第293話 御墨付き
竜郎はボードに足を乗せて空に舞い上がった瞬間、もっと効率がよさそうな飛び方を思いついたので、さっそく実践してみることにした。
「月読、セコム君を大きな翼の様に広げることはできるか?」
竜郎の問いかけにコートの内側でピカピカと月読のコアが点滅すると、雷太鼓の様に展開されていた水の玉からスライム質の計三対の翼が飛び出し、風を受けて高度を上げていった。
そして六枚の羽は自動で天照の起こす風魔法を読みながら、上手く乗ってくれるので竜郎はボードをしまった。
「パラグライダーみたいだな。──と、そんな事を言っている場合じゃない。
急ごう、天照、月読」
二体のコアが同時に点滅すると、飛行速度が上がり、開けっ放しになっていた窓から瞬時に羽をしまって中に入り込んだ。
「おかえり。どうだったの、たつろー」
「リアはリューシテン領主の城にいる可能性が高い。その確証を得るために、冒険者ギルドで解析して貰いにいこう。
あとは多分だが、リアは危ない目には遭っていないと思う」
竜郎のその言葉に、とりあえず皆安心した表情を取った。
それからアーレンフリートから聞いた情報を、かいつまんで説明した。
「解った。それでアーレンフリートはどうしたの?」
「とりあえず情報吐かせて、うちの妹に何すんじゃいって絞めといた」
「ナイスですの! おとーさま」
「おう」
飛びついてきた奈々を受け止めながら、頭を撫でてあげる。
それから戻って来るか微妙なので、荷物を片付けて住み心地の良かったこの宿も引き払う事にした。
悠長に下に降りるのも今は面倒なので窓から下に一気に飛び降り、玄関から受付に行って鍵と余分に払っていたお金を返金してもらった。
それから竜郎は愛衣をお姫様抱っこして、月読に翼を広げて貰って空を飛ぶ。
奈々は《真体化》して《幼体化》状態のジャンヌを抱え、カルディナは《真体化》してアテナを掴んで竜郎の後を追っていった。
「面白いね。この飛び方。こんな状況じゃなきゃ楽しかったのに」
「そうだな。リアを助けて落ち着いたら、二人で空のデートをしようか」
「うん。絶対だよ!」
この世界に来てからというもの、何かと愛衣にお姫様抱っこされ続けてきた竜郎。
けれど今回は自分が彼女を抱っこしているという状況に、少し気持ちが高揚していた。
そんな風にしている間に、あっという間に冒険者ギルドの上空にたどり着いた。
竜郎達は速やかに着陸し、人目を集めながらも気にせず中へと踏み込んでいった。
そして空いている受付に早足で向かっていき、竜郎は自分の身分証を出して単刀直入に要件を告げた。
「借りを返して下さい」
「──っ!? ……ただ事ではない様ですね。
直ぐにギルド長に報告してまいります」
「助かります」
これまで冒険者を助けて回ったおかげで、ここの冒険者ギルドの職員達からは非常に好印象を抱かれていた。
そのおかげか受付の男性は理由すら聞かずに動き始め、言っていた通り直ぐにギルド長──女性のドワーフのヒルデ・ウェバーの部屋に通された。
そして挨拶もそこそこに、今回あった事を掻い摘んで説明し封蝋の欠片と手紙を渡して解析を頼んだ。
ちなみに普通の人間には害はなくとも危険人物には変わりないので、アーレンフリートという男についても説明しておいたが、あの男が簡単に捕まることは無いだろう。
「借りを返してほしいという話でしたが、今回のこれは借りに含まなくても結構です」
「そうなんですか? 一領主に対して何かしら動いてもらう事になるかもしれないのですが」
竜郎達が個人的に動いて力づくで解決することも可能ではあるだろうが、高ランク冒険者がギルドにとって、あまりにも不都合な事をすれば、世界中に広がるこの組織が敵に回ることになる。
なので念のために最低限こちらに非が無いということを証明し、貸してもらえるのなら冒険者ギルドの威光も使って貰おうと考えていた。
相手は没落寸前とは言え領主。国の権力やら政治に巻き込まれるのは御免なので、その面倒な部分を全て押し付けてしまうつもりだったのだ。
むしろ自分たちが貸した物よりも多いのではとすら思っていたのに、向こうはそれには及ばないと言う。
「冒険者への勧誘自体は原則認められていますが、人質を取るなどの非人道的な方法は一切認められていませんし、国との契約にもちゃんと記載されている事です。
