第298話 エドゥアール戦決着
常識も常道も全て無視したレーザー攻撃に、エルフのエドゥアールは笑うしかない。
「ははっ。なんだこれは……。アイツは本当に人間か……? 化物じゃないか…………」
高出力を維持しながら生成、制御を同時にこなして細かな操作を全本同時。それでも二、三本程度なら同じ様な芸当ができる人物に、エドゥアールにも心当たりは有る。
けれどそれを二十六本同時になど、どうすれば出来るのか見当もつかない。
勿論、竜郎とて何の補助もなしにこんな芸当はできない。本気で頑張っても四、五本が限界だっただろう。
だがそこへ魔力頭脳に天照、杖の本来の補助効果が加わることで初めて出来る御業だった。
けれどそんな事を知らないのだから、エドゥアールの反応も無理はない。
まさか杖の差だけ取っても自分でペダルをこがなければ進まない自転車と、アクセルを踏めば軽く百キロを越せる自動車程の違いがあるなど誰が予想できよう。
『愛衣。そっちは一人でも大丈夫か?』
『うん。なんか面白い事になってきたから、もうちょっと一人でやらせてー』
『面白い事? なんだかよく解らないが、了解した』
戦闘中でも愛衣を気にかけていたので、大丈夫そうなのは解っていたが念のために聞いただけだった。
だが何やら戦闘で面白い事を相手がしだしたので、それをもう少し観ておきたいらしい。
であるのなら、竜郎は目の前の男がそれを邪魔できない様にとっとと倒して、集中できる場を整えようと思い至った。
「気もそぞろと言った感じだが、そのままならこれで終わりだ」
「──っ」
月読に頼んで巨大な九本の触手で、エドゥアールを打ち付けようとした。
けれどそこは長命なエルフ。長年培ってきた戦闘の勘が反射的に働き、即座に硬皮を持つ植物の壁を出して見事防いで見せた。
「さすがに雑魚ではないか」
「今のは水魔法か? それに先ほどの魔法は光と火? 周りに感じる魔力は解魔法?
一体何種の魔法を持っているんだ……──はあっ!!」
相手が異質だと完全に認識したエドゥアールは、どこまで食らいつけるのか逆に試してみたくなった。
そしてただ呆けて子供に負けることは、彼のプライドが許さなかった。
《アイテムボックス》から次々と種をばら撒き芽吹かせていくと、数千にも届くほどの棘のついた植物の蔦が竜郎に向かって三百六十度全てから包囲するように迫ってきた。
「触られたら痛そうだな──ふっ」
その蔦は一本一本が強靭なワイヤーに匹敵し、魔法に強く火にも耐性のある、まさに対火魔法使い用に用いる植物だった。
──しかし、それが届く前に天照がコアの埋まった部分の傘骨を《竜念動》で切り離してワイヤーで繋がった状態で伸ばし、巨大傘の様に高熱の光の膜を張って自らを覆った。
すると火魔法に強いはずだった蔦は触れた瞬間、炭となって崩れていった。
さらに焦れた箇所から火が伝っていき、あっという間に全焼して焦げた臭いだけが広がっていた。
まるで虫でも払うように容易く退けた光景に、大規模な魔力の消失と傷心でエドゥアールは足が崩れそうになった。
「それじゃあ、今度はこちらからやらせて貰おうか。……天井が邪魔だな」
だが竜郎は待ってはくれない。
ワイヤーで繋がった状態で浮かせた傘骨を元に戻すと、今度は天井に向けて天照を構えた。
自分ではなく何もない天井に杖を向ける竜郎に、何をする気だとエドゥアールはつられて上に視線を向けた。
その瞬間、目も眩むほどの光が天井一杯に埋め尽くされた。
それは竜郎の有り余る竜力を使った、火と雷と光が混ざった極大の《竜の息吹き》。
触れる者全てを蒸発させるその息吹は、謁見の間の広い天井全てを焼き払い、それどころかこの部屋の壁を伝って下りていき、あっという間に壁は一メートルの高さで、屋根のない吹きさらしの室内へと変貌を遂げてしまった。
その光景に竜郎を知っている者以外は、皆口を開けて暗く染まり夜になっていた空を見上げた。
さらにその開いた闇夜に、竜郎は月読に翼を広げてもらい躍り出た。
「いくぞっ」
竜郎は杖を構え下にいるエドゥアールに向けた。それに先ほどの息吹きが自分に来るのかと顔を青くしながらも、エドゥアールは全力で自分の持てる限りの防御に使える植物の種を周囲にばら撒いて芽吹かせ、竜郎の魔法が完成する前に並みの者なら一生かかっても崩せない程の防御陣を敷いて見せた。
