第28話 宿と食事
門をくぐれば、そこは石造りの町だった。そしてもう日が暮れ暗くなっても解るほど白い建物ばかりが並び、目の前に少し進んだ所には、逆T字に大きく三方向に分かれた道が延びていた。
「ほんと白ばっかり、この町の人は白色が好きなのね」
「あいつの白水晶とかあげたら、喜んでくれるかもな」
二人でそんなような町の感想をあれこれ言っていると、荷馬車を隅に止めたゼンドーがこちらにやってきた。
「おう、どうだい。この町は」
「うん、とっても素敵っ。あっ、もしかしてあの建物って塩でできてるの?」
悪戯を仕掛けた子供のような目で、ゼンドーに愛衣は問いかけた。
「がははははっ、鋭いなあ。そう、あれも塩でできてんだぜ!」
「あははっ、すごーい」
「がははっ、すげーなあ」
「仲良いなぁ、二人とも」
馬鹿なことを言って笑いあう二人のその姿は、祖父と孫のようだと竜郎は微笑ましく見守った。
「んで、お前ら。今日はこれからどうすんだ? もう日も落ちちまったし、冒険者ギルドは明日にしておいた方がいいぞ」
「あーどうしようか?」
正直《アイテムボックス》に遺体を入れっぱなしなので、早いところどうにかしたいと思っていたのだが、事情説明やらなんやらで時間もかかるかもしれないし、今日は諦めた方がいいのかもしれない。
そんな意図を込めて竜郎が尋ねると愛衣も同意見だったらしく、ご飯と泊まる場所の確保を優先することになった。
「じゃあ、冒険者ギルドは明日だな。
ゼンドーさん、そのギルドってどのあたりにあるんですか?」
「ああ、それだったらここの道を右に曲がった所、ほれっあそこに冒険者ギルドって書かれた看板があるだろ」
「ほんとだー、入ってすぐの所にあるんだね」
「血なまぐさい獲物を抱えたまんま、町をウロウロされるのもなんだからな。
大概の町は入り口に近い場所に建てられてんだ」
「そうなんですね。色々参考になります」
そう言う竜郎に照れながら「良いってことよ」とゼンドーは言うと、今度は泊まる場所と食事をする場所にも案内すると申し出てくれた。
それは二人にとってもありがたいことだったので、一も二もなく頷いた。
そうと決まれば早いとゼンドーは二人に再び荷馬車に乗るように言うと、竜郎たちが乗るのを確認してから左の道に馬を進めた。
「ここから少し行った所に、知り合いの安宿があるんだ。
部屋も値段にしては良いしお勧めだ。
だが基本素泊まりの所だから、飯はその宿の隣にある食堂でとるといい。
値段も味もなかなかだからな」
「値段って、いくらくらいかかりますか?」
「そうだなあ。一泊一部屋2,700シスに食事は一人1,000もありゃ腹も膨れるはずだが、それでも手持ちが無いか?」
現在二人のシステムには、それぞれ59,662シス入っている。その値段なら、しばらく何もしなくても泊まり続けられる価格だ。
「それなら大丈夫です」
「がははっ、ならよかった」
「うんっ、これでやっと落ち着けるよー。ありがとね、おじいちゃん!」
「礼なら、生活が安定した時にでも言ってくれればいい。
今は大変かもしんねーけど、困ったら俺の所を訪ねてこい。
この町の人間なら、大概俺の住んでるとこくらいは知ってっからよ」
「何から何まで、ありがとうございます」
「まだガキなんだ。気軽に厚意は受け取っておけ」
そう言ってまた豪快にゼンドーは笑い、二人も顔を見合わせてその姿に感謝し微笑んだ。
それからゼンドーが言った通り少し行くと、目的の宿屋が見えてきた。
三階建てで、一階と二階の間くらいの場所に宿屋と書かれた看板が付けられていた。また昔から建っていたような古さはあるが、外装は手入れが行き届いていて綺麗にされていた。
その宿屋の隅にある駐車場に馬車を止めると、三人は馬車から降りてゼンドーが扉を開いた。
「ギリク、ちょっといいかー?」
「おや、ゼンドーさん。何か用ですか?」
入りざまにゼンドーが名前を呼ぶと、壮年のギリクと呼ばれた男性が、受付のカウンターから顔を出してやってきた。
「今日空き部屋はあるか?」
「ああ、空いてるよ。なんだ、奥さんと喧嘩でもしたんですか?」
「違うわい! ちょっと知り合いが泊まる場所を探してたから、お前のトコに連れてきたんだ」
「ほお、そりゃありがたいが──ああ、そちらのお二人ですか?」
視線を向けられ、竜郎と愛衣は軽く会釈した。ギリクはさりげなく二人の身なりを確認すると、営業スマイルを張り付けて接客に入った。
「当宿は一部屋、素泊まり2,700シスとなっておりますが、いかがいたしますか?」
「取りあえず、今日一泊お願いします」
「部屋数はいくつお借りになりますか?」
「えーと…」
そこで竜郎が愛衣を見ると、「一部屋でもいいよ」と返ってきた。すると、それを聞いたギリクが補足説明をしてくれた。