ギルドの会員たちがギルドの決まりを守る限り、我々は彼らを守る義務が有ります。
なのでこれはリューシテン領──さらに国自体が関わっていたのならヘルダムド国による、冒険者ギルド全体への敵対行為と看做すことも出来るのです。
まず我々は先ほどの手紙の内容と筆跡、封蝋の解析次第では、この国の王へ知らせ、関わりがあるか確かめます。
そして黒だと判断されれば、この国から全ての冒険者ギルドの撤退。もっと酷ければ国自体との交戦も視野に入ることになるでしょう」
「なんだか一気に大ごとになっちゃったね」
ヒルデの言っている国との交戦は最終手段であり、最悪の結果だった場合というだけで、本当にそうなるとまでは思っていない。
けれど少しだけでも戦争の可能性が出てきてしまったことに、愛衣は「まじかぁ」という苦い顔をした。
「あなた達の話によれば他にも何件か強引な勧誘がなされていた様ですし、それだけ重大な規約違反を向こうがしてきたという事です。
そして我々は、我々の威信にかけて舐められるわけにはいかないのです。
そこでなのですが、あなた方には二つの選択をこちらから提案する事が出来ます」
「二つですか。それは何でしょうか」
「一つはこのままここで待っている。という選択です。
この問題は我々に全て任せて貰えれば、キッチリと決まりをつけさせたうえで、攫われたリアさんの保護も可能です」
「その場合は、どれくらいかかりますか?」
「正式に組織として動くわけですから、裏を取り、何処までが黒で何処までが白なのかハッキリさせたうえで、行動を開始。という流れになるでしょうから、最低でも動き出すまでに数日はかかるかと」
「では、もう一つは?」
「そちらは単純明快です。ご自身たちの武力を以て、リアさんの救出をするという事です。
ただしその場合、リアさんが危険な目に遭ってしまっても、こちらが責任を取ることはできません。
けれどこれは、リューシテン領主が関わっていると先ほどの手紙から判明すれば、直ぐに動き出して貰ってもいいように取り計らいます」
「武力を以てですか。その場合、ドコまで有りなんですかね。
さすがに敵対してきた相手に怪我をさせないでくれとかだと、困りますし」
「そこは安心してください。死人が出なければ、何をしてもかまいません。
そこで発生する面倒事は、全てこちらが責任を持って国に解決させます」
二つの案を聞いた竜郎は、どちらにしようか考える。
まず最初の案は、冒険者ギルドが正式に動いて、リアの救助を請け負ってくれるというもの。だが、これだと数日はかかってしまう。
そして次の案では迂闊な行動に出て、リアが傷つけられてしまっても、そこで竜郎達自身が負傷または死亡しても、自己責任扱いになってしまう。
だが、これだと今日中に動く事が出来る。
「皆はどっちがいい?」
「自分で行きたい」
「ピイィー」
「ヒヒーーン」
「わたくしも、おねーさま方と同じく、自分の手で助けたいですの」
「他人任せってのは落ち着かないっす」
同様に天照と月読も私達も手伝うと言う意思を伝えてきてくれた。
「俺も愛衣達に賛成だ。──という事で解析結果が出てきしだい、自分たちで動こうと思います」
「そうですか。我々ギルド側からしたら、あらゆるプロ──それこそ人質奪還のプロもいますし、安全性を考えれば最初の案をオススメしたいのですが……。
なんだか貴方達なら、やれちゃいそうだと思ってしまうんですよねぇ」
ヒルデ自身、竜郎達の真の実力は計りきれていないが、それでもレベル10ダンジョンをたった五人と二体で、なんの事前情報もなく短期制覇したという情報はとっくに掴んでいる。
となれば冒険者の中でも並みはずれた実力者揃いであり、此処にいる全員がレベル200オーバーだと言われても、そりゃそうでしょうねと納得してしまうだろう。
(ドン・リューシテン・モロウ。あなたはもっと、事前に情報を集めておくべきでしたね。
どうやら、一番敵に回してはいけない存在にケンカを売ったようですよ……)
ヒルデはドンに同情しながらも、これはホルムズがリューシテンに取って代わって領都になるのも近いなと、これからの立ち回り次第で自分の地位が上がりそうな事に内心ほくそ笑んだ。
「しかし樹のゴーレムにより魔道列車を通す道を利用されるとは、そこは今後何らかの対処をしておいた方がいいですね」
