第257話 状況把握
壁の上の歩道にいた男に待てと言われ、十分も過ぎた頃。ようやく向こう側から反応が来た。
「待たせて済まない! まずは扉を開けるから、一人ずつ出て来てくれないか!
その際武装したままでも構わない。けれど、こちらもそうさせて貰うという事だけは知っておいてほしい!」
「解りました!」
最初に話しかけてきた男よりも少し若く声の高い男。けれど先の男より話が出来そうな雰囲気にホッとして、竜郎は直ぐにそう返事を返した。
「とりあえず、出てもいいけど囲ませて貰うぞって事か」
「なんですの一体。失礼にもほどがありますの」
「まあまあ。
向こうもお仕事だろうし、こっちに危害を加えたりしない限りは、お話聞いてあげようよ」
「そうっすねー。なら今回は、あたしが先鋒で行くっすよ。
ジャン姉は《幼体化》じゃないと、あそこは通れないっすから」
「そうだな。じゃあ、ジャンヌは殿を頼む」
「ヒヒーーン」
一つしかない扉は大きくはないので、さすがに6メートルあるサイが通れるようには出来ていない。
なのでそこを通れて、尚且つ十全に動けるアテナが前に出た。
そうしている間にドアノブの電流罠が解除され、扉を向こうの人が開けると直ぐに遠くに走って戻っていった。
それに滅茶苦茶警戒されているなと少し不思議には思いつつもアテナ、カルディナ、竜郎、奈々、愛衣、リア、ジャンヌの順番に一列になって扉を出る。
すると直ぐにジャンヌも前に出て、いつでも戦闘を始められるようにした。
向こうも向こうで鎧を着て完全武装で弧を描くように囲っているのだから、文句はないだろうと判断したからだ。
「仰々しいですね。
今日は何かのお祭りですか?」
「いやはや、すいません、驚かせてしまって」
「それはいいんだけど、説明してほしいな。
一体全体なんで私たちは閉じ込められてたの?」
この中で一番いい鎧を纏った三十代半ばといった男が、愛衣の言葉に考え込むような素振りを見せて一考し、それからまた口を開いた。
「もしかしてなのですが。
タツロウさん、そしてアイさんと言う、高ランクの冒険者と、そのお連れの方々ですか?」
「……そうですが、それが何か?
この山に来た時に、入り口を守っていた衛兵の方々に身分証を見せましたよね?
確かお名前は……………………そう、スチュアート、ヴァルと呼ばれていたと思います」
「──────────」
「どうかしましたか?」
竜郎が肯定すると、誰もが信じられないといった顔で大口を開けて固まってしまった。
しかし、これでは話が進まないので竜郎が訝しげに言葉を発すると、そこでようやく先の鎧の男が正気に戻った。
「で……では、その、身分証を見せて貰っても構わないでしょうか?」
「……? はあ、いいですけど」
それで通してくれるのなら安いものだ。
なので竜郎は警戒はそのままに、アテナと愛衣を連れて前に出た。
すると向こうも男がゆっくりとこちらに歩み寄ってきたので、竜郎と愛衣は二人揃って身分証を提示した。
それを男は食い入るように見ていった。
「──た、たしかに。間違いはないようですが……その」
「その?」
「それにしては随分と……。
本人たちと言うのなら、40は超えているはずでは……」
「40? 何の数字?」
竜郎達は、その40が何を示す数字か解らず首を傾げた。
けれど竜郎の脳裏に最初の男が言った──もう三十年以上ここから見張り続けている──という言葉が思い浮かび、全身に鳥肌が立った。
「────もしかして、その40とは…………年齢の事ですか?」
「え? ああ、はい。そうです。
だって貴方達がダンジョンに入ったという報告が記載されていたのは、ヘルダムド国歴992年5月20日氷属の日。
そして今は1028年9月5日水属の日ですから、単純計算で36年近くダンジョンに潜っていた計算になりますからね」
「──それは嘘でも冗談でもなく、本当の話ですか?」
「ええ。勿論です。こんなことで嘘をついても──」
「くそっ──」
竜郎は慌ててシステムを起動しヘルプを出した。
先ほどまで普通に話していた少年が豹変したかのように悪態をつき、何やら作業し始めたことに戸惑った鎧の男たちや愛衣たち。
「あの、何かありまし──」
「ちょっと黙っていてくれ!」
「あ、はい」
竜郎は男と会話している場合じゃないと、慌てる中で愛衣から念話が飛んできた。
『急にどうしたの、たつろー。
そりゃ36年も経ってたら吃驚するだろうけど、まだ本当かどうかも──』
『36年だぞ!? よく考えてくれ。
もし俺達の世界と、ここの世界との時間軸が同じであった場合。
俺達は36年後の地球に帰る事になるんだよ!』
『──それは困るよっ!』
