第265話 謎の空間
火蜥蜴の死体がそこらじゅうに散らばる中。その上に家を置くのも気持ちが悪い。
そんなもっともな感情から、竜郎が片っ端から血の一滴に至るまでかき集めて《無限アイテムフィールド》にしまいこんで片づけた。
それからさて何処に置いたものかと、竜郎が念の為に精霊眼で地中にいる生物も確認していると──。
「ん? あの辺りの地下に変な力の色が見えるな。
なんで解魔法じゃ解らなかったんだろう?」
「どの辺りですか?」
リアが《万象解識眼》を使って竜郎が指差す辺りに目を凝らした。
「あそこに何か……。
おそらく特殊な魔道具によって、空間が隔絶されているようですね」
「どゆこと?」
「つまりあそこに異空間を生み出して、存在するのに存在しないという特殊な状況を作り出しているんです」
と色々頑張って説明してくれたリアだったが今一解らなかった竜郎達は、とにかく何かあそこにいるが、こちらから手を出すことはできない。
という事だけを理解しておいた。
「けれど、この世界と異空間をつなぐ為に、強力な施錠魔法で蓋をした魔法的な扉が存在しています」
「あー。確かに薄っぺらい紙みたいな力の形に、言われてみれば薄らと施錠魔法の色が見えるな。
ってことは、あれを解けば異空間の中が覗けるか?」
「だと思います」
何か解らない物があると落ち着かないので、さっそくこじ開けてみることにした。
とはいえ全くの謎領域なので警戒は万全に、ヤバい何かが出てきたら逃走する準備もしておく。
準備を整え終われば、いよいよ鍵開けの時間である。
「じゃあ、解析するか」
「ピイィー」
竜郎はカルディナとタッグを組んで、魔法の鍵をピッキングしていく。
そんな二人で全力を出して解析作業していくと、十分ほどで開錠の解魔法が組み上がる。
「開けるぞ。全員何があっても動けるようにしておいてくれ」
竜郎は皆の了承を確認してから、カルディナと一緒に鍵を開いた。
するとその地面に、いくつもの図形と記号が記された光り輝く魔方陣が現れた。
かと思えばすぐに光は収まっていき、今度は鉛色の扉がそこに現れ、ゆっくりと開いていった。
全員が身構えてその様を見ていると、その扉の中から火の粉を振りまきながら空を飛ぶ、十センチほどの何かが次々と飛び出てきた。
「あれは小妖精?」
「リア。その小妖精ってのは安全なのか?」
「こちらから手を出さない限り、何かしてくるような種ではないはずですが……。
けど何故あんな所に……」
炎の様に燃える髪と服を身に着けた、子供の様に幼い顔をした十センチの小人。
それにこれまた燃える虫に似た翅を羽ばたかせて、鱗粉の様に火の粉を散らす。
そんな存在をリアは小妖精と呼んだ。
竜郎は、とりあえず魔物の類でもなく、危険が無さそうな種らしいので、黙って見守っていると、最後に三体横並びで小妖精が出て来ると、辺りを見回し竜郎達を見てきた。
この三体は他よりも大きく三十センチはあり、小さな小妖精と比べて顔が大人びている。
全員顔立ちは整っており、左から男、男、女の並び順。三人共に自分と同じサイズの赤い袋を担いで持っていた。
その表情をうかがってみれば、戸惑っているような風に見えるが、剣呑な感情は含まれてはいなさそうだったので、取りあえず手にした杖などは下に降ろして相手の出方を待つことにした。
すると三人の内の中央にいた、男の小妖精が口を開いた。
「何用で、あなた方はここへ来た」
精霊眼で観た限りでは、戦力では圧倒的に竜郎サイドが上。三体とも火蜥蜴よりは若干強いが、巨大火蜥蜴には遠く及ばないといった程度。
なのでもし怒りに触れるような言葉を発しても対処できると踏み、竜郎は正直にそれを伝えることにした。
「今日の寝床を置くために人の目の無い場所を探していたら、ここに行き着いただけで、特に何か用があってここに来たわけじゃない」
「は……? ただ一日の寝床にするためだけに、ここに来たと?
