第268話 小妖精たちとの別れ
リアの一件を全員で飲み込んで、新たに家族として迎え入れられることにした竜郎達一行。
そして夜が明け、充分に休息を取りながら今後の事を少し話し合ってから、外へとゾロゾロ列をなして出て行き、最後に退出した竜郎が《無限アイテムフィールド》に家をしまった。
そうして振り返ると、小妖精たちが何やら竜郎達の元へと集まって来始めた。
何か用でもあるのだろうと待っていると、小妖精の中では大きな体を持つ三体が竜郎達の目の前に立った──というか浮かんでいた。
「本当に行くようだな」
「当たり前だ。やることがあるって言っただろ」
「いや、すまない。人間にいい印象は無いのでな。どうも疑ってかかる癖が身についてしまっているようだ」
どうやら過去に何かあったらしいが、いい思い出でもなさそうなので、竜郎は追及することなく話を進めることにした。
「まあいいさ。それで、わざわざ見送りにでも来てくれたのか?」
「いや、そういう側面もないわけではないが……。
空を飛んで行ける、あなた方に少し頼みたいことがあってな。
勿論、報酬も用意できる」
「……まあ、とりあえず話だけでも聞こうか」
出来るかどうかはさて置き、話を聞くくらいなら問題ないだろうと、竜郎は先を促した。
「バンラモンテと呼ばれる山を知っているか?」
「いや──俺は知らないが」
この世界の山の名前など知るわけがないので、竜郎はすぐ後ろにいたリアを見た。
「えーと、確か隣国リベルハイトのその向こう、カサピスティという国の領内にあり、世界一高いと言われている山の名前ですかね」
「そうだ。実はそこの山には此処と似たような力場を持つ風山が存在するのだが、我々の兄者がそこへ行ったきり帰ってこぬのだ」
「えーと。という事は、その山行って様子を見てきてほしいって事?」
「ああ。だが近くに行く事があったのなら、寄ってみてくれと言うだけだ。
兄者に限って、もしもの事は無いだろうし気が向いたらで構わない」
「まあ、それくらいならいいかな?」
念のため全員の意見も伺ってみれば特に異論も無さそうなので、気が向いたらという事で引き受けることとなった。
「それで報酬なのだが、昨日の夜渡した妖精結晶を出してもらえないか?」
「ああ、これか?」
竜郎が《無限アイテムフィールド》に入れっぱなしにしたままの、妖精結晶の入った赤い袋を取り出して見せた。
すると「少し貸してくれ」と言って竜郎から受け取ると、袋の口を捲って開いた状態にした。
「では魔力をここに流してくれ」
「解った」
何が起こるかは解らないが、リア的にも問題なさそうなので素直に竜郎はそこに手をかざして、ただの魔力を妖精結晶全部に流し込んでいった。
すると赤黒い石が、淡く火の様に揺らぐ光を放ち始めた。
そしてそれを確認した小妖精は、周りの火のエレメントを吸収しながら自分の魔力をそこに混ぜていく。
すると淡い光がさらに強く輝き始め、真っ赤に燃える業火の様に燦々と煌めく結晶へと変化していった。
そこで魔力を流すのを止めるように言われた竜郎が止めると、その後一、二秒ほどで小妖精も魔力を打ち切った。
魔力が抜けたので元の赤黒い石にでも戻るのかと思いきや、それは何もしていないのに炎をそのまま結晶に変えたかの如く、煌めきが褪せることはなかった。
「これは……妖精結晶とも違う……、妖精煌結晶じゃないですか?」
「良く知っているな、ドワーフの子」
「これって確か、どうやって出来るのか解っていない鉱石ですよね」
「そうだ。だが解った所で、出来るわけでもないがな」
「そうなのか? ただ互いの魔力と周囲の炎の要素を混ぜてるだけに見えたが」
と、竜郎が精霊眼で観たままのことを口にすると、小妖精に首を横に振られ説明してくれた。
どうやらこの作業は小妖精以外の種と小妖精、そしてこの場の様に偏った属性のエレメントが溢れるほどの特殊な環境が大前提として要求される。
