第263話 炎山
次の行き先がとりあえず決まったのだが、辺りはもう暗い上にそろそろ一眠りしておきたかった。
とはいえこれから下山して近くの町へ行ったとしても、そこいらの宿に泊まるよりも今となってはマイホームの方が設備も防衛もしっかりしている。
この世界においては、お金にはもう一生困りそうにはないが、わざわざ出向いて、わざわざ対価を支払ってまで泊まる理由などなかった。
なので今は家が置けそうなスペースを探すべく、この山を取り囲む、以前よりもずっと高く頑丈になった外壁へと歩を進めていった。
まさかこんな所で家を《無限アイテムフィールド》から出すわけにもいかない。なので、とっととここから出ていきたいのだ。
そうしてズンズン歩いていくと、やがて門が見えてきた。
そして今やすっかり、この辺りでは知らない者はいなくなってしまったのであろう。
直ぐに内側の門に控えていた衛兵たちが頭を下げてきた。
「これはこれは、もうご出立なされるのですか?」
「はい。今の所このダンジョンでやりたい事はないですし、早い所町に行こうと思っています」
「そうですか。皆様がここにいてくだされば心強かったのですが、無理強いは出来ませんからね。
──それでは、直ぐに門を開けます」
「お願いします」
数か月前までは普通の高校生だった竜郎が、二十歳以上年上に見える男達に尊敬の眼差しを向けられている。
そんな状況がどうも居心地の悪い竜郎は、一刻も早くここを離れたくなっていた。
そして四人がかりで重そうな扉を開くと、竜郎達を見送るように門の横に一列に整列していた。
「それでは、これからも益々のご活躍を心から祈っております!」
「はあ。ありがとうございます?」
『なんか悪い感情じゃないんだろうけど、視線が強すぎて痛いよう……』
『なんでこの人たちは会ったばかりの俺達に、こんなにリスペクト精神ダダ漏れにしてんだよ……』
聞こえない様に念話で会話しながら、二人は真っ先に前に出て開いた門の先にあるトンネルを抜け出した。
そしてそんな居心地の悪いさを竜郎と愛衣が口に出して、あれは何だったのかとリアに聞いてみた。
「レベル10のダンジョンを何の情報も無しに挑んで、無傷で出てきた。
それだけでも凄いのに、おそらくクリアしたという事も伝わっているのでしょうね。
そこまで行ってしまうと、常人から見たら物語に出てくる英雄クラスですよ。
そういった者に憧れを抱く人は意外に多いんですよ、この世界には」
「ああ。そういう理由だったのか。しかし英雄クラスねえ」
竜郎からしたら、ただスキルに恵まれた結果今の力を有しているに過ぎない。
もし一般的なスキルしか与えられなかったのなら、恐らくあそこに立っていた衛兵一人にも勝てなかったであろう。
なので常人に比べて今の自分が相当に強くなっているという事は理解しているものの、英雄などという大層な者だと目されていると言われたところで、微妙な気持ちになるだけだった。
「まあいいや。今から一気に下山して、家を置いても大丈夫そうな所を探そう。
詳しく資料も読みたいし、飯も睡眠も取りたいからな」
そんな言葉に全員が賛成の意を示してくれたので、一行は早足で人目の無さそうな場所まで山を下っていく。
ダンジョンのレベルが上がった事により、現実世界により深く侵食してきた結果。
山の高さが来た時よりも低くなっている事に少し驚きながらも、竜郎は精霊眼も使いつつ、カルディナと一緒に周囲に人がいないかどうか綿密に調べていく。
それでいないと解れば徒歩での移動はやめて、ジャンヌに空駕籠を背負ってもらってそこへ乗り込んでいく。
ただカルディナだけは探査をするために空駕籠の前の方の天井部に降り立って、待機してくれた。
全員で一番前のフロントガラスのある部屋にまで進んでいくと、外にいるカルディナとジャンヌにも聞こえるように伝声管のボリュームを調整してから話し始めた。
