第292話 決別
竜郎が放ったレーザーは、杖を構えられない様に右腕と左腕を切り取るために、一本筋から途中で二股に分かれて飛んでいく。
けれどそれより前にアーレンフリートから、呪魔法の魔力が漏れ出たと感じた瞬間、レーザーが湾曲して空へと飛んでいき、彼には掠りもしなかった。
「──なっ!?」
「くくくっ──ほら、聞きたいことがまだあっただろ?」
今のはアーレンフリートの魔法や能力によって曲がったわけではない。
当たりそうになった瞬間に竜郎や天照、月読までもが、あの男に攻撃してはいけない気分になり、慌てて三人がかりで反らしてしまったのだ。
おそらくこれもアイツの呪魔法のせいだ。そう解っているにも関わらず、精霊眼で自分の現状を確かめようとしても結果を脳が受け付けず、解魔法でレジストしようとすることも出来なくなっていた。
「いくらなんでも、これは有りえないだろ。これほど差が出るほど、俺とお前の実力が離れているとは思えない」
「そうだね。そうだな。確かに先生は異常に耐性が強いうえに、魔法抵抗力とはまた別の何かが勝手に元の状態に戻そうとすらしてくる始末。
死んだら楽しめないし、痛いのも嫌いだ。だから今回は、私の欲求を満たすのは無理かと諦めようと思っていたんだがね。
ある時、最高の瞬間で魔力抵抗力がグッと下がってくれた時があっただろ?
その時に、これでもかと話を畳み掛けて完全に落とし込むことに成功したんだよ」
「──あの時かっ」
洞窟に入っていったヨシリーという人間に難癖を付けられ、竜郎は反転の指輪を使った。
その時、竜郎の魔法抵抗力も耐久力と相互反転し、魔法職に特化しすぎたステータスのせいで一気に落ち込んでしまった。
竜郎はカルディナがアーレンフリートを観ていてくれるので、大丈夫だろうと高を括っていたのだが、それすら潜り抜けられる方法で押し寄られ、完璧に呪魔法をかけられてしまった。
そして、その日はタイミングが悪い事に──。
「あの日は呪属の日だったか」
「──そう。呪魔法が最も使いやすくなる日だよ、先生。
私レベルになれば、そんな些細な影響すら大きな結果を残せるようになる。
先生は実に運のない人の様だ」
「それは自覚してるさ──くそっ」
(どうりで籤運の無い俺が、タイミングよく槍術を引き当てられたはずだよ、まったく!!
別の所で運が最悪の方に傾いていやがったじゃねーかっ!!)
竜郎は現状を理解し、よりにもよって呪属の日に、反転の指輪を使おうと思うような状況を引き寄せてしまった自分の運の無さに喉の奥で悪態をついた。
けれど頭は既に、現状を打破するために全力で動き始めていた。
「随分自信が有る様だし教えてくれよ。呪魔法の具体的な効果を」
「いいねぇ、その諦めていない表情。ゾクゾクするよ!
先生とその魔力を原動にしている者達は、私に攻撃しようとすると意識を書き換えられて、攻撃してはいけないと思ってしまう。
そしてそれを解こうとする行為も、してはいけないと思考を書き換えられる。
ちなみに人種の娘とドワーフの娘は、搦め手なしで簡単にかかってくれたから、呼んだところで同じだよ」
「それだけか?」
「ああ。呪魔法の効果は、それだけだ」
(呪魔法の効果は──ね)
竜郎は自分の中で攻略へのピースが嵌っていくのを感じながら、再度質問を投げかける。
「その呪魔法は、お前が発動を促さなければ効果は無いんじゃないか?
でなければ、いくらなんでも強力すぎる」
竜郎の中に組み込まれた呪魔法だけなら、エンデニエンテの称号効果で元に戻そうとしてくれているらしいので、時間が経つにつれて効果が弱くなるはずだ。
であるのに、数十時間経ってなお、これほど完璧に魔法に嵌められているのは、異常を通り越して不可能だと結論付けた。
となれば相手と自分両方が対で成り立ち、相互に強まる様な魔法を組んだのではないかと考えたのだ。
実際に夜の談話の時に、そういう呪魔法のかけ方があると、この男自身が得意げに語っていたのだから。
「くくくっ、私の話をちゃんと聞いてくれていたようで嬉しいよ。
その通りだ。けれどそれを聞いて何の意味があると言うのだ?
