第276話 呪魔法の可能性
金もいらない、物もいらない。ただこの町を出るまでの間だけでいいから、竜郎と一緒にいたい。そして毎晩、男同士で語り明かしたい。
それだけ聞くとソッチの人かと思われかねない発言だが、どうやらこのアーレンフリートと言う男。
色恋にはまるで興味が無く、ひたすら呪魔法についての探求にしか興味が無いらしい。
なので特に竜郎を狙っているとか、そういう事は無いようだ。
「それが、アーレンフリートが俺達に求める礼って事か?」
「そういう言い方をすると、なんだか味気ないが、そうだな。
私くらいになると同じ目線で魔法について語れる人間はいないのだよ。
それで言うと先生は私の魔法を解呪した。
その時点で私よりも上だと言ってもいいくらいさ」
「はあ。そりゃどーも」
アーレンフリートの言葉に生返事しながら、竜郎は解呪した時の事を思い出していた。
あの時は全面的に他者の協力を得て解析し、中核部分は寧ろカルディナの方が多く分担されていた。
だから当時自力で魔法を解いたかと言われれば、若干怪しい所があった。
けれど今なら精霊眼もあれば、解魔法のレベルも上がった。時間をかければ、前情報が無くても竜郎一人で解呪できるかもしれない。
カルディナは竜郎のポケットの中で隠れており、その存在も大っぴらに話す気もないので、まあ勘違いされてるのならそれでいいかと結論付けた。
それから日も暮れ辺りが暗くなってしまったので、とりあえず宿の中に入り、宿泊者は誰でも使えるロビーの一角にある開放スペースを陣取って話を続けた。
そうして話し合って交渉し、最後に決まったアーレンフリートの要求を纏めてみた。
「つまり俺達がこの町に逗留している間、行動を共にしたい。
でも四六時中一緒にいるわけではなく、冒険者の仕事をする時と、毎日夕食後に俺と話をしたい……って事で良いのか?」
「ああ。それで構わんよ、先生」
「だから先生って呼ぶなって……」
最後の抵抗とばかり言ってみたが、アーレンフリートは止める気はまったく無いようで、どこ吹く風だ。
なので最終的に竜郎も折れてしまった。
「めんどくさいなぁ。特に夕食後の会話が嫌すぎる」
「冷たいな、先生は」
「俺は暇さえあれば、愛衣と一緒にいたいんだよ」
だがリアを助けて貰った恩がある。そのおかげで竜郎達はリアと出会えたのだから、こちらとて無碍にしたいわけではない。
「てことで、とりあえず明日からな。今日はもう部屋に戻る」
「解った。では私もこの宿に泊まるとしよう」
「──まじかよ」
嫌そうにする竜郎を無視したまま、アーレンフリートはさっさと受け付けまで行ってしまった。
それに溜め息を一つ吐きながら、竜郎達は自分の部屋へと戻っていった。
そうしてアーレンフリートとの奇妙な関係が始まったのだった。
翌日。
この日からリアは宿の一室に工房を広げて、本格的に魔力頭脳造りに取り掛かり始めた。
今の所、竜郎達が手伝える事もないとの事なので、奈々は護衛兼無理しすぎないための監視としてお留守番。
ポケットの中にいてアーレンフリートに見られていないカルディナは、愛衣のポケットに隠れたまま愛衣の呪魔法に対する護衛とした。
そう決めてから、昨日の話し合いで決めた時間に一階のロビーまで下りて行った。
すると相変わらず目立つローブを着込んだ人物を直ぐに発見し合流。
その後、冒険者ギルドに寄り依頼を受けてから町の外へと出た。
今回受けた依頼は、冒険者ギルドから受けてくれないかと頼まれたもの。
内容は町の近くまで巣穴を広げてきたアーマルという魔物退治と、その母体となっているアーマレ及び巣の根絶。
このアーマルと言う魔物の外見的特徴としては、四本の獣の様な足を持つ五十センチほどの働きアリといった所だろうか。
数匹程度なら、そう対処の難しい相手ではないらしいのだが、何と言っても数が多い。
巣の大きさに比例して数も多くなり、今回の巣穴は発見時には、もうかなり拡張されていて、既に何人かが群れで襲われ餌として肉団子にされて持って行かれてしまっているとのこと。
