第275話 変人襲来
いつもよりも帰宅時間が早く、竜郎達よりも早く宿に着いたリアと奈々。
リアは急いで頭の中の情報を纏め上げたかったので、直ぐに自分の部屋へと籠った。
そして今は紙を部屋中に広げて、ああでもない、こうでもないと唸りながら作業をしていた。
──と、そんな話を現在竜郎達の部屋で、奈々が説明してくれていた。
「へー。それじゃあ、ついに魔力頭脳の完成が見えてきたのか」
「そうみたいですの。今の技術と鍛冶術のレベル。それに専門特化の補正も加味すれば、おそらく造れるだろうと言ってたですの」
「これで、たつろーの杖も完成版が拝めるんだね!」
「それに他の武器にも組み込めるんすよね? どんなのか楽しみっす」
正直これ以上戦力増強してどうするのかとも思わないでもない一同ではあるが、どうせなら最強装備を極めていきたいのだ。
竜郎も今の杖に大分慣れてきたものの、やはりサブコアからサブコアへの仕事の受け渡し時の違和感だけは今でも気になってしまっていたので、その辺がどういう感じになるのかも期待していた。
「後は出来てからの、お楽しみって事だな。
奈々も俺達に何か手伝えることが有ったら遠慮なく言うように、リアに伝えておいてくれ」
「解ったですの!」
そうして今度は、リアの研究の集大成を待つという待機時間に変わっていった。
それから三日目のある日。設計図が完成し、とりあえず一段落着いたらしいので、竜郎達は宿の一室に籠りっぱなしだったリアに声をかけて町へ買い物に出かけた。
リアもようやく完成図を思い浮かべられるようになった事に浮かれて、晴れやかな気分で女性組の中でキャイキャイとショッピングに勤しんだ。
竜郎も一歩離れた場所から、何か聞かれれば意見を述べつつ時を過ごした。
「じゃあ、今日はそろそろ帰ろーか」
夕焼けに完全に染まり闇が落ち始めていた頃あいに言った愛衣の一言で、今日の息抜きを終えて宿に帰還することになった。
一同は他愛無い話に花を咲かせながら、いつも通っている宿への道にある階段を上がっていき、最後の、それを登れば目的地まで直ぐと言った階段の手前で足を止めた。
そこに変人──もとい……リアの見覚えのある人物が居たからだ。
「久しぶりだな。元、哀れなドワーフの娘よ」
「あ、アーレンフリートさん!?」
「「「「──え?」」」」「──ピィ?」「──ヒヒン?」
アーレンフリート。
金髪碧眼でド派手な黄色に赤の大きな刺繍の入ったローブを着た、エルフの男。
そしてリアに死を繰り返す呪いをかけた、自称世界一の呪魔法使い。
そんな男が階段の手前──つまり道端で堂々と一人掛けの豪奢な椅子に腰かけ、小さな丸テーブルに紅茶を入れたカップを置いて、優雅にティータイムと洒落込んでいた。
当然通行人には遠巻きに奇異の視線を向けられているが、本人はまるで気にした様子もなく寛いでいた。
「なんつー所で、茶ーしばいてんだコイツ……」
「あの人がリアちゃんの言ってた、アーレンなんちゃらさんって事?」
「は、はい。見た目もそうですが、格好も出会った時そのままです」
「話に聞いていた通り、胡散臭そうな奴ですの」
「あたしは聞いてなかったっすけど、確かに言えてるっす」
と。本人にも聞こえているだろうにもかかわらず、眉一つ動かさずにティーカップに口をつけてから、こちらに向き直った。
「いやはや。私以外に解ける者はいないと思って、三十年近くこの周辺の町をグルグル巡っていたのだがね。
どうやら、その必要もないようだ」
「あ──。すいません。私の為に三十年も無駄に……」
「いやいや、気にすることは無い。私も暇だからね、何か目的があった方が面白いのだよ。
現に見つけてしまった事を残念とすら思っているくらいだ」
「ええっ? 三十年も探してたのに!?」
本気でそう言っていそうなアーレンフリートに、愛衣は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。
なんて変な奴なんだろうと。
「何を驚く? まだ寿命が六千年近く残っているのに、三十年程しか暇つぶしにならなかったのだぞ?
