第264話 分霊、初実戦投入
竜郎達は炎山という珍しい場所ではあるが、今はのんびり見学する気分ではない。
休息するために訪れたので、手早く周囲の魔物を処理していく。
竜郎はライフル杖のマガジンに込めた全ての帰還石を一気に消費して起動すると、直ぐに新しいものに換えてから解魔法で敵の座標を正確に計っていく。
それが終われば空に向かって氷、爆発、風の混合魔法を打ち放つ。
それは何本もの氷の杭に爆発属性が合わさったもので、風を操って目標に向かって次々と飛ばしていく。
どうやら火蜥蜴たちは竜郎、愛衣、リアがこの中で一番弱いと踏んでいるらしく、その三人の周りに特に多く集まってきていた。
けれど竜郎と愛衣の周りにいる火蜥蜴は、爆発性の氷の杭が体に突き刺さって破裂。
そうして無残な死体をさらして、次々と死んでいった。
愛衣は軍荼利明王を構えて、ロボットハンドたちが槍に使う気力で造り上げた風船を空へと青い気力を纏った一本の矢で打ち抜いた。
すると程々の高さに行ったところで、誰も味方がいない、けれど火蜥蜴や雑魚魔物が密集していた個所に雨の様に鳥の形をした青い気力が降り注いだ。
その一つ一つが必殺の威力を秘めており、死んだことに気づくこともなく火蜥蜴は消えていった。
リアは奈々と一緒にいるので若干、竜郎と愛衣よりも少ないが向かってきたため、直ぐ作れる単属性の爆発性手榴弾をポイポイ投げて殲滅していく。
それでも近くまで来たら、ハンマーで殴って頭を潰した。
こうして竜種認定されていない三人は、全く問題なく狩りを続ける。
次に竜種組。
彼女たちはこちらから行かないと、よほど鈍感な個体か、他よりも多少発達した強めの個体しか向かって来てくれない。
なのでこちらからガンガン突撃して行く事にした。
まずジャンヌ。
ジャンヌは挨拶代わりに出力を絞った《竜力収束砲》を、遠くにいた火蜥蜴に向かって打ち放つ。
すると白光を帯びた破壊の光線が、直線状にいたモノ全てを消し飛ばした。
そしてさらに《分霊:巨腕震撃》を発動。
その瞬間。ジャンヌの目の前には、自分の腕と同等の大きさを持った肩から指先までの巨腕が顕現した。
ただその巨腕はジャンヌの腕を模したものではなく、紺青色で、かなり発達した筋肉を持った人型の腕に鋭い青い爪。
と。その腕は、以前ジャンヌが見た事のある魔物の腕にそっくりだった。
そう──ダンジョンでタイマン勝負を果たした末に打倒した魔物、フォーネリウスの腕そのものなのだ。
分霊とは魂を半分に分けた体の一部とも言っても過言ではない道具。
なので初めそれを竜郎達に伝えた時は、まるでジャンヌの半身は俺ですとでも言いたげな現象に、「やはりストーカー」「死んでもアピールしてくるなんて…」「ちょっと怖いですの」などなど貴重な御意見をいくつか賜っていた。
ジャンヌも最初は引いていたのだが、使ってみるとかなり便利なので気にならなくなった。
その巨腕はジャンヌの周囲十メートル圏内なら浮遊した状態で、上下左右任意の場所に飛ばして動かす事が出来る。
また関節の駆動域が異常で、外見状ではただの肩から指先までの腕なのだが、肘を曲がらない方向に曲げたり手首をドリルの様に回転することまで出来る。
そしてジャンヌの持っている称号効果、波動の力も使いこなせる。
なのであの時に得たハルバートを使っての、波動攻撃も出来るという事だ。
「ヒヒーーン」
ジャンヌは二本の腕に魔法補正のかかるリア特製の鉈を持ち、風を起こして火蜥蜴を掻き集めると、《分霊:巨腕震撃》の二本の手で持ったサファイヤの様な素材で出来た巨大なハルバートを振り下ろす。
するとハルバートが触れた瞬間、波動の力によって砂塵の如く粉々に爆ぜ、赤い霧となって消えていった。
次に奈々。
彼女が手を前に突き出すと、その手の平の方向に小さな子供が入れそうなくらいの日本家屋の様なドールハウス。西洋のお城風のドールハウス。プラスチックの玩具のブロックで出来たような、やたらとファンシーなドールハウスの三つが現れた。
そしてその三つのドールハウスの扉が同時に開くと、日本家屋からは赤い着物に黒い帯を締めた日本人形が、西洋のお城からは赤を基調とした生地に黒のフリルをあしらったゴスロリドレスの西洋人形が、玩具ブロックの家からは一般的な少女が身に着ける様な、丈が少し短いピンクのワンピースをきた女の子のぬいぐるみが、独りでに歩いて出てきた。