そんなバカな話、とてもではないが信じられない」
「別に信じて貰わなくてもいいが、本当の事を言ったとだけ伝えておくよ」
「……では、ここにいた巨大な火蜥蜴は何処へ行ったか知らないか?」
「巨大な火蜥蜴ならここにあるぞ」
「「「──っ!?」」」
竜郎が《無限アイテムフィールド》から、巨大火蜥蜴の首を出して見せた。
すると三人は後ずさりながら目を丸くしていた。
「……もしかして、狩ったら不味い奴だったのか?」
「いや……。というか、むしろありがたい。
あなた方がアヤツを除けてくれたのか」
どうやらこの小妖精たちにとっては、邪魔な存在でしかなかったらしい。
警戒していた視線が若干弱まったように竜郎は感じた。
「もしかして、あのでっかい火蜥蜴がいたから、あんなところに籠っていたの?」
「その通りだ。今まで火蜥蜴しか脅威になりえるものはいなかったし、それとて飛んでしまえば手が出せないウスノロだ。
だから我々は問題なく、ここに溢れる炎の魔力を糧にのんびりと暮らしていた」
「けどあのでっかい奴が来たから、引っ込んだというわけっすね」
「そうだ。いつの間にか生まれ出で、気が付いた時には既に手が出せないほど強くなっていた。
しかし空を飛べば逃げられるのだから問題ないと思っていたら、やがて飛翔の術まで会得した。
だが我々も、故あってここから離れるわけにはいかない。なので奥の手を使って隠れさせて貰ったというわけだ」
色々と気になることもあるが、初対面の相手にそうそう語ってくれるものでもないし、変に警戒されても面倒だ。
そう思った竜郎は、最低限の事だけを聞くことにした。
「それじゃあ、そちらは巨大火蜥蜴がいなくなった事で、外で活動できるようになったという事でいいのか?」
「ああ。それに関しては助かったとしか言いようがない。
ただ──ここで猛威を振るう相手が変わっただけでなければ、の話だが」
竜郎達の目的が解らずに、疑心暗鬼になっているようだ。
そりゃあこんな夜中に、こんな人が来るには厳しい場所にいるのだから怪しいと思われてもしょうがない。
ただ正直に話しても信じて貰えなかったので、害意が無い事だけだけは伝えておく。
「そう心配しなくても、俺達は明日の昼には出て行くさ。
こっちも他にやらなきゃいけない事があるしな」
「……そうか」
それでも疑わしそうな顔を完全には崩しはせずに、今度は何やら思案顔を取りはじめた。
「出来れば、ここに我々がいた事を他の人間には話さないでもらいたい」
「それは何故ですの?」
「小妖精を珍しがって、ペットとして売ろうとする輩もいるからだ。
それに、これも狙われるからな」
そう言いながら中央の男は担いでいた赤い袋から、赤黒い石を取り出した。
何じゃそれと竜郎や愛衣達は不思議そうな目を向けていると、リアが説明してくれる。
「……それは妖精結晶ですね。小妖精だけが造り出せる特殊な石。
確かに、それ目的で奴隷扱いされていた小妖精もいたんでしたっけ」
「ああ。だからここにいると知られたくない。
大昔に比べれば法も敷かれて大分マシになっているようだが、今でもあくどい奴はいるだろうからな。
それに只とは言わない。もし言わないと約束して、明日にはここを立ち去ってくれるのなら、この袋ごと妖精結晶をあなた方に渡そう」
「まあそれでくれるというのなら、貰っておくが……。
それを俺らに渡して、そっちは問題ないのか?」
それがこの小妖精たちの生活に欠かせないもので、困った事になるというのなら、さすがに竜郎としても貰うわけにはいかない。
そう思って確認をしたのだが、どうやらあまり問題は無いらしい。
「これは本来我々にとっては、属性の付いたエレメントを供給できない場所に行くための非常食にすぎない。
あの厄介な巨大火蜥蜴もいなくなってくれたおかげで、今ならいくらでも造ることはできる。遠慮する必要はない」
ただ寄越せと言うわけでもなく、逆にこちらを心配してきた竜郎に、三体の小妖精たちの表情が少し和らいでくれた。
「じゃあ遠慮なく貰っておくよ。ありがとう」
そうして竜郎は小さな妖精から赤い袋を受け取った。
「くれぐれも約束は守ってほしい」
「解ってるよ。んじゃあ、そっちにもこちらの秘密を少し見せようか。
そうすれば安心だろう」
「それはそうだが、一体何を見せ──何だこれは……」
口約束じゃ不安だろうと、竜郎は自分の異常なスキルの内の一つ。
《無限アイテムフィールド》から、巨大な家を近くに出した。
「とまあ、俺達も人に知られたくないことが結構あるんだよ。
だから、これは他言しないでくれよ?」
「ああ……うん…」
どこからこんな巨大物をと、ひとしきり呆けていた小妖精たちも数秒もしないうちに元に戻り、最後には竜郎達も内緒事が有り、自分たちの不安を減らすように見せなくてもいい物を見せてくれたという事を理解した。
なので最後は笑って小妖精の子供たちの所へと去っていった。
「んじゃあ、入って晩飯にしよう」
「さんせー!」「はいですの」「ですね」
「じゃあ、あたしらは念の為外を見張っておくっす」
「ピィー」「ヒヒン」
「ああ、頼む」
そうして竜郎と愛衣、リア、お手伝いの奈々は家に入り、カルディナ、ジャンヌ、アテナは何が来てもいいように警戒に入ってくれた。
それから夜食を食べ、カルディナ達に魔力を補給しつつスキンシップを取ってから、風呂に入り、最後に竜郎、愛衣、リアは分担して一つずつ資料を読み。
明日の朝に情報共有を図ることにして、それぞれの部屋と入っていった。
そして今、竜郎と愛衣は寝室で同じベッドに横になりながら、資料を読み込んでいた。
「リアちゃん、大丈夫かな」
「でも、もう大丈夫だからってハッキリ言われちゃったしなあ」
リアは勿論、自分に関わりある事について書かれている資料を持って行った。
なので愛衣の心配はもっともなのだが、自分の目で読みたいと本人が言うのだからと竜郎はそれを了承したのだ。
今夜二人は、そんな心配事を抱えながら資料に向かっていく事になった。
と。そこで竜郎の持つ資料から、しっかりと封をされた手紙が付いているのを発見した。
「──ん? 何だろこれ?」
「なになにー? ……これは、たつろー宛だね」
後ろの方の紙にくっ付けてあったせいで気が付かなかったそれを丁寧に剥がして手に取ってみると、そこには代表者がこれを読み、どう伝えるかは君が選んでほしい。
そう封に書かれていた。
「なんだろ。とりあえず俺が読んだ方がいいのか?」
「なのかな。じゃあ、私はこっち読んでるから後で聞かせてね」
「ああ、解ってるよ。
けどまあ、何が書いてあるか解らんし嫌な予感がする。という事で後回しーっと」
「えー……。まーいーけどさー」
竜郎はさくっと手紙を脇に置いてスルーして資料を読み始めたので、愛衣もそれに倣って自分の担当分を読み始めたのであった。




