第273話 ルドルフが欲しかったもの
竜郎とルドルフが握手を交わしてから十日経った。
竜郎はその間に準備を完全に整え、例の物をリアと共に完成させて五日目に届けた。
そして今日。例の物がちゃんと完成していたのなら、今頃は完全に成果が出ているはずだ。
先方にも今日行くことは伝えているので、さっそく結果を確かめるべく店へと急いだ。
店に入るとルドルフは竜郎達を待ち構えるようにして、すぐに見える場所に仁王立ちしていた。
「──来たな。タツロウ」
「ええ。来ましたよ、ルドルフさん。──それで、どうでしたか?」
二人の間に緊張の波が押し寄せ始め、重たい空気が流れる。
ルドルフは一瞬の沈黙の後、右腕をゆっくりと上にあげ──振り下ろ;しざまに親指を上に立てて感動の涙を静かに流した。
竜郎もそれに「おおっ」と感嘆の声を上げると、ルドルフは玉ねぎ頭を維持していた天頂部の紐をスッと抜いた。
すると前後左右の長い髪が落ちていき、隠されていた頭上がさらされた。
「やったぜ。タツロウ!」
「やりましたね! ルドルフさん!」
その見えないベールに隠されていた頭頂部には、まだ短いながらも元気に育つ銀髪が芝生の様に生え揃っていた。
そう。今回ルドルフが魅力的だと感じた物……。
それはどんな死滅した毛根にでも命を吹き込む、究極の毛生え薬だった。
なんでそんなもので……。と思う者も多いだろうが、これにはドワーフならではの事情が入ってくる。
ドワーフの男は元来毛深く、胸毛、脛毛など無駄毛と呼ばれる部分も非常に多い。
けれどそのおかげで、どれほど老いても頭髪が薄くなることもなく、おじいちゃんになってもフッサフサのマイヘアーを何の手入れもする事無く維持できる。
そして毛深い男ほど同種族の男からは羨ましがられ、同種族の異性に受けがいい……と言われている。
けれどルドルフは若い頃に散々苦労したせいで、心因性脱毛症を発症してしまった。
そのおかげで頭頂部のみ河童のお皿の様にツルツルになってしまい、それを何とか隠そうと前後左右の髪を伸ばして上で束ねて隠していた。
つまりドワーフにとって禿げとは、人種とは比べ物にならないほど恥ずかしいモノとされているのだ。
そして部位欠損すら治すことのできる生魔法。
これは内的要因、つまり精神的な病や老化による体の不調は治すことが困難。
だからこそ、今の今まで金があっても髪を生やす事が出来なかったのだ。
竜郎は密かに将来の自分の頭を憂いて悩んでいた事もあって、その変な髪形を見てピンときた。
以前ピポリン探しに行った森で出会った魔物のスキル。
そしてその死体をリアに、ものすごく暇な時で良いからと頼んで研究を手伝って貰っていた。
その結果。本気になれば再現できそうだというのが解った所で、不老の存在になった事を知った竜郎。
なので慌てる必要もなくなった事で、研究も一時凍結していた。
けれど密かに続けていた研究を再開し、リアも自分の技術不足を埋める為に本気で取り組んだ。
竜郎達はピポリンのいた森に飛んでいき、件の毛玉魔物を生け捕りにして、より上質な研究材料を確保。
その辺にいた魔物の毛を刈って薬の実験をして、安全性を確かめたうえで《万象解識眼》でも念入りに副作用など有るかも確認した。
そうして出来た塗り薬をルドルフに渡し、毎晩髪と頭皮を洗って清潔にしてから患部に塗布。
それを数日間続けたことにより、河童のお皿も見事な草原地帯に生まれ変わったというわけである。
「あとは渡した分を全て使い切るまで毎晩使い続ければ、毛根も完全に復活して何もしなくても、その状態を維持できるはずですよ」
「それはありがたいっ!」
これでルドルフは大手を振って、自分ではしたくもなかった髪形から一生解放される。
嬉しさのあまりルドルフは竜郎にガシッと抱擁した。
その気持ち少し解るぜ!と、竜郎も熱い抱擁を受け入れた。
(これは思わぬところで、親父とじいちゃん達にお土産が出来たな!)
いつかシステムを切って老化を受け入れた後も、愛衣の前ではフサフサの髪を維持できる幸せに竜郎も心から喜んだ。
けれどそんな男たちが異様に盛り上がる中、女性組のテンションは平常運転よりやや低めであった。
「ねーねー。盛り上がってるところ悪いんだけどさー。
結局、これでリアちゃんに教えてくれるって事で良いのー?」
「勿論だ! 気軽にポンポン他の連中に教えられたらたまらんが、前に言ってた約束が守れるなら喜んで教えるぞ!」
「本当ですか!」
「ああ!」
技術を見せてくれるだけでなく、ちゃんと教えてもくれる師匠を確保したリアも、自分には縁のない毛生え薬を全力で造った事が報われた気がした。
「んじゃあ、今日はもう教えられるテンションじゃねーからな!