そしてそれら三体の人形に共通しているのは、《成体化》状態の奈々をモデルに造られているらしく、それぞれがその面影を宿していて、見た目は非常に可愛らしかった。
「行ってらっしゃいですの」
奈々がそう一声かけると、三体の人形が一斉に走って火蜥蜴に突撃していった。
火蜥蜴は三十センチほどしかない小さな人形たちに、これなら勝てると向かってきた。
そして炎を吐きつけながら毒の爪を振り下ろす。
「──グオ?」
けれど纏っている服すら燃やす事も、切り裂いて毒をお見舞いする事も出来なかった。
それどころか──。
「あら、触ってしまったんですの? ──ご愁傷様」
まず。日本人形に触れた個体達。
これらは人形に爪が当たった瞬間、急激に力が衰えていく感覚を味わうと、爪が変色し始めてボロボロと崩れていく。
そしてそれは爪から指先、指から腕とドンドン体を腐らせていき、最後には全身腐敗状態で死に至る。
次に西洋人形に触れた個体達。
これらは爪が触れた瞬間、そこからせり上がるように石化していき、石化した場所は直ぐに脆い素材になって自重で崩れていく。
そして全身が石化した頃には、白い砂となって風にさらわれていった。
最後にぬいぐるみに触れた個体達。
これらは爪が当たると、急に頭に靄がかかり自我を失う。
そして時間が経つと共にミイラの様に痩せ衰えていき、味方を攻撃しながら死んでいった。
それら全ては呪いの人形。
奈々が敵だと認識したモノ全てに死を齎す。
けれど味方の場合はと言えば、日本人形に触れば一時的にステータスが上がり、毒状態で、さらにその毒が奈々自身に解毒可能な物ならば回復してくれる。
西洋人形は体の耐久力を大幅に上昇させ、石化を解除してくれる。
ぬいぐるみは活力を与え、体の状態を万全に整調し、傷を負っていたのなら癒してくれる。
味方には天使。敵には悪魔。そんな二面性を秘めた分霊だった。
そうしてリアも一人で大丈夫そうなので、奈々もグザンのキバを両手に持って処理。
カルディナも自分の分霊を周囲に展開しながら火蜥蜴を切り刻み、魔法も合わせて蹴散らしていく。
そしてアテナはと言えば。
「どこ見てるんすか? ──こっちっすよ」
「グオッ──!?」
何故かアテナのいる周囲だけ雪山の真上の様に、雪原風景が広がっていた。
そして最初は五枚しかなかった鏡も、今では巨大火蜥蜴の周囲に五十枚以上展開されており、その全てからアテナの上半身が這い出して大鎌を構えていた。
ちなみに今さっき魔物が悲鳴を上げたのは、尻尾を根元から切り落とされ、その断面を雷で焼いて止血された時のもの。
巨大火蜥蜴は長い尻尾を振り回して、鏡から這い出している内の中に潜んでいると思われる本物のアテナに当てようとした。
けれど長い尾は邪魔だと判断されて、誰もいなかった場所から攻撃されて切り落とされた。
「──グオ!? ──グオオオォ!?」
魔物は状況も理解できずに首を左右に振って出鱈目に腕を振り、毒爪で周囲を引っ掻き口からは炎を吐いていく。
けれどそれを傍から見ていれば、当たっているはずなのに、当たった感触もダメージもなく、まるで立体映像にでも攻撃しているかのようにすり抜けてしまう。
そしてまた近くには誰もいなかったはずの右前脚、左前脚が同時に切り落とされて、傷口は雷で焼かれる。
「──グオオオオッ!!」
このままでは殺されると、決死の覚悟で苦手な竜飛翔を使って空へと逃げようとした。
けれど──。
「残念。上にもいるんす─よ!」
「グゴッ──」
何もいない空からアテナの拳が降ってきて、地面に叩き付けられた。
そしてめり込んだところで、残ったもう二本の後ろ足も切り落とされた。
もう移動手段は、背中にちょこんと生えた小さな翼を使った竜飛翔だけだ。
なので直ぐにパタパタ羽ばたかせて上に行こうとしたのだが、ついにその翼も切り落とされてしまった。
「グオォ……」
そして巨大火蜥蜴は、そこで完全に戦意を失った。
そこでアテナはつまらなさそうに、何もなかった魔物の直ぐ横から現れた。
「もう終わりっすか。ん~。やっぱり、とーさんが言ってた通りあんま強くなかったっす。
けど実戦で使ってみる事も出来たっすから、まあいいかぁ~」
そういって《幻想竜術》を打ち切ると、周囲は元の炎山風景に一瞬で戻った。
狐に摘ままれたような顔で巨大火蜥蜴は驚くものの、目を閉じて殺されるのを待った。
その間にアテナは、《分霊:磁鏡模写》である五枚の鏡も消し去った。