それは残念という他ないであろう」
「ろくっ、六千年!?
な、なあリア。エルフってのは、そんなに長生きなのか?」
「普通の純血エルフは私と同じ純血ドワーフと同じく、三百年くらいしか生きられませんね」
「──って、リアちゃんも元々随分長生きな種族だったんだね」
「ええ。でもエルフはドワーフと違い、多岐に渡って種の枝が別れています。
クリアエルフという最初のエルフにして、最初の人間とも呼ばれる不老不死のエルフ種に始まり、それに血が近いエルフ種ほど寿命も長くなっているそうです。
そしておそらくアーレンフリートさんは、一万年の時を生きると言われているニーアエルフだと思います」
「その通りだよ、ドワーフの娘。
そう我こそは、クリアエルフにもっとも近い──と個人的に思っている種、ニーアエルフその人だ!」
「個人的にかよ!
まあでも、それだけ長く生きてるなら、あれだけ強力な呪魔法が造れてもおかしくないのか」
どれほどの時間がかかったのかまでは想像もつかないが、地道にレベルを上げたり世界中のダンジョンを回っていけば、相当なSPが手に入るはずだ。
その結果、あの異常ともいえるほどの精緻な魔法を編み出したのだろう。
「──少年。その口ぶりからすると、やはり君が私の魔法を解いたのかね?」
「ああ、そうだ──っ」
「そうかそうか」
竜郎は無警戒に口を漏らしたことに、自分自身で驚いていた。
何故こんなに簡単にバラしてしまったのかと。
そして直ぐにその理由に思い至った。
「──呪魔法か」
「おおっ、さすがだね。もう気が付いてしまったのか」
「どゆこと? たつろー」
何が何だか解らない愛衣は、瞠目している竜郎に問いかけた。
けれど竜郎が答えるよりも早く、アーレンフリートがネタばらししてくれた。
「大したことでは無いさ。
ただ今の私を見ている人間は、ほんの少し口が軽くなる呪魔法を自分にかけているだけさ。
ほんの少しだから意外に気が付かれにくい」
「……というわけだ」
「なーる」
「君たちも使えるのなら、やったほうがいい。情報収集するのに、とても便利だ」
「………………」
竜郎は何も言わずに精霊眼と解魔法で、相手の呪魔法を解析していった。
そしてその逆位相の結界を張って、ここにいる全員にその効果が及ばない様にした。
「ところで、もう一つ聞いておきたいんだが。
そこにいるドワーフの娘は虚弱な体質だったと思うのだが、それも少年が何とかしたのかい?」
「さあ。時間が経つにつれて治ったんじゃないですか?」
「──ほぉ。もう対応したようだね。面白い面白い」
また軽くなった口で滑らせようとした様だが、今度は向こうの呪魔法の影響は受けていないので迂闊な発言は防げた。
だと言うのに、向こうは嬉しそうに手を叩いて喜んでいた。
(呪魔法で相手の視覚を誤魔化すってのはやってるから、思考を誘導することも出来るってのは解っていた……んだが、それでも俺の魔法抵抗値まで超えてくるとか、どれだけレベルが高いんだ……)
精霊眼で観た限りでも、今までの中でトップクラスの魔力量を有している事からも、この男の尋常ではない強さが窺えた。
始めはリアの恩人だからと警戒心は緩めにしていたが、竜郎は警戒レベルをマックスまで引き上げた。
「とりあえず。アーレンフリートさん。あなたがいたから俺達もリアと出会えた。
リアを助けてくれて、ありがとうございます。
けれどもうリアは呪いを解いて貰う必要は無いのですが、どうしましょう?
礼が欲しいと言うのなら、いくらかお支払いもしますが」
「おやおやツレないねぇ。呪魔法を使ってしまったから、警戒されてしまったようだ」
「そりゃあ、そうですよ。それにどうやって、ここを突き止めたんですか?」
「ふーむ。君たちは今、結構この町で噂されているという事を知らないのかな?
