第262話 小さな疑問と次への行き先
貰った物への返礼として竜郎達は出来るだけ詳しく、リアによる美麗なスケッチや、魔物の死骸の破片なども所によっては出し、対処法や見てきた層の攻略法を話していく。
それを爬虫人のオーハンゼーとビヴァリーがメモを取り、戦闘で気になる部分は主にミロウシュが説明を求めてきた。
休憩をちょくちょく挟みながら、そんな時間を数時間過ごし、いよいよ説明も大詰めになってきていた。
「とすると、ダンジョンのボス前に現れる迷路の層は通らなかったって事かい?」
「はい。レベルの上がったダンジョンは、その層の代わりに前ボス達との戦いを用意していました。
なのでそこの情報は無いんです」
「前ボスというと、儂らのパーティ名の元となっているフォルネーシスともかの?」
「フォルネーシスですか?」
はて? そんな名前の魔物はいなかったぞと思っていると、ミロウシュがその魔物の特徴を教えてくれた。
(ああ。多分、ジャンヌが戦ったやつだな。
でもジャンヌが持っている称号の名は、フォーネリウスだったはず……。
もしかして正式な名前を知る機会があったけど読み間違えた、または聞き間違えた──とかなんかで変わったのか?
微妙に語感は似てるし、適当につけたわけじゃなさそうだし)
そこで本当の名を改めて教えた方がいいのだろうか──とも思ったが、聞くところによれば、もうその名で数百年もやってきているらしい。
今更それを変える事なんてできないし、もう二度と見られる事もないのだろう。なので竜郎は黙っている事にした。
そうして少し黙っていると、少し陰った表情をしたオーハンゼーが口を開いた。
「だがそうなると、もうあのダンジョンではフォルネーシスとは戦えないのか……。
それはそれで寂しいものだな」
「でも造っているダンジョンは同じですからね。
似たような魔物やボスが、いつか出てくるかもしれませんよ」
「それは言えてるねえ。んー……じゃあ、その層の事は聞いてもあまり意味が無さそうだ。
攻略してしまったら二度と出てこないんだろう?」
「はい。ダンジョンが直接言っていたので間違いないでしょう」
「そうかい。なら最後に、──ボスについて聞かせて貰えるかい?」
「解りました。まず外見は──」
そこでリアを見ると、大体の大きさと外見を書いたスケッチを机にスッと出した。
「こんな感じの竜でした」
「長い体に多脚の竜かい。見たこともないね、こんな奴は」
「しかしボスは竜か。これは腕がなるわい!」
「これだけ大きいと攻撃は当て易そうだが、簡単な相手ではなかったのだろう?」
「はい。まず特徴として攻撃はどれも非常に強力ですが、大振りで躱すことはよく見ていれば難しくはありません。
けれど防御が非常に厚く、あらゆる回復能力にも長けていて、継戦能力は異常と言ってもいいほどでした」
そこでこちらの能力を明かさない範囲で、戦った竜の攻撃方法や防御方法を伝えていった。
「確かに攻撃は事前に何が来るか知っていれば躱せそうだけど、その防御網を突破するのは不可能に近いねえ」
「話を聞く限りじゃあ、儂の全力でも無理そうじゃわい。どうするかのう……」
「だが君たちは、それを破ってここに帰ってきたのだろう。
何か弱点があったと思うのだが、どうだろうか」
まさか《レベルイーター》を使って、防御スキルを全部使えなくしました。などとは言えない。
なので、生魔法での外からの回復が効果的だという話をしておいた。
「過回復ねえ。よくそれに気付いたもんだよ。
んー……。弱いものでも注意を引かせるくらいはできると……。
なら、その線で作戦を組み立ててみるしかないねえ」
「後は参考までに、これが鱗ですね。そして足。爪」
「でかいし、固そうだな。そして間違いなく竜の素材。
──なあ、もし良かったらでいいんだが、この竜の魔石を見せて貰えないか?」
「魔石ですか?」
魔石が観たいと言うオーハンゼーの言葉は攻略の観点ではなく、好奇心からの言葉の様であったが、まあ別に減る物ではないかと、出した足や鱗をしまって《無限アイテムフィールド》からダンジョンボスの魔石を出して机に置いた。
大きさは魔物の体格にしては小ぶりで、三十センチほどしかなかった。
他の魔物から採取した魔石は色味はあまり綺麗じゃない青系統で、何の加工もされていない石や岩といった形。それでいて体格やレベルによって、色や大きさは深く大きくなっていた。
けれどそれに対し、このボスの魔石は小さく色も薄い。
だがこれは透き通った水の様に美しい蒼をその身に纏い、精密にドロップカットで加工された宝石と言ってもいい形をしていた。
さらに本体が死してなお、この魔石による宝石は自ら小さく光を発しており、まるで今も生きているかのようでもあった。
「──これが……魔石なのかい?
