第269話 ホルムズ
夕方になる前。まだ日が高いうちに竜郎達は、町を取り囲む壁がハッキリ見える場所までやってきていた。
だがそのあまりの迫力に、一同立ち止まって門に並ぶのも忘れて佇んでしまう。
「凄いな……これは…………」
「うん。写真撮っていいかなあ」
「今は人がたくさんいますし、それはやめといた方がいいですの、おかーさま」
今までの町々の壁は、ただの金属質で町の中を守ることだけを考えて造られていた。
勿論それは正しいし、竜郎達もそれをおかしいと思ったことは一度もなかった。
しかしここの壁は何かの金属ではあるのだろうが部分部分で色が変わり、さらに表面には見事な彫刻が施されていた。それも大きな壁にびっしりとだ。
「やはり私が最後に見た時よりも、随分彫刻が増えていますね。
となると三十六年かどうかまでは解りませんが、少なくとも十年やそこらの時間経過ではないのは間違いないようです」
「どういうことだ?」
「実はですね、ここの壁は毎年選ばれた職人たちが好きに彫刻を彫っていい事になっているんです。
ですから年が経つにつれて彫刻の範囲は広く、壁は高くなっていくんです」
「ってことは時間が経っているかどうかの、解りやすい指標になりそうっすね」
どうやら技術の習得という目的もあったようだが、これを確認してみるというのもリアの中ではあったようだ。
そして昔、家に籠りきりは悪いと思った母親に、車いすを押されながら見た壁の記憶を思い返して比べていた。
その時に少しだけ心がチクリと痛んだが、リアはそれをおくびにも出さなかった。
そうして、ひとしきり見事な作品に見惚れた後は、並びながら壁の彫刻を楽しむ人々の列に加わっていった。
壁面は広いので待っている間にも飽きることなく、気が付けばもう竜郎達の番になっていた。
そこで垂れ目の獣人らしき衛兵に身分証を提示し少し驚かれた後は、奈々とアテナも見せて行ったのだが、その時になってリアの身分証が無い事に気が付いた。
しかしそれは高ランク冒険者の威光を使う事で、後日冒険者として登録してくると約束した上で、仮の身分証を発行して貰う事に成功した。
この町で起こった殺人事件の被害者と同じ家名なのでどうかと思いきや、もはや何年も前の事なのと、ドワーフの中ではそこまで珍しい家名でもなかったのもあって、そこは特に気にもされなかった。
そんな風に一悶着があったものの竜郎達は入町を許可されたので、分厚いが壁のトンネルをくぐっていく。
「此処には絵が描いてあるね! すごーい!」
「確かにこれも凄いな。芸術とかの造詣が深いわけじゃないのに、感動してる自分がいる」
そのトンネルの壁や天井に描かれた絵は淡く光を放ち、入町者たちの足元を照らす役目もしてくれているようだが、そこを通る誰もかれもが美しいその絵に魅了されて顔を上に見上げていた。
「ふふっ、ここの絵は一時間ごとに変わっていくんですよ。
そして全部見るためには私の時でも丸四日間かかると言われていましたから、今はもっと多いはずです」
「これが変わるんですの!?」
どうやら特殊な金属に絵を記憶させて映し出させる技術があるらしく、それを決まった時間に係の人間がスイッチを切り替えることで、描かれている絵が変わるらしい。
今現在竜郎達の目に映っているのは、大草原に多くの人が集まって、空に浮かぶ光の玉を崇めているという宗教画の様な作品である。
けれどリアの話では、自然風景を描いた物や人物画、抽象画など、選りすぐられた画家たちの渾身の作品がジャンル問わず映し出されるとの事。
その話に感心しながら、また次にここを通るたびに見ておこうと決め、美しいトンネルをくぐり終える。
「──こっちもか」
思わず竜郎がそう口にだし、初めて見た他の皆も驚いたように一度立ち止まり、通行の邪魔になってしまう事に気が付いて隅に移動しながら街並みを観察していった。
そこは鍛冶師の町と言われていたので、武骨な職人気質の人たちを投影したような質素な街並みを想像していた。
けれど質素どころか豪華絢爛。下を向けばただの道端一つとっても絵や彫刻が刻まれ、道の隅には考え抜かれた構想の元に設置された見事な彫像や美しい置物などが置かれていた。
そして立っている家や建物にも、その壁には絵が、そして玄関先の小さな庭しかないような所でも、小さな庭園とでも言うべき品格が漂っていた。
「ここは確かに鍛冶師の町として一番有名ですが、一度でも訪れた事のある人は、ここを芸術の町だと言うそうです」
