第266話 過ぎさった時間の出来事
手紙は一旦スルーして、竜郎は『この国で起きた重要な事』について読み込み、愛衣は『関わったとされる人物たちの現在』について調べていく。
そうしていると、さっそく気になる個所を発見した。
「リャダスの領地はオブスル、ミミルス、トーファス、リャダスの四つだったんだが、人工魔石の生成を確立した功績によってテルゲニも領地になっているらしいぞ」
「へー。でもそれだとリューシテン領から領地が減っちゃう事になっちゃうけど、そこは良かったのかな」
「それは大丈夫らしいな。
前領主がモーリッツのあくどいやり方に加担こそしていなかったが、大分お目こぼししていたらしくてな。
それが発覚して、罰として領地を一つ没収されたらしい。
んで、それをお隣のリャダスが貰ったって形になったと」
「じゃあ問題ないのかな。リューシテンの領主からしたら面白くないだろうけど」
自分の行いが祟った結果なので、竜郎と愛衣には全く同情の心は出てこない。
そればかりか、知り合いが多くいるリャダス領が繁栄の一途を順調に歩んでいる事に喜びの念すら抱いた。
「だろうな。後はリャダスの領地は塩の町オブスルの近辺までで、正確には塩湖は領地外だったらしいんだが、これも人工魔石の件で湖までとなったらしい」
「……んん? それって何か意味あるの?」
別に領地でなくても産業として既に成り立っていたのだから、あまり意味が無いように愛衣には思えた。
だがそれにも意味があったらしい。
「どうやらオブスルは塩産業で大分儲けているみたいなんだが、リューシテンとは反対側。
アムネリ大森林を挟んだ向こう側にあるトロノス領の領主が、自分の領地でもなく、うちとの領境に塩湖があるのに、そっちばっかりズルいぞーって、毎度いちゃもんをつけていたらしい」
「文句言うくらいなら自分たちも──って、それは無理か」
領境には魔の森林がそびえているので、ただの塩職人にそこを通って来いと言うのも無茶な話なのだ。
だが悔しいので毎度文句を言って、リャダスの領主に突っかかってきていたらしい。
「けど正式にそこまで領地となった今、もう文句を言われる筋合いは完全になくなったって訳だな」
「なんだかなあ。でもリャダスは、かなり国から優遇されてるね」
「そりゃあ俺達の世界で言うのなら、石油を人工栽培可能な苔から生成できるようになったってレベルだろうし。
エネルギー資源の確保ってのは、どこの国でも重要なんだろうさ」
「そっか。ならご褒美もあげて、もっと頑張ってねーってなるのも当然かぁ」
後は先代国王が亡くなっただとか、どこそこの領に新しい法律ができただとか。
竜郎達に言われても正直「はあ、そうですか」としか思えない様な話ばかりが列挙されていた。
だがこの国の人からしたら、それなりに大きな事件だと思われる情報でもあったので、一応知識として斜め読みしていった。
一方、愛衣の方にも面白い情報があった。
「今リャダスの町では、エンニオとヨルン君が名誉市民って扱いになってるらしいよ。
しかも町に行けば英雄扱いで、町人からも大人気だって!」
「さすが俺達の心の友よ。って、冗談は置いておいても、なんでまたそうなったんだ?
