第26話 熊再び
どこまでも直線に続く石畳の上を走る荷馬車の上で二人が冒険者になることを決め、これでなんとかやっていけるだろうと、ゼンドーは肩の荷が下りた気がした。
「なにも伝手がねえなら、冒険者になるのが無難だからな。まあ、それをやってみろ。
無理そうなら、最初はそんなには出せねーが、うちで雇ってやるよ」
「そういえば、ゼンドーさんは何をしている人なんですか?」
「俺か? 俺は塩職人さ!」
「「しおしょくにん?」」
渾身のドヤ顔でサムズアップをしてきたゼンドーに、二人はぽかんとしてしまった。
その顔で二人は常識が欠けていることを思い出したゼンドーは、オブスルという町にとっての塩について語りだした。
「お前たちがこれから行こうとしてるオブスルって町はな、名前だけなら結構有名なんだ」
「へーそうなんですか」「へーそうなんだあ」
「それがなぜか解るか?」
「……塩、ですか?」
「そうだ」
話の流れからなんとなく察し、荷台の瓶を触った竜郎にゼンドーは満足そうに頷いた。
「なんで塩で有名なの?」
「まず、純粋に塩の産出量が国の中でずば抜けて多いことが一つ。
それと、その取れる塩の品質もまた、ずば抜けて高いことがあげられる。
あとまあ、それ以外になんもねえからってのもあるがな、がははっ」
「そうなんだあ」「そんな場所だったのか」
各々が感心して頷く姿に、ゼンドーの口も軽くなっていく。
「さっき分かれ道があったろ? あの分かれ道の先には塩が湧き出るでっけー湖が広がってんだ。
そんで、そこから取れる塩を加工して、より純度を高くし品質を上げるのが俺たち塩職人の仕事なのさ。
そして、この塩は国中に運ばれて、貴族はもちろん、王族も御用達なんだぜ。
町の財政は塩で成り立ってると言ってもいいくらいだ」
「では、そのオブスルっていう町は塩で成り立っていて、その塩を作ってる職人っていうのは、町では花形の職業ってことなんですか?」
「ほう、なかなか物わかりのいい兄ちゃんだな、タツロウは」
「むー、それじゃあ私は物わかりが悪いみたいじゃん!」
「がははっ、そうむくれんじゃねえよ。嬢ちゃんの旦那の察しがいいってだけだ」
「だ、旦那だなんて……」
赤くなって口元を綻ばせる愛衣に、竜郎も恥ずかしくなる。そんな初々しい二人にゼンドーはまた豪快に笑った。
「それにしても塩の湖かあ。一度見てみたいね、たつろー」
「ああ、そうだな。ゼンドーさん、その湖は俺たちが行っても大丈夫ですか?」
「おうっ、汚したり荒したりしなけりゃ、いつでもかまわねーぞ!」
「だってたつろー」
「ああ、時間ができたら二人で行こうな」
「うんっ」
自分の、そして町が誇る湖の見学に喜ぶ二人に、ゼンドーも嬉しくなり、あの湖に携わる人間以外あまり知られていない、とっておきも教えてやることにした。
「実はその湖はなあ、俺たち塩職人の間じゃ、四つの顔を持ってるって言われてる」
「「四つの顔?」」
「ああ、だから時間に余裕があったら、朝から昼にかけて一回、夕方に一回、極夜の日に一回、朔の日に一回の、計四回行ってみるといい」
「へー……」『極夜に朔って何?』
『地球での現象と同じなら、極夜は朝も昼も夜みたいに暗い日のことで、朔は月のない夜のことのはずだ』「それは何があるんですか?」
「それを聞いちゃあ、つまんねーよ」
「そうだぞ、たつろー」『そんなのがあるんだー』
二人が念話と会話を器用に混ぜて話していると、ゼンドーは思い出したように、これまでの話に付け足した。
「ああ、そうだ。最初に見るのは朝から昼のにしとけ。いつもの状態を知ったうえで見た方が、感動するぜ」
「わかりました。ぜひ、そうさせてもらいます」
「絶対全部見よーね、たつろー」
二人で腕を組んではしゃぐ姿に、ゼンドーは普段仕事ばかりでほったらかしの奥さんに早く会いたいな、などと柄にもないことを想いながら、荷馬車を走らせたのだった。
それからも、三人で話しながら荷馬車を進めていると、急に馬が怯えだし、ついには止まってしまった。
「どうしたっ、落ち着け! ガー! ジー!」
そんな二匹の名前を呼んで、何とか落ち着かせようとするが、縮こまって座り込んでしまう。その異常事態に、竜郎は直ぐに馬たちの視線の先の石畳から外れた木々の方に、探査魔法を広げていく。
するとあの時の熊に似た反応が、こちらに向かってきていることに気付いた。
