第295話 領主との会合
門番を精霊眼で観察し、自分たちの敵にはなりえないと確かめながら、無遠慮に門に近づいていく。
すると当然の如く、屈強な肉体をした男たちに周りを取り囲まれ、足を止めさせられた。
「ここに何の用だ!」
「何の用も何も、呼びつけたのはそちらの領主ですよ?
だから来たくもないのに態々やって来たって言うのに、あんまりじゃないですか。
別に帰ったっていいんですよ。その場合、あなた方がどうなるか解りませんが」
「──す、少しお待ちを。身分証明書を見せて貰っても……」
「ええ。構いませんよ」
ここで下手に出ては交渉時に舐められかねない。なので少なくとも、領主に下げる頭は無いと解らせるためにも、偉そうな態度を取っておいた。
リアを攫われて腹が立っていたというのもあるのだが……。
身分証を見せて高ランク冒険者だと解ると、領主による例のスカウトだろうと直ぐに確認の人間を城に行かせた門番たち。
すると全速力で鎧をガチャガチャ言わせながら帰ってきた門番の一人が、直ぐに通すようにと告げてきた。
その慌て様が他の門番達にも伝わっていき、あれよあれよという間に城門が音を立てて開き始めた。
「どうぞ、お通り下さい。それから入って直ぐの所でお待ちいただければ、案内の者がこちらに来るそうです」
「どうも」
普段なら愛想よくするところだが、今回は怒ってますという事を伝える必要もあるので、無愛想に愛衣と今の所、誰にも気が付かれていない奈々の三人で門を潜っていった。
リャダスの時は縦に長く尖がり屋根の横幅が短い城だったのが、こちらは横に広く高さはそれほどでもない佇まいだった。
そして門と城の間には大きな星形の噴水があり、その噴水口の辺りは夕暮れから闇が落ち始めてきた周囲を煌々と照らす光源が淡く幻想的な空間を演出していた。
さらにここから城までの道のりには左右対称の庭園が広がっており、こんな状況でもなければゆっくりと観光して回りたいと思うほど、リャダスとは比べ物にならない程に絢爛な場所だった。
そうして三人で静かに門の前で城の庭先を眺めていると、小走りだが決して姿勢を崩さずにやってくる男が見えた。
「レベル的には10かそこら、雑魚だ。スキルも武術、魔法共に所持してないから戦闘要員ではないだろう」
「解った」「解りましたの」
小さな声で情報を共有していると、司祭服の様な装いで首から歪んだアラビア数字の8の様な形をしたペンダントをした件の人物が目の前まで近づいて来た。
「随分とお早いお越しで、明日の昼以降かと思っておりましたので、門番に知らせておりませんでした。すいません」
「で、あなたは?」
「ああ、申し遅れました。私は領主様の秘書をさせて頂いている、インタイヤ・フックと申します。
此度は領主様のいるお部屋まで、ご案内するよう申し付かっております。どうぞ私の後をついてきてください」
「解った。じゃあ早く案内してくれ」
「承りました。ではこちらへ」
恭しく頭を下げて城の内部へと歩くインタイヤの後ろに三人はついていく。
そして城の扉をまた別の兵が開けると、城内へと入り込んだ。
するとまず見えてきたのは、白を基調とし赤と金で装飾された壁面。視線を下へと向ければ薄茶色で不思議な黒い模様が入った石材で造られた床。
やはり内部もリャダスより派手で、装飾にもかなり拘っているのが伝わってきた。
そんな城内に見とれているフリをしながら竜郎は手を小さく動かし、認識阻害のかかっている奈々に行動を開始するように伝えた。
それに奈々は黙って頷くと、竜郎と愛衣から離れて、リアを取り戻すべく城の三階、右隅から四番目の一室を目指して行動を開始した。
『奈々が離れた。俺達も頑張ろう』
『うん、そうだね。とりあえずは出会い頭にパンチしない様に気を付ける』
『俺もレーザーで髪を燃やさない様に気を付けるよ』
