第256話 外に出たら
宴会を終え満足そうにその日を過ごし、次の日にはせっかくなので犀車も造り直そうぜ! となって結局また一日そこで過ごした。
ゲシュマグミンは貴重な素材らしいので誰にも見られず、おおっぴらに作業出来て、さらにスペースも十分に取れる場所など、ここくらいしかパッと思いつかなかったからだ。
けれどそれも終わり、いよいよ竜郎達は外の世界へと戻る事になった。
なので最後に一言、ダンジョンに言ってから帰ることにした。
「かなりの期間ここに居座ってしまったが、大丈夫だったか?」
〔はいー。大丈夫ですよー〕
元海に向かって話しかけたのだが、真後ろに白い渦が現れて、そこから声が聞こえていた。
竜郎はそれに振り返って、言葉をつづけた。
「ならよかった。それじゃあ、そろそろお別れだ」
〔はいー。ご利用ありがとうございましたー。
またのお越しをお待ちしてますねー〕
「いやいや、そんなコンビニ感覚じゃこれないよ。
ただでさえレベルが上がって大変だったんだから」
〔いやー。その節は、ご迷惑をおかけしましたー〕
まったくもって迷惑とは思っていなさそうな口調に、全員が苦笑いする他なかった。
「まあ。魔物がいなくて困るような事があれば、また寄らせてもらうよ」
〔はいー。それで結構ですよー。
こちらにも、あなたにも、たくさーーーーん時間はあるんですからー〕
「やっぱり確信犯だったか」
〔はいー。当然ですよー〕
竜郎達が不老の存在になると解ったうえで、あの元ボスを自分と愛衣の前に出したのだと竜郎は確信を持った。
竜郎さえ生きていれば、他に受け渡した自分の子たちを受け入れたカルディナ達も生きるという事なのだから。
〔ではでは、我が子らを糧として得た力も存分に生かし。
これからの現世も楽しんでいって下さいねー〕
「解ったよ。それじゃあ、今度こそ。じゃあな!」
「ばいばーい」「ピィー」「ヒヒーーン」「さよならですのー」「それでは──」「さらばっす~」
竜郎を筆頭に愛衣やカルディナ達も一言残し、白光している広大な海原へと飛び込んだのであった。
そして誰もいなくなった砂浜で、ダンジョンは独り言を紡ぎだす。
〔いやー、面白い人たちでしたー。
まさかこんなにも早く攻略達成されてしまうとは思いもよりませんでしたよー
この世界始まって以来の早さじゃないですかねー。
でも──ふふふっ。現世に戻ったら驚きそうですねー。
その顔が観られないのが残念──〕
そうしてダンジョンの声は白い渦と共に、この砂浜と海が夕暮れに染まる世界から消えたのだった。
竜郎達はダンジョンのボス部屋を抜けて、現世へと繋がる最後の部屋に立っていた。
まずはリアに《呪幻視》の魔法をかけて、姿を誤魔化せるようにした。
そうした所で皆で上へと緩やかに伸びる階段に足をかけ、ゆっくりと歩調を合わせて上っていった。
そして──薄い白膜を破るようにして、竜郎達は一斉に外へと歩みだした。
「ビィィィィィィイイ!」
「──なんだ!?」
外に出た瞬間。
竜郎達を見つけた巨大なバッタの魔物が四匹、羽をバタつかせて飛びかかってきた。
だがこのダンジョンによって染みついた、戦闘の習慣は未だ健在だった。
竜郎はほぼ無意識にコートに水の魔力を渡してセコム君を起動、一番近くまで来ていたバッタを四方八方から串刺しにして勢いを抑え、手からレーザーを放って頭を消しとばす。
さらに残りの三匹も──愛衣が全力で殴って、ジャンヌが体当たりからの角での串刺しで、アテナの黄金の雷で、それぞれ一瞬にして屠られた。
「ピィーー。ピイピィュユイィー」
「他にはもう魔物はいないらしいですが、他者の解魔法の反応があるそうですの」
「……みたいだな。そっちは緊急性の害は無さそうだから一先ず置いておこう。
まずは、ここはもうダンジョンじゃないはずなのに、なぜこんな所に魔物がいるかって事が気になる」
「だよね。
それに、こいつらダンジョンの中にいた奴らよりも少し弱いくらいで、結構強かったよ」
「今まで外にいた雑魚魔物とは全然違うっす。
それに──あれを見てほしいっす」
アテナが指差す方角に視線を向けると、魔物の死骸の中から青い石がむき出しになっているのが見えた。
「魔石? ──ちょっと待て。
じゃあ、こいつらダンジョンの魔物って事じゃないか」
「でもここって……ここって……こ………………ここは何処?」
「何処も何も、元いた──……所にあんな壁はなかったな」
そうして視線を先に向けると、最初に入った山の上。そこから歩いた先にあるダンジョンへの侵入ポイント。
竜郎達はそこから入ったのだから、本来ならそこへ出るはずだ。
けれど二百メートル先には、今は竜郎達の後ろにあるダンジョン入り口を封鎖するように分厚い壁が建てられていた。
しかもその壁は、見えにくいように黒い靄が魔法でかけられていて、良く見なければ只の霧の様にも見える。
「解魔法の使い手は、あの壁の上にいるみたいだな。
監視塔か何かだろうか」
「一応、あそこに出入り口らしき場所がありますよ」
「ほんとうですの」
竜郎から見て向かって右方向に、人が一人ずつしか通れない程の大きさの扉が付いていた。
なので魔物の死骸は竜郎が回収しつつ、警戒しながらそちらへと歩いていく。
その道中。竜郎はセコム君を展開しながら、マップ機能を使って現在地を確かめていた。
「現在地は……少し山の形が変わっている気がするが、来た時と同じだな」
「ふぅ──。それ聞いてちょっと安心。
また変な所に飛ばされちゃったのかと思ったよぉ」
「ですけど、この壁はかなり物々しいですね。
場所が変わってないのだとしたら、ダンジョンのレベルが上がった事によって警戒レベルも上がったという事でしょうか」
「かもしれない。だが何にしても、ここから早く出よう。
こうも壁に囲まれて、解魔法で探られていたんじゃ落ち着かない」
「そっすね」
そうして竜郎は自分たちの情報は与えないように、相手の解魔法を闇と施錠魔法の混合で全員をガードしながら、警戒度マックスのまま壁に唯一取り付けられている扉の前まで歩いてやってきた。
罠は無いか解魔法で確認すると、取っ手には雷魔法での電流が流されていた。
「これはさっきの魔物が開けたりしないようにって事か?」
「それとも私たちを閉じ込めようとか?」
「その可能性は低いとは思うが、ぶっ壊して良いか──」
「そこにいるのは何者だ!」
最悪破壊して出てやろうかと考え始めたところで扉の真上、壁の上部にある歩道の三十センチ四方の穴が開いた壁から、成人男性らしき野太い声が聞こえてきた。
ダンジョンから出てそうそう不躾な言いざまに何だよとは思いつつも、事を荒立てるのも面倒なので、とりあえずは相手の質問に答えつつ状況を整理しようと試みた。
「何者も何も、さっきダンジョンを出てきたばかりの冒険者ですよ!」
「冒険者? ──どこの所属だ!
