第270話 職人協同組合
竜郎は料理が全て運ばれてきたのを確認してから部屋を完全に閉じ、カルディナは《成体化》してもらい、ジャンヌにも再び出てきてもらい、人間組は食事しながら、魔力体生物組はリラックスしながら今後の事について話し合う事にした。
「取りあえず、明日は紹介状を持って件の鍛冶師を見つけようと──」
「ちょっと待ってください、兄さん。一度その紹介状を見せて貰えますか?」
「ん? いいぞ。えーと……これだ」
「ありがとうございます」
お兄ちゃん、お姉ちゃん呼びは結局恥ずかしく、兄さん姉さんに呼称が落ち着いたリアの言葉に、竜郎は素直にしたがって紹介状を渡した。
するとリアは裏表をチラチラ確認し終わると、直ぐにそれを竜郎に返した。
「どうやらちゃんとした紹介状の様ですし、職人協同組合に持っていけば直ぐに紹介してくれると思いますよ」
「職人協同組合? どんなトコなのそこって」
「えっとですね。この町には色んな職人が沢山いるじゃないですか」
「そうっすね。鍛冶師以外にも、彫刻家や画家なんてのもいるんすよね?」
アテナがリアからここまでの間で話していた内容を遡って、知識を掘りおこした。
それにリアは一度頷いてから話をつづけた。
「はい。ですから外から来た人では、予算の範囲内で自分に合った代物が造れる職人を、自力で探すのは苦労するんです」
「もしかして、その組合はそういう人に誰がいいなどを教えてくれたりするという事ですの?」
「はい。それに契約内容や納期の期間など、素人では決め辛い点なども間に入って依頼者と職人、双方にとってより良い結果となる様に調整してくれたりもします。
そしてさらに特定の職人と繋がりのある人物からの紹介状を見せれば、組合経由でスムーズにアポイントメントを取ってくれたりもするんです」
「そりゃ有難いな。ならついでに家具とかもそこで相談すれば、色々作って貰えそうだな」
「特に知り合いがいない場合は、それでもいいかもしれませんね。
後は直接出向いて、店先で既に出来ているものを購入する、なんて事もできますよ。
もちろん組合で、お勧めの店を聞いたりもできます」
「へー。初心者にも優しい良いシステムだね!」
「この町は、リューシテン領での貴重な資金源ですからね。
国内はおろか国外からも注文があるので外貨も結構稼いでいますし、国にとっても力を入れておきたいんだと思います」
「ああ。事情は結構、生々しいんすね」
どこの世界も、利益が絡む所ほど充実していくのだろう。
そんな情勢に得心しながら、竜郎達の明日第一に行く場所が決まった。
「んじゃあ、まずは職人協同組合にこれを持って行けばいいな。
んで次はアポを取ってもらって、その人にリアの技術向上の助けになりそうな腕利きの職人を紹介して貰えばいいと」
「だね。後は交渉が上手くいくかどうかだけど」
「お金も沢山ありますし、素材だってレベル10のダンジョンで手に入れた上級の物も多種多量にありますから、そこいらで押せばいけそうじゃないですの?」
「逆に言えば、それ以外に方法はないっぽいんすけどね~」
「だが単純だからこそ、交渉もしやすいって利点もあるがな。
紹介してくれる人は顔が広いらしいし一人ぐらい、そういう人もいるだろ」
と。今後の方針も何となく決まった所で、後は純粋に食事を楽しみ、超過分は竜郎の《無限アイテムフィールド》にしまって保存しておいた。
それからカルディナ達と戯れながら、魔力の補充をしつつリラックスしてから解散となった。
奈々とアテナは念のため、もしもの時にも直ぐに動けるようにリアと一緒の部屋に去っていき、カルディナとジャンヌは竜郎の中に戻って貰った。
それから竜郎と愛衣は、豪華な風呂に一緒に入り、現在同じベッドの中で二人の時間をたっぷりと堪能していた。
「たつろー。ちゅー♪」
「──ん」
コアラの様にしがみつきながらキスをせがんでくる愛衣に、竜郎は大切な宝物を包み込むように優しく抱きしめながら唇に触れた。
しかし竜郎の手はそれだけにとどまらず、愛衣の体を触っていった。
それに対して愛衣は口を離して尖らせた。
「こらー。今はちゅーの時間なのー。そういうのは、お風呂で沢山したでしょ」「すまん。実は内緒にしていたんだが、ベッドは別腹なんだ」
「私はお菓子か!」
「お菓子なんかよりもずっと好きだな──ん」
そういいながら、竜郎はまた愛衣の唇に吸い付いた。
「ん─ん───。もう、なんかエンデニエンテって称号手に入れてから、そっちの復活も早くなってない?」
「あー。そうかもしれない。いや、だったか? それなら我慢するぞ。
俺は確かにエロいが、愛衣の体が目的なんじゃなくて、愛衣自身が目的なんだ。
そばにこうしていてくれるだけで、何よりも嬉しいよ」
「……もー、そういう言い方はずるいよぉ。あとエロいって自分で認めるなー」
言っている事はアレだが、いつも欲望以上に愛情を注いでくれているのは身を以て知っている。
