第296話 開戦の狼煙
竜郎達と別れた奈々は、早くリアを確保しようと早足で右上を目指して進みはじめた。
しかし一番手前の階段を、直ぐに登ってしまったのが悪かった。
(また行き止まりですの)
どうやら侵入者対策なのか、階段ごとに行ける階、行ける部屋が違うようで、正解を選ばない限り目的の部屋には行けない造りとなっていた。
(めんどくさい城ですの!)
すぐ手前の階段は真逆の方角の四階にしか行けない、一階にあるものの中では一番選んだら時間がかかる箇所だった。
なのですぐさま戻って別の道へと向かっていき、正解ルートを当てるのに城中を駆け回る羽目となった。
ただ籤運が強いのか、数回のミスで何とか方角を見失う事も無く目的の三階右隅から四番目の部屋の前までたどり着いた。
これをもし竜郎が魔法無しでチャレンジしていたのなら、数時間は彷徨っていたかもしれない……。
(ようやく着きましたの。まったく、設計士が目の前にいたらブッ飛ばしたい気分ですの)
拳を震わせ、やり場の無い怒りを抑えながら部屋の前に立っている見張りの男に睨みを利かせ、ズカズカと歩み寄っていく。
すると言い知れぬ悪寒を感じた見張りの男は、ブルリと体を震わせ首を傾げた。
その瞬間、一気に近づいた奈々に理不尽な怒りの籠ったパンチを腹部に浴びせられ、鎧は小さな拳の跡が刻まれ、突然の衝撃で意識を失ったところで床にゆっくりと寝かせられた。
(ふぅ。ちょっとスッキリしたですの。後は、この中にいるリアを確保するだけですの)
ドアノブに手を伸ばして中に入ろうとするも、やはり鍵がかけられていた。
なので先ほど気絶させた男をボディチェックすると、ズボンのポケットに入った鍵を発見。
奈々はそれを拝借して、扉のカギ穴に差し込み右に回した。
するとカチャリと音がして、開錠を知らせてくれた。
「パスカルさん。何かあったのですか?」
鍵が開いた音は当然中にも響き渡る。けれど鍵を持っているはずの、見張りの男が入ってくる様子もない。
それを不審に思ったメイドの獣人マリサが、様子を伺うために扉を開けて外へ顔だけ出した。
「…………あれ? パスカルさん?」
当然そこにいるのだろうと思っていた見張り番がいない。
どういう事だと部屋から出て辺りを見渡すと、ドアの陰に隠れていた、うつぶせで倒れているパスカルを発見した。
「シアンさん! 扉を閉め──」
「──っ!」
マリサの最重要任務はリアを逃がさない事。なので何をするにも、まずは扉を閉めるようにシアンに指示を出した。
だがその言葉を言い切る前に奈々に頭を掴まれ、生魔法で意識を刈り取られた。
(これで後は一人だけですの)
完全に出てきたところで意識を刈り取り、一言も中に言葉を伝えさせることなく行動するつもりだったのに、思った以上に状況判断能力が高く、もう一人の人物に警戒させてしまった。
とは言え後一人だけならなんとでもなると、奈々は意気揚々と半開きになった扉に手をかけようとした。
だがシアンが動き出す方が一歩早かった。
半開きだった扉が自動ドアの様に独りでに閉まると、物理的な鍵ではなく魔法的な鍵で緊急ロックされ再び閉ざされてしまった。
ムリだとは思ったが、奈々は物理的な鍵をさして開くかどうか確かめてみた。
けれど先ほど同様に施錠の開け閉めは出来るものの、扉を開くことは出来なかった。
一方中にいるシアンは目的もはっきり解らない為、リアを後ろに押しやってガチャガチャとノブを回す音が響く中で、雷魔法をいつでも放てるように杖を扉に向けて構えた。
「あなたのお仲間でしょうか?」
「解りませんが、多分そうだと思います」
「ここまで来るのは相当難しいはずだし、居場所も何処から漏れたのかしら……」
「さぁ」
竜郎とカルディナなら、解魔法使いに悟られる事なく城内部を探ることも出来る。
さらにここに来るとしたら、奈々かアテナだろうと察しがついていた。
そしてその二人であるのなら、今シアンが構えている死なせない様に加減した雷魔法が当たった所でダメージは通らないだろう。
(今の私じゃお荷物でしょうし、部屋の隅でのんびり待たせてもらいましょうかね)