数ヶ月──最悪でも1、2年程度なら、まだ人生の修正は可能だろう。
だがしかし、約36年間消息不明だった少年少女が突然、当時そのままの姿で帰還したところで、もはや普通の人生など送れはしない。
だからこそ、システムのヘルプに異世界転移魔法について以前より細かく調べ始めたのだ。
『このオッサンが嘘をついているようにも思えないし、もし本当だった場合の対処法を調べないと──────────』
『解った。お願い』
そうして愛衣は黙って心配そうな面差しで竜郎を見守った。
だが、それからすぐに竜郎の顔から青みが抜けていき、長く息をついた所で愛衣も結果を察した。
『結果から言うと。大丈夫そうだ!』
「やったあ!」
「──どうか、されましたか……?」
「え? ああ、ううん、こっちの話──です」
「……はあ」
思わず念話ではなく声に出して喜んでしまった為に、愛衣は鎧の男たちに不審な目を向けられていた。
けれど別にこの男たちにどう思われようが別にいいかと開き直った愛衣は、適当にはぐらかして竜郎に念話を再び送った。
『それで、どう大丈夫そうなの?』
『ああ、それはな。
時空魔法による異世界転移魔法的には、36年後の日本っていうのは異世界も同然だって事なんだ』
『ふむふむ──解んなーい』
『つまりな。
転移魔法の条件を改めて細かく調べ直したんだが、転移対象者の中で一人だけでもその場所に行ったことがある。というのと。
転移対象者の中の内一人だけでも、具体的にその場所を想像する必要がある。というものだ。
そこでいくと、俺達は同じ場所であっても36年後の未来なんて行ったこともなければ、具体的に想像なんてのもできっこない。
だからつまり、俺たちは行きたいと思っても未来になんていけないし、転移魔法を使えば、自分たちの知っている時間軸にしか行けないって事なんだよ』
『…………つまりは、その知っている場所ってのは私達の知っている時代の場所って事でいいの?』
『ああ。それで間違ってないぞ。
だから極端に言えば、ここで不老のままに一億年過ごしても、帰れるのは俺達の過ごしたあの時代の日本だけって事になるって訳だ。
これで変な言い訳もしなくて済むぞ、愛衣』
『帰れるようになったら、とりあえず直ぐ帰りたいから一億年なんてのは遠慮したいけど、それは良かったよー。
皆に変な目で見られるのはキツイからね!』
『そうだな! これで堂々と帰れるぞ!』
などと二人で目と目を合わせながら無言で盛り上がっている風景に、さすがに周りの視線も痛くなってきた事に気が付いた。
今は嬉しさが勝ってあまり気にならないが、それでもこのままでは話が進まない。
なので竜郎は取り繕うように一度咳払いしてから、何でもなかった風を装って鎧の男に話しかけた。
「さっきは乱暴な言葉を使ってしまい、すいませんでした。
いきなり三十六年も経っていると言われて少々混乱してしまいましたが、もう大丈夫です」
「はあ」
「というのもですね。
ダンジョンに入った事がある方なら皆知っているかと思いますが、あの中では昼と夜が現実世界の様に規則正しく訪れる事はありません」
「そうですね。それは、ここにいる全員が知っている事です」
何を突然と鎧の男たちは思ったものの、とりあえず竜郎の話に合わせて全員が頷いてくれた。
「ええ。ですので僕たちは常に時間の感覚を失わないように、細かく時間を確認して、今が現実世界では昼なのか夜なのか、また入ってから何日目になるのかというのを正確に計りながら過ごしていました」
「ちょっとしたことで命を落とす可能性がありますからね。
そういった細かな配慮が身を救う事もあるのでしょうな。
それで、それが一体……」
「その自分達がつけていた記録では、ダンジョンに入ってから今日まで七か月と一日しか経っていないんですよ。
だから僕らの見た目が、そんなに変わるわけもないんです」
「た……確かに、その言葉が真実だというのなら、歳は一歳も取っていないことになりますからね……。
しかしまさか──そんな事が有りえるのでしょうか……」
「それは流石に知りませんよ。
ですがダンジョンがレベルを上げている間に、時間の流れが中と外でズレてしまったのかもしれませんね。
元々が別世界の様な所ですし、何が起こっても不思議ではないですから」
「それは──ええ、まあ。
だとすれば、今頃になって出てきても外見が変わらないというのは頷けます……か、ね?」
こちらとしては三十六年も経過しているという事自体半信半疑なのに、そちらの疑問など答えられるわけないでしょう。
そう喉元まで出かかっていた言葉を竜郎は飲み込んだ。
「それじゃあ、今度はこちらから質問させてください。
何故ダンジョンの魔物が入り口付近にいたんですか?