けれどそれを言葉にされると、またクルものがあるのだ。
愛衣は顔を真っ赤にしながら、拗ねたように唇をまた尖らせた。
そんな愛衣に竜郎は、いつもと変わらない優しい笑顔を向けてくれた。
「……じゃあ、いいよ。──しても」
「いいのか? 嫌だったら別にいいんだぞ?」
「んーん。私もしたいの。なんだかんだで、私も気持ちいい、です、し……」
「──そうか。ついに愛衣もエロ道を掴んだか!」
「エロ道ってなんじゃいっ。そんなの無いから!」
「俺は嬉しいぞ、愛衣。二人でエロ道を極めていこうぞ!!」
「ぞって何? って、人の話を聞けー!」
そうして二人は、一睡もすることなく朝を迎えることになるのだった。
「結局、一睡もしてないね。あーあ。ベッドもひどい事に……」
「そっちは《無限アイテムフィールド》で何とでも出来るから、リアたちが来る前にシャワーを浴びてこよう」
「それと換気もね」
別にバレてもいいのだが何となく恥ずかしさもあり、二人はテキパキと隠蔽工作に勤しんだ。
そうしてそれから一時間もし、シャワーでまたイチャついていたせいでギリギリになってしまったが、それでも何とか完璧に身支度を整え、空気も入れ替え、万全の状態でリアたちを招き入れた。
ちなみに称号効果のおかげか、一睡もしていないのに眠気からくる倦怠感などは一切なく、寝ることはできるが、寝なくてもいい体になっているらしいことも解った。
そんな豆情報を手に入れた所で、また大量に朝食を頼んだ。
そうしてのんびりと美味しい食事をとりながら、お喋りに花を咲かせた。
それから余った手を付けていない料理はしまいこんで、さっそく昨日話していた職人協同組合──略して職協に向かった。
「職協は場所が以前と変わっていないなら…………えーと、向こうの方です」
高台にある宿なので大体の町の方角も解りやすく、ここまで来たことのなかったリアでも直ぐに大よその地形を理解し、案内を買って出てくれた。
以前では真面に出歩くことすらできなかった町を、自分の足で歩けると言うのが嬉しいのか、幾分リアのテンションも道中高かった。
そんな様を皆で温かく見守りながら、街並みの芸術品の数々に目を向けていった。
「ここですね。よかった。場所は全く変わってないです」
「よっしゃ。ならさっそく入ろうか」
そこは決して華美な装飾されていないのだが、上品で洗練されたデザインで他と比べても劣ることない作り手のセンスの良さが解る、ドーム型の大きく広い建物だった。
そこの透明で分厚く、中に美しい模様が刻まれているガラスの様な素材でできた両開きの扉を開け、入ってすぐの場所にデカデカとある案内板が目に飛び込んできた。
「これを見れば、何処に行けばいいか解るのか。
んじゃあ、まずは鍛冶関係のフロアはっと」
「あ、これじゃない? たつろー」
「鍛冶師紹介状受付──ああ、まんまこれだな。
えーと、一階手前の……って、直ぐそこじゃないか」
皆で態々案内板と睨めっこしながら探したのに、普通に見渡せば見える場所に、大きく紹介状受付カウンターと書かれた立札が目に入った。
そして受付の品のいい長身の男性に笑顔を向けられ、竜郎はバツが悪そうに苦笑いした。
それから《無限アイテムフィールド》から紹介状を出して、その男性の元まで歩いていった。
「紹介状を持ってきたのですが」
「一度お預かりさせてもらっても、よろしいですか」
「はい、大丈夫です」
営業スマイルが板についた、そこそこ若く見える男性に紹介状を渡すと、誰宛てなのか確認し、後ろにいくつも並べられた引き出しの中から、該当人物の資料を取り出す。
そうして再び、竜郎の目の前までやって来た。
「ルドルフ・ タイレ様宛ですね。
ではご紹介手続きをされる前に、身分証の提示をお願いいたします。
その際に控えを取らせて頂く決まりとなっているのですが、よろしいでしょうか」
「はい。問題ありません」
下手な輩に大事な職人達を紹介するわけにもいかないので、その辺りはしっかりとしているらしい。
それは道中リアにも説明してもらっていたので、特に慌てることもなく竜郎は身分証を提示した。
するとその間に縦横三十センチ、厚さ二センチ程の小さな黒板の様な物を男性が取り出していた。
「では、控えを取らせていただきますね」
身分証の内容を確かめる前に黒板の様な物の後ろに手を当てて、男性が微弱な魔力を通すのを竜郎の精霊眼による魔力視が捉えた。
するとカメラのフラッシュの様な物が一瞬たかれると、黒板の様な物の下側面部から紙がニュルニュル出てきて排出された。
それを良く見ると、紙に竜郎の身分証明と同じ内容の情報がそこへ転写されていた。
それを便利な道具だなあ。くらいに考えながら見守っていると、そこで男性が竜郎の冒険者ランクに気が付き目を丸くしていた。
「あっ──あの……。高ランクの冒険者様でございましたか…」
「ええ。一応そうなってはいますが、何か不味かったですか?」
「いえいえっ、滅相もありません!