緊迫顔のシアンに悪いとは思いながらも、リアはのほほんとした表情でベッドに腰掛けて、出来るだけ隅で大人しくすることに決めたのだった。
「これはおとーさまの施錠魔法みたいなものの様ですの。──なら」
一通り温和な方法で開けようと試みても開きそうになかったので、奈々はあきらめて荒っぽいやり方に切り替えることにした。
「先ほどリアの人影もチラリと見えましたし、もう隠れる必要もない──。
ならもうこれはいいですの」
奈々は身に纏われた認識阻害の魔法を自らの意志で散らして、《真体化》した。
すると中にいるシアンにまで届くほどの威圧感が辺りに振りまかれた。
そして両足に狼の気獣技を纏い、左足で床を抉りながら踏ん張って、右足でドアを蹴破った──というより蹴り消した。
粉みじんと化した扉に唖然としながらも、冒険者時代に培った経験から、ほぼ反射的にシアンは扉のあった場所に立っている何者かに雷を放射した。
「邪魔──ですの」
「──なっ……」
手加減を止めて、本気で放った雷魔法。だがそれは奈々の氷魔法が乗った《ひっかく》で、虫でも払うかのように掻き消された。
そこで奈々がシアンに視線を向けると、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなった。
その時点で相手にする気が失せた奈々は、シアンを無視して後ろのベッドに腰掛けて呑気に手を振っているリアに呆れた声を上げた。
「はぁ、まったく……。リア、迎えに来ましたの」
「ありがとうございます、ナナ」
リアはピョンとベッドから飛び降りると、杖を構えたまま金縛り状態のシアンの横をすり抜け奈々と合流を果たし、お礼を口にした。
奈々が部屋の中を見れば、先ほどまで呑んでいたであろう湯気の上がったカップが目に留まり、さらにリアが腰かけていた柔らかそうな豪奢なベッド。随分と優雅な軟禁だったことを察して、奈々はガクッと気が抜けてしまった。
「もういいですの…。少し時間がかかってしまったですけど、お父様に連絡しないといけませんの………………《アイテムボックス》が使えない。
リア、どうなっていますの?」
「あー……」
「そう言う事ですの」
具体的なスキル名まで解っている事は知られたくはないので、リアは視線をシアンに送って原因を伝えた。
奈々はそれだけで何が言いたいのか察して、シアンに歩み寄っていく。
「────っ──っ」
近付くだけで重圧が増していく状況に、シアンは懸命に足を動かそうとするも指先一本に至るまで固まってしまい、自分ではどうすることもできない。
そうこうしている間にも奈々は目の前までやってきていた。
「あなた。無傷のままでいたいのなら、今すぐ《アイテムボックス》を使えるようにするですの」
「──っ」
「ナナ。もう少し威圧を抑えないと」
「威圧? ああ──これでどうですの?」
「────かはっ」
「いい感じです。慣れてない人にはキツイですからね」
イライラも乗っていたせいで三割増しになっていた威圧感を、無意識に溢れ出させていた奈々が意識して調整すると、いくらかマシになり、シアンは肺に籠っていた空気を一気に吐き出した。
「それで使えるようにするんですの? しないんですの?」
「い、今すぐに使えるようにしますっ」
使えようが使えまいが状況が変わるわけでもないと察したシアンは、直ぐにスキルを打ち切って無効領域を解いた。
そしてコクコクと頷いて、使えるようになった事を奈々に伝えた。
なので奈々は紙を《アイテムボックス》から出せるかやってみた。
するとちゃんと奈々の手に紙が現れた。
「ん。ちゃんと使えるようになったですの。
わたくしは今のうちに連絡をとりますから、リアも戦えるようにしておいた方がいいですの」
「解りました」
紙を机に置いてペンを取り出し、それでリアを無事確保したことを伝える文を書くと、直ぐにそれを竜郎へと送信してから再びシアンに向き直った。
「特にリアに危害を加えていたわけでもない様ですし、ここで逃げるなら何もしないですの。
けど逃げた後は城の中に残らない事をお勧めしますの。これから起こることに巻き込まれない様に」
「巻き込まれる……とは、いったい」
「もちろん、馬鹿領主とわたくし達の全面戦争に。ですの」