「ジャンヌ、まずは雲迷彩を張ってから上空に上がってくれ」
「ヒヒーーン」
向こう側の声の音量が少し大きかったので、竜郎は慌ててそちらのボリュームを下げながら、他の皆と同様に近くにある取っ手を握って揺れに備えた。
そうしている間にもジャンヌは、体を揺らさない様にゆっくりと手を広げると、雲迷彩のファーに魔力を注いで竜飛翔で空へと舞い上がる。
それから十分な高度まで上がっていき、他の雲に混じるようにして位置取ってから、その場で停止した。
これで下から見ても、立派な大雲にしか見えないはずだ。
竜郎はシステムのマップ機能を出して、ホルムズの町への道中で人目につかなさそうで広いスペースが無いか探していく。
「えーと、ゆっくり左へ旋回してくれ……………………ストップ」
「ヒヒーン」
「そしたらその方角に真っすぐ進んでくれ、それで下に人がいたらカルディナが事前に教えてあげてほしい。
その時は少しスピードを緩めて、できるだけ雲に擬態してくれ」
「ピュィー」「ヒヒーーン」
そうしてジャンヌは風魔法で防風の結界を張りながら、今向いている方角に向けて進み始めた。
「このまま少し行った所に幾つかの山がくっ付いて出来ている地形の場所があるんだが、その奥の方に、そこそこ広くて平らな場所があるみたいなんだ。
人もいなさそうだし、ちょっと覗きに行ってみよう」
「ヒヒーーン」
一声鳴いて了承してしてくれると、ジャンヌは空を滑るかの如くスーと揺れ一つなく進んでいった。
そうして数十分程空を行くのを、一番前の部屋でフロントガラスに顔を近づけながら風景を楽しんでいると、夜だというのに煌々と光が灯る一帯が目に入ってきた。
「あれは炎の山──炎山ですかね」
「炎山? 火山みたいなものか?」
「いえ、それとは違いますね。
炎山とは、その山に生える植物が炎という特殊な環境を持った区域です。
一つの属性に環境が偏りすぎたのが原因とも言われていて、大概は火蜥蜴などの魔物の生息地となっている事が多いと本で読んだことがあります」
さらに詳しく聞けば、他にも属性に寄った場所というのが世界中にちらほらあるらしく、氷の植物が生い茂る霜山。雷の植物が生い茂る雷山などもあるとの事。
「へー。ああ、そう言えばさ。
最初にたつろーが買った杖の素材の一つに、火蜥蜴っていなかったっけ?」
「そう言えばいたな。あの光ってる──というか燃えているのか。
ともかくあそこに行けば、その材料になった本体がいるかもしれないと」
「それに常に周りに炎があるので人は住み難いですし、そもそも開拓しに行くにも大変な場所にあることが常です。
それに火蜥蜴は亜竜に属してはいますが、私たちの敵ではないとも思います」
「ってことは降りた場所にいるのを蹴散らせば、家を出すには最適な場所って事ね」
「耐火もあるし、その影響で熱も通りにくい素材だから、ただ周りが燃えてるくらいなら問題ないっすからね~」
室内温度も空調も万全に整備してあるので、皆が快適に過ごせるだろう。
そんな考えの元、今回の駐留場所として決めることにした。
なので竜郎はジャンヌに頼んで、一番平たそうな火が燃えている山の上へと飛んで行ってもらった。
するとカルディナが探査魔法で探っている中に、予想していた火蜥蜴以外の巨大な生物を捕捉した。
そこでカルディナは《真体化》して、分霊の遠映近斬をフロントガラスの前に二つ展開して、火蜥蜴と合わせて、その巨大な魔物の姿も一緒に映しだしてくれた。
「ピィーー!」
「これはでかいな。十メートルはあるか」
「ほんとだー。
火蜥蜴も二メートルくらいありそうな、でっかいトカゲちゃんなのに子供みたいに見えちゃう」
「これは、火蜥蜴の亜種かもしれませんね」