マリッカさんがゴリ押しして名誉市民です! って言っても無理だろうし」
「えっとね──」
愛衣の手に持った資料によれば、今から二十二年前。
ヘルダムド国歴1006年にリャダスの近郊で起こった魔物の大量発生により、町中が大パニックに陥った事件があったらしい。
それをマリッカ主導の元、ヨルンとエンニオが大活躍して魔物を次々に討伐。
町を縦横無尽に駆け抜けて町人を助けていったその姿から、遠巻きに恐れられていたヨルンとエンニオは忽ち町の英雄となった。
そして今では多くの町人たちの声によって、二人はリャダス領全域においてのみだが「人間」と同じように扱われることが決まる。
それによりマリッカの兄弟という扱いになったらしく、それぞれ長男ヨルン・シュルヤニエミ。次男エンニオ・シュルヤニエミ。とマリッカの苗字も貰った。
なのでマリッカが近くにいなくても町内を歩くこともでき、その度に町人は一目見ようと群がってくるほどらしい。
さらにヨルンとエンニオの人形などのグッズ展開までされるほどの人気で、町のいたるところで購入できるとの事。
「凄いな。けど元気にやっているようで安心したよ。
元の世界に帰って落ち着いたら、また会いに行ってみようか」
「うん! 私もエンニオに会いたい!」
三十年以上経ってしまったが覚えているだろうかと心配ではあるが、またいつか竜肉を持ってマリッカの所に行こうと愛衣と話し合った。
「後はねー、マリッカさんはまだリャダスの町長現役みたいだね。
史上まれに見るほどの大人気らしいよ」
「エンニオ達のお姉さんだしな。当然だろう。
俺もリャダスに住んでたらマリッカさんを支持するだろうし」
「私もー」
そして今度はレジナルドとギリアン。マクダモット家について愛衣は語っていく。
「マクダモットさん家は、今はギリアンさんに家督を譲ったみたいだね。
だから今商売を取りまとめてるのは、ギリアンさんみたい」
「それじゃあ、レジナルドさんは引退してんのか。
死ぬまで現役とか言ってそうなイメージだったが」
「あー。なんか、リューシテン領の商会ギルド長やってるらしーよ。
モーリッツが好き勝手にやった部分を正常化するのに、すごーく貢献したんだって」
「あの人今いくつだよ……。
当時ギリアンさんが若く見積もっても25以上には見えたから、20で子供を作ったとしても当時45歳。
んで今はそれから36年経ったらしいから、若く見積もっても81歳……。
元気だなー」
とはいえ竜郎達の住む地球の現代医学と、この世界の魔法医学と言えばいいのか。
ともかく地球のものと比べて解魔法や生魔法があるので、この世界の人間は健康寿命も長いのかもしれない。
そう考えて竜郎は納得することにした。
「それとギリアンさんは41歳で結婚したらしいよ。
息子さんと娘さんが一人ずつだって」
「へー。そりゃ目出度いな。
今何歳か知らないけど、さっきの計算で言うと大体61歳くらいかな」
「ってことは、子供さんは下手したら私達よりも年齢が上かもね。
な~んか変な感じー」
浦島太郎という人物が実在していたら、こんな不思議な気分を味わっていたんだろうなと考えつつ、次の知り合い情報を見ていく。
「ヒースコート・カレッジって人。たぶん博士のことだよね?」
「え? ああ、多分そうだ。
こっちの資料でも、特殊な苔の栽培方法を確立した人の所にその名前がある」
「ほうほう。なんと、29歳の時にご結婚されてますの事よ!」
「──マジか。一番そういうのと無縁そうだったんだが。
奥さんはどんな人なんだろうな」
「さあ? そこまでは書いてないからなあ」
研究一筋。といった風な人物だという印象が強すぎて、女性と仲睦まじく会話しているシーンが竜郎には全く想像すらできなかった。
「今はリャダス領に家を移してるみたいだね。
そこでもっと本格的な施設を貰って、色んな研究をしながらより効率のいい苔の栽培方法も調べてるんだって。
ちなみに子供は──五人!」
「──ごっ、五人!?