少し噂に耳を傾ければ、まず最初に君たちの事が出てくるくらいだ」
「え?」
「やはり気が付いてなかったようだ。
何やら君たちに助けられたとかいう冒険者たちが、発信源になっているようだが。
そして変わった装備を持っていた──そんな情報も小耳に挟んでね。
そこのドワーフの娘を探すなら、変わった物品に関して調べてみるのが一番だと思わないかい?」
「ああ。そう言う事か」
この町特有というのか、ここに来た冒険者などは、自分たちの身の丈に合わない魔物に挑む輩が、他の町の周辺に比べて非常に多かった。
原因としては、手に入れた素晴らしい装備品を試したくて……という事らしい。
冒険者ギルドからも気を付けるように言ってはいるが、若い連中は自分なら大丈夫だと根拠のない自信のままに行動してしまうのだ。
実際に竜郎達がこの周辺で依頼をこなしている間にも、以前に助けた冒険者たちの様な輩が数組ほどいて、しょうがないからと助けていた。
その結果。この町の冒険者ギルドからはとても感謝され、信頼も厚くなったので万々歳……と思っていたのだが、そこから生まれる噂の種にまでは考えが及んでいなかった。
その為、竜郎達の表面的な情報が現在、助けた冒険者たちの口を元に、この町に流されてしまいアーレンフリートの情報網にまんまと引っかかってしまったのだ。
「おかげでこの場所も直ぐに解ってしまったよ。
人探しというのもソコソコ暇つぶしになったし、さっさと呪いを解いて次の遊びを考えなきゃと思っていたのだが、どうだい?
そこにいるドワーフの娘は、完全に解放されているじゃあないかい」
「ええ。あのままじゃ不便だったので遠慮なく」
「アレはな、少年。不便だったからとか、そんな簡単な気持ちで解呪できるような魔法じゃなかったはずなんだ。それを解かれてしまうとは──」
ジッと竜郎を見つめるアーレンフリートの雰囲気に、愛衣達も警戒して身構えた。
この男は呪魔法に余程の自信を持っていた様であるし、それを解かれてしまったのだから、妙な怒りを買ってしまったのかもしれないと思ったからだ。
けれど──。
「──素晴らしい!! 天晴だよ、少年。
いや、少年なんて言い方は失礼かもしれない。──そうだ! 先生と呼ぼう!」
「いや、やめ──」
先生などと呼ばれたくなかったので拒否しようとするも、それを口にする前に向こうが言葉を重ねてしまう。
「だから先生も、気軽に私の事はアールとでも呼んでくれたまえ!
それに敬語も不要だよ! 私と先生の仲じゃないか」
「数分前に会ったばかりの人間との仲なんて無い!
それに先生っていうのを止め──」
「おおっ、さっそく敬語を止めてくれたのか! 嬉しいぞ、先生」
「もうやだコイツ……」
「おーよしよし、たつろー。めんどくさい人に絡まれちゃったねー」
うなだれる竜郎の頭を抱きかかえて、愛衣はよしよしと頭を撫でて励ました。
その柔らかな感触に癒されながら、直ぐに竜郎は立ち直った。
「とにかく! 冷たい言い方になるかもしれないが、もうアーレンフリートの力を借りなくてもリアは大丈夫だ。
恩義は感じているし何か欲しいのなら、俺達に渡せるものに限ってだが譲ってもいい。
だからもう俺達に構わず、自分の好きなようにしてくれないか?」
これ以上付きまとわれても面倒だと、竜郎はハッキリと関わりたくないという意志を示した。
竜郎ですら抗い辛い魔法を使う、よく解らない男を近くに置きたくはないのだ。
「何か欲しいモノねぇ。こう見えても私はかなり裕福でね。お金には困っていないのだよ」
「まあ、それだけ実力があるのなら、いくらでも稼げそうっすからね」
「そのとおりだ、獣の娘よ。それに私は既に自分の身の回りの物は選りすぐりの物ばかりで、これ以上は荷物になるだけ。
だから物品を貰っても困るだけさ、だから提案なんだが」
「提案? それは何だ?」
「この町を出るまでの間でいい。先生と一緒にいたいんだ。
そして呪魔法について、毎晩語り明かそうじゃあないか!」
「はあ?」
また訳の解らない事を言い出したアーレンフリートに、竜郎はおろか、他のメンバーも大口開けて、何を言ってんだコイツと変人を見る目で見つめたのであった。
次回、第276話は7月12日(水)更新です。