それに対して竜郎は、何か赤い小石の様な物を杖の先から植物の盾にポトポト落としていった。
コツコツと硬質な樹皮に当たる音が鳴り響き、苛烈な攻撃が来ないことにエドゥアールは首を傾げたが、直ぐにそれが何か理解した。
「これは──寄生植物か!? この私に樹魔法で挑むとは、舐められたものだっ!」
赤い小石はレベル10ダンジョンで採取した特殊な種子。
それは種の殻を破ると緑色のミミズのようなフニャフニャの茎が飛び出して、吸盤が大量に着いた葉を他種の植物に張り付かせて養分を吸い取り、寄生することで成長していく植物。
竜郎はエドゥアールの心を打ち砕くには、相手の一番得意な分野で破る事だと考えた。矜持が高そうな印象も抱いたし、その効果は一入だろう。
そこでこの寄生植物を闇魔法で歪めて、枯らすギリギリで生かすはずの寄生を枯れ果てるまで無限に養分を吸い取る植物へと変異させた。
その効果は抜群で、樹魔法を主とした魔法使いの中ではこの世界でも一番──とまでは言わないが、五本の指には入るだろうと思っていた──それだけ自信のあったエドゥアールの魔法が、同じ樹に部類する魔法で食い荒らされはじめていた。
「うそだ……。こんな──ありえない……。
あれだけ他の属性を使っておきながら、樹魔法もだと──ふざけるなっ!!」
「最初の余裕はどうしたよ。気張らないと、直ぐに守る盾が無くなるぞ」
「──っ」
枯れさせない様にと樹魔法の魔力を注ぎ続けることに集中していたせいで、真後ろに降り立って横穴を穿ってやって来ていた少年に気が付く事が出来なかった。
よく見れば水の巨腕を右手に巻きつけ、それを振りかぶっていた。
「リアを連れて行ったのはお前だな」
「そうだ」
「お前はなんであんな領主に与している?」
これほどの実力者なら、何処へ行っても引く手数多であっただろう。
そんな男が何故、愚領主の臣に甘んじているのか不思議でならなかった。
もしこれで人質を取られ与するしかない状況であったのなら、このまま殴り飛ばすのは可哀そうかもしれないと竜郎は思ったのだ。
けれど、彼がこの場で語った理由は単純な事だった。
「……金だよ。ここが一番私に高い値を付けた」
「それだけ? 本当にそんな事なのか?」
「ああ。私にとっては、それが何よりも魅力的だったというだけだ」
「そうか。なら、こっちも遠慮はしないでいい──なっ」
「がっ──」
その真偽は解らないが、今ここで語った言葉が真実で良い。
竜郎は遠慮と情けを捨て去って、振り上げた水の巨腕を前へと突き出した。
水の巨腕はセコム君のスライムで出来ており、その中に氷の骨を入れて本当に巨人にでも殴られたかのようにエドゥアールは横にすっ飛んでいく。
そのまま愛衣とアンドニの横をすり抜けて、エドゥアールは出入り口をぶち破って外へと転がり出ていき意識を失った。
解魔法で生死を念のために調べてみるが、体中のあちこちの骨が折れているだけで、呼吸は安定していた。
『こっちは終わったぞー』
『こっちももうそろそろおわりー』
『了解』
そうして竜郎は観戦するために、この場に残った枯れ果てた植物を燃やして消し去り、再び空へと舞い上がったのであった。
時は竜郎がまだエドゥアールと戦っている最中。
愛衣はアンドニと剣術の気獣技の当て合いをしていた。
「いけーアカちゃんきっく!」
「足もかっ──ならこっちも」
剣から赤い獅子の後ろ足が二本飛び出して、アンドニに蹴りを食らわせようとした。
けれどそれに合わせてアンドニもそっくりそのまま、鏡映しの様に激突させた。
「これはさすがに出来ないだろ!」
「ぶぶーできまーす」
こうなったらとアンドニは獅子の全体像を剣から溢れる気力で形作り、それを愛衣にぶつけようとする。
けれど、そっくりそのまま獅子全部の部位を使った攻撃で対消滅どころか、押し負けて追加で斬撃を放つ羽目に陥っていた。
「はあっ!? 何で──まさか……お前も、そうなのか……?」
「お前もって、どーゆーこと?」
「いくら何でも、その若さで全部位を許されるなど有りえない!