明日から来てくれ!」
「解りました!」
「やったすね~」
「はい、やりました!」
こうしてリアは、明日から暫くここで修行することとなった。
これで小手先の技術もしっかりと身に付ける事が出来れば、まさに鬼に金棒。
今後どんな物でも造れてしまうかもしれないと、無限の可能性にリアは胸が熱くなるのを感じた。
「それじゃあ、また明日来ますね」
「ああ、朝から来てくれてもいいぞ」
すっかり上機嫌になったルドルフに見送られながら、竜郎達は宿へと帰還した。
それから食事で祝賀会を部屋で行いながら、明日からの予定を話し合っていた。
「──ってことで、明日からリアと奈々はルドルフさんの所で修行。
残りの俺達は外で依頼でもこなしながら、SP稼ぎ。って所でいいか?」
リア一人だけを残していくのも不安なのと、奈々も鍛冶業の手伝いをすることが多いのでついでに作業を見させてもらう事にした。
これは事前に聞いていたので、ルドルフ側も問題ない。
そして何もすることのない竜郎達は、リアが一生懸命やっている間にただダラダラしているのも心苦しいので、外で雑魚魔物相手に微量のSPを出稼ぎに行くことにしたのだ。
全員それで問題はないようで、しっかりと竜郎を見て頷いてくれた。
「よし。んじゃあ、今日はもうダラダラ過ごそう」
「さんせー!」
何度目かの乾杯をして、その日は宣言通りダラダラと時を過ごしていった。
翌日。
奈々とリア以外はフル装備を纏い準備を整えてから、まずは全員でルドルフの店へと歩いて向かった。
「それじゃあリアの事、よろしくお願いします」
「ああ、やると言ったからには手は抜かねえぞ」
「望むところです!」
鼻息荒く気合を入れるリアに「ほどほどにな」と言って、竜郎は頭をポンポンと撫でてから、愛衣達と共に冒険者ギルドに依頼を確かめに行く。
そこで周辺にいる何種かの指定された魔物の討伐と素材回収の依頼を受けて、トンネルの絵を見ながら町の外へと出た。
今回の魔物達は舗装された石畳の道から外れた所にある、手入れされていない区画によくいるらしい。
なのでそこまで新調した犀車でジャンヌに引いて行ってもらい、直ぐに辿り着いた。
そこは手入れされていないと聞いていただけあって、確かに石畳周辺の区画とはまるで違った。
雑草は伸び放題で、岩が生えてゴツゴツした大地。
恐らく魔物が通る時に残していったであろう、けもの道。
まばらに生えた細く長い木々と、随分ワイルドな場所だった。
「カルディナ。探査範囲内に魔物は何種類くらい、いると思う?」
「ピィー………………………………ピィユー」
「十八種類くらいだそうっす」
「多いね。その内、私らの標的っぽいのはどれか解る?
確か特徴は──」
愛衣が依頼書に記載されている魔物の姿絵と文章から特徴を読み上げ、カルディナの《分霊:遠映近斬》を使って遠くの魔物の姿をそこへ投影していく。
今回受けた依頼は、痩せ細ったイノシシの体に、サメの頭を細く伸ばしたような頭部の魔物。
虫の様な三本足で立って歩く、巨大キノコ。
まばらに生えた細長い木に擬態した植物魔物。
三十センチほどの大きさで、緑色の羽を持つ蛾。
厚みが五センチしかない、体長二メートルの薄べったい蜥蜴。
鳥の羽の様な耳を持つウサギ型魔物。
地中を泳ぐスキルを持つ、三つ目の顔にストローの様な口、ミミズのような体に二本腕を付けたような黒い魔物。
そしてここよりさらに先に進んだ場所にある沼に生息する、一本角のナマズの様な魔物の計八種類。
それらを《分霊:遠映近斬》の映像と合わせて探査魔法で探していき、全ての魔物の居場所を割り出すことに成功した。
「それじゃあ、順番に狩っていくか。ルート案内は頼んでいいか?」
「ピィューーー」
元気よく頷く《真体化》状態のカルディナに案内されながら、最短ルートでそれらの魔物を狩り取っていくのだった。
今回の魔物達は町周辺の初級者以下の者たちが相手にするような存在のみ。
そんなモノ達が竜郎達に抵抗できるわけもなく、あっさり生け捕りされて《レベルイーター》を使った後に綺麗に殺して《無限アイテムフィールド》にしまいこまれていった。
けれど危険が無いのと引き換えに、SPも比例するように目減りしていた。