今ならまだ竜郎たちだけで逃げれば逃げ切れそうな距離だが、それだとゼンドーたちは助からないだろう。
「愛衣っ、あの熊がくるぞ!」
「あの熊って──あの熊!?」
二人の脳裏には、黄金の水晶を背負ったあの相手がよぎった。だが、ここまで親切にしてくれたゼンドーを見捨てられるほど、二人は大人ではなかった。
「何匹来てるの?」
「二匹だ。ちょっと小ぶりな気もするから、アイツらよりは弱いかもしれない」
「ならいけるよ!」
「ああ、やってやるさ」
突然、熊だのなんだの言いだし、荷台から飛び降りた二人に、ゼンドーはまるで話についていけていなかった。
「おいっ、その熊ってのはなんなんだ!?」
「すぐに解りますよ、ほら来たっ」
「おじいちゃんは荷台に隠れててね!」
そう二人が言った瞬間に、木々を抜けて二匹の熊が顔を出した。
「「グルオォーーー」」
「は、白水晶のデフルスタルだと!? なんでこんな所に!?」
驚愕の声を上げて腰を抜かすゼンドーに構わず、二人は二匹の熊に相対した。
二人の前にはあの黄金の水晶の熊にそっくりな顔で、違う所は背負った水晶が白く、さらに大きさも二メートル有るか無いかといったところだった。
おそらくあの熊の下位互換だろうと思いながらも、ゼンドーの怯え様に警戒を高めて当たる。
「俺は左をやる」
「じゃあ、私は右だね」
そのあまりにも軽いやり取りに正気を取り戻したゼンドーは、二人を止めようと声を上げた。
「おいっ、俺を囮にしてでも逃げろ!
こんな老いぼれより、お前たちが生き残った方がいいに決まってる!」
その言葉に、最初にあれだけ疑ったことを二人は心の中で謝った。
だからこそ、もう逃げるという選択肢は完全になくなった。
「それはできない相談だよ、おじいちゃん」
「ああ、親切にしてくれた人を囮になんてできるわけがない」
「しかしっ──」
「いくぞっ」
「りょーかい!」
ゼンドーの言葉を遮る様に、二人はそれぞれのターゲットに向かっていった。
まず愛衣はクナイを取り出し、牽制をしようと思いきり顔に向けて投げつけた。
一方竜郎は、八つの赤い光球を生み出し、こちらも牽制にと弱レーザーを一斉に放った。
熊は愛衣の攻撃は頭の、竜郎の攻撃は丸くなって、それぞれ水晶の部分で受け止めた。
二人はこれでとりあえず足を止められたと、次の一手に入ろうとしたら、パリンッとそれぞれが当てた場所の水晶が割れる音がした。
「「グアアア!?」」
「「え?」」
あの恐ろしいほどの硬度を誇っていた後背部の水晶が、あっさりと砕けたことに二人は目を点にした。
その間にも、白水晶の熊は怒りに震え突っ込んでくる。
しかしあれが壊せるならと、竜郎は全部を集結させて高威力レーザーを片側二本の足部分に、愛衣はその脚力を以って走り、先ほど水晶を砕いた頭頂部にクナイを二本立て続けに放っていった。
「グギャアアアアアアアアアーーーーーーーーー」
まず竜郎の担当になっていた方の白水晶の熊は、水晶ごとレーザーで二本の足を抹消され、悲痛な声を上げて地面に突っ伏した。
「───グアッ」
そして愛衣の方は一本目のクナイが頭蓋骨にヒビを入れ、二本目のクナイをまったく同じ場所に当て、一本目のクナイを押して鑿で石を割るように頭蓋骨を割られて即死した。
愛衣の方が終わったのを見て、竜郎はなぜこんなに弱いのかと気になり、瀕死の熊に近づき《レベルイーター》を当てた。
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レベル:17
スキル:《かみつく Lv.4》《嗅覚 Lv.1》《引っ掻く Lv.3》
《突進 Lv.2》
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(レベルが低いのもあるが、スキルの方も少ないしレベルも低い。
外見だけは似てるけど下位互換どころか最早別熊だな)
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レベル:1
スキル:《かみつく Lv.0》《嗅覚 Lv.0》《引っ掻く Lv.0》
《突進 Lv.0》
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そんなことを考えながら全てのレベルを頂戴し口の中の黒球を飲み込むと、周囲の赤い光球を上から下に頭を撃ち抜くように位置取って、高威力レーザーで止めをさしたのだった。




