第260話 一番欲しい物は
竜郎達の正面のソファーに腰かけていたビヴァリーは、まずシステムを触るような素振りを見せてから、内容を確認し終わったのか正面に顔を向けた。
「まず私たちは、4億だそうと思っている」
「はい」
ひとつ前に50億。その前でも10億と言われたので、自然と安いなとだけ思った。
だが竜郎は、まずと付けていたので、金額にも勝る何かがあるのだろうと期待しながら相槌を打ち、その先を待った。
「そして次に、自重を軽くする魔道具。
精霊魔法を入れる器となれる特殊な木人形を人型、馬型、鳥型の三種を一つずつ。
樹魔法に強い補正をかける素材となる妖精の化石。
呪魔法の魔力を込めながら弾くと、聞いた者全てに味方は強化され、敵は弱体化される弦楽器。
あらゆる金属に混ぜることで、その特性を強化できる竜瞳玉の原石。
これで物品は全部だね」
「物品は……という事は、他にも何か?」
実物を出してこないあたり何かしら警戒されているのだろうなと思いつつも、聞く限りでは、どれもよさそうな品々ばかりだ。
さらに嘘判定は一つもない。これだけでも、それなりの価値になるはずだ。
けれど金、物以外にも──という所に竜郎は興味をひかれた。
「ああ、そうだよ。恐らく君たちが欲しがっているであろうモノ」
「それは非常に興味深いですね」
勿体付けるように言うので、竜郎は急かすように合いの手を打つ。
するとそれに笑って、ビヴァリーはハッキリとこう口にした。
「君たちがダンジョンに入る前に、関わったとされる人物たちの現在。
君たちがダンジョンに入った後の、この国で起きた重要な事。
そして──この三十六年間による『リア・シュライエルマッハー』という少女に纏わる情報。だね」
「「「「「「「──っ」」」」」」」
完全にリアの正体がばれている事に、竜郎達は驚きながら警戒した。
しかしビヴァリーは何をするつもりもないとばかりに、ソファーの背にもたれ掛って微笑んだ。
「そんなに驚くことは無いさね。
入った時と中で出会った時に、違う顔を持つ少女がいた。
これだけで興味を持つのは当然という所じゃないかい?」
「──ですね。それにリアの情報なら集めやすそうだ」
かなり大っぴらに探しているようだったし、実力のある人間が調べようと思えば直ぐに名前くらいは行き着くだろう。
「そうさね。うちにはダンジョン攻略ではなく、情報収集専門の奴も何人かいるからねえ。
そいつらに頼んで貰ったら実際、直ぐに何者なのか判明したよ。
そして今回提供できる情報は、ちょっと調べた程度では解らない事も調べてある。
これを見れば大分、今後の動きの助けになると思うがねえ」
「確かにそうですね。ですが、かなり用意周到なのが不気味ですね。
僕らが何時出てくるかなんて予想できないでしょうし、どうやら死んでいた事にされていたようですし」
「簡単な話だよ。私は、あんた達が死んだとは思っていなかった。
だからこそ、いつか絶対に情報を入手できるチャンスがやってくるだろうとずっと準備をしていたんだ。
もし私がダンジョンに行っていなくても、他の者が交渉できるように常に準備しておいたしねえ。
他のパーティも最初の二、三年は待っていたようだけど、十年もしたらウチ以外は何処も諦めていた。
そんな連中が用意した、急ごしらえの取引材料と一緒にされちゃあ困るさね」
「そして、その勘は当たったと」
「ああ。実際、君達は生きていた。