遠映近斬に映し出された火蜥蜴は、まさに愛衣の言った通り真っ赤な外皮を持つ巨大な蜥蜴といった魔物だった。
そしてもう一種の魔物は、基本的な体の構造は火蜥蜴そのままに、外皮には燃え盛る硬鱗を持ち、その一枚一枚は逆立っていて体を擦り付ければ鑢の様に肉を削り取るだろう。
また体格に似あわない五十センチくらいで、蝙蝠のような翼が背中にちょこんと一対生えていた。
さらに口に収まりきらないほど長く伸びた上の歯は、真っ赤に煮えたぎるマグマの様に赤く光り輝いていた。
最後に目。周りにいる火蜥蜴は知性の欠片も見られない野性味帯びた瞳をしているが、この巨大な魔物はシステムをインストールされる少し前のカルディナ達に似た、理知的な雰囲気を醸し出していた。
「さすがにカルディナ達ほどじゃないが、そこそこ強そうだな」
「これはレアな素材が取れそうですの!」
「ですね。素材として優れているかどうかは見ないと解りませんが、希少価値で言うのなら高そうです」
「なら、いっちょ狩っとく?」
「そうだな。ついでに《レベルイーター》も使って、SPも稼げそうだし」
「やったー。狩りっす~」
情報の取引や何やらでずっと椅子に座って暇そうにしているしかなかったアテナは、ここぞとばかりにやる気を出して喜んだ。
「アテナはかなりやる気があるみたいだし、周りは俺達が処理するから、デカいのと戦ってみるか?」
「いいんすか!」
「私もそれでいーよ。
それにアテナちゃんが一番、分霊を実戦で使ってみたそうにしてたしね」
「ピィーイ」「ヒヒーン」「わたくしもそれでいいですの」「問題ないです」
「やったっす。がんばるっす~!」
ふんすっ。と鼻息荒く、アテナは《真体化》して竜装を纏う。
そしてさらに《分霊:磁鏡模写》を発動し、周囲に五十センチサイズで八角形の鏡が五枚展開され、その全てがアテナを映していた。
ちなみに。カルディナ以外も空駕籠造りの合間にしっかりと体のレベルと、属性魔法の強化もしてあったので、勿論ジャンヌ、奈々、アテナも、それぞれ新たなクラスとスキル。さらに分霊によるスキルも一つずつ獲得していた。
ここでそれを軽く説明しておくと、ジャンヌは破天聖竜。奈々は滅齎邪竜。アテナは幻想闘竜。と言う、さらに上のクラスに変化。
そしてそれにより、ジャンヌは《分霊:巨腕震撃》《竜力収束砲》。
奈々は《分霊:呪人形》《竜邪槍》。アテナは《分霊:磁鏡模写》《幻想竜術》。という二つのスキルを其々が覚えていった。
ここまで真面な敵もいなかったので、どれも実践では一度も使われてはいないが、確認した限りではかなり凶悪なものばかりだ。
そうして逸るアテナをしり目にジャンヌが少しずつ高度を下げていき、視認出来る高さで一旦止まってもらい、火蜥蜴とその亜種らしき巨大火蜥蜴の強さを精霊眼でざっと調べていく。
「火蜥蜴は、今の俺たちにとっては大したことないな。
と言ってもレベルで表現するなら三十から四十くらいで、野生の魔物にしてはかなり高い。
さらに何やら周りの炎を取り込んで、強化できるみたいだから油断はしない様に」
精霊眼で観た限りでは、地面から絶えず湧き出している目に見えない火の要素とでも言うべき魔力が充満していて、それらが吸い込まれるように火蜥蜴とその亜種に入り込んでいる事からそう推測した。
「んで、あの巨大な方はレベルで言うのなら六十くらいかな。
こいつは正直言って、ダンジョンで出会ったレベル60くらいの魔物と比べたら弱い気がする。
だから余程油断しなければ、この場の誰が行っても単独撃破は可能なはずだ。
あとアテナに言うとしたら、素材としての価値は高そうだから、できるだけ綺麗に生け捕りしてくれると助かるよ」
「解ってるっす! スパッと綺麗に切って、雷で止血しとくっす!」
中々過激な発言だが、もう慣れたものなので竜郎も特に気にせず号令をかける。