へー……。がんばったなあ……。大家族じゃないか」
「ねー。奥さんも色々大変そーだあ。
あっ。ちなみにですが、私は女の子と男の子の二人がいいです」
「……お、おう。ま、まあ…………その時が来たら…………がんばります……よ」
「うん♪ ああでも暫くは二人でラブラブしたいし、やっぱもっと後かなあ」
真っ赤な顔をした竜郎の首に巻きつきながら、愛衣は彼の顔にキスの集中砲火をお見舞いした。
それを無抵抗で受け入れながら、口の近くにキスが降ってきたところで愛衣を捕獲。
そしてこちらからも攻めに転じて、口と口とを合わせていった。
……その後。資料そっちのけでエスカレートしていき、最後までしてからシャワーを浴びて作業に戻った。
とはいえ、二人の交友関係はそう広くもないのでもう終わりかと思いきや。
一人意外な人物の名前が載っていた。
「あれ? レーラさんの名前が載ってる」
「リャダス以前の町で会った人達は、載って無いんじゃなかったのか?」
「そうみたいなんだけど。
何か二年くらい前に私たちを探して、リューシテン領内をフラフラしてたみたい。
その時にふぉるねーしす?さん、とこのアンテナに引っかかったみたいだね」
レーラ・トリストラ。彼女はオブスルの冒険者ギルドで、職員をしていたはずである。
それが何故自分たちを探していたんだろうかと不思議に思った。
だがそこまでは記載されておらず、直ぐに別の領に行ってしまったらしい。
ただギルドの職員は辞めて、冒険者稼業に戻ったという事だけは調べられていた。
「職員辞めて冒険者に戻ったのか。
んじゃあ、いるかなあ。くらいで探していただけかもしれないな」
「あー。この辺行くって言ったもんね。知り合いがいるかもしれないから、ちょっと探したって考えるのが自然だね」
そうして頭に入れておきたい情報をあらかた調べ終わったところで、竜郎は最後に例の手紙を思い出したかのように手に取った。
「おっ。ついに開封かな?」
「ああ。取りあえず俺から読んでみた方がいいみたいだから、ちゃちゃっと読んでみるな」
「はーい。読み終わったら何が書いてあったか教えてね!」
「解ってるよ」
愛衣に隠し事をする気もないので、軽く答えて封を切って中の紙を取り出した。
そしてそこに書かれた文字を、軽い気持ちで読んでいく。
けれどその手紙を読み進めていくごとに、竜郎の顔は険しくなっていった。
「……これを俺が伝えろってか」
その内容を一言で言うのなら、リア・シュライエルマッハーの家族達のその後。
まとめると。
父、ハーゲン・ シュライエルマッハー。
母、コスタ・シュライエルマッハー。
弟、ペッツ・シュライエルマッハー。
妹、ヘルガ・シュライエルマッハー。
モーリッツ・ホルバインによって、全員が金槌で撲殺された。
そして何故かその四人の殺害だけは証拠が山の様に残っていた為、その罪により死刑判決を出す事が出来た。
だが死刑執行日に、モーリッツはどこかに消えてしまった。
また。
父方の祖父、父方の祖母、母方の祖父、母方の祖母。
その他親戚の類に至るまで、全員が何者かの手によって殺害された。
恐らくモーリッツが手を引いていたと考えられるが、証拠不十分でこの件での罪は問えなかった。
と、この様な内容がざっと書かれていた。
その内容を愛衣にも伝えるかどうか一瞬、悩みもした。
けれど隠し事をしても結果が変わるわけでもない。
なので竜郎は、愛衣にそっくりそのまま伝えていった。
「それは……、キツイね」
「ああ。いくら親に売られたからと言って、見たこともない弟や妹まで死んだってのは……。
それも事故でも病気でもなく……殺された──だからな」
「でも隠すってのも違う気がするよね。
どうせ実家のある町に行くことに決めちゃったし、遅かれ早かれ知っちゃうかもしんないし」
「だなあ……。明日、資料についての報告会の最後に話そうと思う。
それでいいよな?」
「うん。私も一緒に話すから、いっちょ頑張ろっか」
「ああ」
そうしてモヤモヤした感情を抱えたまま、随分と深夜を過ぎて眠くなった頭を休めるように、二人はベッドに潜って眠りについていったのであった。
本来月曜日は休みなのですが、次話で第五章終結とキリが悪いので明日も更新したいと思います。
それに伴い火水に休みをずらし、一日追加で木曜日も休んで、金曜から週五更新に戻りたいと思います。




