手には効き目が薄い。なので、対人間の時に一番効果を発揮する。

 けれど気力で起こした幻の様な効果なので、実際の幻想花リーナモルテを使った物と違って、抜ければ完全に元に戻れるとリアが言っていた……のだが、想像以上に人間に対する効果が激しく、本当に戻るのか今すぐにでもリアに聞きたくなってしまう。

 と。そんな風にオロオロしていると、愛衣とアンドニの脇をすり抜けてエドゥアールが扉に向かってすっ飛んで行くのが見えた。

 そして出入り口をぶち壊し、瀕死状態で気絶していたのが見えた。



「たつろーの方は、もう終わっちゃったみたいだね。んじゃあ、私も早く終わらせないと。

 ────────はっ」



 乱れた心を一度落ち着かせて、ラリッたアンドニを放置して宝石剣以外の全部をしまいこむ。

 そして宝石剣の柄を両手で握りしめて、胸の前に掲げた。

 気獣技がすぐに発動し、赤い獅子の全身が剣に浮かび上がった。



(こう……ぴたーって感じで、ピシーってお願い!)



 言葉にできるほど理解が進んでいない状態で、イメージだけを魔力頭脳に渡していく。

 魔力頭脳はトライアンドエラーを一秒の間だけでも数百回繰り返し、ようやく愛衣の朧げな思考を完全に捉えてみせた。



「──できた!」



 愛衣が宝石剣を見つめれば、赤い気力の膜が張られ、剣腹部分には獅子の赤い紋が刻み込まれていた。

 そしてそれは確かに、斬るという行為を掌握したのだと本能で愛衣は理解できた。



「こんな感じなんだ……すごいなぁ」



 何でも斬れるという万能感を、この宝石剣からヒシヒシと感じる。

 それは確かに気獣技という概念を超えた、その先にある物だと今なら心から解る。



「じゃあ、いくよ。その状態なら麻酔にかかったみたいに痛くもないみたいだから、遠慮はしないからね」



 愛衣は宝石剣を横に構えて、涎を垂らしながら床に座り込んで笑い叫んでいるアンドニの前に立ちはだかった。

 そして宝石剣をアンドニの右肩のすぐ下辺りから、胸を通り左肩下へ抜けるように横切りにふるった。

 これまでなら、そんな事をすれば肩から上が横一文字に切断されて、アンドニは二つの肉塊になっていただろう。

 けれど今回愛衣が斬ったのは、両上腕の筋肉と骨のみ。後は血管の一本たりとも傷をつけることなく、腕だけを使いものにならなくさせた。

 アンドニを見れば幻想花の影響で痛みを感じることもなく、動かなくなった両腕をだらりと垂れ下げながら今もなお笑い叫んでいた。



「うう……なんか怖いよぉ。たつろーーーーヘルプミーーーー!」

「どうしたー?」



 そうしてアンドニは、やってきた竜郎の生魔法によって幻想花の効果を取り除いてもらった。けれどその結果、今度は激痛に転げまわる羽目になったのは言うまでもないのであった。

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