勝手に入ったのでなければ、渡しておいた信号弾で帰還の知らせと、その色で所属が解る様に示すのが決まりであろう!
なぜそれをしない! 無くしたのか!」
「はあ? ──信号弾なんて貰った覚えないよね?」
いつの間にそんなシステムになっていたのかと、こっちが聞きたいくらいだ。
皆が揃って愛衣の言葉に頷いていた。
「僕たちは勝手に入ったわけではありませんが、信号弾などという物を受け取った覚えもありません!
何かの手違いがあったのでは!」
「手違いなどありえない! こちらはもう三十年以上ここから見張り続けているのだぞ!
勝手に入ることもさせないし、信号弾を渡さずに許可を下ろすことも有りえない!
も一度問う! 所属を述べよ!」
「所属なんてありませんよ! ただの冒険者なんですから!」
「なぁにぃ! キサマ等、やはり魔物の類だな!」
「は? おいおい。大丈夫かよ、あのオッサン」
言葉を話す知能があれば、システムはインストールされるはず。
そしてこの世界ではシステムがインストールされていれば、どんな姿をした種族でも魔物とは言わずに人間と呼ぶとリアから聞いている。
その理論からすれば、先ほどから会話をこなしている竜郎に向かって、魔物と呼ぶのは少々頭の具合を疑いたくなるというもの。
それはアテナや奈々も同じだったようで──。
「何言ってんすかね、あのオッサン。どっか狂っちゃってるみたいっす」
「かもしれないですの。お可哀そうに。
──あなた! 頭の調子が随分アレですの!
観てやるからこっちにくるですの!」
「なっ、なんだとおおおお!」
憤懣やるかたなし! と言った風に怒鳴ってきたオッサンは、杖を構えて雷魔法を打ってこようとしてきた。
なので竜郎は《無限アイテムフィールド》からライフル杖を取り出し、相手よりも早く魔法を構築してレーザーを打ち放った。
「──なっ」
「もう一度攻撃しようとしてきたら、今度は当てますよ」
自分の方が先に杖を構え魔法の準備をしていたにもかかわらず、それより早く完成し、さらに威力も数段上の攻撃が自身の真横の壁に穴を開けていたのだ。
しかもそれを撃った張本人は飄々としており、まるで本気を出していないというのも伺えた。
それに驚愕した男は、自分では勝てないのだと悟って杖を降ろした。
「冷静になって貰えたようで何よりです。
なのでその頭で、少し僕らの話を聞いて下さい」
「──解った」
警戒は解いてはいないが、とりあえず頭は冷えたようなので竜郎は口を開き始めた。
「もし僕らが貴方の言う魔物であるのなら、今ので殺しているはずだとは思いませんか?
それに言葉をちゃんと交わせていますし正直、出ようと思えばこんな壁いくらでも壊せます。
そして貴方以外に僕らを見ている人たちを全員無力化することも、こちらなら可能だと判断しています。
なので、まずは穏便にここから出しては頂けませんか?
そうしたら身分を証明する事もできますし」
「…………ちょっと待ってくれ。俺には、それを許可する権限を与えられていない。
なので上に話してみたいと思う」
「解りました。ですが、出来る限り急いでもらえると助かります」
「善処しよう──」
そういって男は壁の上部の穴から頭をひっこめ、どこかに行ってしまった。
けれど先ほど竜郎が言った通り壁の上から解魔法で、こちらの情報を探ろうとしてきたり、魔法や武術系スキルでの攻撃をいつでも撃てるように準備しているのが、カルディナの解魔法でも竜郎の精霊眼でも簡単に解った。
「一体どうなっているんでしょうね。
たった半年ちょっとで何があったんでしょうか」
「それもオッサンの行動次第で解るかもしれないな。
けど向こうが通す気が無いって言うのなら、無理やりにでも出させてもらうつもりだ。
だから皆も準備しておいてくれ」
竜郎のその言葉に全員が無言で頷きかえし、すぐにでも全力で動けるように身構え始めたのであった。
次回、第話は6月14日(水)更新です。