またアーマルの卵を生み出す女王アリ──アーマレという魔物は、形はほぼ同じだが、産卵器官である管が尻から飛び出し顔が赤色をしている。
このアーマレは巣穴の奥に引っ込んで動かずに、高い繁殖力で卵を産み続ける。
なので外に出てきた少数の働きアリ──アーマルを襲って、個別に削っても焼け石に水。
強力な戦力で大量にいるであろうアーマルを殲滅し、トンネルの様に掘られた地下の巣穴に潜って卵を産むアーマレを全て討伐。
そしてさらに地盤が崩落しない為に、埋め直す必要もある。
これは普通の冒険者では数がいても被害が増えるだけと判断され、高ランク冒険者がちょうどいるじゃないかという話になり、竜郎達にお鉢が回ってきた次第である。
表向きの報酬はお金だけだが、今まで冒険者達を助けてくれていた事も加味して、今回の依頼を無事解決できた暁には、今後何か困った事があれば冒険者ギルドが総力を挙げて、その解決に協力してくれると言ってくれた。
リアの一件はモーリッツが未だ行方不明という不気味な状況なので、世界中にコネクションを持っている冒険者ギルドという保険を持てるのは非常に心強い。
なので竜郎達は喜んで、この依頼を受けることにしたのだ。
「って事で着きましたるは、ただの平地ってわけだが。
多分そこらに開いている穴が全部、巣に繋がっているんだろうな」
ここまで竜郎達は犀車で移動。アーレンフリートは呪魔法で無理やり傀儡にした、三つ首のダチョウの様な真っ白な魔物に騎乗して付いてきた。
そうして目的地までやってきてみれば、手付かずの大地にはポツポツと巣へ繋がっているであろう直径一メートルほどの穴が見て取れた。
「あっ。数匹出てきたっすよ」
「うわー……。アリみたいだけど、でっかくて気持ち悪ーい」
「さてどうするか。聞いた話だと巣穴近くで戦闘が始まると次々湧いて出るっていうし、出てこなくなるまで潰してみるか?」
「先生。それでは少し効率が悪いぞ。ここは私に任せてくれたまえ」
「あ? ああ、まあ、何か効率的な方法があるのならやってみてくれ」
「任された。どれどれ、ここで先生には少し呪魔法の真骨頂をお見せしようじゃないか」
「はいはい。どうぞどうぞ」
そんなに簡単に手の内をポンポン見せる物じゃないと竜郎は思っているのだが、アーレンフリートは自分の魔法を誇示するのが大好きらしい。
なので竜郎は解魔法と精霊眼で、その技をパクらせて貰う気まんまんで調べ始めた。
普通の魔法使いなら、そんな事をされたら怒りそうなものなのだが、この男は何故か身を震わせながら嬉しそうに笑っていた。
「──ああっ。先生が私の魔法に興味津々で嬉しいぞっ!」
「いいから早くやってくれよ、もう……」
竜郎は終始こんな感じで謎のリスぺクトを受け続けることに全くなれずに、疲れた顔をしながら愛衣に抱きついて癒された。
それに愛衣も「よしよーし」と言って甘えてくる竜郎が可愛くて可愛くて、頬を緩ませながら、こちらからも抱きしめ返した。
そんな二人の世界を構築し始めたことには興味をまるで向けずに、竜郎の解魔法が濃密に周囲に散っているのを魔力視で見て悶えながら、アーレンフリートは《アイテムボックス》から何かの樹で出来た四十センチほどの長さで、端には円の中心に線を一本通したような形の持ち手が有る茶色く細い杖を取り出した。
「では、さっそく──ふっ」
杖の先から漆黒の霧が溢れ出し、それは意志を持っているかのように、少し離れた場所にいる一匹の魔物、働きアリ──アーマルAに憑りついた。
するとビクッと一度体を震わせ歩みを止めると、今度は別の個体──アーマルBの方へとノシノシ進んでいった。
アーマルBがその呪と闇の混合魔法のかかったアーマルAを見た瞬間、近くにいたアーマルCを攻撃しだした。
突然仲間からの不意打ちに、あっさりとアーマルCは死んでしまった。
けれどそれで終わることは無く、アーマルBは次々と近くにいるアーマルA以外の個体を襲い始めた。
そしてさらに他にもアーマルAを見た個体達がアーマルBと同じように、仲間を無差別に殺し始めてしまう。
「こんな事もできるのか」
「えげつなー」
「仲間同士で乱戦が始まってるっすよ」