この町の人口の半数以上は、ドワーフが占めている。
けれどドワーフとは鍛冶というイメージが強いが、その手先の器用さと忍耐強さはそれだけにとどまらない。
服飾、絵画、彫刻、陶芸、染織などなど、様々な分野で大成している。
そんな人物たちが多く集うこの町は、幼少時から芸術を見せることでセンスを養おうとの考えの元、町の至る所に作品が展示され、町を少し歩くだけで一級品の作品に触れられる様になったのだと言う。
そしてそれが功を奏したのか、年々芸術の造詣が深い者が増加していき、昔よりもずっと多くなったという。
さらにそれは鍛冶業にも影響を与え、性能にデザイン性まで優れているとあって、この国の重鎮たちの持つ装備品なども、その殆どがホルムズの町の職人製だといっても過言ではない上に、他国の王族までも自ら作って貰いに来ることもあるほどらしい。
「でもこんなに無造作に作品を置いてて、盗まれたりとかしないの?」
「この町で作品を盗み出そうとするのは最悪、極刑すらあり得る重罪です。
さらに丸一日ずっと衛兵が見回っているので窃盗は難しく、そのおかげもあって治安も凄くいいんです」
そんなリアの説明を聞いて再び感心しながら歩き始め、きょろきょろ芸術鑑賞を楽しみながら冒険者ギルドの前にやってきた。
まずはさっさとリアを冒険者登録して、後顧の憂いを無くすためにだ。
三十年以上経っているらしいのに、建物の形や構造は全く同じだが、それでも町の景観を保つために、外の壁には魔物を狩る勇ましい冒険者たちの見事な絵が描かれていた。
その絵を少し鑑賞してから、竜郎達は彫刻のなされた高そうな扉を開けて中へと入っていった。
するとその中は全くと言っていいほど変わっておらず、竜郎や愛衣は懐かしさすら感じた。
「さすがに中までってのは、ないみたいだな。んじゃあ、さっそく登録して貰おう」
「はい」
いくつか列をなしたカウンターの中で一番短い、ふくよかな体型をした──おそらく小人種であろう一メートルほどの身長の女性の所に並んだ。
そうして前の数人が用事を済ませて退いていくのを見ながら待っていると、数分後には自分たちの番となった。
「は~い。どの様なご用件ですかぁ?」
「──えっと、この子の冒険者登録をしたいんですけど」
「解りましたぁ。しょうしょーお待ちくださぁい」
鼻にかかったやけにキーの高い声に一瞬、面喰いながらも竜郎が説明すると、ニコニコ笑みを浮かべながらのんびりと奥の方に下がっていった。
そして直ぐに戻ってくると、用紙とペンを取り出してリアの方に向けて差し出してくれた。
「ではぁ、こちらに記入をお願いしまぁす」
「解りました」
そうして特に問題もなく、直ぐにリアの登録をする事が出来た。
後は適当に今の依頼を見ていき、何かこの数十年の間に変わったモノはないかと調べていった。
けれど特に物珍しい物もなく、採取や魔物討伐系依頼ばかりだった。
だがさすが鍛冶師の町と言えばいいのか、装備品などに使用するであろう素材回収の依頼が膨大なのが印象的だった。
そうして軽く確かめたら依頼を受けることなく直ぐに外に出て、その足で門まで取って返した。
そして仮許可証から本許可証に直ぐ変えてもらい、今度は今日の宿を探すことにした。
「お金は沢山あるし、この町一番の宿を堪能しよーよ!」
「それもいいな。リアは知ってるか?」
「いえ、宿は特に興味が無かったので……」
「まあ、そりゃそうか。あの──」
虚弱体質で、尚且つ自宅もあるのだから、それも当然かと竜郎は近くにいた人を捕まえて宿について話を聞かせて貰った。
その人の話を聞きながらマップ機能と照らし合わせて位置を確認していき、しっかりと場所を覚えてから、町人であろう人物に礼を言って聞いた宿へと向かっていった。
その宿は現在地から真っすぐ町の奥に進んでいき、豪華な装飾のなされた踏むのを躊躇うほどの階段を三か所登って、五分ほど緩やかな坂道を歩いた高台に存在していた。
高さは二百メートル以上ある巨大な建造物。
それくらいなら驚きはしなかったのだが、丸、三角、四角、菱形、星形などなど、そんな様々な図形の形をした構造物同士がパズルのようにくっ付きあって、グニャグニャとした形で上へと延びていた。
「こんな形をしていて、よく崩れないな」
「ねー。どうやってくっ付いてるんだろ」
所々突風に吹かれでもしたら、崩れてしまうのではないかというほど不安定に見えるのだが、リアの《万象解識眼》で観てみると、それくらいでは崩れないほど頑丈に設計されているとの事。