そしてさらに魔力を供給する側同士のどちらかに、後ろ暗い気持ちがあった場合、綺麗に混ざらず霧散して終わってしまうのだという。
なので竜郎が小妖精達とした約束の言葉が嘘だった場合、これは妖精煌結晶に昇華される事はなかったのだという。
「試されてたって訳か」
「すまないな。我々も平穏がかかっているのだ」
「別にいいさ。その代わり珍しい物が手に入ったんだから」
「ええ。ただの妖精結晶なら代替品がそれなりに存在しますが、妖精煌結晶は魔法関係の装備品の素材としては間違いなく一級品です。
これの場合は、火属性の魔法に最上級の補正を掛けられるはずです」
「って事は、火以外の属性の山で同じことをすれば、その属性の妖精煌結晶が作れるって事か?」
「そうだな。その場に小妖精がいるかどうか解らないが、住むには適した場所でもある。
他にも同じようにいるだろうし、その妖精煌結晶を見せれば警戒も薄まるだろうから、頼めばやってくれるかもしれない」
制作の都合上、小妖精に無理やり造らせる事ができない代物なので、それに宿った魔力の持ち主──これで言えば竜郎がいれば、それなりに友好的に接してくれる場合が多いのだという。
「なるほど、小妖精相手の友好の証みたいにも使えるのか」
「そういうことだな。
それに兄者──名をアウリッキというのだが、それを見せれば籠った魔力から私と貴方が繋がっている事の証明にもなる」
「アウリッキさんだな。覚えておこう」
「ああ、頼んだ。その内一つだけは残しておいて、それを見せるだけでいいはずだ。
あの人は強い。だから下手に警戒されれば、危険かもしれないからな」
「そんなに強いんだ」
ここにいる小妖精たちと変わらない程度だと想像していた愛衣は、意外そうにそういった。
すると余程兄者という存在が自慢なのか、嬉しそうに話を聞かせてくれた。
それによれば、もともと自由人で、スキルにも恵まれていた事もあって、単身冒険者へ。
そしてメキメキと頭角を現していき、個人の冒険者ランク4を与えられ、9レベルダンジョンも仲間と共に踏破した事があるほどの実力者らしい。
なので巨大火蜥蜴がいても、その兄者がいれば難なく倒して貰えたはずだと言う。
ちなみにここに隠れる為に使っていた魔道具も、高レベルダンジョンで手に入れた物で、いざという時に使うようにと渡されていたのだそうだ。
「へー。確かにそれなら此処にいたデカブツ程度なら、問題なく排除できそうっす」
「それにそのレベル相手だと、戦闘になったらどっちかが怪我しそうだしね」
まさか七人がかりでそんな事にはならないだろうが、相手の顔も立てて愛衣がそう言った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「ああ、達者で」
そうしてジャンヌに空駕籠を背負ってもらい、そこへ乗り込んでいく姿をミニ小妖精たちに物珍しげに眺められながら全員が収容された。
それを確認したジャンヌは、直ぐに雲迷彩のファーを起動して全身を雲色に染め上げた。
「それじゃあ。出発してくれ!」
「ヒヒーーン」
伝声管から伝わる竜郎の声に了承の意を示しながら、ジャンヌは空へと舞い上がった。
そしてフロントガラスから見える手を振る小妖精たちに軽く応えると、竜郎達はそのまま山を越え、リアの故郷ホルムズを目指し雲に紛れながら飛んで行った。
そうしてのんびりした飛行速度のまま、今はリャダス領となっているテルゲニを越し、その隣町のグラケヌを通り過ぎていく。
道中はジャンヌの威圧感を本能で察してか、空飛ぶ魔物どころか獣すら見ることなく、快適なフライトを楽しみながら昼食を取り、それから暫くした後。
お目当ての町近くで人気のない所まで、《成体化》状態のカルディナの誘導に従ってジャンヌがゆっくりと降り立った。
「ありがとな、ジャンヌ」
「ヒヒーーン!」
空駕籠をしまい、今は《幼体化》状態のジャンヌの首にリアがデザインしたチョーカーを巻き、カルディナは《幼体化》して竜郎のポケットの中に入り込んで丸くなった。