「まあ、樹のゴーレムでなくても、突っ走るには良い道ですからね」
──と。そんな風に細々とした話をしていると、やがて解析結果を纏めた書類を持った男性ドワーフの職員が、ドアをノックしてから入ってきた。
それを受け取ったヒルデは、紙に書かれた情報をざっと読んでいき、余分な所を省いて必要事項だけを話して聞かせてくれた。
「解析結果によれば、筆跡は本人。封蝋の刻印も間違いなくリューシテン領主を示す印。刻印を押す道具は特殊なもので、それぞれの領主毎に特定できるようになっているのですが、その結果も本人だと記しています。
にしても…………。この男は、こんなにも証拠を残して馬鹿なのでしょうか? 逆に不気味すぎます…………」
「何かしらの罠だと?」
「その可能性もあります。第一これを冒険者ギルドに持ち込まれたらどういう結果が待っているかなど、領主を務める者なら誰しもが解るはずです。
やはりタツロウさん達の安全も考えれば、我々に任せて貰ったほうが良いのではないでしょうか?」
確かにここまで馬鹿な行動をされると、逆に怪しく思う。
けれど竜郎達が答えを出すのに、一瞬の迷いもなかった。
「いえ。やはり自分たちで行こうと思います。大人びてはいますが、案外寂しがり屋な所もある子なので」
「──そうですか。危ないと思ったら引き返して、途中で我々に任せて貰ってもいいと言う事だけは、頭に置いておいてください。それでは、御武運を」
「色々、ありがとうございます」
ヒルデが最後に握手をと手を差し出してきたので、竜郎も礼の気持ちも込めながらそっと手を出した。
そして冒険者ギルドの御墨付きも貰えた事なので、もう竜郎達が憂う事は何もない。
舐めた真似をしてくるようなら蹴散らせばいいだけだ。
「行くぞ、皆」
「あいあいさー!」「ピィー!」「ヒヒーン」「はいですの!」「了解っす!」
天照と月読の気持ちも受け取りながら、一人少ない掛け声に寂寥感を覚える竜郎。
けれどそれを振り切って、リアを助けるためにリューシテン領へと向かうため、ギルド長室を後にした。
そんな気合と怒りの籠った竜郎たちの後ろ姿を見た、資料を持ってきた男性は脂汗を流して動けなくなり、ヒルデも顔を引き攣らせた。
「ああ、何てバカな事を……。死ぬことは無いでしょうが、ご愁傷様です」
ヒルデはリューシテンの町がある北に体を向けると、死者を弔うように静かに合掌した。
そして自分は決して、竜郎達を敵に回すことはしないぞと、心に深く刻み込んだのだった。
一方。昨晩、誘拐された本人はと言えば……。
意識を失っている間に樹のゴーレムによって、リューシテンまで大切に運ばれたリア。
目が覚めると、そこは貴族の令嬢が暮らすような豪華で上質な天蓋付のベッドの上だった。
何事かと飛び起き出迎えたのは、見覚えのないメイド服を着た若い猫獣人の女性が一人と、上等な白いローブを羽織った三十そこそこと言った風体の女性の二人。
そして最初に口を開いたのは、白いローブの女性だった。
「目が覚めましたか。突然の事で驚きかとは思いますが、現在貴女は軟禁されています」
「──え? は? え?」
「できれば大人しくしていて貰えると助かります」
「何を……──っ!?」
リアは《アイテムボックス》からロケットハンマーと手榴弾を取り出そうとした──のだが、まったく無反応に終わり何も出てこなかった。
どういう事だと《万象解識眼》を直ぐに発動して辺りを見渡すと、すぐさま原因に行き着いた。
(《アイテムボックス無効化領域》……。そんなスキルもあるんですね)
「何か特殊な武器を使うようですが、それは封じさせて貰いました。
戦闘能力がどの程度か解りませんが、その状態で戦ってみますか?」
「………………いいえ。やめておきます」
「賢明な判断、ありがとうございます」
彼女のレベルは47だが、雷魔法は11レベルの使い手。物理ステータスはリアの方が高いし、アイテムボックスを十全に扱えるのなら勝つ自信はある。
けれど無防備な状態で闘って勝てる相手でもない。さらにメイドも、20レベル程度だが、剣術スキルを持った戦士系だった。
危害を加えてくる様子も無いので、リアはとりあえずベッドに座り直し、白いローブの女性が語る現状を聞いていくのであった。