暫くその不思議な形の宿を見てから、動物お断りなど言われても困るので、ジャンヌは一度竜郎の中に入れると、丸型をした一階入り口を通ってフロントに向かった。
受付には五人の平均的に見て、見目の美しい女性たちが控えていた。
その内、一番左隅にいた灰色の長い髪を垂らした女性に竜郎は話しかけた。
「この宿で空いている、一番いい部屋に泊まりたいのですが」
「かしこまりました。今確認いたしますので、少々お待ちください」
そういって女性は受付カウンターの段になっている空間から、帳簿らしき冊子を取り出して中身を確認した後、直ぐに顔を上げて営業スマイルを浮かべた。
「現在空いている一番いい部屋となりますと、最上級が四部屋空いております。
一部屋でも五名様なら十分にお寛ぎできる広さとなっておりますが、何部屋お取りいたしましょうか」
取りあえず妹の様な位置づけになったリアと言っても、異性と同じ部屋というのは何かと気を使わせてしまうかもしれない。
という事で、愛衣と念話で軽く話し合って二部屋取って貰う事にした。
値段は一部屋一泊六十万シスとかなり高額設定だったが、今の竜郎達は現金だけで百年暮らしてもまだ余裕がある。
なので軽い気持ちで数日分の料金を払うと、二部屋分の鍵だと言って差し出された、金属製のアイス棒の様な形の物を受け取った。
そして一階右手にある螺旋状に上へと登っていく椅子に腰かけて、最上階でもある50階までのんびりと上がっていった。
その際も壁に飾られた絵を楽しみながら、外側はガラス張りの壁になっているので地上の景色も楽しめてアトラクション気分で時間が気になることはなかった。
50階まで登った所で降りて、ちょうどワンフロアに二部屋なので、実質この階のフロアを竜郎達で占領したことになっているようだった。
これはいいやと思いつつ竜郎と愛衣とカルディナ、奈々とリアとアテナで別れる事となった。
「夜食はルームサービスがあるみたいだから、それを頼んで皆で食べよう」
「解りました。では少し部屋を見たら、そちらに行きますね」
「うん、待ってるねー」
そうしてそれぞれ向かい合った美麗な彫刻が施された部屋の扉に鍵を差し込み、中へと入っていった。
「うわー。ここもすごーーい!」
「この絨毯も高そうだし、椅子一つとっても美術品みたいだな」
詳しい事は解らないが、恐らく職人の手によって織られた見事な絨毯。
机や椅子、ソファー、コート掛けやクローゼットに至るまで、その全てが今までのどの宿よりも派手であるのに、まったく嫌らしさを感じさせない高級感を醸し出している。
「リアが芸術の町とも言われてるって言ってたが、確かにその通りだな。
俺達もこんな所で暮らしてたら、もっと美術的センスが養われてたかもなあ」
そんな益体もない事をぼやきながら、竜郎は美術館にでも飾られていてもおかしくなさそうな椅子に、そっと腰かけた。
愛衣は扉近くに置かれていたルームサービスの冊子を手に取って、竜郎の膝の上に腰かけて背を胸に預けた。
それに対して竜郎は愛衣の腰を両手で抱いて、彼女の温もりを味わった。
「私たちの持ち運び用の家の足りない家具とかは、ここで買えばいいかもね」
「だな。物の品質は間違いないだろうし──っと、でもこういうのは特注になるのかな?」
竜郎は今座っている椅子の肘掛けをポンポンと軽く叩いた。
「さあ? でもまあリアちゃんの技術取得とかもあるし、ちょっとくらいなら時間かかっても大丈夫だよ、きっと」
「そうだなあ。ダンジョンも無事乗り越えたし、俺達は周辺魔物を適当に狩りつつショッピングに精を出すか」
「さんせー!」
ショッピングという言葉に強く愛衣が反応していると、トントントンと扉をノックする音が響いてきた。
それに返事をしながら愛衣が扉を開けると、そこには案の定リアたちが立っていたので部屋に入れて適当な所に座ってもらった。
「んじゃあ、まずは食事をしようか。
食事代も宿代込みだし、沢山頼んで《無限アイテムフィールド》に入れておけば非常食になるぞ!」
「ちょっとケチ臭い気もするけど……。
まあ、料理できない様な状況で調理済みの物が、いつでも食べられるってのは魅力的だーね」
「そう言う事だ! 決して貧乏性なわけではないのだ!」
「はいはい。それじゃあ、リアちゃんはどれがいい?」
「私ですか? そうですねぇ──」
そうして竜郎たちは、五名分にしても多いんじゃないかというくらいの量の食事を注文し、さぞ名のあるシェフが作ったであろう料理に舌鼓を打っていくのであった。