そのような方が我が町に仕事を依頼してくださるのは、とても名誉な事だと思いますので!
ですがしかし…………」
「しかし、なんですか?
別に怒ったりはしませんから、ハッキリと言っては貰えませんか?」
何やら奥歯に物が挟まっている様にモゴモゴと口を動かす男性に、竜郎はモヤモヤする内面を出来るだけ押し隠しながら穏便にそう告げた。
すると男性は、であるならと今度はハッキリと伝えてくれた。
「大変差し出がましい事を言うようですが、このランク冒険者の方が頼むには少し──その……ルドルフ・ タイレ様ではご満足いただける商品を、お造り出来ない可能性がございます」
「え?」
竜郎が少し驚いた風に疑問符を口にすると、男性はこの町への評価が下がったのではと勘違いしたようで、慌てて早口で竜郎に捲し立ててきた。
「いえっ、決して腕が悪いと言うわけではないのですよ!
実際に冒険者になりたての方などからは、大変良い評価を頂いていますから!
ですが低ランクの素材などならともかく、ルドルフ・ タイレ様は中級クラスの素材以上は加工できないのです」
「あー。そう言う事ですか」
どうやらオブスルの町で出会った鍛冶師のおっさんの師匠は、聞かされていた通りそこまで上級の職人では無いらしい。
この男性の言い方からして、初心者冒険者が手にするのに最適な武器を造ることには長けているようだが、そこそこ実力をつけた者が持つような装備は造れないらしい。
竜郎達は見た目はまだどう見ても子供で、さらに幼女を二人も連れている。
初心者だと勘違いして紹介しようとしてくれていたところで、高ランクだと知った事で慌てさせてしまった。
というのが、先の男性の口ごもった言い方の真相らしい。
「はい。ですので、よろしければ、こちらから職人を選出し改めて別の職人をご紹介させて頂くことも可能ですが……。
いかが致しましょう」
随分と熱心に自分たちに接してくれているんだなと、呑気に竜郎や愛衣などは考えているようだが、この二人が思っている以上に高ランク冒険者の発言は影響力を持っている。
一度竜郎達が高ランク冒険者だと知る者の近くで、あそこの町の装備品はダメだった。
などと吹聴されようものなら、たちまち噂が噂を呼び、尾ひれまでついて何かしらの不利益を被ることも十分あり得る話なのだ。
そうなれば当然それに立ち会った、この男性の責任も問われてしまう。
なので今この男性は、もちろん仕事熱心な性格ではあるのだが、それ以上に自分の首がかかっているかもしれないと必死なのだった。
けれど、今回竜郎達の目的は装備品作成の依頼ではない。
なので熱心さに水を差すようで悪いなと思いながらも、竜郎は口を開いた。
「あー。実はその紹介状は、ルドルフ・ タイレさんの顔の広さをアテにした物でして。
実際の依頼などは、その人に紹介して貰った人に──。という話で、その紹介状を貰ったんです」
「えっ? ああっ! そうなんですね!
そう言う事でしたら、この方は適任かもしれません。
顔の広さだけで言ったら、この町一番かもしれませんよ!」
それなら自分の非はないはずだと、男性はホッとしながら直ぐに手元の資料を確認し始めた。
「そうですね。そう言う事でしたら一番早い所で、明日の午後4時頃でしたら会う事が可能かと存じますが、ご希望の時間帯などはございますか?」
「いえ。出来るだけ早い方がいいですね」
「かしこまりました。では、こちらの紹介状と、こちらのカードをお持ちください」
預けていた紹介状と一緒に、緑色のカードが差し出された。
「もし明日のお昼の12時までに、そのカードが赤色になってしまった場合。
会う事が難しくなったという事になります。その際は、ご足労おかけしますが、もう一度ここへ足を運んでいただき再度調整させて頂きます」
「緑のままの場合は、来なくてもいいんですか?」
「はい。その場合は、こちらの場所に直接赴いていただければ大丈夫です」
そうして竜郎は、ルドルフ・ タイレなる人物の店の場所が書かれた地図を受け取った。
「他に何か用意していった方がいい物とかってありますかね?」
「いえ。最低限、紹介状とそのカードを持っていただければ、直ぐに会う事が出来るはずです」
「解りました。では、明日行ってみますね。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。本日は、ありがとうございました」
そうして慇懃にお辞儀をする男性に、こちらからも軽く頭を下げてから、再び案内掲示板の所まで戻っていくのであった。
次回、第話は7月5日(水)更新です。