そして未だどのパーティも到達していない、最深部まで覗き見てもくれた。
という事は、ボスについても詳しく話せるんだろう?」
「勿論。もし貴女を選んだら、事細かく御教えしますよ」
「それは助かるねえ」
情報。それは、ただお金を貰っただけでは集められない物だ。
それも竜郎達の様な素人ではなく、プロが時間をかけて調べ上げてきたであろう情報。
竜郎達の事を知っていて、絶対に帰ってくると信じぬかなければ出来ない芸当だ。
こればかりはサンジヴが言っていた大概には、含むことはできない代物だろう。
「かなり良い所を刺してきましたね」
「だろう。それに宝物庫に行った事を知っているのもウチだけだ。
金にそこまで執着もないだろう事も予想できたからねえ」
まさにその通りすぎて、竜郎側はぐうの音も出なかった。
「一応聞きたいんですが、その情報はどのくらい正確な情報ですか?」
「少なくとも渡す予定の資料に書いてあることは、しっかりと裏取りまでしてあるからねえ。
間違いはほぼ有りえないと、断言してもいい」
「その資料は細部にわたってまで調べてありますか?」
「ああ。普通に調べられる範囲の事から、普通じゃあ難しい事までしっかりと」
ジャンヌからの嘘判定は、ここまで一度もない。これは信じてもよさそうだ。
そう考えた竜郎は、他に聞きたいことはないか見渡し、最後にリアの所で視線を止めた。
すると小さく大丈夫と意思表示で頷いてくれたので、竜郎はここで話し合いを終わらせることにした。
「それで全部。という事で良いでしょうか」
「ああ。これがウチの出せる全てだよ」
「解りました。ではまた少し時間をいただけませんか、二人──じゃなかった。
三人の中で最終的に誰が一番良かったかを、話し合いたいと思います」
「そうだね。サンジヴがどういう物を提示したのかは何となく察する事が出来たけど、エコアリチは予想もできない代物を用意してきたかもしれないからねえ。
どれくらい時間がかかるか解るかい?」
「十五分もあれば、いいと思います」
「早いね。それはこちらとしても助かるよ」
そう言い残してビヴァリーはソファーから立ち上がると、ジャンヌに最後手を振って出ていった。
そして離れた所で扉が閉まる音がしてから、竜郎達は最終的に誰にするか話し合いを始めた。
「正直、エコアリチさんのも捨てがたいとは思う。
だけど、そっちはリアが観てるから素材的な問題とか以外なら、何かしらの収穫にはしてくれたはずだ」
「はい。それは任せてください」
「そんで、お金にはまるで不自由はしてないと」
「これは相談する必要はない様ですの」
「そうっすね。アイテムの方も面白そうっすし」
ビヴァリーでほぼ決まりとなった時、リアがおずおずと小さく手を挙げた。
「あの~……」
「どうしたリア? 何か気になることがあったか?」
「気になる事と言えばそうなんですけど。
殆どが私の情報の為みたいになってしまうのですが、本当にいいんですか?」
「……なんだ。そんな事か」
「いえいえ。それがなければ、もっといい物を──」
「その良い物ってのがさ。どんなものか知らないけどさ。
何が出てきても、リアちゃんの情報の方が上だよ」
「そうだ。ここまで来て遠慮するな。
それに結局は今の国の状況やら、モーリッツがどうなったのかとか、最低限調べるつもりだったんだ。
それなのにプロが集めてくれた情報が、ポンと手に入るんだぞ?