今回使ったのはこの《幻想竜術》と《分霊:磁鏡模写》、そして大鎌と雷魔法のみ。
まず《幻想竜術》とは、幻想系統に属した竜が使える魔法によく似た幻覚を見せる術。
ただこの幻覚は熱や匂い、音、視覚、味覚。そして触った時の感触まで、リアルに錯覚させるという恐ろしいもの。
また《分霊:磁鏡模写》は、五枚の磁力と磁極を好きに調整できる鏡で、宙に浮かせられるのでそこへ吸い付かせて空中戦もできるようになった。
さらにこの鏡はそれだけではなく、自身をその鏡に映すと実像を持ったドッペルゲンガーをそこから出して、その時に装備している武器などで攻撃する事もできる。
二つともかなり便利そうなスキルとなっているが、今回それを二つ組み合わせて使う事で、より凶悪な物に昇華させていた。
まず《幻想竜術》で地形を雪山に変えることで、敵にここは炎山ではないと思わせる。
そうすることで、周りの炎の力場で強化できるはずのスキルを封印できた。
脳が炎の力場などないと錯覚することで、スキルも発動できなくなったのだ。
そして《分霊:磁鏡模写》。これは映した姿そのままに複写したドッペルゲンガーを飛び出させることができるが、鏡は五枚しかない。
なので《幻想竜術》を使ってもっと沢山あるように見せることで、どれが本物なのか、どこから攻撃してくるのか錯乱させる。
そうして最後に自分の虚像を配置して、自身は風景になって好き勝手に動き回り、鏡に映った自分と同時に斬撃を放つことで、離れた場所とも同時に攻撃が出来るようになる。
ただこの《幻想竜術》は、竜郎の精霊眼はごまかせないし、魔力視ないし気力視が10を超えているような人物にもあまり意味はない。
そして解魔法もレベル8では違和感を覚えられ、レベル10なら良く調べられるとばれてしまう。
そしてカルディナの様にレベル14の解魔法を使われてしまうと、解除されつつ真贋も明確にばれてしまうという欠点を持つ。
けれどそうなった時、アテナのもう一つのスキルが発動するので利点ともなる。
それは《不滅の闘志》。
精霊眼や解魔法などで見破られてしまった、無効化されてしまった。などという状況を、スキルは不利だと判定してくれる。
なのでもしそういった状況になった場合、身体能力が強化されるという隙の無いスキル構成になっていた。
「そっちも──おっと。もう終わったみたいだな」
アテナに殺されるならまだしも、戦ってもいない竜郎に殺されるのは我慢ならないとばかりに、近付いてくる少年に向かって《炎の息吹》を放ってきた。
しかしそれを竜郎は事もなげに、解魔法でアンチ結界を張ってガードした。
このスキルは彼方此方にいる普通の火蜥蜴からも見られた事もあって、既に解析済み。解っていれば対処など問題ない。
そうこうしている間にも、この一帯にいた火蜥蜴も全て根絶やしにされ、カルディナ達も合流してきた。
そこでガードはカルディナに任せて、竜郎は《レベルイーター》を使って巨大火蜥蜴からSPを頂くべく、黒球を口から吹いて当てていった。
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レベル:59
スキル:《炎吸収強化》《統率 Lv.2》《引っ掻く Lv.6》
《猛毒爪 Lv.4》《炎の息吹 Lv.6》《竜飛翔 Lv.1》
《竜外皮 Lv.6》
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(ただの毒爪じゃなくて、猛毒の爪か。それから竜飛翔があるけどレベル1と。
飛ぶのは得意そうじゃないし、こんなものか。
でもアムネリ大森林であった金のクマゴローより、レベルが高いくせにスキルレベルが軒並み低い……。
やっぱり周りが雑魚ばっかりだから、スキルも伸びないって事なのかもな)
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レベル:59
スキル:《炎吸収強化》《統率 Lv.0》《引っ掻く Lv.0》
《猛毒爪 Lv.0》《炎の息吹 Lv.0》《竜飛翔 Lv.0》
《竜外皮 Lv.0》
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レベルは残して後は全部美味しく頂き、SPを(77)稼いだ後は、アテナがさくっと首を落として殺した。
そしてその亡骸は、竜郎の《無限アイテムフィールド》にしまわれていったのであった。