攻撃も出来ない、解くこともできない。ならば大人しく、私の事は無視してドワーフの娘を救いに行けばいい。
私はそれをただ近くで見守らせて貰うだけさ」
「ついてくるな。いい加減気持ち悪いんだよ、お前は。
もう一度聞くが、攻撃しようと思う事が出来ない。呪魔法を解こうと思う事も出来ない。この二つだけで間違いないか?
実はもう一つ有りましたとか、意地の悪い事は言わないか?」
「それは無いと断言しよう。私の神たる呪魔法に誓ってもいい」
この男は自分の呪魔法に絶対の自信を持っている。
その上で、ここまで自信満々に言いきって、尚且つ複雑にし過ぎても魔法の効果が弱くなるだけであるという事も鑑みれば、その言葉は信じてもいいと竜郎は判断し口元をニヤリとさせた。
「そうか──なら、俺の勝ちだな」
「先生、下手なハッタリは自分を貶めるだけだぞ」
自分の呪魔法を馬鹿にされた様な気がしたアーレンフリートは、ここで初めて不快そうな顔をした。
それに竜郎はますます笑みを強くした。
「ハッタリ? 馬鹿言うな。俺は本気だ」
「──ふっ、ならやって見せるがいい!」
竜郎は確かに運が悪い。だが、そのせいで致命的な被害を受けたことは今まで一度たりとも無い。
実際異世界転移などという奇怪な状況に巻き込まれはしたが、最愛の人は失っていないし、生き抜くための力も手にしていた。
ダンジョンでのエクストラステージの宝箱とて、運が悪くとも爆発魔法を手に入れる事が出来たのだ。
そしてそれは、今回も同じだった。
「例えば、お前を意識しないで、この町全部を吹き飛ばし、その余波でなら攻撃できるんじゃないか?」
「……そうだね。私を攻撃するという意志でやらない限り、呪魔法の効果は適用されない。
けれど先生。君にそれが出来るのかい? ここには関係のない無辜の民が大勢いるのだよ?」
「そうだな。確かにそれは出来ない。お前一人を叩きのめすために犠牲にしていい状況じゃないからな」
「それじゃあ、状況が状況ならやるとも聞こえるね」
「もしそれをしなければ絶対に大切な人が救えないというのなら、俺は迷わず他人を何人でも差し出すさ」
「……だが、今はその状況ではないのだろ? 下手な脅しはやめたまえ」
「──脅し? いいや、これはただの確認だ。
それでアーレンフリート、今すぐ呪魔法を解いて大人しくボコられるというのなら、温情を持ってやってやるぞ?」
「くどいぞっ! 出来る物ならやってみろと言っているだろうが!!」
竜郎の余裕の表情に何か自分が見落としているのではと不安に苛まれるが、それでもそんな筈はないと怒りを込めて言い放った。
対して竜郎は、あーあと。同情をこめた視線を向けて不敵に笑った。
「──そうか。残念だ。じゃあ今から、お前を地獄に招待しよう」
「地獄? なにを゛ぉ──ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
地獄という言葉に眉根を寄せた瞬間、視界が突然変異し、尖った岩が地面に生えた、薄暗い紫色の空をした世界にいた。
そしてその世界は重力が異常に高く、足で自重を支える事も出来ずにへし折れ、無残な姿でグシャッと尖った岩がいくつも生えた地面に押しつぶされた。
何が起こったのか全く分からないアーレンフリートは、目の前に立つ竜郎に視線だけを向けると、彼だけは重力の影響など全くなく、ただ虹色の目で無情にこちらを見つめていた。
「大丈夫か? アーレンフリート。ここは俺と俺の所持している存在以外は、重力がとんでもなく強い世界なんだ。
だから俺が攻撃しているわけじゃあないんだぞ?