もしかして、途中で何か加工をしただとか……」
「いいえ。取り出した時には既にその色形でした。
やはり竜という上位種の魔物だったからなのか、魔石も変わり種の様ですね」
「これは俄然やる気が出てきたな」
「現金な奴だのう、オーハンゼーは」
竜郎たちも最初観た時は驚いたが、やはりダンジョンに長く携わってきた人間たちにとっても、これは珍しいようだ。
そんな事を知れた竜郎は、物欲しそうに見られていた魔石を《無限アイテムフィールド》にしまいこんだ。
「ですが今後ボスに辿り着き、倒す事が出来たなら。
気をつけておいた方がいい事が一つあります」
「それはぜひ聞いておきたいねえ。何かな」
「そいつが死んだら、まず全速力で死体から離れてください。
骨だけが遺体から抜け出て、熱せられた棘の骨のドームを形成してきますので」
「それは逃げれば何とかなるのかのう?」
「はい。範囲はかなり広いですが限界はあるので、数分程度で止まってくれますよ。
けど時間が経っても棘の骨も熱もそのままなので、気を付けておいてください」
そう竜郎は締めくくって、伝えるべきことは全部伝えた。
後はビヴァリー達の質問にいくつか答えていき、向こうも満足してくれたようだった。
「かなり参考になったよ。ありがとう。
これで他よりも早くダンジョンを危険な狩場から、良質な狩場に変えられそうだねえ」
「なら良かったです。それじゃあ、そろそろ僕らはお暇させて頂きます」
「今日はもう遅いし、泊まっていってくれても構わないんだよ?」
社交辞令ではなく、本当に心からビヴァリーがそう言ってきた。けれど竜郎は首を横に振った。
「いえ。色々仲間たちと話したい事もありますし、近くに耳の長い老人がいるみたいなので、とっとと此処から離れたいと思います」
「ああ……。それもそうだねえ。
あればかりは、他のパーティにも告げ口して自衛するように伝えておくよ。
それで簡単には情報も漏洩しなくなるだろうし、あの老人にはダメージになるだろうさね」
「それは最後に良い事が聞けました。ではこれで、本当に」
「ああ。情報抜きにしても、また会えて良かったよ」
「達者でのう!」
「強いからと言って、油断はしない方がいいぞ」
「はい。さようなら」
「ばいばーい」「ピィー」「ヒヒーン」「さよならですの」「それでは」「さらばっす~」
そうして最後に別れの言葉を残し、竜郎達はフォルネーシスの根城から出ていった。
その姿が見えなくなるまで見守ったビヴァリー達三人は、今回得た情報を広げて頭を悩ませ始めた。
「さてどうするかねえ。
初層あたりなら自力で何とか出来ていたが、情報なしであの子達が言っていた中層から深層に行っていたと思うと背筋が凍るよ」
「儂らは所詮、先代達が残してくれた遺産で食っていただけだったからのう。
まさか自分たちで開拓していく羽目になるとは、思わなんだわ」
「けれど先代の情報が、まるで無駄という訳でもなさそうなのは助かりますね。
ほら、この辺なんか前の時に似たような場所がありましたよね?」
「そうだねえ。だけど──あの子たちはそんな情報も無しで、これを初見で全部切り抜けたって事だろう?
一体全体どんな化け物なのさ、あの子たちは」
「あ奴らの感覚では数ヶ月程度とか言っていたが、雰囲気からして成長度合いも儂らの三十年余りより上じゃぞ絶対」
「あー……。真面目にやってるのが馬鹿らしくなるー。
俺も弟みたいに結婚して、もう少し安全で穏やかな仕事に変えておけばと、今さらながら思いますよ」
そのオーハンゼーの言葉に、二人も少し同意したくなった。
それくらい世の不公平さを呪いたくなるほど、あまりにも違いすぎるのだ。
というのも全パーティ中、一番進んでいるとされるチームでも二十階層を超えられてはいない。
なのにいきなり中層から挑めたとはいえ、数ヶ月で何の情報も無しにクリアしてきちゃった。なんて年下の子供達に、あっけらかんと言われてしまったのだ。
今までの自分たちの努力は何だったのでしょうかと、神に怒鳴りたくもなってくるというものだ。
「「「はあ……」」」
だがそんな事をしたところで何かが変わるわけでもない。
なので三人そろってため息を吐き、頭を切り替え今後のダンジョン攻略に向けて計画を練り始めるのであった。
そんな愚痴の対象になっているとも知らない竜郎達は、なぜ解魔法使いでもないジャンヌが盗聴の魔法スキルに気が付けたのかと、辺りがすっかり暗くなった山を下りる道を歩きながら話していた。
「ヒヒーーン。ヒヒン。ヒヒーーン。ヒヒーン」
「どうやらジャン姉を、ただの獣だと思って油断してたみたいっすね」