それと、この壁は何の理由で建てられ、あなた方は何をしている人ですか?」
「……レベルが10を超えたダンジョンは頻繁にではないですが、定期的にこちら側にも魔物を放り込んでくるんです。
幸いダンジョン内でしか生きられない魔物ばかりですから、しばらくすれば魔石の消滅と共に消えてしまいます。
ですが、それでも強力な魔物なので一般人のいる場所にまで行かれたら厄介です。
それに繁殖能力を持っていますので、外の魔物と交配してしまえば、その子は魔石のない魔物として生まれ、地上をいつまでも跋扈します。
なので──この様な頑丈な壁を造って、外に出ていけないようにしていると言うわけです。
そして我々は、それを二十六時間体制で常に見張り、壁を壊したり登ったり飛び越えたりされそうな時は、武力を以って排除する為に存在しています」
「武力を以って……ですか」
失礼な話だが、もし竜郎達が最深層付近で戦っていたレベルの魔物が出てきた場合。
ここにいる鎧の男たちが、束になっても勝てそうにないと竜郎は思ってしまう。
精霊眼でざっと観た限り、目の前の一番階級が上であろう男でレベル50をかろうじて超えているかどうか、といった気力や魔力、スキルの輝きしか持っていない。
それに、その周りの者で下は30~40。ポツポツいる強めの人でも、50未満そこそこの戦力しか揃えられていないと観える。
なんだか不安だな……。そんな思考が顔に出てしまったのか、鎧の男に苦笑いされてしまった。
「はははっ。不安そうな顔をしてますね。
確かにレベル10ダンジョンから、それだけ綺麗な身なりで帰還できる腕前の方々と比べられたら困りますよ……。
けれど奥には、ここを拠点にし始めた冒険者の方々が常に一チームは詰めていて貰っていますから。ご安心ください。
決して安くはないので、懐が寒くなる一方ですが……」
「ああ。そう言う事なんですね。
ですがそれなら、あんし──。う゛う゛ん。
それだけ守りを固められれば皆、安心ですね!」
「ええ──はい……」
目の前の男たちを完全に下に見た発言をしそうになったのに気が付いて、直ぐに咳払いで誤魔化した……のだが、本音はバッチリと聞かれてしまい、目の前の男はともかく周りの空気が悪くなってしまった。
「とにかく、事情は解りました。
けれど会話している人間に対して魔物だと言って攻撃してこようとしたのは、さすがにどうかと思いますよ」
「ええ、はい。すいませんでした。
けれど伝え聞くところによれば、人とそっくりな言葉で会話する魔物を人間だと勘違いし、壊滅的な被害を出してしまったという国もあるそうなので……。
それに10年ダンジョンから出てこなかった場合、死んだと判断されるので……。
まさか貴方たちの様な人達が、いるとも思っていなかったので……はい」
「そんな魔物が……。知性ある魔物って事ですか?」
「いいえ。その魔物の場合は、ある程度会話パターンを記憶して、声帯を模写していただけなのだそうです。
しかし実際に見たわけでもないですから、詳しいところはちょっと。
逆にお聞きしたいのですが、ダンジョンの中にそういった魔物はいませんでしたか?」
「ええ。少なくとも、人の声で話しかけてくる魔物はいませんでしたよ」
そう言った途端。男の目が光った気がした。
それに竜郎が何だと身構えていると、さらに男から質問が降ってきた。
「それでは具体的にどのような魔物がいて、どのような階層に──」
「ちょっと待ってほしいねえ。
それは、あんまりにも横紙破りじゃあないかい?」
「そうだぜ。簡単に答える少年もどうかと思うが、そこに付け込むのは卑怯ってもんだ」
突然やってきた人物たちに鎧の男の質問は強制的に打ち切られてしまい、不味い所を見つかったとばかりに冷や汗を流していた。
そこで竜郎は、この男がダンジョンの情報を只で手に入れようとしていたのだと気が付き、自分自身に対して内心舌打ちした。
(嬉しさのあまり、緊張感が抜けていたな。
反省しないと──)
もしも本当に36年が過ぎていた場合。このダンジョンの情報は、その間の情勢を調べる為の餌にもなる。
なので簡単に切っていいカードじゃないのだ。
そんな事を頭で考えながら竜郎は、その来訪者たちに顔を向けたのであった。