これなら別に出したままでもカルディナ達を入れられるだろうと、皆で揃ってテクテク歩いて町へと続く石畳が敷かれた道に出た。
と。ここまでは特に思う所もなかったのだが、道に出ると今まで見たこともない溝。それも成人男性が少しかがめば隠れられそうなほど深く、幅も六メートル程の物が、石畳の道の横から数メートル離れた場所に延々と掘られていた。
「なんだこれ? 用水路か?」
「いえ……。こんな物は見たことが無いですし、町の外に用水路というのもおかしな気がします」
「リアちゃんにも解んないんだ。あっ、あそこで作業してるおじさんに聞いてみよーよ!」
「ん? ああ、ほんとだ」
愛衣が指差す向こう側。町への道から逸れた所に、溝から誰かの頭がちらほら出ているのが肉眼でも確認できた。
なのでそこまで全員で歩いて行くと、向こうもゾロゾロやってくる竜郎達に気が付いて一人が溝から這い出してきた。
「やあ、こんにちは。君たちは冒険者かな?」
四十代前半くらいで茶の短髪の男が、気軽にそう話しかけてきてくれた。
なので竜郎もそのノリで、聞いてみることにした。
「こんにちは。僕らは冒険者です。
それで、これからホルムズへ行くところなんですが……、この溝が気になってしまって」
「気になる? 何か変な所でも見つけたのかい?」
まるで溝があること自体は当たり前だという反応に、竜郎は少し困ったように頬を掻いた。
「いえ、そうではなくてですね。この溝自体が何か解らないんですよ。
いったい何の為に、これを造っているのですか?」
そういいながらチラリと中に視線を送ると、その溝の中にはぴっちりと鉛色の金属でコーティングされているのが見て取れた。
それにますます謎を深めていると、何故この子たちはそんな事も知らないのだろうと、少し呆れた風に教えてくれた。
「それは列車を通すための溝じゃないか。
発表した時はあんなに湧いていたし、今でもそこらの町で言われていただろ?
冒険者が情報に疎いんじゃだめだよ」
「はあ。長い事ダンジョンに潜っていたので、世事に疎くなってしまって知りませんでした」
「あー。そういう人もいるんだな。ごめんな、偉そうに言ってしまって。
それじゃあ列車ってのも何だか解らないか?」
「ええ。良ければ簡単にで良いので教えて貰えませんか?」
竜郎のその言葉に愛衣は「え?」と首を傾げたが、勿論竜郎だって列車という物は知っている。知ってはいるが、それは地球での話。
なのでこちらで言う列車とは何かと思ったのだ。
「ああ、簡単になら構わないよ。列車というのはね──」
その説明によれば、列車とはやはり竜郎達の世界のものとそう変わりはない様だった。
箱型の入れ物に人や物を入れて、それをこの溝に入れて何個も連結。
そして人工魔石から造られた魔法液を燃料に、列車の底を床に這うように滑らせて移動する。
けれどスピードは想定では、今の所平均50キロほどが限界との事。
今はとりあえず王都と主要都市間──まずはリャダスまでを繋げ、今よりも簡単に人や物の行き来が出来るようにするのが目先の方針らしい。
リャダスが一番最初に選ばれたのは、人工魔石の功績と産出量を加味しての事。
工期終了は二年後を目指して、このおじさん達はインフラ整備に勤しんでいる途中らしい。
なかなか面白い事になってきたなと感じながら、竜郎達は説明してくれたおじさんに礼を言って別れた。
「列車かあ。コッチのも一度は乗ってみたいね」
「ヒヒーーン」
「私の方が速いって言ってるっす」
「ははっ。そうなんだけどな。
異世界の列車なんだ。一度くらいは乗ってみたいじゃないか」
「ヒヒーーン?」
「えー、そんなのより絶対わたしの方がいいのにー」と、少し不満げに首を傾げる小サイのジャンヌを微笑みながら竜郎は頭を撫でた。
「まあ、とはいえコッチの世界で二年後(予定)だからな。
帰るまでに乗ることは出来そうにないし、乗れたとしてもその後だからだいぶ先さ」
そうして一同、壁が見えてきたホルムズ目指して歩いていくのであった。