などと冗談を交わしながら、よどみない足取りで右や左に何度も曲がりながら長い道のりを歩くインタイヤについていくと、一番入り口から遠く、高い場所にある部屋の前で止まった。
「このお部屋で領主様はお待ちでございます」
「ふーん。それじゃあ早く会わせてくれ」
竜郎は今回の騒動を起こす切っ掛けとなった人物の顔を見る為に、インタイヤに命じた。
するとそれに頷いたインタイヤは、大きな扉に備え付けられていた鳥の形をしたドアノッカーを使って、大きく三回音を響かせた。
すると内側から使用人が扉を開いていき、中の全貌が視界に飛び込んできた。
『謁見の間って所か。んで、上座でふんぞり返ってるあのドワーフのオッサンが、ドン・リューシテン・モロウか』
『何あのにやけた顔。引っ叩きたくなるんだけど』
扉から奥へ真っすぐ伸びていく紺の絨毯、その先には二段の扇形に広がる階段があり、てっぺんには赤い上等な椅子が据えられて、最後部の壁には今ふんぞり返っている男の巨大な肖像画が飾られていた。
その自己顕示欲の高さがうかがえる様相に、二人の怒りゲージがさらにワンランクアップした。
そんな中でも竜郎は、領主とその両脇で警護するかのように控えている男二人を精霊眼で見極めていく。
領主は20レベルそこそこで、棒術スキルに危機感知持ちという以外、特に言う事も無いので軽く愛衣に伝える。
それから要警戒対象であろう向かって領主の左に立っているのは、三十代後半程でボサボサの橙髪に、彫りの深い顔をした獣人の男。
『レベルで表現するなら75~79くらいだな。んで10レベル以上の剣術使い。
あとは……何か妙な輝きのスキルを持っているな。気を付けてくれ』
『剣術マシマシ変なスキル持ーちだね。うん、解った。じゃあ、もう一方はどんな感じ?』
『剣術マシマシて牛丼じゃないんだから……。まあ、それはいいか。
右の奴はーと』
今度は領主の右に立っている人物へ目を向ける。
その男は下の絨毯と同じ紺色の髪を異様に長く伸ばし、左右後の三か所を三つ編みにしたものを首に巻いてマフラーの様にする独特の髪形をした、見た目年齢二十代のエルフ。
『個人のレベルは85~90と、かなり高いな。そして高いレベルの樹魔法使いでもある……こいつがリアを運んだ奴かもしれない。
よし。交渉が決裂したら、アイツは俺がブッ飛ばそう』
『じゃあ、剣術男は私がやっちゃうね』
『ああ、任せた。んじゃあ、あっちからは来ないだろうし行くか』
『うん』
早く来いとでも言いたげな顔にお前が来いと言いたいところだが、ここで不毛な言い争いをしても始まらない。
二人は紺の絨毯を踏みしめて、二段上から見下ろしてくる男の前に立った。
「よく来たな。まあ、楽にしたまえ」
「言われなくてもそうするよ」
「──何?」
この国での社会的地位は向こうが上かもしれないが、今回竜郎達はあくまで同等の立場での交渉をしに来たのだ。
元より謙るつもりもないので、椅子を《無限アイテムフィールド》から出して絨毯の上に無造作に二つ置くと、そこへ愛衣と同時に座った。
自分の方が偉く畏まるのは当然だと思っている領主は、社交辞令で言っただけの言葉を鵜呑みにされ、本当に楽な姿勢で座る二人に怒りの表情を取っていた。
けれど直ぐに先ほど秘書だと言っていたインタイヤが歩み寄って耳打ちし、相手はまだ子供だからと宥めることで何とか溜飲を下げた。
それでも不機嫌そうにはしていたのだが……。
「ふんっ。まあいい。それでお前たちがここに来たという事は、私に忠誠を誓いたいという事であるな」
「いいや違う。はやく攫った子を返せと言いに来ただけだ、誘拐犯」
「誘拐犯だと? なんて人聞きの悪い。才能をより生かせる場所を提供してやろうとしただけだ、それの何が悪い?
お前たちの様な子供の専属では、優秀な芽が伸びるのを阻害しかねん。それに私はな。どちらかと言えばお前たちの方を買っているのだ。
若くして高ランク冒険者? だったか。それになれるのは凄いのであろう?