「せん……そー? ──戦争!?」
シアンは目玉がこぼれそうなほどに目を見開いて、奈々の言った意味を理解した。
なるほど確かに目の前の存在一人いれば、それは戦争レベルに発展してしまうかもしれない。
と──そう思っていた中で、以前リアが「あの人達を怒らせたら危険なんですよ! こんな城なんて軽く消し飛ばしちゃいますよ!」と言っていたセリフが脳内にフラッシュバックした。
そう確かにあの時、リアはそう言っていたのだ。あの人達と。
その瞬間全身に鳥肌が立ち、脳内では直ぐにここから離れるように警報が鳴り響いていた。
だが、怖いもの見たさというのか。元冒険者の性とでもいうのか。一体何人の超越した存在がいるのか聞いてみたくなった。
「あの……、ちなみに、あなた以外に何人の方がいるのですか?」
「何人か、ですの? まずはお父様とお母様に──」
「お父様とお母様!?」
この化物の父と母が真面なはずがない。シアンの頭の中で、凶悪な悪魔の様な姿をした二人の想像絵図が浮かび上がった。
「お姉さまが二人に、妹が一人──あっ、最近三人になったんでしたの」
「お姉さまにいもうと………………。その……その中でも一番強いのが貴女だったり?」
「んー。しいて挙げるならリアが一番弱いだけで後は状況にもよりますが、一概に誰が強いとは言い切れませんの」
目の前の化物が他にも七人待機している。その事実に、シアンは「この町はもうだめだ……」と呟くと、急速に行動を開始した。
シアンはとりあえず入れられるだけ部屋の中にある高価な物を《アイテムボックス》に収納していき当面の資金を掻き集めると、最後は最敬礼を奈々に向かって取った。
「では。今すぐ旦那と子供を連れてこの町を出ます! 温情ありがとうございましたっ!」
「うむ。ですの」
なんだかよく解らないが、とりあえず感謝の気持ちは伝わったので、奈々は威厳を見せてやろうと鷹揚に頷いた。
敬礼を止めたシアンは、今度は完全武装し終えたリアに向いた。
「リアさんも、それじゃあ!」
「はい。さようなら」
そうして風の様に扉のない部屋から去って行った。
部屋中の物をかっぱらって……。
「たくましい奴でしたの」
「お子さんもいらっしゃる様ですし、アホな領主に仕える度量もある方ですしね。
ところで。私を取り戻してからは、どういう風にする予定なんですか?」
「わたくしがここに来るまでに交渉が上手くいって、大人しくリアを返す意思を領主が示せば、あとは冒険者ギルドに任せるつもりでしたの」
「もう奈々は来ちゃいましたね」
「来ちゃいましたの。そしてお父様に確保したことを伝えましたから、後は反撃か、撤退か。どちらかの指示が来るまで待機ですの──と、さっそく来た様ですの」
奈々の頭の中に《アイテムボックス》へ、何かが追加されたことを知らせるアナウンスが響いてきた。
なのでさっそく追加された紙を取り出し、横から覗き込んできたリアにも見えるようにバッと広げた。
するとそこには〈攻撃開始。ただし死人は出さない様に気を付ける事〉と書かれていた。
そしてそれを確認し、さてどうやろうかと思案していると──ドゴーーーン!! と、何か巨大な落下物が地表に墜落したかのような豪音が城外から響き渡ってきた。
「先を越されてしまったですの! リア、とりあえず私達は城内の抵抗してくる人間をやるですの」
「やっぱり私もやるんですね」
「当然ですの。まずリアは音が派手な奴を頼むですの!」
そうして部屋から出ると、侵入者が内部にいる事を知らせる為に、リアに出来るだけ解りやすいものを頼んだ。
「音ですか? なら、これなんか良いかもしれませんね」
「では、こちらからも開戦の狼煙を上げてやるですの」
「解りました! えいやっ──」
廊下の向こう側に威力は極小だが、音と光が激しい牽制用の手榴弾をセットして、スリングを使って廊下の向こう側に放り投げた。
その瞬間リアはその場に伏せて、耳を塞ぐ。
パパパパパパパーーーーーーーーーーーーン! と細かい破裂音を奏でた後に、大きな光と音を立てて弾け飛ぶ。
すると外の音で警戒レベルが上がり始めていた城内のあちこちから、兵たちが二人のいる一角目指して群がり始めたのであった。