「当宿は一人で泊まることを想定して営業しておりますので、お二人で一部屋だと窮屈な思いをされるかもしれません。それでもよろしいですか?」
「それでいいか?」
「うん、多少窮屈でも今はなるべく節約しときたいし」『それに森の中で寝るよりは、快適でしょ』
『違いない』「じゃあ、一部屋でお願します」
「承りました。では先払いとなっておりますので、料金2,700シス頂けますか?」
「わかりました」
竜郎は何でもないように振舞いながら、宿代分をコインに変換してギリクに手渡した。けれど、内心では初めてこの世界でお金を使っているので、本当にこれで合っているのかと不安でしょうがなかった。
愛衣も同じ気持ちなのか、心無しか表情が硬くなっていた。
しかし、それも杞憂に終わった。
ギリクは普通にコインを受けとり、自分のシステムに表示された額を確認するようなそぶりを見せると、確かにと言って手の中に収めた。
それに二人が肩の力を抜いていると、ギリクはこちらに一言言ってからカウンターの裏に戻り、またこちらにやってきた。
「こちらが、部屋の鍵でございます。お部屋は二階にありますので、鍵の数字を確認してからお入りください。それと明日、あちらの時計が十二時を指すまでに鍵を持って受付に来てください」
「わかりまし──た」
促されるままに時計を見た竜郎は、一瞬言葉が詰まって声が止まりそうになった。なぜならその時計は、一周13までの数字が描かれていたからだ。
一日13時間ということはないというのは三日過ごして解っているので、これが示すところは一日26時間ということになる。
「どうかされましたか?」
「いえ、シャックリが出そうになってしまって」
「ああ、そうだったのですね」
「ええ…」
色々思う所はあったが、竜郎は鍵を受け取った。すると、今まで見守っていたゼンドーが話しかけてきた。
「んじゃあ、後は飯だな」
「やっとご飯だあ」
「えーと、じゃあ一度食事に出てきますね」
「はい、お気をつけて。ゼンドーさんも、また」
「おう」
そうして挨拶もそこそこに宿を一旦出ると、隣に併設された食堂に向かった。
「ねえねえ、おじいちゃん。食堂にはどんなメニューがあるの?」
「ん? ああ、あそこは人族以外の客もよく来るからな。
そういう連中にも合わせてっから種類だけなら色々あるぞ。
まあ、でもお勧めはシチューだな。シンプルだがここのは旨いんだ」
「へ、へぇー…たのしみだなあ。ねえ、たつろー」『人族以外って何族がいるの!?』
「ああ、今日はそれを注文してみような」『解らん! けど、外見がいくら摩訶不思議でも、ジロジロ見たりはしないように気を付けよう』
「うん、そうだね」
念話会議を終え、二人はゼンドーに続くようにして食堂の扉を潜り抜けた。
「いらっしゃーい、あら、ゼンドーさん。今日はここで食べてくのかい?」
「ああ、今日はこっちの二人と食べに来たんだよ」
「おや、可愛いお客さんだね。んじゃあ、あっちのテーブルに座ってくれるかい?」
「おう──ん? どうしたお前ら、こっちだぞ」
「「は、はーい…」」
接客してきた四十代くらいの獣耳を生やした女性を見たことによる動揺を、精一杯隠しながら返事をし、周りにもいる別の種族の人達をチラチラ見ながらテーブルまで歩いた。
ゼンドーもなぜか挙動が硬くなった二人が周りをチラ見しているのに気付いたが、貴族の箱入りだったのなら異種族が珍しいのだろうと、勝手に勘違いしてくれた。
そしてそんな動揺のままに二人はゼンドーお勧めのメニューを注文し、同じ料理がテーブルに三つ並んだ。
そこまで来ると目の前から香る美味しそうな匂いに、異種族のことが頭からすっ飛んだ。
「うまい…」「おいし~」
「だろう」
空腹の効力もあったが、実際にシチューもそれと一緒に出てきたパンもとても美味しかった。これなら、明日の朝もこれでいいと思わせてくれる素晴らしい二品だった。
シチューは、大きくカットされた野菜と何かの肉がたっぷり入っており、まずボリュームがあった。そして、それらに白いソースをたっぷり絡めて食べれば、最高の味を演出してくれた。
そしてパンは、外は硬めで中はふわふわ、フランスパンに近かった。それをシチューにつけて食べればもちろん美味しいし、単体で食べても十分にイケる美味しさだった。
そうして三人は最初の一言以外に誰一人口を開かず、夢中になって完食した。
「「ごちそうさま」」
「アイは細っこいから残すかと思ったが、ちゃんと全部食べられたな」
「うん。おなかペコペコだったし、何よりおいしかったしね」
「そうだな、ゼンドーさん。ここを紹介してくれて、ありがとうございました」
「なあに、他にも美味い店が色々あるからよう、また機会があったら連れていってやるよ」
「はいっ」「うんっ」
それから、最初の獣耳の女性に一人750シスを支払って店を後にしたのだった。