となれば答えはただ一つ。俺と同じスキル、《剣神の御使い》持ちだろ!」
「は? 検診の御使い? なにそれ? 医療系か何か?」
「それだけ見せておいて、とぼけるとはな。まあ、いい。ならこれは出来るかな?」
「ほうほう、なんじゃいな?」
魔力頭脳を搭載したことで、一瞬で全部位構築が出来たことにテンションが上がっていた愛衣。
そんな時にアンドニはさらに──全体像を顕現させる以上の事をしようとし始めた。
それに何が起こるのかと、愛衣は興味津々に見守った。
その所作にさすがにこれは知らなかったかと内心ホッとしながら、赤い気力を剣全体から湧き出させて、獅子の全体を形どらせた。
なんださっきと一緒じゃん。と、愛衣の興味が薄れ始めた瞬間、アンドニは両手で柄を持って正眼に構えたまま集中し始めた。
「はあああああああああああああっ!」
「おお?」
剣から立体映像の様に飛び出していた赤い獅子の体が収縮していき、最終的に気獣技でも何でもない、ただ気力を纏っただけの時と同様の状態に落ち着いてしまった。
けれど違う点が二つあった。一つ目は気力視が無くても見える、可視化された赤い気力で覆われているという事。
そして二つ目は剣の腹の中央に、獅子の顔をモチーフにした他よりも深い色の赤い気力で描かれた柄が刻み込まれていた。
「……それは気獣技?」
「ある意味ではそうだ。これは気獣技の最終到達点で、『纏』という。
普通の気獣技を奥義と呼ぶ者もいるが、それで言うのならこれは極技。
ただ最低条件が気獣に全ての部位の使用を許されている事という技術だから、存在すら知らない奴がほとんどだろう」
「へー。それでその『てん』ってのは、普通の気力を纏わせた時と何が違うの?
込められた気力がもの凄く多そうってのは解るけど」
見た目は赤い気力を纏っただけで、爪やら牙やらの形をしていた時の方が強そうに思えた。
それは愛衣でなくても、気獣技を使える存在なら誰しもが抱きそうな疑問であった。
「これは斬るという行為を完全に支配した状態でな。
今この剣は斬りたいと思えば刃でなくても斬る事が出来るし、斬りたくなければ、刃を当てても何も斬らずに透過させることすらできる。
威力は全部位を同時に当てた時と同等から、ただの当身まで自由自在。
そして──これはただの気獣技では破れんぞ」
アンドニはそう言って赤い気力を纏った赤い刃を横に薙ぐと、改めて愛衣に切っ先を向けてきた。
けれど愛衣は恐がるどころか、嬉々としてその新しい技に目を輝かせていた。
「面白そうな技だね! 最低条件が全部位が使えるって事だったら、私にも出来るんだよね?」
「確かに条件は満たしているな。だがこれは、ただ剣に気力を張り付ければいいと言うわけではない。ただ圧縮すればいいと言うわけでもない。概念はそのままに武器に定着させる必要がある。
それだけ聞けば易く聞こえるかもしれないが、実際やってみると難い事この上ない。
神童ともてはやされて休むことなく、驕ることなく鍛錬を続けた俺だからこそ、ようやく三十を過ぎた頃に習得できたのだ。
お前の様な小娘に、おいそれとやられてたまるものか」
「うーん。そんなに難しいのかぁ。でももうちょっと観れれば出来そうな気がするんだけどなぁ」
気獣を纏うという事の難しさがまったく伝わっていないと思ったアンドニは、鼻で笑って足にグッと力を込めた。
「殺しはしないが、怪我はさせちまうかもしれねえ。先に謝っておくぜ」
「ふーん、大した自信だーね」
愛衣はとりあえずもう少し観察してみようと、魔力頭脳を搭載した宝石剣に十八本の爪を束ねた分厚い刃を構えて睨み合うのであった。