それに呪魔法を解こうとも思っちゃあいない。
ただそういう世界だから、お前がそんな事になっているだけだ」
「な゛に゛を゛ぉお゛お゛──」
「説明なんてするかよ。ただでさえ時間が無いんだから。
──くそ、まだ足りないか。あー、もっと重力がある世界に行きたいなー。
という事で、さらに重力増加しまーす」
「な゛っ──。ぐあ゛あ゛───────っ───っ───っ─」
竜郎が重力増加と口にした瞬間、本当に押しつぶす力が強まっていき、体中尖った岩がさらに深く突き刺さり、肺は圧し潰れ呼吸すら真面に出来なくなった。
そして意識が混濁しはじめた時、竜郎へと影響を及ぼしていた呪魔法が強制的に切れてしまった。
「──よしっ! 天照、全力で解くぞ!」
竜郎は《魔法域超越》を発動させ、解魔法のレベルを一気に押し上げると、自分の中に張り巡らされた呪魔法を解析、解除していく。
そして天照の魔力頭脳の演算力であっという間に解析が終わり、竜郎、天照、月読にかけられていた呪魔法を全て消し去った。
「これで良し! どりゃあ!」
「──っ!?」
攻撃できるかどうか試しに素人感丸出しのニードロップを浴びせてみれば、なんなく技を決められた。
「完璧だ。じゃあ、戻すぞ」
天照と月読にそう言いながら、竜郎は少しスッキリした表情で《世界創造・破》の効果を打ち切って、元の世界へと戻ってきた。
竜郎はその瞬間、体に重りでも乗せられたのかというほど、魔力や竜力を失った倦怠感が押し寄せてきた。けれど顔に出さない様に我慢しながら、余った竜力を天照と月読に渡して魔力に変換して貰い、それを吸収して一気に回復していった。
ちなみに天照と月読に魔力変換して貰うのは、自分でやるよりも竜力の扱いに長けているからである。
そんな事をしながら前に視線を向けば、そこには体中の骨がへし折れ、尖った岩によって穴だらけにされた血まみれの男が倒れていた。
だがそれでも死に至る事が無いのは、その異常に高い魔法への耐性故だろう。
突然さっきまで椅子に座っていた男が血まみれで倒れている姿に、辺りが騒然となっていたが、竜郎はそれを無視して近くまで歩み寄って胸倉をつかんで無理やり起こした。
「お前は曲がりなりにも、リアと会うきっかけをくれた男だ。それにお前のおかげで、魔法への知識が深まった。
だから殺しはしない。けど次は無い。もし俺達や、俺達と親交のある人達に手を出してみろ。
今度は、お前の全部を根こそぎ奪ってやる」
「──っはは。優しい、じゃ、ないか……」
「優しい? この後、杖が持てない様に両腕もぎ取って、歩けない様に両足もぎ取る予定なんだが……まあ、殺さないだけ優しいよな」
「──でき、れば…それは、勘弁して、ほし、いのだ、が」
「お前なら時間をかければ生魔法使い捕まえて、治してもらえるだろ」
杖を使った状態よりは劣るだろうが、魔法が使えなくなるわけではない。
優秀な生魔法使いに金銭を支払うなり、呪魔法で操るなりすれば、部位欠損でも修復できる。
といってもジャンヌの時は魔力体生物という特性上すぐに生やす事が出来たが、生身の人間の場合はレベル10の生魔法で、腕一本生やすのに一週間ほどかかる。
今の竜郎でも《魔法域超越》で光17、生13レベルまで押し上げて、さらに奈々の力を借りつつ天照に補助してもらう全力回復魔法でようやく一本三分くらいにまで短縮できる。
なので竜郎にでも頼まない限り、アーレンフリートが完全回復するには相応の時間がかかり、その間にリアを助けてしまえば問題ない。
というわけで、レッツもぎもぎタイムである。
「そろそろ周囲がうるさくなってきたし隠蔽と、スプラッタが苦手な人もいるだろうから──っと」
竜郎は呪と闇の混合魔法を自分の周囲に展開して、ここで今まで起こった事は普通の事で、これから何が起こってもギャラリーの意識が向かない様にした。