我が国の王は今後の国を担っていく、若く力ある者達を重宝する傾向にある。
なんなら我が領でなく、王に仕えられるように取り計らってもよい。
どうだ。悪い話では無かろう」
ドンは竜郎たちがロクな教育も受けていない者達で、領主という凄さを理解していないと、その態度から判断したらしい。
なのでもっと解り易い、王の威光を笠に着るという方策に移行することにした。
高ランク冒険者というのがどれほどの人材なのかはよく解っていないが、それでも凄いらしいと言うのは何となく察しているので、王なら欲しがるだろうし、自分の手元に無くても、人材を見つけてきたという手柄だけでも覚えは良いだろうと踏んでの言葉だった。
だが──。
「王様だろうが領主だろうが、俺達は誰にも仕える気はない。
いいからリアを返せ」
「──なっ!? なら何が欲しいっ! 金か? 物か? 地位か? 何でも言ってみろっ」
竜郎達は既に富も物品も十分すぎるほど持っているし、本来偉い立場になるという事は責任を負うという事でもある。そんな面倒な事は、竜郎も愛衣も御免だ。
そして何より、今更、落ちぶれ領主から貰いたいモノなど何もありはしない。
あるのは欲しい物ではなく、返して欲しい人だけ。
「何もアンタからはいらない。欲しい物が有るのなら、自分で金を払うなり取りに行くなりするだけだ。
こちらからの要求は、攫った女の子を返せという事ただ一つ。今、返すと言うなら、俺達は穏便にこのまま帰ると約束しよう」
あくまでも謙ることなく毅然とした態度で突っぱねていると、流石にドンも我慢の限界に来たらしい。
青筋を浮かべて口角泡を飛ばしてきた。
「自分たちの立場が分かってない様だな! 人質はこちらにいるのだぞ!」
「さっきは才能を生かせる場所を提案だなんだと言っておきながら、自分で人質って言ってんじゃねーぞ、オッサン」
「お──貴様っ、誰に向かって言って──」
「落ちぶれ領主に向かって言ってるんだよ、オッサン。
もうすぐその立場も無くなるんだ。今からでも一般人に対する接し方を、学び直した方がいいんじゃないか?」
「言わせておけばっ!! 私は領主だ! それは今もこれからも──」
煽り文句に予想通りの反応しか示せないドンに、竜郎は会話する価値もないと見限った。
『まだ奈々ちゃんから連絡はない?』
『ああ、距離的にも着いていておかしくないだろうし、もうそろそろだと思うんだが……』
と。ドンが怒鳴り散らしている間に二人が念話会議をしていると、脇に控えていた三つ編みマフラーのエルフが、何やら耳元に口を持っていって話しかけ始めた。
それにドンが耳を貸しながら、数秒の間大人しくなった。
何を話しているのだろうと二人が動向を見守っていると、やがて先の言動が嘘のように心穏やかになったドンが、したり顔でニヤついた。
『あかん、コレ勘違いしてるパターンや……』
『なんでエセ関西弁? まあ、私もその意見には同感だけど』
その笑みに二人は嫌な予感を過らせていると、やはり思った通り見当違いな事を話し始めた。
「どうも私への敬意が無いと思っていたが、そう言う事だったのか。
お前たち冒険者というものは権威ではなく、強者に靡くのだな。
そして私を弱者と侮っているから、その様な態度になったと。
ははははっ、解ってしまえば実に単純な事よ!」
『何言ってんだコイツ?』
『さあ。もうボケちゃったのかな』
「ならば私の力を見せねばなるまい。だが私自身は戦闘に不向きだ。
だからエドゥアール、アンドニ。この二人によって、それを示そうではないか。
この二人がここにいるのは、領主という私の力によるものなのだから文句はあるまい」
エドゥアールと呼ばれた三つ編みマフラーのエルフと、橙髪の獣人アンドニが前に一歩踏み出した。
「力を示すね。まさかその二人と戦えとでも言う気か?」
「そのまさかだ! それだけ偉ぶっているのだから、受けないとは言うまい」
「偉ぶってるのは私らじゃないんだけどなぁ。けど、戦ってどうすんの?
私らに何かいい事あるの?」
「良い事だと? 私がやれと言っ──まあ、いいだろう」
エドゥアールに肩を叩かれた領主は、横暴な態度を改め鷹揚に頷いた。
「お前たちが勝ったのなら、先に言っていた少女を返そうではないか」
「その言葉に偽りはないか?」
「勿論だとも。約束しよう」
自信満々の表情に余程エドゥアールとアンドニを買っているのだなと感じながら、さてどうするかと竜郎が愛衣の方を向いた瞬間。
《《無限アイテムフィールド》に、一つ追加されました。》
『あ、奈々から連絡が来たっぽいな』
『おおう、なんて微妙なタイミング』
ドン達は一旦無視して、竜郎が《無限アイテムフィールド》から追加されたメモを取り出すと、〈リア、確保、無事完了〉と簡潔な文字が書かれていたのであった。
次回、第296話は8月9日(水)更新です。