「というと?」
それからさらに詳しく話を聞いてみれば、どうやら部屋から怒って歯の破片を吐き捨ててから扉に顔を向けた時、ほんの少しだけ口元が笑っていたのだという。
他の皆は歯の破片に目が行った時も、ジャンヌだけはジッと見ていたらしい。
そしてジャンヌは「さっきまであんなに怒ってたのに、おかしくなーい?」と思い、あの老人が置いていった物。
すなわち歯の破片に何かある。と思ったそうだ。
「そんなに見張っていてくれたのか。ありがとな、ジャンヌ」
「ヒヒーーン、ヒヒーン。ヒヒン!」
「嘘つきは信用できないから、ずっと見張ってた。だそうですの」
「いい子だねー。ジャンヌちゃーん」
「ヒヒーーン♪」
竜郎と愛衣に顔を撫でられ、上機嫌にジャンヌは嘶いた。
「しかし三十六年か……。まさか、そんな事になってるとは思ってもみなかった」
「だねぇ。未だに少し信じらんないし」
「……ですが。そうだと仮定するなら、あのスキルが異様に習得しやすくなった空間の絡繰りも解けるかもしれません」
「どういう事ですの?」
リアの言う空間とは、勿論ダンジョンのレベル上げによる仕様変更がなされる時、強制移動させられた白くてとても広大な場所の事だ。
「もし現実世界とダンジョン内との時間のズレが、あの時あったとしますよね。
とするのならダンジョン内では1秒でも、現実では数十分経っていたと考えられます。
そしてシステムは、その外と中の時間の違いに対応できずに、現実世界の時間軸に引っ張られていたとします」
「そうなると、もしかしてダンジョン内では数十分の訓練でも、外だと数時間やっていた事になるから、経験値的なアレが大量に入ったと勘違いしてスキルレベルが上がった。
つまり、システムのバグみたいなものだったと。こう言う事か?」
「だと思います。まあそれも憶測でしかありませんけど、説明するとしたらそんな感じなのかもしれません」
「逆精神と時のなんちゃら。みたいな事が起きてたって事ね」
何とも身も蓋もない言い方だと思いつつも、それが単純明快で解りやすかったので、それでいいやと竜郎は何も言わなかった。
そうして小さな疑問がいくつか晴れた所で、まず何処に行こうかと話し合う事にした。
「なら……その……、ホルムズの町に行ってみるのはダメでしょうか?」
「ホルムズっていうと鍛冶師の町って言われている所で、リアのその──故郷だよな?」
「はい。もう三十年以上も経っているらしいので、あそこならその違いも解ります。
そして一番の理由は一週間だけでもいいので、誰か腕のたつ上級の職人の技を見ておきたいんです」
「あれ? 故郷に一回帰ってみたいとかじゃなくて?」
「それは……まったくないわけじゃないですが、今の私の独学の技術だけでは微妙に何かが足りないんです」
《万象解識眼》は確かに便利なスキルだ。造られた物体を見れば、どのような物で、どうやって造られたか理解もできる。
だが造り方が解っても、そこまでいく工程までは解らない。
数学でいうのなら、答えは解っているのに解き方が解らない。そんな状態だった。
それを今までは物質の理解を誰よりも深めることで穴埋めしてきたのだが、そろそろ限界が見えてきてしまったようだ。
「そこで腕利きの職人の工程を観て、その技術を身に付けようって事ですの?」
「その通りです」
「でも職人が飯の種を、そんな簡単に他人に見せてくれるっすかね?」
「はい……。そこが問題なんですよね」
確かに名の知れた職人が、赤の他人がちょっと見せてくれと言って簡単に見せてくれるかは微妙である。
だが愛衣は、ふとある事を思い出した。
「ねえ、たつろー。確かおっちゃんに紹介状もらったよね?」
「おっちゃんの紹介状? ──ああ、あったな。
リアがいるからもういいかって、しまったまま忘れてたぞ。
あー……でも、三十六年前の紹介状が使えるかな。
おっさんの師匠って事は、おっさんよりも年寄りだろうし下手したら……なあ?」
直接的な言い方は避けたものの、当時そこそこの年齢だった場合。言ってしまえば、お亡くなりになられていても不思議ではない。
それにそうじゃなかったとしても、何十年も前の弟子の紹介状というのが、どれほどの効果を発揮してくれるのかも微妙な所だ。
「でも確か、顔は広いって言ってたよね。
だったら腕が良くて、技術を見せびらかすような人も知ってるかもしんないよ?
まだいるならの話だけど…」
「そうだなぁ。取りあえず町で自分たちでも情報は集めたいし、行ってみるだけ行ってみるか」
そうして次の竜郎達の行き先が決まったのであった。