「じゃあ、これからジャンヌから降りて一斉に行動開始だ。
雑魚は俺達、そこそこ強そうなのはアテナって事でよろしく」
そう言って皆が返事をすると、竜郎と愛衣はこの部屋にある扉の鍵を外して外へと飛び出し、それに続くようにアテナ、奈々に抱えられたリアも急降下していく。
全員が飛び降りたのを見計らってカルディナが扉を閉めると、自分の《アイテムボックス》に空駕籠をしまって、ジャンヌと共に最後尾を追いかけるように急降下していった。
竜郎と愛衣は紐無しバンジーを少しだけ楽しむと、ボードを出して吹き上げる風に乗って地面に着地。
アテナは着地する瞬間に、竜装の属性を雷にして電磁力を帯びさせると、周りに展開した《分霊:磁鏡模写》より造られた五枚の内、真上の一枚に吸い寄せて落下速度を殺して音もなく着地。
奈々はリアを抱えた状態で着地寸前で竜飛翔を使って、地面に足跡の轍を造りながら滑って着地。
最後にカルディナとジャンヌが《真体化》した状態で、平らな山肌にドシンと豪快に着地して魔物の注意を一斉に集めた。
辺りを見渡せば、灼熱に燃える石ころ。陽炎のように燃ゆる草花。一見木に見えるが、幹の形をした炎に葉の形をした火を纏う樹木。
そんな全面炎一色の人外の住む場所には、上から見た時に沢山いた鋭い紫色の毒爪を持つ二メートル級の火蜥蜴達。
それに弱すぎて注意もしていなかったが、よく探せば火の玉の魔物や、火を纏う10センチほどの蝶々、5センチほどの背中側が燃えている多足虫、炎に属性が寄っているであろう赤色のイモムー。
そして本日のメインディッシュ、巨大火蜥蜴が一体こちらを睨み付けてきていた。
火蜥蜴ですら亜竜に分類される中で、その上位種である巨大火蜥蜴の眼光。
それだけで火蜥蜴以外の全ての魔物は、竦んで動けなくなって飛んでいたモノは地面に落ちた。
「どうやら竜系統の威圧系スキルを持っているのかもな」
「あー。でもぶっちゃけ、雑魚中の雑魚じゃないと意味ないよねアレって」
「うちの子たちの方が迫力あるしなあ……。
何か背伸びしてる感じがして可愛く思えてきたぞ」
「ああ、解るかもー」
そんな眼光も竜郎達にとっては、「なんか見られてるなぁ」くらいで全く意に介していなかった。
それが巨大火蜥蜴の矜持を傷つけてしまったのか、牙をギィギィ擦らせて威嚇音を出し始めた。
けれどそれでも襲い掛かってこないのは、圧倒的な存在感を持つ《真体化》したカルディナ達が怖いというのがあった。
なので竜種特有の圧迫感をまるで持っていない、竜郎と愛衣の方に目を向けた。
けれどそれはアテナが許さない。
「アンタはあたしの物っすよ。
ちょっと実戦して試したいんで、こっち来るっす~」
「グオォッ!?」
竜郎達に一歩足を踏み出そうとした瞬間、何かとてつもない力を持った存在に尻尾を掴まれ、右の前足は空を掻く。
そしてそのまま子供を引きずるかのように、竜装纏うアテナが少し離れた場所まで持ってくる。
「ここなら邪魔は入りにくそうっす──ね!」
「ゴォッ────ッ──ッ」
アテナを避けるようにどいていく火蜥蜴を無視しながら、それなりに広く暴れても竜郎達の邪魔にならなさそうな場所を発見した。
なので尻尾を引っ張って、背負い投げの要領で10メートル級の巨大火蜥蜴を、背中から比較的平らな大地に叩き付けた。
その衝撃で息が止まった巨大火蜥蜴は、そんな中でも腹を上に向けたままでいれば不味いという本能で、我武者羅に暴れて体勢を戻した。
「おおっ。元気いいっすね!
やる気があって、あたしも嬉しいっすよ~」
「グゴォ……」
巨大火蜥蜴は「違う! 本当は逃げたいんだよ!」とでも言いたげな、恐怖が混ざった目でアテナを見据える。
だがアテナは真逆に竜装の下の目は爛々と輝き、どう調理したものかと考え始めていたのであった。