すると竜郎のもくろみ通り、先ほどまで集まっていた野次馬が急に興味を無くし、戦闘が起きていた事などすっかり忘れて散っていった。
「んじゃあ、歯を食いしばれ────」
竜郎が天照の杖先から、超高出力レーザーメスを射出し上に振りかぶる。
そして言われた通り歯を食いしばるアーレンフリートの右肩向けて、振り下ろした。
しかし──。
「堅いっ、どんな魔法抵抗力してんだよっ!」
「くくくっ──。ムリなん、じゃ、ないか……な」
この程度の出力では、肩口に線を引くくらいしかできなかった。
というのも、アーレンフリートにとって武術職は脅威ではなく、気を付けるべきは呪魔法が効きにくい魔法使いだった。
なので徹底的に魔法抵抗力を上げるアイテムを体中に身に着け、その中には天装にも匹敵するほどの物も三つ含まれていた。
世界創造による重力などは、魔法に近いがほぼ自然現象扱いなので、魔法抵抗力による耐性は効き辛いというのもあって簡単に傷を負ったが、本来なら魔法で傷つけるだけでも困難なのだ。
「──しかたない」
「そうだ。諦め──」
(天照。全力で行くぞ)
「しかたない」と言う言葉が諦めの言葉と思ったアーレンフリートは、安堵した様子を見せたが、竜郎が言った「しかたない」は、「しかたがないから全力全開でやってやろうぜ」の意味である。
竜郎は天照に《高出力体》に引き上げて貰い、自身も光17、火14。それにプラスして天照の火14に《攻勢強化》を乗せて、杖補正を最大限まで引き出した、今できる最強出力の大技を発現する。
「──な、何だ……その魔力はっ……」
エルフの中にはマジックエルフという、魔法寄りのエルフよりさらに魔法特化型の種族がいる。
それらは生まれながらにして、魔法を感じやすい性質を持っていた。
そしてアーレンフリートのニーアエルフ。この種はマジックエルフの本流とも言われている種族で、魔法への嗅覚が原種のクリアエルフ以上とも言われているほどだった。
そんな鋭敏な魔法への感覚を持ったアーレンフリートの目の前には、数千年間さまざまな人間や魔物と戦ってきた中でも味わったことのない、魔力と威力を備えた熱光の大剣が杖の先に出来上がっていた。
「──ま」
「はあああああっ!」
「──がぎぃっ」
「もういっちょ!」
「──ぎっ!?」
「まだまだっ!」
「──っ!?」
「これで最後!!」
「────!?」
絶対に傷つけられないと思っていた自分の魔法耐性を容易くぶち破り、肩から綺麗に二刀の元、腕が叩き斬られてしまった。
それに続いて三刀目で右足の付け根から先を。四刀目で同じように左足を失った。
だが焼き切ったので、傷口から血も出ずに致命傷には至らない。
そして竜郎は切った腕と足を火竜の息吹きで消し炭にして、癒着による再生も出来ない様にしておいた。
「アーレンフリート。これに懲りたら、金輪際俺達の前に現れるな。
それが守られるのなら、腕二本と足二本で手打ちにしてやる。
まあ、リアがひどい目に遭っていたら、その限りではないが。解ったか?」
「ああ……。もう、二度と、先生達に…は近寄…らない──し手も…出さない……と、誓おう」
「ならいい。これで永遠にさよならだ。じゃあな、アーレンフリート」
「くくっ……結局…最後…まで、私の事を、アールとは、呼んで……くれなかったな、先生は……」
「お前が俺を名前で呼んだら、俺もお前をそう呼ぼうと思っていたんだがな。
けれど、もう二度と呼ぶことは無い」
「そんな、事、だったのだな──ならもっと早く……に──」
竜郎はアーレンフリートが言い切る前に踵を返して、その場を後にした。
そして空へと舞い上がり、愛衣達と合流すべく急いだのであった。