時間短縮にもなって、見たことのないアイテムも手に入るなんて万々歳だろ」
そこで何か言おうとリアが口を開いたが、結局何も出てこない。
そしてこれ以上は好意に水を差す形にもなってしまう。なのでリアは小さく頷いた。
「ありがとうございます」
「いいって事ですの」
「ふふっ。なんでナナが返事するんですか」
「おとーさまと、おかーさまの言葉はよく解っているんですの」
「まさに言いたいことを、そのまま言ってくれたしね!」
愛衣によしよしされて幸せに浸っている奈々のだらしない表情に、リアは真剣に考えていた自分が馬鹿みたいに思い、何も言わずにそれを見続けた。
リアのその表情に、もう大丈夫そうだと感じた竜郎は一度パンと手を合わせて視線を集めた。
「という事で、これで決まりとします。
えーと……ん。残り時間ももうすぐだし、後は来るまでのんびり待っていよう」
「さんせー」
愛衣は隣の竜郎の肩に頭を乗せて、密かに称号効果で嗅覚を上げて匂いも堪能し始めた。
そんな自分に最近、私も変態じみてきたのではないかと思いつつも、大好きな人の匂いは落ち着くので、結局はそのままノックの音が鳴るまで過ごしたのだった。
コンコンコン。三人分の足音が止まった後にならされたノックの音。
竜郎が返事をすると自信ありげな顔で、こちらにニヤリと笑いかけてきたサンジヴを筆頭に、二人も後から続くように部屋へと入ると順にソファーに腰かけた。
「では、誰にするかは決まったかね?」
「はい。決まりました」
「そうかそうか」
竜郎の、その答えに機嫌よさそうにサンジヴが笑っていた。
その態度に答え辛くなるから止めろよなと言いたいのを必死で我慢しながら、誰にしたのかを口にした。
「僕らは──『フォルネーシス』のビヴァリーさんに、情報を売ろうと思います」
「……そうか」「ふふっ」「────なんじゃとっ!?」
エコアリチはガッカリした顔に、ビヴァリーは勝利の笑みを、そしてサンジヴは信じられない者を見る目で竜郎を見てきた。
『ひとり何か怒ってるねー』
『そんなの知らん。金だけ渡しといて、後から値切ろうとかありえんだろ』
「こんなの出来レースじゃっ。本当は最初から決まっていたのじゃろ!!」
「…………はぁ? それをして僕らに何の意味があるんですか?」
そんな事をするくらいなら、最初からこんな回りくどいことなどしないでビヴァリーと取引すれば良かっただけの事。
そのくらいここにいる誰もが理解している──はずなのだが、ひとり顔を真っ赤にして怒る老人がいた。
「そんなの知らんわ! とにかく無効じゃ!
何なのだ。いくら出せばいい!」
「はあ……。いくらなんでも見苦しいぞ、サンジヴよ。
事前に文句は無しと決めていただろう。
ビヴァリーがお前や俺よりも、少年たちの希望に沿うものを用意できたという事を素直に認めろ」
「そうだよ。サンジヴ。
それにアンタは一年もしない間に死んだと決めて、興味を無くしていたじゃないか。
その点こっちは、ずっと帰ってくることを予期して準備し続けてきたんだ。
あんたに負ける方が無理ってもんさね」
「──ググッ」
悔しさのあまり奥歯を噛みしめすぎたのか、サンジヴの口の中からガキッと奥歯が砕ける音がした。
「不愉快だ。儂は帰るぞ! プッ──」
「ちょっと。汚いねえ……まったく」
砕けた奥歯を床に吐き捨てながら、扉を壊す勢いで屋敷の外へと出ていった。
そのあまりにも小者な退場の仕方に、この場にいた全員があきれ返っていた。
「まったく信じられんな、あのジジイは。
アイツとは関わらない様にウチの連中にも言っておこう。
それじゃあ、残念だが俺も帰るよ」
「そうだね。これから私たちは、大事な話があるからねえ」
「そりゃうらやましい事だよ。まったく」
ビヴァリーの嫌味ともとれる言葉に苦笑すると、すっと真面目な顔をして竜郎達を見てきた。
「少年たちよ。君たちには、いつでも『ケットチェリカ』の門は開いている。
旅に飽きたらウチに入ることを考えてくれ」
「ちょっと。あんたの方が横紙破りじゃないかい!」
「はははっ。まあ、実際に入るかどうかは彼らが決める事。
そういう選択肢もあるのだと、言いたかっただけだ。許せ」
「はいはい。解ったよ。それじゃあ、さっさと出てってくれるかい?」
「そうだな、それでは。また会う事を期待しているよ、タツロウ君」
「はい。ご縁があれば」
その最後の竜郎の言葉にエコアリチはニカリと笑うと、颯爽とソファーから立ち上がって大股で屋敷から出ていったのであった。