「ダンジョンから出た後だと、ここらの敵じゃ手ごたえが無さ過ぎてつまんないっす~」
「まあなあ。念のためフル装備で来たが、私服で来ても良かったのかもしれない」
「SPもこれだけ!? って、どうしても思っちゃうしね」
それなりに時間をかけて歩き回って八種類の魔物から頂いたSPは、たったの(27)。どの個体も真面なスキルを有していなかったのだ。
レベル10ダンジョンに長期滞在していたというのもあって、どうしてもそこの感覚が抜けない竜郎達。
あまりの弱さと身入りの少なさに、テンションがダダ下がり状態になっていた。
けれどここで文句を言ったところで、どうとなるわけでもない。まだ時間もあることだし、もう少し足を延ばしてみるかという話になった。
……のだが、カルディナの探査魔法でいること自体は知っていた別の冒険者連中が、後ろから一匹の魔物に追い掛け回され、こちらに向かって全力で走り寄ってくるのを確認した。
向こうも探査魔法で誰かが自分たち以上の範囲で探査をかけている事は知っていた様で、格上だと判断して助けてもらおうと思っているのだろうと竜郎は推察した。
「カルディナ、どんな魔物か見せてくれ」
「ピィー」
「これは……あるまじろって奴かな?」
「…………に見えなくもないが、ダンゴ虫じゃないか?」
そこで《分霊:遠映近斬》で見る角度を変えて貰えば、上から見ればアルマジロと言われても一瞬納得できそうな茶色い外殻を有しているが、よくよく見ればワサワサした気持ちの悪い多足と、刃物ように鋭利な触手を武器にして、人間たちを殺さんとしていた。
それを見せられ、虫と認識した愛衣は嫌そうに顔を歪めた。
「虫はいらないよぉ…」
「けど、この辺のにしちゃあマシな方だろ。
あちらさんがいらないっていうのなら、俺達に倒させてもらおう」
「でもマシってだけで、炎山のノーマル火蜥蜴の方が強そうっすね」
「ヒヒーン」
ジャンヌも「だよねー」とアテナに同調するように首を縦に振りながら、カルディナの分霊が映す五メートル級のダンゴ虫の姿を見つめた。
準備万端でのんびり竜郎達が待ち構えていると、冒険者らしき五人の男女が息を切らしながらゴツゴツして走りにくそうな地面を懸命に蹴り進んできていた。
一番前にいた男は、格上だと思っていた存在が年下の子供達だったことに愕然としていた。
どうやら解魔法に優れているだけのパーティだとでも思ったのだろう。
「お、お前たちも──」
早く逃げろ。そう言おうとしたようだが、それに覆いかぶせるように竜郎がライフル杖のトリガーを引き、コアを一つだけ起動しながら大声で呼びかけた。
「横に散開してくださーーい!」
「──おい、おまえらっ」
竜郎の呑気な声音に、これはいけるのかと思い直し、後ろにいるメンバーに言う通りにするよう声をかけ、横方向に散開して魔物の正面から全員どき去った。
そのタイミングに合わせて、竜郎は杖の前に溜めていた氷の魔力を噴出して後ろ半分を氷漬けにして動きを完全に封じ込めた。
魔物は分厚い氷を懸命に鋭利な触手で砕こうと、体を捩って暴れて見せる。
だがたとえ万全の状態であっても、竜郎がたっぷりと魔力を注いだ氷を砕くことなど出来ないのだから、そんな力の乗せにくい攻撃では傷を付ける事も出来ない。
ちなみに。前ではなく後ろ半分を氷漬けにしたのは、窒息死を防ぐためである。
一瞬で自分たちが死に体で逃げてきた魔物を生け捕りにした竜郎に、冒険者達は大口を開けて、こちらを凝視してきていた。
けれどそんなものに構わずに、竜郎達は無遠慮に未だ暴れている魔物に歩み寄り、触手をアテナが大鎌で切り落とし、愛衣が殴って気絶させてから、竜郎が《レベルイーター》でスキルレベルを貰う。
『これでもトータルSP12だったぞ。
普通のレベルは28と他に比べれば高かったんだが』
『ありゃりゃ残念。でも確かこの辺にいたのは平均8、9レベルだったし、まあまあ強い部類……なんだよね?』
『多分な。こっちの世界に来たばかりの俺だったら、死ぬレベルだし』
そんな事を言っている間にも、一番レベルが低いジャンヌが《幼体化》のまま後ろ蹴りで、頭を吹き飛ばしたのであった。