「ふふふっ、呪魔法はただ強化と弱体化だけと思っている輩もいるが、闇魔法と組み合わせることで無限の可能性を秘めた魔法なのだよ。
──どうだいっ、先生!」
「ああ。確かにこれは凄いな……」
目の前には戦闘を嗅ぎ付けたアーマル達が次々と方々の巣穴から出てきては、仲間に襲われたり、抵抗したり、アーマルAを見て殺し合いに意気揚々と加わったりと大混乱に陥っていた。
竜郎達はそれをただ眺めているだけで、そこにはアーマルの死体が自動的に積み上がっていく。
「まさに死屍累々って所か。確かにこれなら自分でやるより、効率はいいかもな」
「見てる間、暇だけどね」
魔物同士の殺戮ショーなんて見ていて面白いものでもない。
なので未だ解析中の竜郎と、自分の魔法にウットリしているアーレンフリート以外は完全に暇になってしまっていた。
そんな時間が三十分ほど過ぎただろうか、すっかり竜郎達は座り込んでお茶をしていたのだが、巣から出てくるアーマルの数が目に見えて減っていき、最終的には何も出てこなくなってしまった。
「これで終わりっすかね」
「ん~でも、卵を産むアーマレっていうのが巣穴の奥に何体かいるんだよね?」
「ああ。だからアレを燃やしてから、巣穴に潜るぞ。
巣穴は狭いからゾロゾロ行くのもなんだな……。
よし。俺と愛衣、ジャンヌとアテナ、アーレンフリートの三チームに分かれて潜ろう」
「うん」「ヒヒン」「解ったっす」「何故、先生と一緒じゃないのだ!?」
「いやだって、良く知らん奴と狭い所で一緒とか無いから」
「なんと冷たいのだ……」
純粋に真正面からアーレンフリートと戦えば、竜郎は圧倒する自信がある。
だが長年培った技術での搦め手を使われると、危険だとも考えていた。
最初から呪魔法を使っていたりと、竜郎はまだ一ミリたりとてアーレンフリートと言う男を信じてはいない。
信じていないからこそ、一番呪魔法に抵抗できない愛衣にカルディナをつきっきりにしているのだから。
そんな男と直径一メートルのトンネル、狭くて動きも制限されるような場所で、自分や他の仲間の近くに置きたくはない。
「戦力的には大丈夫だろ。それに人数的に不安だったら、乗ってきた時の魔物と一緒に行けばいいじゃないか」
「あれはテイムしたのではなく、強制的に支配しているだけなのだ。
だから自分で考えて動くこともできないから、いちいち動作を伝えなければ動くこともできない。──それに」
「それになーに?」
「あの魔物は、ひじょ~~~に、弱いのだ。
アレを連れて行くくらいなら、一人で行った方がむしろ楽なくらいだ」
「あらら。それは確かにダメっすね。でも何でそんな弱い魔物に乗ってるんすか?
乗り物にするにしても、もっと強いのにすればいいっす」
これまで見てきた実力からして、アーレンフリートならもっと強力な魔物を傀儡に変えられるであろう。
だからこそ質問をしたアテナを筆頭に、竜郎や愛衣も気になった。
けれど理由はひどく単純だった。
「私はテイマーではないからな。冒険者ギルドから許可はもらえない。
だから大抵の冒険者であれば直ぐに始末できるレベルでもなければ、町へは入れて貰えんのだ。
結果、乗り物としては優秀だが弱い魔物をと探したら、これだったというだけの事」
「そんな許可がいるのか。ジャンヌは普通に入れて貰えたのに」
「高ランクの冒険者が特別なだけだ。ランクの高さは信用度の表れでもあるのだから」
「ああ、そっか。そういえば前に高ランク冒険者ならって言ってた人がいたっけ」
愛衣はリャダスの白髪交じりの衛兵が、初めて会った時にそのような事を言っていたのを思い出した。
「まあ、そう言う事なら置いていくしかないが、アーレンフリートの呪魔法なら一人でも大丈夫だろ?」
「──っ! 勿論だとも! この程度の魔物、私一人で問題ない!!」
「んじゃあ、そう言う事でよろしく~」
「あ──」
自分で言った言葉を、今さらひっくり返す事はプライドが許さないアーレンフリート。
という事で魔物の死骸をジャンヌの火魔法で燃やしてもらってから、竜郎の言った通りのメンバーで、それぞれの穴へと侵入していくのであった。




